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父
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朝日が差し込む窓辺で、ベルティアは静かに紅茶を啜っていた。昨夜の婚約破棄からわずか数時間しか経っていないというのに、彼女の表情は穏やかだった。しかしその翡翠色の瞳の奥には、激しい決意の炎が揺らめいている。
「お嬢様、朝食の準備ができました」メリッサが部屋に入ってきた。
「ありがとう、メリッサ」ベルティアは微笑みながら答えた。「今日からは忙しくなるわね」
メリッサは困惑の表情を浮かべた。昨夜の出来事で打ちのめされているかと思いきや、お嬢様は何か重要な決断を下したように見える。
「忙しく...ですか?」
「ええ」ベルティアはテーブルに置かれた書類に目を向けた。「まず、父上と話さなければならないわ。それから、私が持っている全ての資産を確認する必要があるの」
忠実な侍女は主人の変化に驚いていた。これまでのベルティアは、家柄に見合った教養を身につけ、社交界での立ち振る舞いを磨くことばかりに気を配っていた。資産管理などに彼女が関心を示すことはなかったのだ。
「お嬢様、昨夜の件については...」
「心配しないで、メリッサ」ベルティアは静かに答えた。「確かに屈辱的だったわ。でもね、あれは私にとって目覚めのようなものだったの。今まで私は、ただ周囲の期待に応えるだけの人形のように生きてきた。でも、これからは違う」
彼女は立ち上がり、窓から差し込む朝日に顔を向けた。金色の髪が朝の光に輝き、まるで彼女自身が光を放つかのように見えた。
「これからの私は、他人の期待のためではなく、自分自身のために生きるわ」
ノックの音が響き、執事のセバスチャンが扉を開けた。
「お嬢様、お父上がお呼びです。書斎でお待ちになっていると」
ベルティアは小さくため息をついた。予想していたことだ。昨夜の祝宴で起きた事件は、今頃帝都中に広まっているだろう。叱責も覚悟していた。
「わかったわ。すぐに行くわ」
彼女は姿見の前で衣装を整え、背筋を伸ばした。もう泣き言を言う少女ではない。自分の道を自分で切り開く強い女性になると決めたのだから。
---
ロゼンクロイツ家当主の書斎は、重厚な本棚と古書で埋め尽くされていた。錬金術や魔法理論の書物が並ぶ一方で、経済や政治に関する最新の資料も整然と並べられている。部屋の中央には、大きな黒檀の机があり、その後ろには堂々たる体格の男性が座っていた。
アルフレッド・フォン・ロゼンクロイツ。帝国五大貴族の一つ、ロゼンクロイツ家の現当主であり、帝国最高議会の議長を務める男だ。その白金の髪と濃い眉毛、そして威厳に満ちた顔立ちは、娘のベルティアに受け継がれていた。
「入りなさい、ベルティア」
低く、しかし力強い声に応えて、ベルティアは書斎に足を踏み入れた。
「お呼びでしょうか、父上」
彼女は背筋を伸ばし、真っ直ぐに父親の目を見つめた。
アルフレッドは娘をじっと観察した。昨夜の出来事の後、彼女が泣きはらした顔で現れると思っていたが、目の前の娘は凛として、むしろ昨日までよりも強い意志を宿した瞳をしていた。
「昨夜の件は聞いたぞ」アルフレッドは落ち着いた声で言った。「クレイン王太子との婚約破棄、そして学院からの退学と社交界からの追放...」
ベルティアは静かに頷いた。「はい。全て事実です」
「平民の娘をいじめたというのも本当なのか?」
「偽りです」ベルティアはきっぱりと答えた。「私はエリーゼ・ブラウンを一度も虐めたことはありません。むしろ、彼女が学院に入学した時、平民出身ということで周囲から孤立していたのを助けたのは私です」
アルフレッドは眉を寄せた。「では、なぜそのような濡れ衣を着せられた?」
「政治的な駆け引きでしょう」ベルティアは冷静に分析した。「クレイン王太子は平民出身のエリーゼと結婚したいが、貴族社会の反発を恐れている。そこで、私を悪役に仕立て上げ、彼の行動を正当化したのだと考えております」
「なるほど...」アルフレッドは思索に耽った。「確かに筋は通っている。だが、それだけで王太子がここまでの行動に出るとは思えんな」
「私もそう思います」ベルティアは頷いた。「裏に何かあるはずです。エリーゼ・ブラウンについても、単なる平民ではないかと」
二人は沈黙のうちに考えを巡らせた。その様子は親子だけあってどこか似ている。ロゼンクロイツ家は魔法研究と錬金術で帝国に貢献してきた名門。アルフレッドもベルティアも、単なる社交界の華ではなく、冷静な分析力と洞察力を持っていた。
「ベルティア」アルフレッドが口を開いた。「お前は今後、どうするつもりだ?」
これが最も重要な質問だった。父親は娘の意志を確認しているのだ。
ベルティアは深く息を吸い、決意を込めて言った。「私は諦めません。自分の名誉を回復し、真実を明らかにするつもりです」
アルフレッドの表情に変化はなかったが、その眼差しに微かな誇りの光が宿った。
「そうか。ならば、お前を助けよう」
彼は机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「これは本来、お前が二十歳になった時に渡すつもりだったものだ。だが、状況が変わった。今渡すことにする」
ベルティアは差し出された書類を受け取った。それは彼女名義の資産明細だった。彼女の母親——故アイリス・フォン・ロゼンクロイツが娘のために遺した私的な資産だ。
「これは...」
「お前の母親の遺産だ。彼女は早くに亡くなったが、お前のためにこれだけの資産を準備していた」いつも冷徹なアルフレッドの声に、珍しく温かな感情が滲んでいた。「これはロゼンクロイツ家の資産とは別のもので、完全にお前個人に属する。誰も手を出せない」
ベルティアは書類に目を通し、そのまま見上げた。そこには考えもしなかった金額が記されていた。
「そして、これも」アルフレッドは別の地図を広げた。「帝国西部の国境近く、リーデン地方にある別荘と土地だ。母親の生家の所有地で、現在は使われていないが、お前が望むなら使ってよい」
「父上...」ベルティアは言葉を失った。
「社交界からの追放は六か月間だ。その間、お前は公の場に姿を現すことができない。だが、それはむしろ好機と捉えるべきだ」アルフレッドは立ち上がり、窓の外を見つめた。「お前はこれまで、完璧な令嬢としての教育を受けてきた。しかし、真の意味での力を持っているとは言えない」
「真の力...」
「そうだ。魔法の実践的な使い方、剣術、そして商業や政治の駆け引きなど、本当の意味で自立するために必要な術を身につけるが良い」
ベルティアは父親の言葉に驚いた。これまで彼は、娘に対して令嬢としての振る舞いのみを求め、実践的な技術を学ぶことには反対していたのだから。
「父上、私がそのようなことを学んでも...良いのですか?」
アルフレッドはわずかに微笑んだ。その表情は娘にとって新鮮だった。
「お前は私の娘だが、単なる飾り物ではない。ロゼンクロイツの血を引く者として、真の力を身につけるべき時が来たのだろう」彼は真剣な眼差しで娘を見つめた。「しかし忘れるな。当家は常に品位と名誉を重んじてきた。復讐のために汚い手段を使うな。正々堂々と勝て」
ベルティアは背筋を伸ばし、敬意を込めて頷いた。
「わかりました、父上。ロゼンクロイツ家の誇りを汚すようなことはいたしません」
アルフレッドは満足そうに頷いた。「明日から、お前はリーデン地方の別荘に移る。そこで新たな学びを始めるんだ。私から何人かの家庭教師を手配しておこう」
「感謝します」
「もう一つ」アルフレッドは机の上の小箱を取り、娘に手渡した。「これを開けてみろ」
ベルティアが小箱を開けると、中には一つの指輪が収められていた。彼女がこれまで見たことのない、深い青色の宝石が施されている。
「これは...?」
「お前の母親の形見、彼女の一族に伝わる魔法の指輪だ。使い方を学べば、お前の力になるだろう」
ベルティアは静かに指輪を手に取り、左手の薬指にはめた。婚約指輪があった場所だ。瞬間、彼女の体に暖かい魔力が流れるのを感じた。
「母上の...」彼女は目を閉じ、優しかった母の温もりを感じるようだった。
「さあ、準備をするんだ」アルフレッドは娘に背を向けた。「社交界に復帰する時、もはや誰もお前を侮れないような存在になって戻ってくるのだ」
「はい、父上」ベルティアは深く頭を下げた。「必ずや、期待にお応えしましょう」
部屋を出る前、彼女は振り返った。父親は窓の外を見つめ、物思いにふけっていた。彼の背中には、娘を見守る強さと、そして心配する親の優しさが混在しているように見えた。
---
翌朝、まだ日の出前のことだった。ベルティアはメリッサと共に、小さな旅行用馬車に乗り込んでいた。大きな荷物はすでに別の馬車で先に送られている。
「リーデン地方への旅は三日ほどかかるそうです」メリッサが地図を確認しながら言った。「途中、山岳地帯を通るため、少し大変かもしれません」
「問題ないわ」ベルティアは窓の外を見つめた。「むしろ、新しい景色を見るのは楽しみよ」
帝都の門を出る前、彼女は振り返った。生まれ育った都市、そして自分が築いてきた全てがあるこの場所。六か月後、彼女は必ず戻ってくる。しかし、その時の彼女は、今とは全く違う人間になっているだろう。
「今はさようなら、帝都」彼女は小さく呟いた。「そして、さようなら、ベルティア・フォン・ロゼンクロイツ令嬢」
メリッサは首を傾げた。「お嬢様?」
ベルティアは微笑んだ。「古い自分に別れを告げたの。これからの私は、単なる『令嬢』ではない」
彼女の青い指輪が朝日に反射して光った。
「リーデンに着いたら、まず何をなさるおつもりですか?」
「まずは、この地域のことを知ること。それから...」ベルティアは決意を込めて言った。「魔法と剣術の特訓を始めるわ。私は強くなる。誰にも負けない強さを手に入れるために」
馬車は朝靄の中を進み、帝都の輪郭が次第に小さくなっていった。ベルティアは前を向き、強く握りしめた拳を見つめた。
「待っていなさい、クレイン、エリーゼ。私は必ず戻る。そして、真実を明らかにするわ」
彼女の目に、強い決意の炎が宿っていた。断罪された悪役令嬢の再生の物語が、今まさに始まろうとしていた。
「お嬢様、朝食の準備ができました」メリッサが部屋に入ってきた。
「ありがとう、メリッサ」ベルティアは微笑みながら答えた。「今日からは忙しくなるわね」
メリッサは困惑の表情を浮かべた。昨夜の出来事で打ちのめされているかと思いきや、お嬢様は何か重要な決断を下したように見える。
「忙しく...ですか?」
「ええ」ベルティアはテーブルに置かれた書類に目を向けた。「まず、父上と話さなければならないわ。それから、私が持っている全ての資産を確認する必要があるの」
忠実な侍女は主人の変化に驚いていた。これまでのベルティアは、家柄に見合った教養を身につけ、社交界での立ち振る舞いを磨くことばかりに気を配っていた。資産管理などに彼女が関心を示すことはなかったのだ。
「お嬢様、昨夜の件については...」
「心配しないで、メリッサ」ベルティアは静かに答えた。「確かに屈辱的だったわ。でもね、あれは私にとって目覚めのようなものだったの。今まで私は、ただ周囲の期待に応えるだけの人形のように生きてきた。でも、これからは違う」
彼女は立ち上がり、窓から差し込む朝日に顔を向けた。金色の髪が朝の光に輝き、まるで彼女自身が光を放つかのように見えた。
「これからの私は、他人の期待のためではなく、自分自身のために生きるわ」
ノックの音が響き、執事のセバスチャンが扉を開けた。
「お嬢様、お父上がお呼びです。書斎でお待ちになっていると」
ベルティアは小さくため息をついた。予想していたことだ。昨夜の祝宴で起きた事件は、今頃帝都中に広まっているだろう。叱責も覚悟していた。
「わかったわ。すぐに行くわ」
彼女は姿見の前で衣装を整え、背筋を伸ばした。もう泣き言を言う少女ではない。自分の道を自分で切り開く強い女性になると決めたのだから。
---
ロゼンクロイツ家当主の書斎は、重厚な本棚と古書で埋め尽くされていた。錬金術や魔法理論の書物が並ぶ一方で、経済や政治に関する最新の資料も整然と並べられている。部屋の中央には、大きな黒檀の机があり、その後ろには堂々たる体格の男性が座っていた。
アルフレッド・フォン・ロゼンクロイツ。帝国五大貴族の一つ、ロゼンクロイツ家の現当主であり、帝国最高議会の議長を務める男だ。その白金の髪と濃い眉毛、そして威厳に満ちた顔立ちは、娘のベルティアに受け継がれていた。
「入りなさい、ベルティア」
低く、しかし力強い声に応えて、ベルティアは書斎に足を踏み入れた。
「お呼びでしょうか、父上」
彼女は背筋を伸ばし、真っ直ぐに父親の目を見つめた。
アルフレッドは娘をじっと観察した。昨夜の出来事の後、彼女が泣きはらした顔で現れると思っていたが、目の前の娘は凛として、むしろ昨日までよりも強い意志を宿した瞳をしていた。
「昨夜の件は聞いたぞ」アルフレッドは落ち着いた声で言った。「クレイン王太子との婚約破棄、そして学院からの退学と社交界からの追放...」
ベルティアは静かに頷いた。「はい。全て事実です」
「平民の娘をいじめたというのも本当なのか?」
「偽りです」ベルティアはきっぱりと答えた。「私はエリーゼ・ブラウンを一度も虐めたことはありません。むしろ、彼女が学院に入学した時、平民出身ということで周囲から孤立していたのを助けたのは私です」
アルフレッドは眉を寄せた。「では、なぜそのような濡れ衣を着せられた?」
「政治的な駆け引きでしょう」ベルティアは冷静に分析した。「クレイン王太子は平民出身のエリーゼと結婚したいが、貴族社会の反発を恐れている。そこで、私を悪役に仕立て上げ、彼の行動を正当化したのだと考えております」
「なるほど...」アルフレッドは思索に耽った。「確かに筋は通っている。だが、それだけで王太子がここまでの行動に出るとは思えんな」
「私もそう思います」ベルティアは頷いた。「裏に何かあるはずです。エリーゼ・ブラウンについても、単なる平民ではないかと」
二人は沈黙のうちに考えを巡らせた。その様子は親子だけあってどこか似ている。ロゼンクロイツ家は魔法研究と錬金術で帝国に貢献してきた名門。アルフレッドもベルティアも、単なる社交界の華ではなく、冷静な分析力と洞察力を持っていた。
「ベルティア」アルフレッドが口を開いた。「お前は今後、どうするつもりだ?」
これが最も重要な質問だった。父親は娘の意志を確認しているのだ。
ベルティアは深く息を吸い、決意を込めて言った。「私は諦めません。自分の名誉を回復し、真実を明らかにするつもりです」
アルフレッドの表情に変化はなかったが、その眼差しに微かな誇りの光が宿った。
「そうか。ならば、お前を助けよう」
彼は机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「これは本来、お前が二十歳になった時に渡すつもりだったものだ。だが、状況が変わった。今渡すことにする」
ベルティアは差し出された書類を受け取った。それは彼女名義の資産明細だった。彼女の母親——故アイリス・フォン・ロゼンクロイツが娘のために遺した私的な資産だ。
「これは...」
「お前の母親の遺産だ。彼女は早くに亡くなったが、お前のためにこれだけの資産を準備していた」いつも冷徹なアルフレッドの声に、珍しく温かな感情が滲んでいた。「これはロゼンクロイツ家の資産とは別のもので、完全にお前個人に属する。誰も手を出せない」
ベルティアは書類に目を通し、そのまま見上げた。そこには考えもしなかった金額が記されていた。
「そして、これも」アルフレッドは別の地図を広げた。「帝国西部の国境近く、リーデン地方にある別荘と土地だ。母親の生家の所有地で、現在は使われていないが、お前が望むなら使ってよい」
「父上...」ベルティアは言葉を失った。
「社交界からの追放は六か月間だ。その間、お前は公の場に姿を現すことができない。だが、それはむしろ好機と捉えるべきだ」アルフレッドは立ち上がり、窓の外を見つめた。「お前はこれまで、完璧な令嬢としての教育を受けてきた。しかし、真の意味での力を持っているとは言えない」
「真の力...」
「そうだ。魔法の実践的な使い方、剣術、そして商業や政治の駆け引きなど、本当の意味で自立するために必要な術を身につけるが良い」
ベルティアは父親の言葉に驚いた。これまで彼は、娘に対して令嬢としての振る舞いのみを求め、実践的な技術を学ぶことには反対していたのだから。
「父上、私がそのようなことを学んでも...良いのですか?」
アルフレッドはわずかに微笑んだ。その表情は娘にとって新鮮だった。
「お前は私の娘だが、単なる飾り物ではない。ロゼンクロイツの血を引く者として、真の力を身につけるべき時が来たのだろう」彼は真剣な眼差しで娘を見つめた。「しかし忘れるな。当家は常に品位と名誉を重んじてきた。復讐のために汚い手段を使うな。正々堂々と勝て」
ベルティアは背筋を伸ばし、敬意を込めて頷いた。
「わかりました、父上。ロゼンクロイツ家の誇りを汚すようなことはいたしません」
アルフレッドは満足そうに頷いた。「明日から、お前はリーデン地方の別荘に移る。そこで新たな学びを始めるんだ。私から何人かの家庭教師を手配しておこう」
「感謝します」
「もう一つ」アルフレッドは机の上の小箱を取り、娘に手渡した。「これを開けてみろ」
ベルティアが小箱を開けると、中には一つの指輪が収められていた。彼女がこれまで見たことのない、深い青色の宝石が施されている。
「これは...?」
「お前の母親の形見、彼女の一族に伝わる魔法の指輪だ。使い方を学べば、お前の力になるだろう」
ベルティアは静かに指輪を手に取り、左手の薬指にはめた。婚約指輪があった場所だ。瞬間、彼女の体に暖かい魔力が流れるのを感じた。
「母上の...」彼女は目を閉じ、優しかった母の温もりを感じるようだった。
「さあ、準備をするんだ」アルフレッドは娘に背を向けた。「社交界に復帰する時、もはや誰もお前を侮れないような存在になって戻ってくるのだ」
「はい、父上」ベルティアは深く頭を下げた。「必ずや、期待にお応えしましょう」
部屋を出る前、彼女は振り返った。父親は窓の外を見つめ、物思いにふけっていた。彼の背中には、娘を見守る強さと、そして心配する親の優しさが混在しているように見えた。
---
翌朝、まだ日の出前のことだった。ベルティアはメリッサと共に、小さな旅行用馬車に乗り込んでいた。大きな荷物はすでに別の馬車で先に送られている。
「リーデン地方への旅は三日ほどかかるそうです」メリッサが地図を確認しながら言った。「途中、山岳地帯を通るため、少し大変かもしれません」
「問題ないわ」ベルティアは窓の外を見つめた。「むしろ、新しい景色を見るのは楽しみよ」
帝都の門を出る前、彼女は振り返った。生まれ育った都市、そして自分が築いてきた全てがあるこの場所。六か月後、彼女は必ず戻ってくる。しかし、その時の彼女は、今とは全く違う人間になっているだろう。
「今はさようなら、帝都」彼女は小さく呟いた。「そして、さようなら、ベルティア・フォン・ロゼンクロイツ令嬢」
メリッサは首を傾げた。「お嬢様?」
ベルティアは微笑んだ。「古い自分に別れを告げたの。これからの私は、単なる『令嬢』ではない」
彼女の青い指輪が朝日に反射して光った。
「リーデンに着いたら、まず何をなさるおつもりですか?」
「まずは、この地域のことを知ること。それから...」ベルティアは決意を込めて言った。「魔法と剣術の特訓を始めるわ。私は強くなる。誰にも負けない強さを手に入れるために」
馬車は朝靄の中を進み、帝都の輪郭が次第に小さくなっていった。ベルティアは前を向き、強く握りしめた拳を見つめた。
「待っていなさい、クレイン、エリーゼ。私は必ず戻る。そして、真実を明らかにするわ」
彼女の目に、強い決意の炎が宿っていた。断罪された悪役令嬢の再生の物語が、今まさに始まろうとしていた。
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