【完結】婚約破棄された悪役令嬢ですが、もう王子には興味ありません

きゅちゃん

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第13話 「暗躍する影」

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 シュヴァルツヴァルト村での一件から一週間が経った。

 アルトシュタット城の一室で、私は辺境伯に報告書を提出していた。魔獣との戦い、森の異変、そして呪いの存在について、詳細に記したものだ。

「呪いの触媒……ですか」

 ルドルフ辺境伯は、報告書を読みながら深刻な表情を浮かべた。

「これは、ただ事ではありませんね」

「はい。おそらく、森の土地を狙っている者がいます」

 レオンが、テーブルの上に黒い水晶を置いた。

「この触媒は、かなり高度な呪術で精製されています。素人に扱えるものではない」

「つまり、専門の呪術師を雇える、相当な資産を持った人物ということか」

 辺境伯が顎に手を当てて考え込む。

「心当たりは?」

「一つだけ」

 辺境伯が立ち上がり、窓の外を見た。

「隣接するグラウベルク子爵領です。彼らは以前から、シュヴァルツヴァルトの森を自領に編入したいと主張していました」

「でも、森は辺境伯領ですよね?」

「ええ。しかし、グラウベルク子爵は宮廷に強い影響力を持っています。もし森が荒廃し、私が管理能力なしと判断されれば……」

「領地を没収される」

 レオンが冷たく言い放った。

「よくある手口ですね」

「卑劣だわ」

 私は拳を握りしめた。

「森を殺し、魔獣を追い出し、村人を苦しめる。全ては土地が欲しいから?」

「貴族の世界では、よくあることです」

 辺境伯が苦々しく笑った。

「だからこそ、あなた方の力が必要なのです。証拠を掴み、彼らの陰謀を暴きたい」

「わかりました」

 レオンが頷いた。

「調査します。ただし、時間はかかりますよ」

「構いません。慎重に、確実に進めてください」

 部屋を出ると、廊下でカイルが待っていた。

「お疲れ様です。父上から聞きました。グラウベルク子爵のことを調べるんですね」

「ええ。あなたも、何か知ってる?」

「少しだけ。子爵は五十代の男性で、商売に長けています。特に、土地の転売で財を成した」

 カイルの声が低くなる。

「噂では、手段を選ばぬ人物だと。過去にも、いくつかの領地で不審な出来事があったそうです」

「不審な出来事?」

「森の枯渇、水源の汚染、魔獣の異常発生……。そして、その度に子爵が土地を手に入れている」

 つまりは、今回も同じ手口だということだ。

「許せないわね」

「ええ。でも、証拠がなければ動けません」

 カイルが私を見た。

「エリアナ様、危険な調査になるかもしれません。無理はしないでください」

「大丈夫よ。レオンがいるもの」

 そう言いながらも、胸の奥に不安が芽生えていた。

 相手は、宮廷に影響力を持つ貴族。

 下手を打てば、私たちだけでなく、辺境伯家にも累が及ぶ。

 慎重に、そして確実に動かなければならない。

 翌日、レオンと私はグラウベルク子爵領との境界近くの村を訪れた。

 表向きは、魔法使いとしての巡回だ。

 村は、アルトシュタット領の村々と比べて、明らかに豊かだった。

 整備された道、立派な家屋、よく肥えた家畜。

 でも、どこか違和感があった。

 村人たちの顔に、笑顔が少ない。

「いらっしゃい」

 宿屋の主人が、機械的に挨拶した。

 私たちは部屋を取り、情報収集を始めた。

「この村、妙に静かだな」

 レオンが窓から外を見ながら呟いた。

「ええ。豊かなのに、活気がない」

「何かを恐れている顔だ」

 夕方、私は一人で村を歩いてみた。

 市場を覗くと、商人たちが無言で商品を並べている。

 子供たちも、静かに遊んでいる。

 まるで、誰かに監視されているかのような雰囲気だった。

「すみません」

 私は、野菜を売っている老婆に声をかけた。

「この村、いつもこんなに静かなんですか?」

 老婆は一瞬、警戒した目で私を見た。

 そして、小声で言った。

「旅の方なら、早く出て行った方がいい」

「え?」

「ここは、子爵様の目が光っている。余計なことを聞いたり、話したりすれば……」

 老婆が口を閉ざした。

 その時、数人の男たちが近づいてきた。

 全員、剣を腰に下げている。子爵の私兵だ。

「おい、旅の者。何を聞いている」

 リーダー格の男が、威圧的な声で言った。

「いえ、ただ野菜を買おうと思って」

「ならさっさと買って宿に戻れ。日が暮れてからの外出は禁止されている」

「禁止?なぜ?」

「決まりだ。理由を説明する必要はない」

 男が一歩近づく。

 明らかに、追い払おうとしている。

「わかりました」

 私は野菜を買い、その場を離れた。

 だが、男たちの視線が背中に突き刺さるのを感じた。

 宿に戻ると、レオンが待っていた。

「どうだった?」

「おかしいわ。村全体が、何かに怯えている」

 私は、老婆とのやり取りを話した。

「監視社会か。典型的な恐怖支配だな」

 レオンが苦い顔をした。

「おそらく、子爵に逆らった者は、何らかの制裁を受けるんだろう」

「ひどいわ」

「貴族の中には、そういう輩もいる。残念ながらな」

 その夜、私は眠れずにいた。

 窓の外を見ると、村は完全に静まり返っている。

 明かりもほとんどなく、まるで死んだ村のようだった。

 その時、窓の下で何かが動いた。

 黒い影が、建物の間を素早く移動している。

 私は、そっと部屋を出た。

 廊下は暗く、足音を立てないように歩く。

 外に出ると、影はすでに村はずれの森へ向かっていた。

 後をつける。

 月明かりを頼りに、慎重に進む。

 森に入ると、小さな小屋があった。

 窓から光が漏れている。

 そっと近づき、中を覗くと——

 驚くべき光景が広がっていた。

 部屋の中央には、大きな魔法陣が描かれている。

 その周りに、黒いローブを纏った人物が五人。

 彼らは何かを詠唱しながら、魔法陣に魔力を注ぎ込んでいた。

 魔法陣の中心には、黒い水晶が置かれている。

 あれは——シュヴァルツヴァルトで見つけたものと同じだ。

「呪術師……!」

 思わず声が漏れた。

 その瞬間、ローブの一人が振り返った。

「誰だ!」

 扉が勢いよく開き、私は咄嗟に身を隠した。

「誰かいるぞ!探せ!」

 男たちが散開する。

 まずい。

 私は森の奥へと走った。

 枝が顔を引っ掻き、足元の根に何度もつまずきそうになる。

 でも、止まれない。

 背後から、足音が迫ってくる。

「待て!」

 振り返ると、ローブの男が手を伸ばしてきた。

 その手が、私の腕を掴もうとした瞬間——

 銀色の光が弾けた。

 反射的に放った魔法が、男を弾き飛ばす。

「魔法使いか!」

 他の男たちも追いついてきた。

 五人全員が、私を囲む。

「面倒なことになったな」

 リーダー格の男が、禍々しい黒い光を手のひらに集めた。

「見られたからには、消えてもらうしかない」

 黒い光が、私に向かって放たれた。

 私は咄嗟に防御壁を展開する。

 しかし、黒い光は壁を貫通してきた。

 呪術だ。通常の魔法とは質が違う。

 咄嗟に横に跳び、攻撃をかわす。

 だが、すぐに次の攻撃が来た。

 五人全員が、魔法を放ってくる。

 このままでは避けきれない。

 覚悟を決めた、その時。

「エリアナ!」

 レオンの声が響く。

 彼が、私の前に立ちはだかった。

 レオンの周りに、巨大な魔法陣が展開される。

 呪術師たちの攻撃を、全て弾き返した。

「レオン!」

「無茶するな、馬鹿弟子!」

 彼が手を掲げると、青い炎が呪術師たちを包み込んだ。

「ぐあああ!」

 男たちが悲鳴を上げる。

 でも、レオンの炎は彼らを傷つけなかった。

 ただ、動きを封じただけだ。

「さあ、大人しく話してもらおうか」

 レオンが冷たく笑った。

「誰の命令で、呪術を行っている?」

「言うものか……!」

 リーダー格の男が歯を食いしばる。

 その時、森の奥から複数の足音が聞こえてきた。

 現れたのは、フェンリルと黒牙の群れだった。

「エリアナ、大丈夫か」

 フェンリルが私の隣に立つ。

「あなた、どうして?」

「お前の匂いを追ってきた。危険を感じてな」

 フェンリルが呪術師たちを睨む。

「この者たち、悪い魔力を纏っている」

「ああ。こいつらが、森に呪いをかけた張本人だ」

 レオンが、男たちを見下ろした。

「さて、どうする?このまま黙っているか?それとも、魔獣たちに引き渡すか?」

 その言葉に、男たちの顔が青ざめた。

「わ、わかった!話す!話すから!」

 リーダーが叫んだ。

「俺たちは、グラウベルク子爵に雇われた。森を枯らし、辺境伯領を弱体化させろと……!」

「証拠は?」

「子爵からの書簡を持っている。報酬の約束が書かれた……」

 男が震える手で、懐から一通の手紙を取り出した。

 レオンがそれを受け取り、目を通す。

「これは……決定的だな」

 彼が満足そうに笑った。

「エリアナ、これで証拠は掴めた」

「本当に?」

「ああ。これがあれば、子爵を訴えられる」

 私は、ほっと胸を撫で下ろした。

 危険な目には遭ったが、目的は達成できた。

「フェンリル、この男たち、アルトシュタット城まで連れて行ってくれる?」

「任せろ。我が群れが、しっかり監視する」

 フェンリルが牙を剥いた。

 呪術師たちは、恐怖で震えていた。

 翌日、私たちは証拠と呪術師たちを連れて城に戻った。

 辺境伯は、書簡を読んで深く頷いた。

「これは、動かぬ証拠です。すぐに王宮に報告します」

「グラウベルク子爵は、裁かれますか?」

「ええ。これだけの証拠があれば、宮廷も動かざるを得ないでしょう」

 辺境伯が、私とレオンを見た。

「お二人のおかげです。本当にありがとうございました」

「まだ終わっていません」

 レオンが厳しい顔で言った。

「子爵は、必ず反撃してきます。気をつけてください」

「わかっています。こちらも、準備を整えます」

 私たちは、一旦レオンの家に戻ることにした。

 馬車の中で、レオンが言った。

「エリアナ、よく頑張った。でも、無茶はするな」

「ごめんなさい」

「謝らなくていい。お前の行動力は評価する。ただ、もう少し慎重になれ」

 彼が私の頭を撫でた。

「お前は、大事な弟子なんだからな」

 その言葉が、温かかった。

 窓の外では、夕日が沈みかけていた。

 長い一日だった。

 でも、また一つ、正義を守れた。

 これからも、きっと困難は続くだろう。

 でも、諦めない。

 人々を守り、理不尽と戦い続ける。

 それが、私の選んだ道だから。
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