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エピソード23 敗北した神たち

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〈エピソード23 敗北した神たち〉

 見るも無残に体を半壊させたエル・トーラーが空から落ちてくると羅刹神はぎょっとしたように顔を上げる。

 対立していたとはいえ、その相手が完膚なきまでに叩きのめされたのを見ては羅刹神といえども平静でいられないようだった。

 その証拠に羅刹神の狼狽ぶりはより鮮明なものになる。

 それを目の当たりにした勇也は自分たちの目論見通りに事が進んでいるのを見て取り、思わずほくそ笑んだ。

「あんな小娘にエル・トーラーが負けたって言うのか。クソ、一体、何がどうなっていやがるんだ!」

 羅刹神は少なからず残っていた自信もかなぐり捨てて声を荒げた。

 勇也も冷静さを完全に失った羅刹神なら恐れるに足らないと見る。戦いというのは得てして頭に血が上った方の負けなのだ。

 だからこそ、それが分かっている勇也は絶対に心を乱さない。

「年貢の納め時だぞ、羅刹神。死にたくなければ、もうくだらない抗争をするのは止せよ」

 抗争を止めると誓ってくれれば命までは取らない。

 神を殺せば大きな災いが待っているという謳い文句は単なる誇張とは思えない。

 ダーク・エイジのサイトでも神を殺すことはできうる限り避けるべきだと強い警句を発しているし。

 勇也としても人間であれ、神であれ、心を持つ者を殺すのは本意ではない。

 が、羅刹神は勇也の宥めるような言葉を聞くと、悪い意味での不屈の精神を見せるように口から生えている獰猛な牙を剥く。

「人間の小僧のくせに、俺様に指図するんじゃねぇーーーーー!」

 そう感情のタガが外れたような声を上げると、羅刹神は勇也の脳天に棍棒を思いっきり叩きつけようとした。
 当たれば、瞬時に肉塊となる。

 が、勇也はその攻撃の流れを完璧に読みきっていた。怒りを爆発させただけの単調な攻撃など見切るのは容易い。

 なので、寸前のところで棍棒から繰り出された頭蓋骨を粉々に砕くような振り下ろしをかわすと、その刹那、羅刹神と際どいタイミングで体を交錯させる。
 それから、羅刹神の体をより強い力を籠めた剣の刃で、バッサリと袈裟懸けに切り裂いた。

 その一撃に手加減はないが、それでも剣の刃は致命傷を避けた軌道を描いていた。

 羅刹神は切断面を見せるような深い傷を負って、盛大に血飛沫を撒き散らせながら前のめりに倒れる。
 そして、苦しそうに息を吐きながらとうとう動かなくなった。

 そんな羅刹神の顔には確かな敗北感が広がっていて、勇也も肩に圧しかかっていた力をスーッと抜いた。

「ここまでだ。完全に勝負あったな」

 勇也は達成感のようなものを感じながらそう宣言する。敵を打ちのめしたことに対する高揚感はないが、安堵させられるものはあった。

 この調子で強くなっていければ良いなとも思うし、心の中には向上心のようなものも芽生えていた。

 こういうのは悪くない感触だな。

 とにかく、危うい局面は何度かあったものの無事に切り抜けられてほっとした。

 負けない自信はあったとはいえ、それでも死の危険は常に感じていたし、やはり神は侮れない存在だなと痛感させられた。

 でも、そんな神に対して完勝できたのだから、自分もまだまだ捨てたものではないと思い勇也は心の中でガッツポーズを取った。

「ちくしょう。もう、どうにでもなりやがれ……」

 そう捨て鉢に言うと、羅刹神は棍棒を手から取り零してピクリともしなくなったが、かろうじて息はしていたので死んではいないのだろう。

 が、戦えなくなった相手に止めを刺す冷徹さは勇也にはない。その甘さはいつか命取りになるかもしれない。

 でも、今はそれで良いと勇也は思った。

 厄介な仕事を片付けられて済々としていた勇也は、次は何を目標にして動けば良いのだろうと思いながら憂いのある顔をする。

 すると、空からイリアがまるで翼の生えた天使のようにふわりと舞い降りてきた。

「羅刹神さんは無事に成敗できたみたいですね。さすがです、ご主人様!」

 イリアは豪放磊落とも言える笑みを浮かべながら言った。

「俺が本気を出せばこんなもんさ。ってのは冗談で、正直に言ってしまえば、それだけ草薙の剣の力が凄かったってことだ。俺の力なんて微々たるもんだよ」

 勇也は謙遜するように言って、草薙の剣の鞘を軽く叩く。

 幾ら羅刹神が神としてはヒヨッコでも、生身の人間には対抗できないほどの力を持っていたのは確かだ。

 一介の高校生にすぎない自分にあそこまでの死闘を演じさせた草薙の剣の力は驚嘆すべきものだろう。

 今の草薙の剣はまさしく勇也の頼れる相棒だった。

「そうだとしても、あんな恐ろしい姿をした鬼と渡り合えるんですから、大した度胸ですよ」

 イリアの痛快さを感じさせる言葉も見え透いたお世辞には思えなかった。

「かもな。で、これからどうするんだ? この町を騒がしていた殺人犯は羅刹神とエル・トーラーだが、相手が神じゃ、警察に通報するわけにもいかんだろ」

 羅刹組の人間も真理の探究者の人間も押し拉がれたような顔をしている。

 自分たちの信じる神が倒されたことで、心の拠り所を失ってしまったらしい。

 神に縋って生きている人間の心など脆いものだ。

「そうですね。だから、ここではっきりと約束させます!」

 イリアはキッとした目で言うと、野外広場全体に響くような大きな声を絞り出す。

「聞こえていますか、羅刹神さんにエル・トーラーさん。残念ながら今の日本の法律では、あなたたちを裁くことはできません」

 イリアは咎める風でもなく、淡々と宣告するような言葉を紡ぐ。

「だから、これからは何があろうと人を殺したりするのは止めてください。今度、事件のようなものを起こしたら、その時は私たちも容赦なくあなたたちの命を奪い取りますよ」

 イリアの切実な訴えが届いたのか、羅刹神もエル・トーラーも反発するような声は上げなかった。
一応、二人とも異存はないということなのだろう。

 ただ、被害にあった人間の心を汲み取るなら、この判決は甘いと言われても仕方がないものだし、そこに言い訳を挟む気はない。
 羅刹神やエル・トーラーが殺した人間に対して良心の呵責を感じているとは思えないし。

 だが、神たちには神たちの生き方があるし、それは尊重しなければならないと思うのだ。神に人間と同じメンタルを求めても、上手くいくはずがない。そこは理解が必要だ。

 人間と神の共存はこの町の命題だろうし、自分とイリアが下した判決の功罪についてはこれからの流れを注視して判断していくしかないな。

 願わくば、羅刹神とエル・トーラーにはこれを期に心を入れ替えて欲しいと思う。神に改心を強いるのは、人間としてはいささか傲慢すぎるのかもしれないが。

 でも、その傲慢さの罪は誰かが背負わなければならないし、そういう自己犠牲が必要とされているのが今の世の中なのかもしれない。

 であれば、その役目は自分が引き受けよう。

 そうすれば、今の自分は紛れもなく正義ヒーローだと誇りを持って言い切ることができるから。

 とにかく、こうして羅刹組と真理の探究者の抗争は一まずは幕を閉じることになった……。と思ったその時、予想もしていなかった横槍が入る。

「警察だ! 全員そこを動くなよ!」

 大音量のスピーカ越しの声が唐突に響き渡る。

 と、同時に元々、広場にあったライトとは別の眩しい光が闇の帳を切り裂くように四方八方からバッと輝いた。


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