元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

第二章 宿屋の経営改善

宿屋で稼ぐのは大変です

これを先ほどのホテルの例に当てはめてみよう。
「5年後に1億円になる」ホテルの「現在の価値」は確実に1億円以下である、ということになる。
では、この現在の価値をどう算出するか。
もう少し単純な例で考えてみよう。
例えば、銀行に1年あずけておくと、仮に年5%の利息がつくとしよう。
もちろん、実際にはその10分の1もつかないことがほとんどだが、あくまでも例なのであまり気にしてはいけない。

ということは、仮に100万円を1年預けておくと、1年後には105万円になる。
では2年後はどうだろうか。
利息として受け取った5万円にも利息が付くことを忘れてはいけない。これを複利という。
105万円×1.05=110万2,500円となる。
これを逆にする、つまり「将来の時点でのある金額」を、利率で割り戻してやれば「現在の価値」の金額が出ることになる。

ややこしい数式で表すと、PV＝FV/(1＋r)n乗　となる。
PVとはPresent Value=現在価値、FVとはFuture Value=将来価値、rが割引率、つまりどれぐらいの利息が見込めるかという設定値である。
これを最初のホテルに当てはめ、仮に割引率を5%と設定すると、このホテルの現在価値は「78,352,616円」ということになる。
色々とややこしいので、ざっくりと「将来のお金」よりも「今のお金」の方が価値がある、という考えが「現在価値」だと思ってもらえばいい。

と、こんな調子で色々と手法を考えてはみたものの、やはり「ミストラル」の状況を考えると「直接還元法」が一番ふさわしいようである。
「DCF法」は、数年後にミストラルを売却するわけでもないので適しているとはいいがたい。
ミストラルの収益をベースに、かなりざっくりした数字にはなってしまうが「還元利回り」を設定して価格を算出してみよう。

「確か、ミストラルにある客室は全部で8つ…でしたよね？」

自分の目で確かめてはいたが、念のためもう一度確認する。
ローグさんが頷いた。

「一階に3室、二階に5室じゃ。一階は3人まで、二階は2人まで。」

「これまではいくらで泊まれたんですか？」

「朝食付き一泊で、一人20ファザールだね」

今度はハンナさんが即答する。
20ファザール…だいたい日本円で2,000円ぐらいか。
中世ヨーロッパの宿屋が、一泊1,200円から3,600円ぐらいだからまぁ妥当か、むしろ安い方なのだろう。

仮に毎日全室が埋まると19人×2,000×30日×12ヶ月で1,368万円か…一見大きいようだが、これはあくまで諸経費を差し引く前の売り上げだ。
ここから食事代や宿のメンテナンス費用、各種租税公課などを差っ引き、さらには夫婦の生活費も捻出するのだから、それほどは残るまい。
ましてや毎日満室でフル稼働など夢のまた夢で、真冬なんかはぐっとお客さんも減ってしまうだろう。
本来であれば、これまでの帳簿なんかを全部総ざらいしてきっちりした収支計画を建てたいところだが、本格的にやると数ヶ月レベルの作業になりかねない。
まして、会計制度もよくわかっていない状況では、正しく分析できるかもわからない。
多少強引ではあるが、過去はとりあえず置いておいて、収益上の「目指すべき姿」を考えてみるとしよう。