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エルミナージュ家
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ベルティアとエレノアは薄暗い路地を進み、帝都の商人区の一角にある、一見普通の書店にたどり着いた。店は古び、看板も少し傾いているが、ベルティアは迷わず扉を開ける。
店内には古びた本が雑然と積まれ、カウンターには老眼鏡をかけた中年男性が帳簿を繰っていた。
「いらっしゃいませ」店主は顔も上げずに挨拶した。
ベルティアは小声で言った。「『北風は秋の枯葉に何を語る』」
店主の手がぴたりと止まる。彼はゆっくりと顔を上げ、ベルティアを見つめると、すぐに店の奥へと案内した。
「さて、ご入用は?」店主は扉を閉めながら尋ねた。
「一時的な避難場所を」ベルティアは簡潔に答えた。
店主は頷き、本棚の後ろにある隠し扉を開けた。「階下に地下室があります。不要なものはできるだけ持ち込まないように」
二人は階段を降り、小さいが清潔な地下室に入った。そこには簡素な寝台と机、それに魔法の明かりが用意されていた。
「ここなら一時的には安全だ」エレノアは辺りを確認しながら言った。「まずはレイヴンの状況を確認すべきね」
ベルティアは部屋の隅に魔法円を描き始めた。リーデンで学んだ遠隔通信の魔法だ。この半年で習得したスキルは、こういう時に非常に役立つ。
「レイヴン先生、聞こえますか?」彼女は風の魔法を通じて呼びかけた。
応答は一瞬遅れたが、確かに聞こえてきた。
「ベルティア...無事だったか」レイヴンの声は疲れていたが、安定していた。「今、私は学士院の近くにいる。あまり時間がない。エリーゼは...」
通信が途切れた。ベルティアは再び魔法を試みたが、レイヴンからの応答はない。
「大丈夫。彼の声は聞こえた」エレノアが安心させるように言った。「生きているわ。とりあえず私たちは他の宝玉の守護者たちに警告を送らなければ」
ベルティアは頷き、深く考え込んだ。「でも、どうやって?私は社交界追放中で、エルミナージュ家もザイフェルト家も訪問できる立場にはありません」
エレノアは一瞬考えた後、提案した。「私に任せて。私が直接伝書魔法で連絡を取る」
彼女は魔法の杖を取り出し、空中に複雑な文字を描き始めた。魔法の文字が青い光を放ちながら浮かび上がっていく。
「両家とも、魔法研究には多大な関心を持っている。私の名前なら、信用してもらえるはず」
ベルティアはエレノアが魔法を行使するのを見ながら、風の宝玉を手のひらで転がしていた。宝玉は触れるたびに優しい振動を発し、まるで生きているかのようだった。
「お嬢様」エレノアは伝書魔法を送り終えた後、ベルティアを見つめた。「今の状況で、あなたは何を望んでいるの?」
ベルティアは一瞬考え込んだ。「復讐や見返しではありません。ただ...真実を明らかにし、大切なものを守りたい」
「大切なもの?」
「はい」彼女は強く頷いた。「帝国の平和、人々の暮らし、そして...父上や先生のような、正義を信じる人たち」
エレノアは微笑んだ。「半年前の貴族令嬢とは全く別人ね」
「私は変わりました」ベルティアは自信を持って言った。「でも、まだ足りない。もっと強くなって、エリーゼや結社を止めなければ」
その時、上階から足音が響いてきた。二人は身構えた。
「お客様」店主の声が階段を通じて聞こえた。
「友人だ」男性の声が続いた。その声を聞いて、ベルティアは安堵した。
階段を降りてきたのはレイヴンだった。彼の衣服はところどころ破れ、所々血で汚れていたが、命には別状ないようだった。
「先生!」ベルティアは彼に駆け寄った。
「無事だったか」レイヴンは微かに微笑んだ。「エリーゼとの戦闘は激しかったが、何とか切り抜けた」
「エリーゼは?」エレノアが尋ねた。
「彼女は結社の本部に戻ったようだ」レイヴンは壁にもたれかかった。「伯爵たちは?」
ベルティアは事の次第を説明した。風の宝玉を託されたこと、父とヴァルター侯爵が結社と戦っていること、そして今の状況について。
「なるほど...」レイヴンは深く考え込んだ。「結社は四個の宝玉を本気で狙いに来た。そして、お前は風の宝玉の守護者となったということか」
彼はベルティアを真剣に見つめた。「重い責任だ。分かっているか?」
「はい」ベルティアは毅然として答えた。「でも、逃げません。私はこの半年で、自分で選んだ道を歩むことを学びました」
「いい答えだ。そうでなくてはな」レイヴンは満足そうに頷いた。「さて、これからの戦略を考えねばなるまい」
エレノアが言った。「エルミナージュ家とザイフェルト家には警告を送った。彼らからの返答を待っているところよ」
まさにその時、空中に青い文字が浮かび上がった。伝書魔法の返信だ。
「エルミナージュ家からです」エレノアは文字を読み上げた。「宝玉は安全。防衛体制を強化済み。協力を申し出ています」
続いて、二通目の返信が届いた。「ザイフェルト家も無事。三家による連携を提案してきています」
「これは好ましい展開だ」レイヴンは少し安心した様子を見せた。「三大貴族が連携すれば、結社にも対抗できるだろう」
「でも、クリムゾン家の火の宝玉は?」ベルティアは心配そうに尋ねた。
「ヴァルターは信頼できる男だ」レイヴンは言った。「彼なら宝玉を守り抜くだろう」
その夜、彼らは次の行動計画を練った。レイヴンは結社の本部の場所について調査していた。
「結社の本部は帝都の闇市街にあると見ている」彼は地図を描きながら説明した。「地下に巨大な施設があり、そこで禁忌魔法の研究を行っているらしい」
「我々の最終目標は」エレノアが続けた。「魔王復活の阻止ね。そのためには結社の中枢を叩く必要がある」
ベルティアは風の宝玉を握りしめながら言った。「私は前線に行きます。もう、守られるだけの存在ではありません」
「だが、無茶はするな」レイヴンは彼女を見つめた。「お前の成長は認めるが、それでも結社の魔術師たちは手強い相手だ」
「分かっています」彼女は頷いた。「でも、リーデンの人々を守れたのも、父上を救えたのも、この半年で得た力があったからです。私は自分の力を信じています」
---
翌日、彼らは行動を開始した。まず、エルミナージュ家との接触を試みることにした。エルミナージュ家は水の魔法に精通した魔術師の一族で、伯爵位を持つ名門だ。
彼らはエルミナージュ邸に向かうため、変装を施した。ベルティアは魔法で髪の色を暗く変え、ごく普通の魔術師見習いに見えるようにした。レイヴンも髭を生やし、エレノアと共に高位の魔法研究者のように振る舞うことにした。
エルミナージュ邸は帝都の東区にある豪華な邸宅だった。門前には多数の騎士が警備に当たっている。その緊張した様子から、彼らも結社の脅威を真剣に受け止めていることが分かった。
「エレノア・フロストです」エレノアが門番に名を告げた。「昨日伝書魔法をお送りした件で参りました」
門番は即座に中へと案内した。応接室では、エルミナージュ家現当主のフェリックス伯爵が待っていた。彼は四十代半ばの男性で、銀髪に鋭い青い瞳を持っている。
「エレノア先生、よくいらした」フェリックスは立ち上がって迎えた。「このような事態になろうとは...」
エレノアは同行者たちを紹介した。レイヴンについては「元特殊部隊の傭兵」として、ベルティアについては「私の助手であり、新進の魔術師」と説明した。
フェリックスは真剣な表情で言った。「我が家の水の宝玉は、一族が代々守ってきた最重要の遺産です。結社の連中にはけっして渡しません」
「ザイフェルト家の状況は?」レイヴンが尋ねた。
「昨夜、連絡を取りました。彼らも警戒態勢を強化しているそうです」フェリックスは続けた。「ただ、彼らは我々よりも防御体制に弱点があるかもしれません」
「なぜですか?」ベルティアが尋ねた。
「ザイフェルト家は軍人家系ではありますが、近年は平和が続いたせいで、魔法防御には力を入れていないのです」フェリックスは心配そうに言った。「結社は彼らから先に攻めるかもしれません」
「なら、彼らを守らなければ」ベルティアは即座に言った。
フェリックスは彼女の決意に満ちた表情を見て、軽く驚いたようだった。「見習い魔術師にしてはずいぶんと勇敢だな」
「壮語は若者の特権ゆえに」エレノアは彼女をかばうように言った。「私も若い頃は似たようなものでしたから」
フェリックスは微笑みながら頷いた。「ええ、とにかく状況は分かりました。我が家の騎士団もザイフェルトへの警護に派遣します」
彼は書簡を書き始めた。「ザイフェルト伯爵に、明日中には騎士たちが到着すると伝えます。私も明日、ザイフェルト邸に向かう予定です」
「ロゼンクロイツ家とクリムゾン家の状況も共有しておくべきですね」エレノアが提案した。
フェリックスは頷いた。「確かに。四家の連携は不可欠です」
彼らは情報を交換し、対策を練った。一時間ほどの会議の後、エルミナージュ邸を後にした。
馬車で移動中、レイヴンは言った。「順調な滑り出しだ。四大貴族が連携すれば、結社も簡単には攻めてこれない」
「でも」ベルティアは考え込んでいた。「彼らはきっと何か策を練っている。こちらの動きも読まれているはず」
エレノアが後を引き取るように言った。「エリーゼは王太子との関係を利用するかもしれない。皇室からの圧力で四大貴族の結束を崩そうとする可能性がある」
「なるほど」レイヴンは眉をひそめた。「王太子は今、エリーゼに完全に心を奪われている。彼の権力を使って、宝玉を奪おうとするかもしれない」
ベルティアは拳を握りしめた。「クレインは...彼は本当に何も知らないのでしょうか?」
「分からない」レイヴンは慎重に言った。「操られているのか、共犯なのか...いずれにせよ、我々は王太子との対立も覚悟する必要がある」
馬車は帝都の中心部を抜け、隠れ家に戻ろうとしていた。しかし、その途中、彼らは奇妙な光景を目にした。
通りに多数の近衛騎士が展開していた。彼らは道行く人々を止め、何か文書を見せていた。
「何かを探しているようだ」レイヴンは目を凝らした。
近衛騎士の一人が大声で叫んだ。「帝国法により、ベルティア・フォン・ロゼンクロイツの捜索令が発令された!彼女は国家反逆の容疑で指名手配されている!」
ベルティアは息を呑んだ。「国家反逆?」
エレノアの表情が険しくなった。「エリーゼの動きが早い。王太子の権限を使って、あなたを犯罪者に仕立て上げようとしているわ」
馬車の御者が振り返った。「どうしますか?このままでは検問に引っかかります」
レイヴンは素早く判断した。「迂回しろ。闇市街経由でいく」
馬車は進路を変え、人目の少ない路地へと姿を消した。ベルティアの心には怒りと悔しさが渦巻いていた。再び「悪役」に仕立て上げられるのか、と。
しかし、それ以上に強い決意が芽生えていた。「今度は違う。私は自分の力で真実を証明する」
風の宝玉が彼女の決意に応えるように、優しく光を放った。
店内には古びた本が雑然と積まれ、カウンターには老眼鏡をかけた中年男性が帳簿を繰っていた。
「いらっしゃいませ」店主は顔も上げずに挨拶した。
ベルティアは小声で言った。「『北風は秋の枯葉に何を語る』」
店主の手がぴたりと止まる。彼はゆっくりと顔を上げ、ベルティアを見つめると、すぐに店の奥へと案内した。
「さて、ご入用は?」店主は扉を閉めながら尋ねた。
「一時的な避難場所を」ベルティアは簡潔に答えた。
店主は頷き、本棚の後ろにある隠し扉を開けた。「階下に地下室があります。不要なものはできるだけ持ち込まないように」
二人は階段を降り、小さいが清潔な地下室に入った。そこには簡素な寝台と机、それに魔法の明かりが用意されていた。
「ここなら一時的には安全だ」エレノアは辺りを確認しながら言った。「まずはレイヴンの状況を確認すべきね」
ベルティアは部屋の隅に魔法円を描き始めた。リーデンで学んだ遠隔通信の魔法だ。この半年で習得したスキルは、こういう時に非常に役立つ。
「レイヴン先生、聞こえますか?」彼女は風の魔法を通じて呼びかけた。
応答は一瞬遅れたが、確かに聞こえてきた。
「ベルティア...無事だったか」レイヴンの声は疲れていたが、安定していた。「今、私は学士院の近くにいる。あまり時間がない。エリーゼは...」
通信が途切れた。ベルティアは再び魔法を試みたが、レイヴンからの応答はない。
「大丈夫。彼の声は聞こえた」エレノアが安心させるように言った。「生きているわ。とりあえず私たちは他の宝玉の守護者たちに警告を送らなければ」
ベルティアは頷き、深く考え込んだ。「でも、どうやって?私は社交界追放中で、エルミナージュ家もザイフェルト家も訪問できる立場にはありません」
エレノアは一瞬考えた後、提案した。「私に任せて。私が直接伝書魔法で連絡を取る」
彼女は魔法の杖を取り出し、空中に複雑な文字を描き始めた。魔法の文字が青い光を放ちながら浮かび上がっていく。
「両家とも、魔法研究には多大な関心を持っている。私の名前なら、信用してもらえるはず」
ベルティアはエレノアが魔法を行使するのを見ながら、風の宝玉を手のひらで転がしていた。宝玉は触れるたびに優しい振動を発し、まるで生きているかのようだった。
「お嬢様」エレノアは伝書魔法を送り終えた後、ベルティアを見つめた。「今の状況で、あなたは何を望んでいるの?」
ベルティアは一瞬考え込んだ。「復讐や見返しではありません。ただ...真実を明らかにし、大切なものを守りたい」
「大切なもの?」
「はい」彼女は強く頷いた。「帝国の平和、人々の暮らし、そして...父上や先生のような、正義を信じる人たち」
エレノアは微笑んだ。「半年前の貴族令嬢とは全く別人ね」
「私は変わりました」ベルティアは自信を持って言った。「でも、まだ足りない。もっと強くなって、エリーゼや結社を止めなければ」
その時、上階から足音が響いてきた。二人は身構えた。
「お客様」店主の声が階段を通じて聞こえた。
「友人だ」男性の声が続いた。その声を聞いて、ベルティアは安堵した。
階段を降りてきたのはレイヴンだった。彼の衣服はところどころ破れ、所々血で汚れていたが、命には別状ないようだった。
「先生!」ベルティアは彼に駆け寄った。
「無事だったか」レイヴンは微かに微笑んだ。「エリーゼとの戦闘は激しかったが、何とか切り抜けた」
「エリーゼは?」エレノアが尋ねた。
「彼女は結社の本部に戻ったようだ」レイヴンは壁にもたれかかった。「伯爵たちは?」
ベルティアは事の次第を説明した。風の宝玉を託されたこと、父とヴァルター侯爵が結社と戦っていること、そして今の状況について。
「なるほど...」レイヴンは深く考え込んだ。「結社は四個の宝玉を本気で狙いに来た。そして、お前は風の宝玉の守護者となったということか」
彼はベルティアを真剣に見つめた。「重い責任だ。分かっているか?」
「はい」ベルティアは毅然として答えた。「でも、逃げません。私はこの半年で、自分で選んだ道を歩むことを学びました」
「いい答えだ。そうでなくてはな」レイヴンは満足そうに頷いた。「さて、これからの戦略を考えねばなるまい」
エレノアが言った。「エルミナージュ家とザイフェルト家には警告を送った。彼らからの返答を待っているところよ」
まさにその時、空中に青い文字が浮かび上がった。伝書魔法の返信だ。
「エルミナージュ家からです」エレノアは文字を読み上げた。「宝玉は安全。防衛体制を強化済み。協力を申し出ています」
続いて、二通目の返信が届いた。「ザイフェルト家も無事。三家による連携を提案してきています」
「これは好ましい展開だ」レイヴンは少し安心した様子を見せた。「三大貴族が連携すれば、結社にも対抗できるだろう」
「でも、クリムゾン家の火の宝玉は?」ベルティアは心配そうに尋ねた。
「ヴァルターは信頼できる男だ」レイヴンは言った。「彼なら宝玉を守り抜くだろう」
その夜、彼らは次の行動計画を練った。レイヴンは結社の本部の場所について調査していた。
「結社の本部は帝都の闇市街にあると見ている」彼は地図を描きながら説明した。「地下に巨大な施設があり、そこで禁忌魔法の研究を行っているらしい」
「我々の最終目標は」エレノアが続けた。「魔王復活の阻止ね。そのためには結社の中枢を叩く必要がある」
ベルティアは風の宝玉を握りしめながら言った。「私は前線に行きます。もう、守られるだけの存在ではありません」
「だが、無茶はするな」レイヴンは彼女を見つめた。「お前の成長は認めるが、それでも結社の魔術師たちは手強い相手だ」
「分かっています」彼女は頷いた。「でも、リーデンの人々を守れたのも、父上を救えたのも、この半年で得た力があったからです。私は自分の力を信じています」
---
翌日、彼らは行動を開始した。まず、エルミナージュ家との接触を試みることにした。エルミナージュ家は水の魔法に精通した魔術師の一族で、伯爵位を持つ名門だ。
彼らはエルミナージュ邸に向かうため、変装を施した。ベルティアは魔法で髪の色を暗く変え、ごく普通の魔術師見習いに見えるようにした。レイヴンも髭を生やし、エレノアと共に高位の魔法研究者のように振る舞うことにした。
エルミナージュ邸は帝都の東区にある豪華な邸宅だった。門前には多数の騎士が警備に当たっている。その緊張した様子から、彼らも結社の脅威を真剣に受け止めていることが分かった。
「エレノア・フロストです」エレノアが門番に名を告げた。「昨日伝書魔法をお送りした件で参りました」
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「エレノア先生、よくいらした」フェリックスは立ち上がって迎えた。「このような事態になろうとは...」
エレノアは同行者たちを紹介した。レイヴンについては「元特殊部隊の傭兵」として、ベルティアについては「私の助手であり、新進の魔術師」と説明した。
フェリックスは真剣な表情で言った。「我が家の水の宝玉は、一族が代々守ってきた最重要の遺産です。結社の連中にはけっして渡しません」
「ザイフェルト家の状況は?」レイヴンが尋ねた。
「昨夜、連絡を取りました。彼らも警戒態勢を強化しているそうです」フェリックスは続けた。「ただ、彼らは我々よりも防御体制に弱点があるかもしれません」
「なぜですか?」ベルティアが尋ねた。
「ザイフェルト家は軍人家系ではありますが、近年は平和が続いたせいで、魔法防御には力を入れていないのです」フェリックスは心配そうに言った。「結社は彼らから先に攻めるかもしれません」
「なら、彼らを守らなければ」ベルティアは即座に言った。
フェリックスは彼女の決意に満ちた表情を見て、軽く驚いたようだった。「見習い魔術師にしてはずいぶんと勇敢だな」
「壮語は若者の特権ゆえに」エレノアは彼女をかばうように言った。「私も若い頃は似たようなものでしたから」
フェリックスは微笑みながら頷いた。「ええ、とにかく状況は分かりました。我が家の騎士団もザイフェルトへの警護に派遣します」
彼は書簡を書き始めた。「ザイフェルト伯爵に、明日中には騎士たちが到着すると伝えます。私も明日、ザイフェルト邸に向かう予定です」
「ロゼンクロイツ家とクリムゾン家の状況も共有しておくべきですね」エレノアが提案した。
フェリックスは頷いた。「確かに。四家の連携は不可欠です」
彼らは情報を交換し、対策を練った。一時間ほどの会議の後、エルミナージュ邸を後にした。
馬車で移動中、レイヴンは言った。「順調な滑り出しだ。四大貴族が連携すれば、結社も簡単には攻めてこれない」
「でも」ベルティアは考え込んでいた。「彼らはきっと何か策を練っている。こちらの動きも読まれているはず」
エレノアが後を引き取るように言った。「エリーゼは王太子との関係を利用するかもしれない。皇室からの圧力で四大貴族の結束を崩そうとする可能性がある」
「なるほど」レイヴンは眉をひそめた。「王太子は今、エリーゼに完全に心を奪われている。彼の権力を使って、宝玉を奪おうとするかもしれない」
ベルティアは拳を握りしめた。「クレインは...彼は本当に何も知らないのでしょうか?」
「分からない」レイヴンは慎重に言った。「操られているのか、共犯なのか...いずれにせよ、我々は王太子との対立も覚悟する必要がある」
馬車は帝都の中心部を抜け、隠れ家に戻ろうとしていた。しかし、その途中、彼らは奇妙な光景を目にした。
通りに多数の近衛騎士が展開していた。彼らは道行く人々を止め、何か文書を見せていた。
「何かを探しているようだ」レイヴンは目を凝らした。
近衛騎士の一人が大声で叫んだ。「帝国法により、ベルティア・フォン・ロゼンクロイツの捜索令が発令された!彼女は国家反逆の容疑で指名手配されている!」
ベルティアは息を呑んだ。「国家反逆?」
エレノアの表情が険しくなった。「エリーゼの動きが早い。王太子の権限を使って、あなたを犯罪者に仕立て上げようとしているわ」
馬車の御者が振り返った。「どうしますか?このままでは検問に引っかかります」
レイヴンは素早く判断した。「迂回しろ。闇市街経由でいく」
馬車は進路を変え、人目の少ない路地へと姿を消した。ベルティアの心には怒りと悔しさが渦巻いていた。再び「悪役」に仕立て上げられるのか、と。
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