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蹉跌1993

コンビ結成

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「朝礼、おはようございます!」
「おはようございます‼︎」
 ミネルビ学院四日市駅前営業所で、いつにも増してハイテンションな相原ゆう子所長の朝礼が始まった。
「皆さん!夏日にも関わらず肌寒い気温の低さが続きますが、ミネルビは熱い!昨日の新規獲得件数が30件!で、当営業所の最多記録に並びました!」どよめきと拍手が沸く。
「内訳ですが、水谷さん9件、長野さん6件、平野さん5件、森田さん4件、山本さん4件、横田さん3件、松田さん0件、武田さん0件!」ざわめきとヒソヒソ声が広がる。
「延町、桑野町では飛びこみ営業に対し、一定受け入れの良さは確実にあるようで暫くは新規獲得のペースは良いでしょう。しかし!この恵まれた地域での取りこぼしはもう許されません!外回りの再編成を断行します!
 主任運転のキャラバンで水谷さん、平野さん、山本さん、長野さん、森田さん、横田さんで。私はウィングロードで、松田さんと武田さんを連れて行きます。
 営業時間は、午前10:00~12:00、午後13:00~16:00までの間、各自、終わりは自由解散です!以上!」
「チッ!過保護かよ!」水谷が相原の方に舌打ちを浴びせる。数字が絶対の世界だ、誰も言い返せない。

「出発します!主任、携帯持って行ってね!」無視を決め込んだ相原にとって、これは所内の雰囲気を壊しかねない賭けなのだ。
「ちょっと!白シャツ!いつまでその胸はだけてんのよ!なんの営業よ!」水谷の視線の先に梨花が居る。
「え?私は寒くありません!風邪もひきません!」梨花がスカして返した後、水谷が切れた。
「売り上げゼロの給料泥棒!いつまで居んだよ!」
「、、、今日、ゼロ件だったら、、本日をもって辞職します。」
 晃司にとっては思っていた事を口に出しただけだ。これ以上、相原所長の立場が悪くなる事だけは避けなければならないと思っていた。
 、、ニヤッ「みんな聞いたわね?、、清々するわ!」
「皆さん!体験用のパンフ、トーク用チラシを忘れないように!時間が勿体無いわ!行くわよ!!」窮地に追い込まれるとテンションをより上げるのが相原の癖だ。
「はい!!」3名を除いて返事をした。既に所内での相原の立場は悪くなっているのかもしれない。

 キキキ、グォーン!
 エンジンを始動したウィングロード車内で、運転席の相原と後部座席の2人で打ち合わせが始まる。
「松田ちゃん!武田くん!昨日話したけど、今日は2人ペアで桑野を回るのよ。」
「所長、イメージが湧かなくて、、トークはどの様にすれば良いのでしょうか?」
「どっちか一方がメインで話す。貴方たちのいつも通りの真っ直ぐさで話せばいい。松田ちゃんは素直に推す、武田くんは相手の立場に立って話して、聞く。そして、どっちか喋ってる方が困ったり息詰まったら、一方が助け舟を出してみて。そうすれば、、立派なコンビになる筈よ!」
「コンビ??」梨花と晃司はお互いに見つめ合う。、、まだ、互いによく知らないないのに、、訳は分からないが、所長の言うとおりにするしかない。と言う様に強く頷いた。
「行ってきます!!」

 2人並んで、人気の無い桑野町の高級住宅街を歩き始める。今日も夏日なのに肌寒い。
 晃司は紺ジャケットにチェックのネクタイ、営業らしく無い様にデニムを履き、黒髪を撫で付けている。
「武田さん、さっきあんな事を言ってたけど。大丈夫?」
「自分を買い被ってくれる相原所長の手前言うしかないだろ!、、あの、松田さんは?本当に寒くないの?」
 松田梨花は19歳。茶髪にショートカット、小顔で目鼻の作りが小さいので、赤い口紅が一際目立っている。他はファンデーション以外ノーメークだ。大きく胸周りを空けた白いシャツ、黒色の膝上のスカートに、黒いタイツ。TPOを無視した出で立ちの訳を、先ずは聞かざるを得ない。
「さ、寒いよ。寒くてもミニと胸元開けるのが私流、私らしさなの。それに、、外で何処で誰と出会うかわからないでしょ?」
「誰と?出会う?」
「もう!武田君には関係ないよ!」
 あぁ、そういう事か。梨花が、罠を仕掛ける蜘蛛に見えてくる。こわっ!自分が一気に老け込んだ様に思える。
「職場ではこんな格好しないで真面目にユニフォーム着てるんだよ。」
「ここ職場だけど、、?」
「私はね、特別養護老人ホームでシフトで働いててミネルビと掛け持ちしてるの。おじいちゃん、おばあちゃんが大好きだから。私、お父さんとお母さんが居なくて、ずっとおばあちゃんに育てられたんだぁ。おばあちゃんといると落ち着くし、なんかしてあげたくなるの。」
「へぇ~真面目なんだ、、案外。失礼! 何でミネルビと掛け持ちを?」
「おばあちゃんと2人で家にお金無いから頑張らないと。早く結婚したいけど、、見かけじゃ分からないよね。人って、、」最近、何か思い当たる事があるのか、表情が曇る。
「武田さんは、何でこの仕事してるの?」
「レ、レースの為だよ。」梨花に比べて遥かに子供に思えて気恥ずかしい。
「ふーん、、、」それで?と言いかけた。分かるようで分からない。
「金がかかるんだよ。レースって。レーサーで100万。何万円もするスリックタイヤは直ぐ減るし、サーキットは走る度に金がかかるんだよ。タイムを測って、チューニングして、、」嘸かし大変な事業をやっているかの様に話す。
「レースって、そんなに楽しいの?」勿体無いな。そんなお金あったらお祖母さん楽にしてあげるのに、、

「お、おい!あれあれ!」指差した一軒家の庭先に未だ新しいドラえもんの三輪車があった。
「行くぞ!!」顔を見合わせて、互いに大きく頷いた。
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