元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん

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第二章 宿屋の経営改善

現金の取り扱いは慎重にしましょう

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よく、銀行の支店では1円勘定が合わなくても大騒ぎだというが、あれはまったくその通りである。
勘定を締めて数字が合わないことを「違算」とも言うが、これが発生するとそれはもう大変なことになる。
単なる打ち間違いや数え間違いがほとんどなのだが、こと銀行において、勘定が合わないという事象を「原因不明」で終わらせることは絶対にできない。
銀行が15時に閉まるのは、その後に控えている締めの作業で勘定の数字を確認するのにかなり時間が掛かるということも一因ではないかと思う。

他にも「現金その場限り」という言葉がある。
これは「現金を預かったらその場で数え、そこでお客さんと行員が一緒に確認した結果が全て」ということだ。
つまり、窓口で現金を預かった行員が目の前で30枚と数え、お客さんと一緒に確認したとする。
それから後方に持って行って改めて機械などで数えたら29枚しかなかった、ということはごく稀だがありうることだ。
しかし、お客さんの目から一旦離れた後に、「やっぱり29枚しかありませんでした」と言うことはできない。
いちど30枚と数え、確認し受け入れた以上、たとえ行員の数え間違いで本当は29枚しか預かっていなかったとしても、銀行は30枚受け入れたものとして扱わなければならないのである。

とかく、銀行における「現金」とは神にも等しい存在であり、微塵の誤謬もゆるされない絶対不可侵の聖域なのである。
とはいえ人間のやることなのだから、ミスは必ず起こるものだ。
たぶん、数万円ぐらいの現金不足なら自腹で補填する、という行員もいるのではないだろうか。
現金事故が起きると、金額にもよるが金融庁などの監督官庁への報告が必要になったり、役員会議で取りざたされるようなことにもなりうる。
そんな事故を起こしてしまえば、減点主義の銀行では大バッテンをくらい、生涯冷や飯を食うことになる。
同期が調査役、上席調査役…と出世していくのに、自分はヒラどまりという屈辱に耐え切れず、大概はドロップアウトしていくことになるのだが。
だから、事故が表ざたになるよりはと、自腹でお金を出して隠蔽できるなら隠蔽してしまいかねない世界なのだ。
もちろん現金は大切なものだし、他の人から預かったものだから慎重に扱うのは当然のことなのだが、行き過ぎるとかえって隠蔽体質を産むのは皮肉なことではないだろうか。

「10ファザールですよ」

エルネストの声に我に帰る。
いかんいかん、つい銀行員時代の嫌な思い出が蘇ってしまった…。
10ファザールならせいぜい1,000円というところか。
意外と良心的な値段だなぁ。
もっと取られるのかと思ったぞ。
現代日本の新興宗教なんか、何十万、何百万も搾り取ろうとするところもあるってのに。

「あくまで喜捨であり、気持ちの問題ですから。慈悲深い神の救いはあまねく開かれているべきでしょう。無料にしないのは、軽々しい気持ちで受けようとする者を弾くためです」

察しのいいエルネストが、何も聞かないのに解説してくれた。
俺が転生者であることを見てとり、親切心で教えてくれたのだろう。
うーん、やっぱりいい人っぽいな。

「親切に教えていただいてありがとうございます。僕たちにとって巡礼者の方々は大切なお客様なので、できるだけ快適に過ごしていただこうと思っていまして」

「なるほど、正直な人ですね。とはいえ、我らにとっても巡礼者は大切な客人。彼らの利便が図られるならば、私どもにとってもありがたいことだ」

「…俺はサコンと言います。転生者ですが、少しでもこの国の役に立てればと思って働いています。今は宿屋再建中で、また何かあれば相談に乗っていただければありがたいのですが」

図々しお願いとは思いつつも、思い切って頼んでみる。
エルネストは少し考えるように俺を見ていたが、はっきりとうなずいてくれた。
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