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第16話 結婚準備と不穏な影
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婚約から二週間が経った。
城内は結婚式の準備で大忙しだ。式は一ヶ月後の春の日に決まり、国中が祝賀ムードに包まれている。
「ルーナ様、ドレスの最終フィッティングですよ」
メリッサが嬉しそうに声をかけてきた。
控室に用意されていたのは、真っ白なウェディングドレス。シンプルながらも上品で、胸元には小さなダイヤがあしらわれている。
「素敵……」
鏡の前に立つと、まるで別人のようだった。偽物の聖女として震えながら過ごしていた頃が、遠い昔のように思える。
「お美しいですわ」
エリスが感嘆の声を上げた。
「アルベルト様、きっと見惚れてしまわれますね」
「そうでしょうか?」
「間違いありません」
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは王様だった。
「王様、どうぞお入りください」
「いや、すぐに失礼するよ」
王様が少し困ったような表情を見せた。
「実は、少し気になる報告があってね」
「気になる報告?」
「隣国で、また不審な事件が起きているようなのだ」
私とエリスが顔を見合わせた。まさか、また深淵の教団が?
「どのような事件でしょう?」
「村人が突然消える事件だ」
王様が地図を広げた。
「最初は一人、二人だったが、今では村全体が無人になっているところもある」
「消える……」
「足跡も、争った形跡も残っていない。まるで煙のように、忽然と姿を消すのだ」
不吉な予感がした。
「深淵の教団の可能性は?」
エリスが尋ねた。
「高いだろうね」
王様が頷いた。
「ただ、今回は手口が違う。以前のような派手な攻撃ではなく、静かに、密かに行われている」
「つまり、作戦を変えてきたということですね」
「おそらく、イザベラの件で学習したのだろう」
私は不安になった。結婚式を前にして、また危険が迫っているなんて。
「でも、心配することはない」
王様が私を見つめた。
「今回は我が国に直接の害はない。結婚式は予定通り行おう」
「でも、困っている人がいるなら——」
「ルーナ」
王様が優しく微笑んだ。
「君の優しさはよくわかる。でも、今は君の幸せを最優先に考えよう」
確かに、王様の言う通りかもしれない。でも、心のどこかでざわめきを感じていた。
王様が去った後、エリスが口を開いた。
「気になりますね」
「ええ。でも、今は何もできませんし——」
「いえ」
エリスが首を振った。
「調査だけでもしてみませんか?」
「調査って、どうやって?」
「情報収集です」
エリスが説明した。
「商人や旅人から話を聞けば、何かわかるかもしれません」
それは良い案だった。直接危険に身を晒すわけではないし、情報があれば対策も立てられる。
「やってみましょう」
午後、私たちは変装して街の酒場に向かった。旅人たちが情報交換をする場所だ。
「聞いたかい? 北の村の話」
カウンターで、商人らしき男が話していた。
「ああ、恐ろしい話だな」
別の男が応じる。
「一夜にして、村人が全員いなくなるなんて」
私たちは耳を澄ませた。
「しかも、家の中はそのまま。食事の途中だった皿も、そのまま残ってるんだとか」
「まるで、時が止まったみたいだな」
「何かの魔法かもしれん」
魔法……やはり、自然現象ではないようだ。
「最近、黒いローブの人間を見たって話もあるしな」
私とエリスが緊張した。黒いローブ——深淵の教団の制服だ。
「どこで見たって?」
「森の奥深く。夜中に、松明を持って歩いてたそうだ」
「気味が悪いな」
私たちは十分な情報を得て、城に戻った。
「やはり、深淵の教団の仕業のようですね」
「でも、目的がわからない」
エリスが首をひねった。
「なぜ、村人を消すのでしょう?」
「人質として利用するつもりでしょうか?」
「可能性はありますね」
その夜、私は眠れずにいた。
結婚式を一ヶ月後に控えて、幸せの絶頂にいるはずなのに、心は晴れない。
どこかで、人々が苦しんでいるかもしれない。
でも、今の私にできることは限られている。
窓の外を見ると、満月が輝いていた。美しい夜なのに、なぜか不安でいっぱいになる。
コンコン。
扉がノックされた。こんな時間に?
「はい?」
「ルーナ、僕だ」
アルベルトの声だった。急いで扉を開ける。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「君が心配で眠れなくて」
彼が苦笑いした。
「隣国の件、気にしているでしょう?」
やはり、お見通しだった。
「ええ……困っている人を見捨てるのは辛くて」
「それが君らしいところだ」
アルベルトが私の手を取った。
「でも、今は我慢の時だ」
「我慢の時?」
「深淵の教団は、きっと君を狙っている」
彼の表情が真剣になった。
「結婚式の日を狙って、何か仕掛けてくる可能性もある」
「それは……」
「だから、今は慎重に行動しよう」
アルベルトが私の頬に触れた。
「君を失いたくないんだ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「わかりました。でも——」
「でも?」
「もし本当に危険が迫ったら、私は戦います」
アルベルトが微笑んだ。
「そう言うと思った」
「呆れましたか?」
「いや、誇らしいよ」
彼が私を抱きしめた。
「君のそういうところが、愛おしい」
その夜、私たちは朝まで話し続けた。
結婚への期待、将来への不安、そして深淵の教団への対策——
話せば話すほど、この人と一緒なら大丈夫だという確信が深まった。
翌朝、新たな報告が入った。
「また三つの村が消えました」
伝令官が青ざめた顔で報告した。
「今度は、我が国に近い場所です」
ついに、危険が身近に迫ってきた。
結婚式まで、あと二週間。
果たして、無事に迎えることができるだろうか。
城内は結婚式の準備で大忙しだ。式は一ヶ月後の春の日に決まり、国中が祝賀ムードに包まれている。
「ルーナ様、ドレスの最終フィッティングですよ」
メリッサが嬉しそうに声をかけてきた。
控室に用意されていたのは、真っ白なウェディングドレス。シンプルながらも上品で、胸元には小さなダイヤがあしらわれている。
「素敵……」
鏡の前に立つと、まるで別人のようだった。偽物の聖女として震えながら過ごしていた頃が、遠い昔のように思える。
「お美しいですわ」
エリスが感嘆の声を上げた。
「アルベルト様、きっと見惚れてしまわれますね」
「そうでしょうか?」
「間違いありません」
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは王様だった。
「王様、どうぞお入りください」
「いや、すぐに失礼するよ」
王様が少し困ったような表情を見せた。
「実は、少し気になる報告があってね」
「気になる報告?」
「隣国で、また不審な事件が起きているようなのだ」
私とエリスが顔を見合わせた。まさか、また深淵の教団が?
「どのような事件でしょう?」
「村人が突然消える事件だ」
王様が地図を広げた。
「最初は一人、二人だったが、今では村全体が無人になっているところもある」
「消える……」
「足跡も、争った形跡も残っていない。まるで煙のように、忽然と姿を消すのだ」
不吉な予感がした。
「深淵の教団の可能性は?」
エリスが尋ねた。
「高いだろうね」
王様が頷いた。
「ただ、今回は手口が違う。以前のような派手な攻撃ではなく、静かに、密かに行われている」
「つまり、作戦を変えてきたということですね」
「おそらく、イザベラの件で学習したのだろう」
私は不安になった。結婚式を前にして、また危険が迫っているなんて。
「でも、心配することはない」
王様が私を見つめた。
「今回は我が国に直接の害はない。結婚式は予定通り行おう」
「でも、困っている人がいるなら——」
「ルーナ」
王様が優しく微笑んだ。
「君の優しさはよくわかる。でも、今は君の幸せを最優先に考えよう」
確かに、王様の言う通りかもしれない。でも、心のどこかでざわめきを感じていた。
王様が去った後、エリスが口を開いた。
「気になりますね」
「ええ。でも、今は何もできませんし——」
「いえ」
エリスが首を振った。
「調査だけでもしてみませんか?」
「調査って、どうやって?」
「情報収集です」
エリスが説明した。
「商人や旅人から話を聞けば、何かわかるかもしれません」
それは良い案だった。直接危険に身を晒すわけではないし、情報があれば対策も立てられる。
「やってみましょう」
午後、私たちは変装して街の酒場に向かった。旅人たちが情報交換をする場所だ。
「聞いたかい? 北の村の話」
カウンターで、商人らしき男が話していた。
「ああ、恐ろしい話だな」
別の男が応じる。
「一夜にして、村人が全員いなくなるなんて」
私たちは耳を澄ませた。
「しかも、家の中はそのまま。食事の途中だった皿も、そのまま残ってるんだとか」
「まるで、時が止まったみたいだな」
「何かの魔法かもしれん」
魔法……やはり、自然現象ではないようだ。
「最近、黒いローブの人間を見たって話もあるしな」
私とエリスが緊張した。黒いローブ——深淵の教団の制服だ。
「どこで見たって?」
「森の奥深く。夜中に、松明を持って歩いてたそうだ」
「気味が悪いな」
私たちは十分な情報を得て、城に戻った。
「やはり、深淵の教団の仕業のようですね」
「でも、目的がわからない」
エリスが首をひねった。
「なぜ、村人を消すのでしょう?」
「人質として利用するつもりでしょうか?」
「可能性はありますね」
その夜、私は眠れずにいた。
結婚式を一ヶ月後に控えて、幸せの絶頂にいるはずなのに、心は晴れない。
どこかで、人々が苦しんでいるかもしれない。
でも、今の私にできることは限られている。
窓の外を見ると、満月が輝いていた。美しい夜なのに、なぜか不安でいっぱいになる。
コンコン。
扉がノックされた。こんな時間に?
「はい?」
「ルーナ、僕だ」
アルベルトの声だった。急いで扉を開ける。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「君が心配で眠れなくて」
彼が苦笑いした。
「隣国の件、気にしているでしょう?」
やはり、お見通しだった。
「ええ……困っている人を見捨てるのは辛くて」
「それが君らしいところだ」
アルベルトが私の手を取った。
「でも、今は我慢の時だ」
「我慢の時?」
「深淵の教団は、きっと君を狙っている」
彼の表情が真剣になった。
「結婚式の日を狙って、何か仕掛けてくる可能性もある」
「それは……」
「だから、今は慎重に行動しよう」
アルベルトが私の頬に触れた。
「君を失いたくないんだ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「わかりました。でも——」
「でも?」
「もし本当に危険が迫ったら、私は戦います」
アルベルトが微笑んだ。
「そう言うと思った」
「呆れましたか?」
「いや、誇らしいよ」
彼が私を抱きしめた。
「君のそういうところが、愛おしい」
その夜、私たちは朝まで話し続けた。
結婚への期待、将来への不安、そして深淵の教団への対策——
話せば話すほど、この人と一緒なら大丈夫だという確信が深まった。
翌朝、新たな報告が入った。
「また三つの村が消えました」
伝令官が青ざめた顔で報告した。
「今度は、我が国に近い場所です」
ついに、危険が身近に迫ってきた。
結婚式まで、あと二週間。
果たして、無事に迎えることができるだろうか。
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