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第五話 発表の場で、全部ひっくり返す
魔法省に勤めて一ヶ月半が経った頃、プロジェクトの中間発表が決まった。
対象は魔法省の上層部と、研究に関心を持つ貴族の有志。十数名が会議室に集まり、詠唱補助式の現状と今後の見通しを報告する、という形式だ。
「発表者はランドールさんにお願いしたい」
トルヴェン主任がそう言ったとき、ミラとデニスは顔を見合わせた。わたしは少し驚いた。
「わたしでよいのですか。主任が発表される方が、説得力があると思いますが」
「計算の誤りを見つけたのも、修正案を出したのも、あなただ。発表者はその人間がやるべきだろう」
主任はそれ以上の説明をしなかった。でも意味は伝わった。
成果は、出した人間のものにする。そういう人なのだ。
「……分かりました。やります」
発表当日の朝、会議室に入ると、想定より人が多かった。
上層部の顔に混じって、貴族の席にセラフィーヌ・クロードがいた。隣には、初めて見る中年の男性貴族が座っている。クロード侯爵、つまり彼女の父親だろう。
来ると思っていなかった、とは言えない。来るかもしれないとは思っていた。ただ、父親まで連れてくるとは思っていなかった。
深呼吸して、発表台に立った。
「詠唱補助式プロジェクト、中間報告を始めます」
発表は順調に進んだ。
計算式の誤りの発見から修正、新しい理論モデルの構築、そして先週完成した試作式の実験結果まで。数字と図解を使いながら説明していくと、上層部の何人かが身を乗り出し始めた。
三年間頓挫していたプロジェクトが、一ヶ月半で動き始めた。それだけで、数字は雄弁だった。
質疑応答に入ったとき、手を挙げたのはクロード侯爵だった。
「ランドール嬢、少し確認させてほしい」
低い、よく通る声だ。会議室の空気が引き締まった。
「どうぞ」
「試作式の実験結果だが、対象者の魔力量の記録が資料にない。これは意図的なものか」
鋭い指摘だった。
実験の対象者はわたし自身で、魔力量は省の平均の三分の一程度だ。その数値を出すと「低魔力者専用の技術ではないか」という批判を受ける可能性がある。だから資料への記載を省いた。省いた、のだが――
「隠蔽と取られても仕方のない省き方だったと思います。申し訳ありません」
まず謝った。言い訳より先に謝る。前世の社会経験が教えてくれた鉄則だ。
「実験対象者はわたし自身です。魔力量は省の平均値の三分の一程度、数値で言うと十二マナです」
会議室がざわめいた。十二マナは、魔法省の採用基準を大幅に下回る数値だ。
セラフィーヌが口を開いた。
「それでは、この技術は低魔力者にしか意味がないのではありませんか。標準的な魔力を持つ方々には、関係のない研究ということになりますわね」
準備してきた言葉だな、とすぐに分かった。声が少し早い。
でも、この反論はわかっていた。
「おっしゃる通り、今回の実験対象は低魔力域に限定されています」
わたしは一度、会議室全体を見渡した。
「ただ、この国の成人人口のうち、魔力量が平均以下の人間は六割を超えています」
数字を出した瞬間、空気が変わった。
「六割の人間が、魔法の恩恵を充分に受けられていない。医療魔法も、農業魔法も、輸送魔法も、すべて一定以上の魔力量を前提として設計されているからです。詠唱補助式が実用化されれば、その六割が対象になります」
クロード侯爵の表情が変わった。さっきまでの試すような目ではなく、純粋に考えている目だ。
「試作式の実験結果では、十二マナの対象者が、補助式の使用によって二十マナ相当の魔法効果を安定して発現できました。つまり、魔力量の底上げではなく、運用効率の改善です。魔力の多い方が使えば、相応の効率改善が見込めます」
最後の一文を聞いて、セラフィーヌが小さく息を呑んだのが分かった。
魔力量の多い貴族にとっても、意味がある技術だと言ったのだ。
「追加実験のデータは来月には揃います。高魔力域での検証結果もその中に含める予定です」
クロード侯爵がゆっくりと頷いた。
「なるほど。失礼な聞き方をした。丁寧にお答えいただいてありがとう」
侯爵が頭を下げた。会議室がまた静かになった。
セラフィーヌは何も言わなかった。ただ、膝の上で手を組んで、正面を向いていた。
発表が終わり、廊下に出たとき、カイル公爵が待っていた。
「よくやりました」
短い言葉だった。でも、この人にしては珍しいほど、はっきりと言った。
「六割の数字は、どこで」
「以前、情報公開請求で取り寄せた資料の中にありました。論文を書くときに使おうと思って、頭に入れておいたんです」
「……なるほど」
公爵は少し黙ってから、また言った。
「今日の発表で、正式採用の話を進めます」
「試用期間は半年では」
「一ヶ月半で充分でした」
言い切る。迷いがない。
わたしは少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです」
廊下の奥から、トルヴェン主任とミラ、デニスが歩いてきた。三人ともどことなく上機嫌だった。
「打ち上げに行くぞ」と主任が言った。主任が打ち上げを提案するのは初めてだった。
「閣下もどうぞ」とデニスが気安く声をかけて、ミラに「ちょっと」と肘で突かれていた。
カイル公爵は少し間を置いて、「では少しだけ」と言った。
思わずミラと目が合った。ミラが口だけで「すごい」と動かした。
わたしも同感だった。
対象は魔法省の上層部と、研究に関心を持つ貴族の有志。十数名が会議室に集まり、詠唱補助式の現状と今後の見通しを報告する、という形式だ。
「発表者はランドールさんにお願いしたい」
トルヴェン主任がそう言ったとき、ミラとデニスは顔を見合わせた。わたしは少し驚いた。
「わたしでよいのですか。主任が発表される方が、説得力があると思いますが」
「計算の誤りを見つけたのも、修正案を出したのも、あなただ。発表者はその人間がやるべきだろう」
主任はそれ以上の説明をしなかった。でも意味は伝わった。
成果は、出した人間のものにする。そういう人なのだ。
「……分かりました。やります」
発表当日の朝、会議室に入ると、想定より人が多かった。
上層部の顔に混じって、貴族の席にセラフィーヌ・クロードがいた。隣には、初めて見る中年の男性貴族が座っている。クロード侯爵、つまり彼女の父親だろう。
来ると思っていなかった、とは言えない。来るかもしれないとは思っていた。ただ、父親まで連れてくるとは思っていなかった。
深呼吸して、発表台に立った。
「詠唱補助式プロジェクト、中間報告を始めます」
発表は順調に進んだ。
計算式の誤りの発見から修正、新しい理論モデルの構築、そして先週完成した試作式の実験結果まで。数字と図解を使いながら説明していくと、上層部の何人かが身を乗り出し始めた。
三年間頓挫していたプロジェクトが、一ヶ月半で動き始めた。それだけで、数字は雄弁だった。
質疑応答に入ったとき、手を挙げたのはクロード侯爵だった。
「ランドール嬢、少し確認させてほしい」
低い、よく通る声だ。会議室の空気が引き締まった。
「どうぞ」
「試作式の実験結果だが、対象者の魔力量の記録が資料にない。これは意図的なものか」
鋭い指摘だった。
実験の対象者はわたし自身で、魔力量は省の平均の三分の一程度だ。その数値を出すと「低魔力者専用の技術ではないか」という批判を受ける可能性がある。だから資料への記載を省いた。省いた、のだが――
「隠蔽と取られても仕方のない省き方だったと思います。申し訳ありません」
まず謝った。言い訳より先に謝る。前世の社会経験が教えてくれた鉄則だ。
「実験対象者はわたし自身です。魔力量は省の平均値の三分の一程度、数値で言うと十二マナです」
会議室がざわめいた。十二マナは、魔法省の採用基準を大幅に下回る数値だ。
セラフィーヌが口を開いた。
「それでは、この技術は低魔力者にしか意味がないのではありませんか。標準的な魔力を持つ方々には、関係のない研究ということになりますわね」
準備してきた言葉だな、とすぐに分かった。声が少し早い。
でも、この反論はわかっていた。
「おっしゃる通り、今回の実験対象は低魔力域に限定されています」
わたしは一度、会議室全体を見渡した。
「ただ、この国の成人人口のうち、魔力量が平均以下の人間は六割を超えています」
数字を出した瞬間、空気が変わった。
「六割の人間が、魔法の恩恵を充分に受けられていない。医療魔法も、農業魔法も、輸送魔法も、すべて一定以上の魔力量を前提として設計されているからです。詠唱補助式が実用化されれば、その六割が対象になります」
クロード侯爵の表情が変わった。さっきまでの試すような目ではなく、純粋に考えている目だ。
「試作式の実験結果では、十二マナの対象者が、補助式の使用によって二十マナ相当の魔法効果を安定して発現できました。つまり、魔力量の底上げではなく、運用効率の改善です。魔力の多い方が使えば、相応の効率改善が見込めます」
最後の一文を聞いて、セラフィーヌが小さく息を呑んだのが分かった。
魔力量の多い貴族にとっても、意味がある技術だと言ったのだ。
「追加実験のデータは来月には揃います。高魔力域での検証結果もその中に含める予定です」
クロード侯爵がゆっくりと頷いた。
「なるほど。失礼な聞き方をした。丁寧にお答えいただいてありがとう」
侯爵が頭を下げた。会議室がまた静かになった。
セラフィーヌは何も言わなかった。ただ、膝の上で手を組んで、正面を向いていた。
発表が終わり、廊下に出たとき、カイル公爵が待っていた。
「よくやりました」
短い言葉だった。でも、この人にしては珍しいほど、はっきりと言った。
「六割の数字は、どこで」
「以前、情報公開請求で取り寄せた資料の中にありました。論文を書くときに使おうと思って、頭に入れておいたんです」
「……なるほど」
公爵は少し黙ってから、また言った。
「今日の発表で、正式採用の話を進めます」
「試用期間は半年では」
「一ヶ月半で充分でした」
言い切る。迷いがない。
わたしは少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです」
廊下の奥から、トルヴェン主任とミラ、デニスが歩いてきた。三人ともどことなく上機嫌だった。
「打ち上げに行くぞ」と主任が言った。主任が打ち上げを提案するのは初めてだった。
「閣下もどうぞ」とデニスが気安く声をかけて、ミラに「ちょっと」と肘で突かれていた。
カイル公爵は少し間を置いて、「では少しだけ」と言った。
思わずミラと目が合った。ミラが口だけで「すごい」と動かした。
わたしも同感だった。
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