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第一章 ゴブリンを嗤うものはゴブリンに泣く
但し、退職金として。上記の通り領収致しました
しおりを挟む代々、女王を君主としているソルピアニ王国。
王国はルテバ大陸の内陸に位置する小国である。
小国ではあるがその歴史は非常に古く、六百年以上も王朝が続いているのは周辺諸国でも群を抜いている。
三百年前には大陸の東半分を支配し強国として名を馳せていたというが、今では往時の領土の1/10にも満たない内陸に押し込まれていた。
白い石造りの回廊を、宮廷召喚士長のロゴールが歩いている。
ツカツカと鳴り響く靴音は機嫌が悪い証拠。
王族が住む場所が王宮。
それに連なる政務の中心となる場所がここ『宮廷』である。
ロゴールは宮廷にある自身専用の執務室へと向かうと、乱暴に扉を開け放つ。
誰かが空気の入れ替えでもしたのだろうか。
開いていた窓と、今しがた解放された扉の間に、風の通り道が出来た。
春の夕風がビュウと吹き抜け、ロゴールの脇を通り過ぎて行く。
ルゴールはソファに腰かけ、ため息をついた。
「最後までふてぶてしいヤツだったが。ようやく追い出せたわ」
今日の昼頃にクビを言い渡してきた宮廷召喚士、いや元宮廷召喚士ラキスのことだ。
ロゴールはラキスという騎士侯が嫌いだった。
五年前に終結した隣国との戦争。
そこで大きな戦果を挙げた、という触れ込みで宮廷召喚士となった平民。
当時は二十にも届かない若造だったはずだ。
そのような歳で宮廷に上がれるのは、由緒正しい貴族の師弟でもごく一部の者だけ。
敬語も知らない騎士候ごときが、おいそれと上がって良い場所では無い。
ラキスは宮廷に紛れ込んだ異物であった。
召喚できるモンスターはゴブリンだけ。
宮廷政治には一切関与せず、派閥に加わる素振りも見せない。
すぐにでもクビにしたい人材だったが、そう簡単にはいかない理由があった。
ラキスを宮廷召喚士に、と抜擢したのが、この国の女王陛下だったからだ。
あの男がどうやって陛下に取り入ったのか、それはわからない。
しかし、もうそんなことはどうでもよい。
先日、ヤツの後ろ盾である女王陛下が倒れた。
原因不明の病。意識は無い。
これは神の差配である、とロゴールは確信した。
すぐさま、ラキス解雇のために宮廷内の根回しを済ませた。
ほかの官吏たちも、その差はあれど同じ気持ちだったのだろう。
大きな反対も無くラキスの解雇は決定された。
ずっとノドに引っ掛かっていた異物が五年越しで取れた爽快感。
しかし、喜んでばかりもいられない。
女王陛下が倒れたことで、ロゴールには急いでやらなくてはならない仕事ができたのだ。
それは――。
コンコン、と扉がノックされる。
「誰だ」
「ボルメンでございます。閣下」
「入れ」
扉を開けて入ってきたのは、エメラルドグリーンの長髪を後ろで束ねた青年。
ボルメンは、ロゴールと同じ貴族派に属する宮廷召喚士のひとりである。
貴族派とは、
『国家は正統なる貴族が導くべき』
『王位は古式に則り長女が継ぐべき』
と考える保守派である。
そして『貴族派』と呼ばれる派閥がある以上、対抗派閥もまたある。
それは、
『国家は高い能力を有する者が導くべき』
『王位もより相応しい子女が継ぐべき』
と考える革新派。これを『自由派』と呼ぶ。
ロゴールは窓の外に誰もいないことを確認して、開け放たれていた窓を閉める。
そのまま、直立不動の体勢で立っているボルメンに静かに近づくと小声で問いかけた。
「首尾はどうだ?」
「はっ。順調にございます。三日後の夕刻、東の森でア――」
彼が言おうとしたのは、さる高貴な人物のファーストネーム。
このような場所で口にさせるわけにはいかない。
「バカ者めっ。宮廷でその名を口にするヤツがあるか」
「はっ。失礼しました。……標的を、始末します」
「わかった」
ボルメンは忠実な部下ではあるが、若さゆえかちょっと脇が甘い。
これは、我が国の第二王女であるアリア殿下を暗殺しようという秘事中の秘事。
もし誰かに聞かれたら、首が飛ぶのはロゴールとボルメンだけでは済まない。
「……本当に、良いのでしょうか?」
「仕方あるまい。これも宮廷召喚士の仕事。国のためを思えばこそ、だ」
若きボルメンは、成人したばかりの若き王女を殺すことにためらいがあるようだ。
「国のため……ですがっ!」
「くどい。もう用は済んだ。下がれ」
ボルメンは追い出されるように、執務室を去っていった。
若きボルメンの背中を見送ったロゴールは再びソファに深く腰を落とし、はああぁぁと深くため息をついた。
(年端もいかない王女を暗殺など、俺だってイヤに決まっている……)
これはロゴールにとっても、気持ちの良い仕事ではない。
女王陛下は貴族派と自由派を刺激しないように、と後継者を指名していなかった。
しかし陛下が倒れた今、早急に跡継ぎを決める必要がある。
すでに他国との外交にも影響が出始めているが、それぞれの派閥は互いに譲るつもりはない。
このままでは第一王女を推す貴族派と、第二王女を推す自由派で国が割れてしまう。
それを避けるためには……自由派が担ぐ神輿を、消すしかないのだ。
(女王陛下がさっさとプレシア王女を後継者と指名していれば……)
アリア王女を殺さずとも済んだ――などと考えても後の祭りである。
まだ若い陛下が病に倒れるなど、ロゴール自身も想定していなかった。
陛下もまた同じだったのだろう。
後継者は追々決めれば良い、と後に回していた。
いつまでも、沈んだ気持ちでいるわけにもいかない。
執務室の奥にあるクローゼットへ向かう。
服を着替えて気分転換、というわけではない。
ここには隠し金庫が設置されているのだ。
嫌な気分を吹き飛ばすには金を眺めるのが良い。
金貨も良いが、金塊は輝きの重厚さが違う。
商人からのワイロ。
宮廷召喚士の活動経費の着服。
我が子を宮廷召喚士にしてくれ、と持ちこまれる心付け。
上位貴族の特権をフル活用して集めた、ロゴールの虎の子がここにある。
クローゼットに仕掛けられた二重底。
そこに納められた合金製の金庫は、ドラゴンの炎でも溶かせない。
金庫に鍵を挿す。回す。
……おかしい、鍵が開いている。
ロゴールの背筋にゾッと悪寒が走った。
嫌な予感がする。
鍵を掛け忘れていただけであれば良い。
だがもし、そうでなかったなら……。
動揺で震える手。
ゆっくりと金庫を開く。
そこに、ロゴールが額に汗して貯めた大金は――入っていなかった。
金塊はもちろん、金貨の1枚もなく、キレイさっぱり消え去っていた。
その代わり、というにはおこがましいが、金庫には紙きれが一枚。
――――――――――――――――――――
| ●領収書 |
| ロゴール様 |
| 〔金貨、いっぱい。金塊、すこし〕 |
| 但し、退職金として。 |
| |
| 上記の通り、領収致しました。 |
| ラキス・トライク |
――――――――――――――――――――
手書きの領収書を手にしたロゴールの肩はプルプルと震えていた。
「ラキイイィィス、トライィクゥ! あの薄汚い盗っ人があああァァァ!!」
ロゴールの叫びが石造りの宮廷に反響する。
アリア王女の件が片付いたら、必ずラキスを見つけ出してこの罪を償わせる。
ロゴールは固く心に誓った。
§ § § § §
「……三日後の夕刻、東の森」
宿でくつろぐラキスの前には、大量の金貨と五本の金塊が積まれている。
退職金代わりにロゴールの隠し財産を盗んできたのは、もちろん彼が召喚したゴブリンである。
ゴブリンは、ついでにヤツの悪だくみも盗み聞きしていた。
ターゲットは分からないが、どうやら誰かを暗殺するつもりらしい。
ロゴールが窓から外を確認しているとき、このゴブリンは窓の下にいた。
気づかなかったのは、ゴブリンのスキルによるものだ。
――――――――――――――――――――
【名称】ゴブリンの密偵
【説明】
潜入・調査を得意とするが、戦闘力は非常に低く、十歳の子供にも負ける。
彼はどこにでもいる、彼はどこにもいない、誰も彼に気づかない
「アレ? ここはドコダ? オレはダレダ?」
【パラメータ】
レアリティ D
攻撃力 E
耐久力 E
素早さ C
コスト A
成長性 D
【スキル】
気配遮断
忍び足
地獄耳
上級開錠技術
――――――――――――――――――――
退職金を受領した以上、ラキスはもはや宮廷となんの関係もない。
これからの目標は、楽でだらだら生きていける新天地を探すこと。
ヤツの悪だくみなど放っておいても構わない。
だが――、
ラキスは「ゴブリンしか召喚できない無能」と言われたことを根に持っていた。
ついでに「平民あがりのクズ」と言われたこともちょっとムカついていた。
「ジャマしてやるか」
ゴブリンを嗤ったロゴール。
ヤツの悪だくみを、ゴブリンが潰すのも一興だ。
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