ハッピーエンドでお願いします

古部 鈴

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ハッピーエンドでお願いします

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     ◇
「セルシア嬢、君にはがっかりだ」
 目の前の紺色の髪の青年、しかも婚約者は、私に向けて声を荒げて言いました。

「どうしたらそんな酷いことが出来るんだ!」

 意味がわかりません。

 私には、何をどうしたのかさっぱりわからないのですが、彼が言うには、私が何かしたらしいのです。

 ──一体何をしたと言うのでしょう?

 私に彼の頭の中が見える訳でもないのですから、色々と推測するしかないのですけれど、どう考えても、やはりさっぱり彼の言うことが理解出来ないのです。
 



 いつからなのか、こうした糾弾がひどくなりました。

 彼は見た目外見は、動じたように見せない私のことを、鉄面皮やら可愛げがないだとか言います。

 ですが、表情の起伏や声で思うことを、表に出すようなことはありえません。
 そのような教育は、受けていないのですから当然のことでしょう。
 
 彼は一体どうしてしまったのでしょうか。

 いつからこんなに思い込みは激しく、そして何と言われても、聞かない頑なさも持ち合わせてしまったのでしょう? 

 自分が正しい。それしかあり得ないと信じて疑わない、そして自分の中では自明の理だからでしょうか? 

 私に対して提示される情報が少なく、何故こんな簡単なことが理解出来ないと私を馬鹿にし、それくらいわかるものだと当たり前のことのように言われます。

 ですが、私には彼の一部始終を見ている訳でもありませんし、最近の彼の考え方なども共感出来ませんし、むしろ内容がさっぱりわかりません。 

 理解しようと思ったこともありましたが、いまやもう、なるようにしかならないと諦めて流しておけばいいかと、声を右から左に流すようになってしまいました。

 学習性無力感というのでしょうか。

 抵抗する気力も気概もなく、本当にこの方と政略結婚とはいえ結婚するのか──しないといけないのですけれど、今でさえこんな有様ですのに、婚姻を結んだ際にはどうなるのか、考えるだけでも身震いがします。

 そして産まない訳にはいかない子を我が子としてちゃんと扱ってくれるのか。

 不安しかありません。


 ですが、家と家とのことです。心は殺してしまいましょう。私にはどうしようもないのですから。しかし、子供はどうしたら守れるのか。

 私はそう考えあぐねていました。


「メリサ嬢のような、こんな愛らしい女性を陥れるなんて」
 そう口にしながら、紺色の髪をひとつに纏めて背に流しているラルシレド様は、ふんわりした金髪、碧眼の華奢で可愛らしい容貌の、恐らくメリサ嬢だろう令嬢の側に寄り添い、ふたりは見つめ合っています。

 ふたりの世界でしょうか? 幸せそうですね。

 喉まで覆うふんわりとした清楚な淡い桃色の衣装が、彼女をより可憐に見せています。

 彼女を見るラルシレド様の視線は甘いです。私を見ていた先程の鋭さが嘘のように。どちらも同じ彼なのでしょうけれど。 


「もううんざりだ。君との婚約を破棄する」
 蒼い瞳が鋭く私を見据えています。

 しかし、彼は正気なのでしょうか?

 学園内の卒業パーティーで、一体何を言い始めたのか、さっぱりわかりません。


 私がメリサ嬢を見たのも今が初めてです。


 その令嬢との近すぎる距離──婚約を破棄すると宣言はしているものの、それをもって破棄でもなく、書類も文面もなく、署名もしていないただの口頭です。
 それだけで破棄出来ると思っているのならおめでたいなんてものではございません。

 今まで何を学ばれておられたのか。

 周囲の方々が息をひそめ、このなんとも言えない頭の痛いものを見せられ、困惑している様にも気付かれないようです。
 
 
 

 人々が遠巻きに、潮が引くようにより遠のいていく様が見えるようですのに。





 ──いつからこんなふうになったのでしょうか。


 幼い頃に婚約することになり、出会った頃は大人びた風ではありましたけれど、優しく接してくださる方だったように記憶しています。
 先程の令嬢に見せたようなそんな眼差しで見つめてくださっていたような気がします。

 気のせいでしたのでしょうか。





       ◇

「うっ」
 婚約破棄を言い渡された後、どうされたのか、急にラルシレド様が口元に手を当てたまま、顔を蒼白にされております。
 
「なんだ? これ? 乙女ゲーム? え?」
 近くにいたので聞こえましたが、ラルシレド様は何をおっしゃっているのでしょうか?
 ラルシレド様は私に視線を向けました。

 驚愕の表情──うっとりした眼差し。間違いなく私を見ています。

 意味がわかりません。

「セルシア? うわぁ、生きてる立ってる綺麗すぎる。麗しい。え? なんでそばにメリサが? え? 俺?」
「私がメリサ? ないわ、それないわ。ちょっと待って、待って」

 先程婚約破棄を言い渡された私ですが、脱兎の如く去っておくべきだったのかもしれません。
 全くついていけません。承りましたと言ってやはり去っておくべきでした。

「どうして?!」
 目の前であまりにふたりが驚愕しているので、つい声をかけてしまいます。


「ラルシレド様?」
「ラルシレド? 俺? 俺! ラルシレドなの?」
 より驚いていらっしゃいます。ラルシレド様は本当に大丈夫なのでしょうか?
  
 元々、いまやよくわからない方でしたが、今は違う意味のよくわからない方になっているように思います。

 ──最早別人のようなのですが? 

「メリサ様?」
 こちらは知らないご令嬢ですが、倒れてしまいそうな顔色をしておられます。

「…………この私が、このルートのメリサだなんて……私はハッピーエンドが好きなの。なのに、なんで壊す役? しかもひどい。むごい。解釈違いすぎる」
 
 令息令嬢としては、先程とは違う種類のこれはというほどの取り乱しように、結局捨ておけず、私はつい彼らを別室に誘います。
 違う意味での周囲の眼差しに耐えられませんでした。

 ふたりのおっしゃることもさっぱりわかりませんし、放っておくにも何故か私をきらきらした瞳で眩しそうに見つめていますし。変わりすぎです。



 とりあえず、別室までの道のりが私にはとても長く感じました。
 ふたりが、おとなしくついてきてくれただけましではありますが、何故かぴったり後ろについてきて意味不明でした。

「セルシア様、なんて優しいの。なんてなんて…………一生ついていきます。ついてそっと見守ります。見守らせてください。見守るしかない。この高貴さ。気高さ。護りたい」

 つい振り返ると、頬を赤く染め可愛らしい様子。何故か私に向けておっしゃることがよくわからないです。

 何故私を見守るのでしょう? ラルシレド様と一緒になるのではないのですか?

「何言ってるんだメリサ! お前が元凶だろうが」
 ラルシレド様が、先程まで仲睦まじくしていたとは思えない形相でたたみかけています。

 もう破局でしょうか?

「俺がセルシア様を守る! 後ろから見守る。何もかもから守る……うわぁぁ、俺ラルシレドだった」

 また取り乱しているラルシレド様。

 婚約破棄宣言をした相手の令嬢を、後ろから見守りますとか、意味がわからなさすぎて言葉が出ないです。

 しかも相手の令嬢にも、見守りたい宣言をされてます。ふたりで私を後ろから見守るのでしょうか。意味がわかりません。

 見守る役をふたりで競ってます。よりもっと意味がわかりません。


 一方、メリサ様が大きく息を吐きました。

「とりあえず私はチート。何故か無駄に笑えるくらいチート。そうよ。こういう時こそご都合チートの力よ。ふふっ、集団の記憶ももちろん操れるわ。そうよ、この婚約破棄の話自体もどれもこれも記憶から抹消させるわ」
 メリサ様は拳をにぎりしめておっしゃいます。

「物語の強制力? そんなの知らないわ。やってやるわ。この意味のわからないくらいのチート力、ハッピーエンドのために使うものよね? やるわやるのよ、私はやるわ。こんなの許せないから! なんでもねじふせてやるわ。これやったの自分だから、自分で撒いた種だけれど」
 可愛らしいお声なのですが、おっしゃることはさっぱりわかりません。


 ラルシレド様はラルシレド様で、私に向かい頭を大きく下げ語り始めます。
 何が始まるのでしょう?

「花のような麗しのセルシア様、申し訳ございません。俺、いや私が全て悪いのです。セルシア様は何一つ悪くはございません。むしろもう踏んづけてもいいです。こんな男。幾ら洗脳されていても、駄目男です」

 どうしたらいいのでしょう? 全くついていけません。
 洗脳されていらっしゃったのでしょうか?
 失礼ながら、今もおかしい気しかいたしませんが?

「ラルシレド様、どうか顔をおあげください」
 そして椅子を勧めました。
 私に頭を下げるラルシレド様、私の素直に言うことを聞くラルシレド様。意味がわからないです。

「美しくもお優しいセルシア様。どうかどうかこんな私でも、そっとあなた様を後ろから見守ることだけはお許しください。元々のラルシレドもセルシア様をひっそり熱愛していましたし」

 元々のラルシレド様とは? と思いつつも見つめていると、椅子から立ち私の前に跪き、見上げるラルシレド様。

 きらきらと光る蒼の瞳は、私に向けて熱く甘い──その美貌に微笑みを浮かべて、そんなふうに熱く見つめられることは今まであったでしょうか?
「後ろから見守らせていただくことを、どうかお許しください」

 この方は本当にラルシレド様なのでしょうか?

 そして後ろから見守りますなのですか? 今もまだ私達婚約者同士ですが?
 
 メリサ様はメリサ様で暴走真っ只中のご様子。

「さすがチート、素晴らしいチート。ほれぼれするくらいチート。周り全てに今までのこと全部綺麗に忘れさせたわ。ふふっ。これでセルシア様後ろから見守り隊は完璧よ」

 やはりどちらも後ろからみたいです。
 意味はわかりませんでした。








      ◇
 そして、何故か周りは婚約破棄など噂も立たず、おふたりの醜聞もなく、ただ変わったのは、ラルシレド様が甘々べたべた隙もなくべったりになってしまわれたことと、メリサ様とは、普通に交友をとどうにか説得して後ろにではなく隣でとなったことです。

 相変わらずふたりはよく意味不明なことを言ってますが、それも日常となってしまいました。

「セルシア、本当に私で? 私などより他の男の方が、いや、全て蹴散らしそうだ。私は後ろから見守れるだろうか? 否。ああ…………」
 ラルシレド様は苦悩しています。かなり苦悩しています。

 結局私と彼とメリサ様だけに、記憶が残っています。

 消しましょうか? と簡単に言われるメリサ様を断りました。このおふたりがこんなであることを記憶をなくした私が、受け入れることが出来るかわかりません。

 乙女ゲームというものはさっぱりわかりませんし、物語の強制力というものもわかりませんが、メリサ様が任せてくださいとおっしゃるので、そのままです。

 たまにおふたりでそれに対して語り合っているようですが。

 結局──婚約を破棄するルートは潰したし、不本意だけれど、この男のルートは潰してないからと、メリサ様に耳打ちされています。

「ハッピーエンドでお願いしますね」
  そう言うメリサ様に、私は頷き微笑みました。




       end


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