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帰還
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帝都に転移した彼らは、まず王宮へと向かうことになった。四大精霊の契約者たちの帰還と、サイラス・シャドウハートの身柄の処遇について、王宮に報告する必要があったのだ。
道中、ベルティアの心に一つの疑問が頭をよぎった。
「そういえば...エリーゼのことを知っている人はいる?」
ヴァルターとレイヴンが顔を見合わせた。
「実は...」レイヴンが口を開いた。「エリーゼは見つかっている」
ベルティアの目が見開かれた。「本当?いつ?どこで?」
「君たちが死者の谷へ向かった直後だ」レイヴンは説明した。「混沌の使徒団の潜伏先の一つを帝国特殊部隊が急襲した際、彼女を発見した」
「彼女は...無事なの?」ベルティアの声には心配が滲んでいた。かつての敵ではあったが、エリーゼもまた使徒団に利用された被害者の一人かもしれないという認識が芽生えていたのだ。
「怪我はしているが、命に別状はない」エレノアが静かに答えた。「ただ...精神的な面では不安定なようだ」
「混沌の力に操られていた可能性が高い」リーナが厳しい表情で言った。「サイラスと同様に」
「会いに行きたい」ベルティアは決意を込めて言った。「彼女も救わなければ」
ヴァルターは少し躊躇したが、やがて頷いた。「王宮での報告の後、許可が下りれば可能だろう」
王宮での報告は予想以上に長引いた。四大精霊の契約者たちの存在と、混沌の使徒団の脅威について、詳細な説明が求められたのだ。サイラスは特別監視下に置かれ、後日改めて事情聴取されることになった。
夕刻が近づく頃、ようやく彼らは王宮を後にすることができた。
「エリーゼのところへ案内しよう」レイヴンが言った。「帝国医療院の特別病棟にいる」
帝国医療院は帝都の中心部にある最高級の医療施設だ。白い大理石の壁と、清潔感あふれる廊下を進み、彼らは特別病棟へと向かった。
「彼女の精神状態は不安定だ」医療院長が彼らに警告した。「混沌の力の影響がまだ残っている可能性がある」
特別室の前で、ベルティアは深呼吸をした。「私一人で会ってもいい?」
仲間たちは少し驚いたが、彼女の決意を尊重して頷いた。
「すぐ近くにいるから」ヴァルターが彼女の肩を軽く握った。「何かあったらすぐに呼んでくれ」
ベルティアが部屋に入ると、窓際のベッドに一人の少女が横たわっていた。かつての華やかな貴族令嬢の面影はなく、青白い顔と、虚ろな目をしたエリーゼがそこにいた。
「エリーゼ...」ベルティアは静かに呼びかけた。
エリーゼがゆっくりと顔を向けた。「ベルティア...?なぜ...あなたが...」
「会いに来たのよ」ベルティアはベッドの傍らに座った。「元気になった?」
エリーゼの目に涙が浮かんだ。「なぜ...私はあなたを傷つけようとしたのに...」
「あなたは混沌の力に操られていたのよ」ベルティアは優しく言った。「サイラスも同じだった。彼から全て聞いたわ」
「父は...」エリーゼの声が震えた。「父は私に、あなたを憎むように教えた」
ベルティアは彼女の手を取った。「彼もまた、混沌の力に操られていたのかもしれない」
エリーゼの体が震え始めた。「私の中の...黒い声が...消えない...」
ベルティアは迷わず母の指輪を彼女の額に当てた。「風の精霊よ、彼女の中の混沌を浄化して」
優しい青い光がエリーゼの体を包み込んだ。彼女の表情が徐々に和らぎ、震えが止まっていく。
「あたたかい...」エリーゼはかすかに微笑んだ。「頭の中の声が...静かになった...」
「風の精霊の力で、一時的に混沌の影響を抑えることができるわ」ベルティアは説明した。「完全な回復には時間がかかるけど、私たちが手伝うから」
「なぜ...私を助けるの?」エリーゼの目には混乱が浮かんでいた。「私はあなたを陥れようとした...悪役令嬢として断罪させようとした...」
ベルティアは優しく微笑んだ。「私も以前は、全ての失敗を他人のせいにしていた。でも、断罪されたことで本当の自分を見つけられたの。同じ機会をあなたにも与えたいから」
エリーゼの目から涙がこぼれ落ちた。「私は...何をすればいいの...」
「まずは元気になること」ベルティアはしっかりと言った。「そして、本当のあなたを見つけること。それまで、私たちが側にいるわ」
彼女は懐から小さなペンダントを取り出した。風の精霊の紋章が刻まれた青い水晶だ。
「これを身につけていて。混沌の力からあなたを守ってくれるわ」
エリーゼはおそるおそる受け取り、「...ありがとう」と小さな声で言った。
ベルティアが部屋を出ると、廊下で待っていた仲間たちが彼女を心配そうに見つめていた。
「大丈夫?」ヴァルターが尋ねた。
「ええ」ベルティアは頷いた。「エリーゼは回復しつつあるわ。でも、完全に混沌の影響から解放されるには時間がかかりそう」
「彼女をどうするつもりだ?」リーナが尋ねた。「使徒団の一員だったのだから、厳しい処分も...」
「私が保証人になります」ベルティアはきっぱりと言った。「彼女も被害者の一人。救済の機会を与えるべきです」
リーナは少し驚いたように彼女を見つめ、やがて小さく笑った。「さすが風の契約者だ。いつも予想外の風を吹かせる」
「それは褒め言葉?」ベルティアは少し照れたように微笑んだ。
ミーナが優しく言った。「これが本当の調和なのね。敵と味方の区別なく、全ての魂を大切にする」
ベルティアは医療院の窓から見える夕焼けの空を見上げた。風の精霊が優しく彼女の頬を撫でる。
「母上...見ていますか?私はあなたが信じた道を歩んでいます。犠牲ではなく、結びつきの道を」
帝都の空に、四色の光が静かに輝き始めていた。
道中、ベルティアの心に一つの疑問が頭をよぎった。
「そういえば...エリーゼのことを知っている人はいる?」
ヴァルターとレイヴンが顔を見合わせた。
「実は...」レイヴンが口を開いた。「エリーゼは見つかっている」
ベルティアの目が見開かれた。「本当?いつ?どこで?」
「君たちが死者の谷へ向かった直後だ」レイヴンは説明した。「混沌の使徒団の潜伏先の一つを帝国特殊部隊が急襲した際、彼女を発見した」
「彼女は...無事なの?」ベルティアの声には心配が滲んでいた。かつての敵ではあったが、エリーゼもまた使徒団に利用された被害者の一人かもしれないという認識が芽生えていたのだ。
「怪我はしているが、命に別状はない」エレノアが静かに答えた。「ただ...精神的な面では不安定なようだ」
「混沌の力に操られていた可能性が高い」リーナが厳しい表情で言った。「サイラスと同様に」
「会いに行きたい」ベルティアは決意を込めて言った。「彼女も救わなければ」
ヴァルターは少し躊躇したが、やがて頷いた。「王宮での報告の後、許可が下りれば可能だろう」
王宮での報告は予想以上に長引いた。四大精霊の契約者たちの存在と、混沌の使徒団の脅威について、詳細な説明が求められたのだ。サイラスは特別監視下に置かれ、後日改めて事情聴取されることになった。
夕刻が近づく頃、ようやく彼らは王宮を後にすることができた。
「エリーゼのところへ案内しよう」レイヴンが言った。「帝国医療院の特別病棟にいる」
帝国医療院は帝都の中心部にある最高級の医療施設だ。白い大理石の壁と、清潔感あふれる廊下を進み、彼らは特別病棟へと向かった。
「彼女の精神状態は不安定だ」医療院長が彼らに警告した。「混沌の力の影響がまだ残っている可能性がある」
特別室の前で、ベルティアは深呼吸をした。「私一人で会ってもいい?」
仲間たちは少し驚いたが、彼女の決意を尊重して頷いた。
「すぐ近くにいるから」ヴァルターが彼女の肩を軽く握った。「何かあったらすぐに呼んでくれ」
ベルティアが部屋に入ると、窓際のベッドに一人の少女が横たわっていた。かつての華やかな貴族令嬢の面影はなく、青白い顔と、虚ろな目をしたエリーゼがそこにいた。
「エリーゼ...」ベルティアは静かに呼びかけた。
エリーゼがゆっくりと顔を向けた。「ベルティア...?なぜ...あなたが...」
「会いに来たのよ」ベルティアはベッドの傍らに座った。「元気になった?」
エリーゼの目に涙が浮かんだ。「なぜ...私はあなたを傷つけようとしたのに...」
「あなたは混沌の力に操られていたのよ」ベルティアは優しく言った。「サイラスも同じだった。彼から全て聞いたわ」
「父は...」エリーゼの声が震えた。「父は私に、あなたを憎むように教えた」
ベルティアは彼女の手を取った。「彼もまた、混沌の力に操られていたのかもしれない」
エリーゼの体が震え始めた。「私の中の...黒い声が...消えない...」
ベルティアは迷わず母の指輪を彼女の額に当てた。「風の精霊よ、彼女の中の混沌を浄化して」
優しい青い光がエリーゼの体を包み込んだ。彼女の表情が徐々に和らぎ、震えが止まっていく。
「あたたかい...」エリーゼはかすかに微笑んだ。「頭の中の声が...静かになった...」
「風の精霊の力で、一時的に混沌の影響を抑えることができるわ」ベルティアは説明した。「完全な回復には時間がかかるけど、私たちが手伝うから」
「なぜ...私を助けるの?」エリーゼの目には混乱が浮かんでいた。「私はあなたを陥れようとした...悪役令嬢として断罪させようとした...」
ベルティアは優しく微笑んだ。「私も以前は、全ての失敗を他人のせいにしていた。でも、断罪されたことで本当の自分を見つけられたの。同じ機会をあなたにも与えたいから」
エリーゼの目から涙がこぼれ落ちた。「私は...何をすればいいの...」
「まずは元気になること」ベルティアはしっかりと言った。「そして、本当のあなたを見つけること。それまで、私たちが側にいるわ」
彼女は懐から小さなペンダントを取り出した。風の精霊の紋章が刻まれた青い水晶だ。
「これを身につけていて。混沌の力からあなたを守ってくれるわ」
エリーゼはおそるおそる受け取り、「...ありがとう」と小さな声で言った。
ベルティアが部屋を出ると、廊下で待っていた仲間たちが彼女を心配そうに見つめていた。
「大丈夫?」ヴァルターが尋ねた。
「ええ」ベルティアは頷いた。「エリーゼは回復しつつあるわ。でも、完全に混沌の影響から解放されるには時間がかかりそう」
「彼女をどうするつもりだ?」リーナが尋ねた。「使徒団の一員だったのだから、厳しい処分も...」
「私が保証人になります」ベルティアはきっぱりと言った。「彼女も被害者の一人。救済の機会を与えるべきです」
リーナは少し驚いたように彼女を見つめ、やがて小さく笑った。「さすが風の契約者だ。いつも予想外の風を吹かせる」
「それは褒め言葉?」ベルティアは少し照れたように微笑んだ。
ミーナが優しく言った。「これが本当の調和なのね。敵と味方の区別なく、全ての魂を大切にする」
ベルティアは医療院の窓から見える夕焼けの空を見上げた。風の精霊が優しく彼女の頬を撫でる。
「母上...見ていますか?私はあなたが信じた道を歩んでいます。犠牲ではなく、結びつきの道を」
帝都の空に、四色の光が静かに輝き始めていた。
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