上 下
14 / 14
蹉跌1993

戦争の話

しおりを挟む
「山田さん、お風呂に着きましたよ!」 
 晃司は、お婆さんが乗る車椅子を押して施設の廊下を渡り、脱衣所に到着すると、前に回り込んでフットレストを上げて、お婆さんの両肘に手のひらを添えて屈み、せーの!、、で一緒に立ち上がり、椅子に移乗した。
「ありがとうね。あなた名前は何ていうの?、、えーっと。」胸に付けている【ボランティア 武田】の名札を見つけた。
「武田君ね。これからも頼むね!」孫を見る様に、晃司に視線を合わせる。
「は、はい!」頼りにされて、信頼の様な心地よさを感じた。

 廊下に出て居室に戻る途中、玄関から外に出ようと立ち往生している人を見つけた。近づくと、中肉中背で上下黒のジャージのお爺さんだ。
「、、あの、そこは出口じゃありませんよ!」嘘でも良い、と青田施設長から聞いた通りに思い切って話しかけた。
「何処が出口なんじゃ?」お爺さんは振り返り、問い詰める様に険しい眼差しでこちらを見つめていた。焦燥感の様なものが漂っている。
「バスは未だ来ませんし、こちらのソファでゆっくり座って下さい。」焦燥感を打ち消す様にゆっくり話す。
「、、、そうか。」成功だ!
 一緒にソファに座り、話しかけてみた。
「私は武田と申します。失礼ですが、お名前は?」
「織田じゃ。其方は信玄か?」
 は?認知症の人じゃ?、、冗談?、、そもそも認知症の人が冗談を言うのか?
「はい!武田信玄です!信長様!」
「苦しゅうないぞ。女を連れて参れ!」
「あ、お、女はおりませぬ!」口角が引き攣りそうになった。
「、、、そうか、仕方がない。」一旦、沈黙があり、次第にまた目つきが険しくなり、立ち上がって玄関に向かっていった。
「あの、そこは出口じゃありませんよ!」
「何処が出口なんじゃ?」振り返り、問い詰める様に険しい眼差しでまたこちらを見つめていた。また同じだ、、
「バスは未だ来ませんし、こちらのソファでゆっくり座って下さい!お願いします!織田さん!今度女性を連れてくるので落ち着いて下さい!」
 苛立ちが伝わったのか、ジャージを着た織田さんは、もう何を言ってもいうことを聞かなくなった。

「武田君!今日もボランティアに来てくれてるんだね!助かるよ!」その時、青田施設長が現れた。
「青田施設長!助けて下さい!」晃司は嬉しくて泣きそうになった。青田施設長は、うん、うん。と目配せし、青田施設長は背筋を伸ばして、織田さんの方へ向き直って話し始めた。
「織田先生!第二次対戦中は、特殊攻撃部隊のお勤め、日本を守って下さってありがとうございました!」織田さんの動きがピタッと止まり、穏やかな表情で向き直ってソファの方へ来た。
「そうじゃ、大戦中、私は日本海軍の特殊部隊の訓練を受けて、2度と帰ってこれないという覚悟の元、お国の、お国の為に!死ぬ覚悟で、人間魚雷の部隊にいたんじゃ。人間魚雷にはただ1人で、充分な酸素もなく、自爆装置を携えて、、どれだけ多くの仲間たちが散っていったか!犬死にだ!全く愚かだ!アメリカに勝てるわけなどないのに!、、」涙声に変わっていく。
 しみじみと、青田施設長は織田さんの話に頷き続ける。一瞬、沈黙したかと思った瞬間。
「さ、食事の準備、食堂でご用意ができています!」
「あ、そうか。」一緒に食堂に向かって歩いていった。
 見事な誘導、芸術の様なその間に、晃司は感動して涙が出そうになった。

「戦争のこと、武田君はどう思う?」戻ってきた施設長が問いかけてきた。
「はい。私は、愚かな勝ち目の無い戦争に日本人は騙されて、多くの人が無駄死したと思っています。」
「そう、確かに負け戦。犬死にだった。しかし、その崇高な精神性は?と私は思う。織田さんが話していた人間魚雷は、人類史上でも異例の過酷な特殊任務だった。潜水艦から発射されて目標に向かって進んでいき、自爆装置を作動させる。自爆せずに済んだとしても、乗組員たちには帰りの酸素が用意されていなかった。又、多くの人間魚雷が目標に到達する前に発見され、攻撃された。乗組員たちは、敵の攻撃から身を守るために、結局、自爆装置を作動させることが多くあったと言う。勇気と多大な犠牲。彼らの命を賭けた勇気と犠牲は、当時の日本国民に大きな影響を与え、国民の士気を高めることになった。戦後になって、人間魚雷に乗り出した若者たちの勇気や犠牲が讃えられ、平和への祈りを込めて戦没者追悼碑建立された。そこには、彼らの名前も刻まれている。」
「こんな愚かな戦いを2度と起こしてはいけないと思わないか?」
「勿論、思います!」
「今日みたいな話は、戦争経験者がこの世から居なくなる、あと数十年すればもう聞けなくなる。戦争の記憶が風化するその時!人知れず、国防を声高に叫び、愛国心を煽り、防衛費を2倍、3倍にする時代がきっと来るだろう!勇気や犠牲が讃えられて戦争が声高に囃し立てられる時が来る!絶対にだ!」
「、、そうですか?平和憲法があるのに?」
「国がそれぞれ利己的である限り、、世界に平和は訪れない。過去の記憶はとても大事なものだ。どうにかして留めておいてほしい。ある程度、認知症がある高齢者でも、過去の記憶は驚くほど保持されている。その話を聞く、戦争のこと、生い立ち、過去のこと、懐かしい事の宝庫だ。大事に、その知恵をとっておいて欲しい。」
 晃司は強く思った。、、もし、将来、自分自身の子供が生まれるならば、子供には、金や知識ではなく、知恵を譲り受け渡していきたい。

 もし、将来、自分自身の子供が生まれるならば、子供には、金や知識ではなく、知恵を譲り受け渡していきたい。と、晃司は強く思った。

「あの~、松田梨花さんは?」 
 16時を回り、梨花の様子が気になり、事務所に声を賭けた。
「梨花ちゃん、急用ができたって帰ったわよ」

「え!、、」晃司は、自分自身の足元が崩れ落ちる様な、嫌な予感がした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...