上 下
31 / 40

エピソード31 力の差

しおりを挟む
〈エピソード31 力の差〉

 先手必勝とばかりに先に攻撃を仕掛けたのはステッキの先端をヴァルムガンドルに突きつけたイリアだった。

 先端に取り付けられている水晶はイリアの高まり続ける戦意に呼応するかのような鮮烈な輝きを見せている。

 如何なる破壊の力を生み出す魔法が放たれるのか、勇也も巻き添えだけは食わないようにしようと心も体も不測の事態に対応できるように身構える。

 そして、ステッキの先端に瞬時に生み出された火球がメラメラと煮え滾るように燃え上がりながらヴァルムガンドルに向かって放たれる。

 決して避けられない距離ではなかったが、ヴァルムガンドルはかわす素振りすら見せず、驚くべきことに火球に体当たりした。

 その行動は全く予測ができないものだったので勇也もぎょっとする。

 火球が爆発すると、膨れ上がるようにして巻き起こった爆炎をものともせずに突き破ってヴァルムガンドルがイリアへと肉薄してくる。

 まるでダンプカーだし、そんな死を具現化したような圧巻の巨体がイリアに向かって猛然と迫る。

 ヴァルムガンドルの握る大剣は女の細腕と玩具のようなステッキで受けきれるようなものではない。

 勇也は接近戦であれば自分の出番だと思い、イリアを庇うようにして立ち塞がる。
 体に炎を纏わせたヴァルムガンドルが凄まじい勢いで間合いを詰めてくるのを逃げ出したくなる気持ちを抑えて待ち受ける。

 火球の直撃を受けてもヴァルムガンドルには何のダメージもないようだったし、その顔にも苦痛の色は一切ない。

 生半可な攻撃は通用しないし、ダメージを与える攻撃には必殺の威力が必要になる。肝心なのは、それだけの威力を練り上げた攻撃が当たってくれるのかどうかだ。

 ヴァルムガンドルは唸りを上げるような豪快な動作で剣を振り下ろしてくる。空間すら真っ二つに断ち割れそうなほどの威力を持っているように見える一撃だ。

 これは避けるのが正解。

 だが、勇也はヴァルムガンドルの膂力を正確に把握するために、その一撃を敢て真っ向から受け止めるという危険な選択を選んだ。

 ヴァルムガンドルの最初の一撃を受け止められるかどうかで、今後の戦い方も大きく変わってくるからだ。

 故に避けて通れるような一撃ではない。

 大剣が叩きつけられた瞬間、腕の骨が圧し折れるかと思われるほどの重々しい衝撃が勇也の体に襲い掛かった。

 その衝撃たるや羅刹神の棍棒の比ではない。力を振り絞って足を踏ん張ったが、その勢いの強さに押されて膝を突きそうになる。

 ヴァルムガンドルの大剣からすれば、あまりにか細い草薙の剣が折れてしまうのではないかと思ったが、幸いにも草薙の剣はヴァルムガンドルの強烈な一撃に耐えてくれた。

 だが、このまま何度も打ち合ったらどうなるかは分かったものではない。

 草薙の剣にだって心や意思はあるし、それを自分の不甲斐ない戦い振りで殺させてはならない。

 勇也は歯を食いしばってヴァルムガンドルの大剣の一撃を受け止めきると、力勝負では分が悪いことを早々に悟り、機敏さを見せるように大剣を巧みな動きでいなした。

 ヴァルムガンドルの体のバランスが崩れ、巨体が僅かに傾く。その隙を縫うようにして勇也は疾風のような斬撃を放つ。

 が、ヴァルムガンドルはその巨体からは想像できなかった身のこなしを見せると、勇也の繰り出した一撃を確かな余裕を持った動きでかわす。

 その体の動かし方は卓越したものがあるし、相当な巨体にもかかわらず、まるでネコ科の動物のようなしなやかさがある。

 それなら、こちらは小さい体を生かした小回りの利いた動きで戦うしかない。

 勇也は心を折ることなく続けざまに剣を何度も一閃させたがヴァルムガンドルはそれを軽々と大剣で捌いて見せる。

 その様子は、まるで剣の稽古を付けられているかのようだった。
 それから、ヴァルムガンドルは反撃に転じるように、筋肉を大きく隆起させた剛腕で勇也に斬りかかった。

 勇也は受け止めれば自分の体が壊れてしまうと即座に判断し、バックステップを刻んで距離を取る。

 勢いに乗った剣風が勇也の全身の肌を撫でたし、これには勇也の顔も青ざめる。

 斬撃を空振りさせたヴァルムガンドルが追撃に移ろうとすると、その体にイリアの放った特大の火球がまるで列車が正面衝突をしたかのように直撃した。

 先程よりも大きな爆発が生じ、それが地面を大きく抉り取って視界を遮るように大量の粉塵を宙に舞わせる。

 勇也もこれ幸いとばかりにヴァルムガンドルがいた地点から大きく距離を取った。

 が、爆発から雲海を切り裂くように抜け出たヴァルムガンドルの体には傷一つなく、体を焼いている炎を纏わりつかせつつも何の痛痒も見せなかった。

 そんなヴァルムガンドルは勇也と視線を合わせるとニヤリと不気味に笑う。

「なるほど。さすがに自信を持って悪魔との戦いに臨んだだけのことはある。そこらのぽっと出の神では歯が立たなかったのも頷けるな」

 ヴァルムガンドルは勇也やイリアを値踏みするような目で見る。

 その視線に射抜かれていると、こちらの手の内が何もかも読まれているような気分にさせられる。

 それは心身に良いものではない。

「だが、羅刹神やエル・トーラーと吾輩は違うぞ。吾輩は神気によって生み出された者ではなく創造神によって直接、創られた確固たる存在。自然に沸いて出てきたような神とは持っている力の質が違う」

 ヴァルムガンドルは自らの存在への強い矜持を満ち満ちた声で発する。

「創造神から作られた存在は人間の信仰心など必要としない。定められた力というものが、しっかりと決まっているのだ。そこがお前たちとの力の差よ」

 ヴァルムガンドルはそう豪胆に言い放つと再びどこからでも打ち込んで来いと言わんばかりに剣を構える。
 その構えに綻びを見出すことはできない。

 迂闊に攻撃を仕掛けるのは危険だ。

 勇也はどっしりとした山のようにその場に屹立するヴァルムガンドルに向かって、今度は自分の方から慎重を期して間合いを詰める。
 それから、銀色のかまいたちと化した剣の突きをそれこそ流星のようにヴァルムガンドルに浴びせた。

 が、ヴァルムガンドルは蠅でも払うかのように、その無数の突きを大剣で難なくいなす。まるでこちらの動きがスローモーションに見えているかのような正確無比な剣捌きだ。

 勇也は身体能力だけでなく、剣を扱う技量でもヴァルムガンドルに歯が立たないことを理解する。

 今のところ、ヴァルムガンドルを上回れるような力は一つも見当たらない。

 それならば、と思った勇也は後ろに大きく跳躍して距離を取ると、光り輝き始めた草薙の剣の刀身を縦に振り下ろした。

 その動作によって生まれた全てを切り裂く光の刃は、ヴァルムガンドルへと閃光の如き速さで迫る。

 勇也が最後に寄り頼んだのは草薙の剣の特殊能力だった。

 この攻撃すら全く利かないようなら敗色も濃厚になりかねない。だからこそ、勇也も通じてくれと心の中で願った。

 ヴァルムガンドルは飛来する光の刃を大剣で打ち払ったが、それでも消えなかった光の刃の残滓とも言うべきものがヴァルムガンドルの腕を切り裂いた。

 ヴァルムガンドルの二の腕から人間ではありえない紫色の鮮血が迸る。これにはさすがのヴァルムガンドルも少しだけ痛みに顔をしかめた。

「ぽっと出の神の力も馬鹿にできたものじゃないだろ、ヴァルムガンドル」

 勇也は自分の攻撃が掠り傷、程度のものであっても通用したのを見て、何とか自信を持ち直させる。
 例え創造神が直接、作った存在であっても無敵の体というわけではないのだ。であれば、打つべき手はきっとある。

「確かに。鋼鉄を遥かに上回る強度を持つ吾輩の体に傷をつけるとは良い剣だ。これは益々、楽しませてもらえそうだな」

 ヴァルムガンドルは腕の傷には頓着せずに再び剣を構える。

 すると、目には見えないはずのプレッシャーが可視化したかのような勢いで勇也の体に隈なく浴びせられる。

 勇也は一瞬、自分の首がヴァルムガンドル大剣によって鮮やかに跳ねられたかのような幻覚を見てしまった。

 気持ちの悪い汗が全身から噴出する。

 そんな勇也がヴァルムガンドルの顔を恐る恐る窺うと、そこには今までのような泰然さが消えていた。

 それが次からは本気の攻勢に打って出るということを雄弁に物語っていた。

 果たして、今の自分にヴァルムガンドルの虚実を尽くすような攻撃に耐えきることができるのか。

 勇也の不安は増大するばかりだが、その不安に臆し、負けていたら今度の戦いではお話にならない。

 が、それでも、怖いものは怖いのだ。

 そう言いたくなる弱音を恥だとは思わない。ヴァルムガンドルはそれほどの相手なのだ。

 勇也が透徹した目を見せ始めたヴァルムガンドルに恐れ戦いていると、イリアが作り出した特大の光の玉が砲弾のようにヴァルムガンドルに向かって放たれる。

 光の玉は激しくスパークしていて、どんな相手の体であろうと粉々に砕ける破壊力を有しているように見えた。

 少なくとも鋼鉄程度の頑強さなら打ち崩すことはできる力だ。

 ヴァルムガンドルはさすがに尋常ではないエネルギーを見せる光りの玉とぶつかるのは得策ではないと考えたのか、向かってくる光の玉を大剣で軽々と弾き飛ばす。

 跳ね返るようにして飛んできた光の玉はイリアの横手を通り過ぎ、その後ろで勇也が前のめりに倒れそうになる大爆発を生じさせる。

 激しい爆風が荒れ狂ったが、それは勇也にとっては大したことではなかった。

 問題なのは草薙の剣から放たれた光りの刃を無力化できなかったヴァルムガンドルがどうして光の玉を弾き飛ばせたのか。

 それが不自然に思えたのだが、その疑問はすぐに氷解した。

 なぜなら、ヴァルムガンドルの大剣の刀身がまるで血に濡れたかのように紫色に光り輝いていたからだ。

 勇也はその不吉な臭いを感じさせる輝きを見て、自らの体が芯から震えるのを感じた。

 あの光にはイリアの魔法と同じような確かな力が宿っている。もう物理一辺倒の攻撃は仕掛けてはこないだろう。

 イリアは全力を込めたような光の玉を矢継ぎ早に打ち出す。

 だが、物体ではないはずの光の玉はまるでサッカーボールのように四方八方へと弾き飛ばされる。

 光の玉が衝突した場所は次々と耳を劈くような音を轟かせる大爆発を引き起こした。

 イリアは攻撃の手を緩めることなく、今度は指向性の違う攻撃力を宿すビームのような光線を銃弾のように放った。
 が、ヴァルムガンドルは剣の持ち方と刀身の角度を少し変えるだけで、それを防いでしまう。

 それを見ても、イリアはめげることなく全てを貫くような光線を意地を張るように放つ。

 その内の一発は何とかヴァルムガンドルの腕に命中したが、煙草の火を押し付けられたような跡しか与えられない。

 もちろん、強靭な体を持つヴァルムガンドルは何の痛みも感じていないようだった。

 勇也もイリアと入れ替わるように神風を纏ったような光の刃を連続で放ったが、特殊な力が宿ったヴァルムガンドルの大剣によって全て霧散させられる。

 それでも、がむしゃらに光りの刃を放ったが、やはり無駄を悟らせられるように無力化されてしまった。

 馬鹿の一つ覚えのような攻撃が通じる相手ではない。

 もう僅かな掠り傷すら負わせられなかったし、これには自らの心が枯れた花のように萎れていくのを感じる。

 結局、イリアの魔法も勇也の光の刃も堅い守りを見せるヴァルムガンドルにはまるで通じなかった。

 その上、自分たちの攻撃を凌ぎきったヴァルムガンドルはその場から一歩も動いてすらいない。

 余裕を見せているのか、それとも本当に動く必要すらなかった攻撃だったのか、どちらにせよ、ヴァルムガンドルの守りは鉄壁だった。

 イリアもさすがにエネルギーを消費しすぎたのか、息を切らせながら効果の上がらない攻撃の手を一旦、止める。

 無駄なエネルギーの消費は死を早めるような劣勢を生むだけだし、ここは冷静になって活路を見出せるような方法を考える必要がある。

 一方、ヴァルムガンドルの鬼の顔には疲労の影は全くなく、イリアとは違って息一つ乱してはいなかった。

 悪魔の貫禄がこれほどまで恐ろしいものだったとは、と勇也は焦燥を超えた心境で打ち拉がれていた。

「遊びはここまでだ。お前たちの力量は大体、把握できたことだし、次からは本気でお前たちの命を刈り取りに行かせてもらう」

 ヴァルムガンドルは殺気と闘気を混ぜ合わせたような空気を漂わせながら言葉を続ける。

「覚悟は良いな、ご両人」

 ヴァルムガンドルの凄味を湛えた笑みを見て勇也は思わず息を呑んだ。

 どんな攻撃を仕掛けてくるにせよ、対応を間違えれば即、死に繋がる……。

 そう確信できるようなエネルギーの迸りをヴァルムガンドルの持つ大剣からは如実に感じ取ることができる。

 勇也は内心で来るなら来いと叫び、無理やり心を鼓舞する。

 繰り返すようだが、気持ちで負けていたら勝てる戦いも勝てなくなる。だからこそ、ここは気合で立ち向かうしかない。

 そう思った瞬間、ヴァルムガンドルは勇也たちがその間合いにいないにもかかわらず力強く剣を振り下ろす。

 すると、紫色の光の塊が範囲の狭い津波のように押し寄せてくる。

 勇也は咄嗟にヴァルムガンドルの放った攻撃が草薙の剣の光の刃と同じような力だと見て取り横に跳ね飛んだ。

 光の塊は地面を大きく削り取りながら勇也の傍らを猛スピードで走り抜ける。
 そして、中央広場に設置されていた大きな噴水にぶつかり、全てを蹴散らすような大爆発を生じさせた。

 噴水は木っ端みじんに吹き飛び、周囲にあったベンチも紙屑のように宙を舞って破砕する。

 まるでミサイルでも落ちたかのような大規模な破壊。

 こんな破壊の力はイリアの全力を込めた光の玉でも見せることはできないだろう。本気を出したヴァルムガンドルの力は並大抵のものではない。

 勇也は羅刹神が繰り出してきた炎の渦などとは比較にもならない強大な破壊の力を目にし、膝が笑い出しそうになった。

 もし、安易に光の刃で相殺しようとしていたら、自分の体も噴水と同じ運命を辿っていたことだろう。

 恐怖することすらできずに体をバラバラにされて絶命していたはずだ。

 やはり、今のヴァルムガンドルに手加減の文字はない。

 勇也が冷や汗を掻く暇もなく、ヴァルムガンドルは光りの塊を連続かつ怒涛の如き勢いで打ち出してくる。

 破壊の象徴のような光の塊が幾筋も勇也の傍を目まぐるしく駆け抜けた。

 既に中央広場の石畳は無残な形に蹂躙されて見る影もない。知らない人間が見たら空から爆撃でもされたかと思うだろう。

 まさに、ここは人外の力が振るわれる戦場だ。

 勇也はヴァルムガンドルが繰り出してくる光の塊は例え全力を出しても、相殺は絶対にできないと理解する。

 となると、避け続けるしか手がないのが実情だと苦々しく悟った。

 ヴァルムガンドルは間断なく、それでいて避ける隙間を与えないように光の塊を打ち出してくる。
その攻撃の仕方は実に計算し尽くされていて付け入る隙がない。

 そして、そのあまりの破壊力に勇也の体は良いように翻弄される。

 光の塊の直撃こそ避けているものの既に体の方はボロボロだった。

 引き千切れそうな筋肉も大きな悲鳴を上げている。

 光の塊の攻撃は避けるだけでも無視できないダメージを蓄積してくる。このままでは嬲り殺しの状態になるだけだ。

 草薙の剣の光りの刃で応戦してみてもヴァルムガンドルの放つ大きな光の塊に呑み込まれてしまい成す術がない。

 万事休すとはこのことだった。

 勇也はついに力尽きたように両膝を突いてしまう。動けなくなるほどの度重なるダメージを受け、また体力も消耗しきってしまった。

 打つ手なしだと、勇也は諦観にも似た気持ちで白旗を上げたくなる。

 一方、イリアはというと、宙に浮かんで上空へと逃れていた。

「ここまでだな、少年。ただの人間にしては良く戦った方だが、やはり人間は人間だったか」

 ヴァルムガンドルは失望の念を感じさせるように言った。

 勇也は反論する気力も失い、ドサッと前のめりに倒れてしまった。明滅する視界の中で、自分はこんなところで死んでしまうのかと、絶望の淵に突き落とされたような気持ちになる。

 それでも、勇也は気骨を見せるように顔を上げ、上半身を動かそうとする。

 ヴァルムガンドルはそんな勇也に止めを刺すべく大剣を持ち上げていた。死を宣告するような攻撃が繰り出されようとしている。

 ここまでかと勇也は走馬灯さえ見えた気がした。

 が、ヴァルムガンドルの慈悲のない攻撃の手を止めさせるようにイリアが朗々とした声を投げかける。

「ヴァルムガンドルさん。ご主人様が倒れても、まだ私がいます。そんなに血沸き肉躍る戦いがしたければここまで上がってきなさい」

 イリアはその場から動けない勇也を戦いの余波に巻き込みたくないと思ったのか、誰が考えても苦し紛れの挑発をして見せた。

 それに対し、ヴァルムガンドルはフッと和やかに笑うとイリアの挑発を受けて立つような言葉を発する。

「良かろう。空中戦ができないと侮られては吾輩の沽券に関わる。少年よ、死ぬ前にそこで吾輩の戦い振りをじっくりと見ているが良い」

 ヴァルムガンドルは勇也もイリアも生かして返すつもりはないらしいが、その前にとことん戦いを楽しむような腹積もりを見せた。
 それから、イリアが待ち構えている空へと浮かんでいった。


しおりを挟む

処理中です...