あまのじゃくの子

栗原みるく

文字の大きさ
33 / 59
第32話

残業は試練への道となる

しおりを挟む
 結局ーーーー

 谷野君の消息は未だ不明のまま……


 お兄さんも谷野君とは連絡を取っていないって言っていたし、今、現在、
 谷野君がどこでどんな仕事をしているのかさえ分からないって言っていた。

 それでも、確かなことは一つだけある。

 それは私が春陽はるき社長に惹かれている事だ……。
 
 これは紛れもない事実に近いだろう。

 これを恋と呼ぶには早すぎるかもしれない……。

 もしやこの歳で初恋?


 ――― いや、違う。私はすでに初恋を経験している。



 今でも蘇るくらい覚えている。

 あれは確か、私が5歳の時に一緒に遊んでいた名前も知らない男の子だった。



 母に連れられて行っていた公園でいつも一緒に遊んでいた可愛い男の子。

 今思えば、春陽はるき社長の幼い頃に少し面影が似ているような気がするが、
 気のせいだろうか…


 そして、その男の子はいつの間にか公園に来なくなり歳月だけが流れ去り、
 忘れていた私の遠い記憶のメモリアルとなり刻まれていた。
 だけど、その子に感じていたトキメキは覚えている。

 ドキドキして胸が高鳴った熱くトキメク想い。


 次に会った時は絶対に「好き」だって言おうと心に決めていたのに、
 その次は決して訪れることなく私は小学生へとなった。

 2回目に好きになった男の子は小学校3年生の時に同じクラスになった
 スポーツ万能の男の子だった。女子の人気も高く競争率が激しく
 学年一番のモテ男君。

 すぐに彼は学年一番の美少女、瑠衣ちゃんが好きだっていう噂が広まり、
 誰もが羨ましがるほどの美男美女のカップルが誕生し、私は見事にフラれた。


 それからというもの私は恋に不器用になり告白もせずにフラれ続けている。

 いわば あまのじゃくの母と何ら変わらない。

 似た者親子ということになる。さすがDNAの力だ。


 それでも私は今こうして春陽はるき社長と一緒にいる時間でさえも
 ドキドキして胸が高鳴っている。
 目が回るのはPCに映る数字を見ているからじゃない。

 春陽はるき社長のことが気になって、ろくに仕事もできやしない、、、

 バカみたいーーーー


「お前はバカか」



 そう。私はバカだ。


 え? なぜ、私の心の声が外に漏れて聞こえる?

「お前はバカだな 」


 また、バカバカって…え、この声は……


 春陽はるき社長ーーーー。その瞬間、私の視線が春陽はるき社長に向く。

「へ!?」

「さっき、こっちに添付された金額が一桁間違ってる。エクセルの使い方も
めちゃくちゃだ。支出と入金が入れ替わってる箇所もある」

「あ、すみません、、、すぐに直します」

「もう、済ませた」

「え?」
〈だったら、最初から春陽はるき社長がすればよかったじゃん〉

「俺が全部してしまうとお前の仕事がなくなるからな」

「え…」
〈もしや、ほんとに心の声が漏れてる?〉

「どうせ、男のことでも考えてぼーっとしてたんだろ」

 男って…


「今時の若い女は適当に早く仕事を切り上げてミッドナイトデートを
楽しむらしいからな」


 ミッドナイトって…


「別にそんなんじゃありませんよ。どうせ私はデートする相手もいませんからね」


「ふぅ…」

 なぜ、そこでため息を入れる!?

「そうか、お前は寂しい女だな」

「別にいいでしょ」

「あっそ。俺はこれからミッドナイトデートだ。どうせお前も暇だろ。
連れて行ってやってもいいぞ。大人の交流会に、、、」

「結構です! 私はまだ仕事が残っているし…」

「そうだな(笑)」
 
 春陽はるきは荷物をまとめると、デスクを立ちその足は静かに歩き出す。

「え?」

 萌衣のデスクの前d立ち止まった春陽はるきは「じゃ、あと戸締りヨロシク」と、
 萌衣の頭をさりげなく撫でた後、出入り口があるドアへと向かっていった。


「!!?」ドキッ

 私は俯いたまま顔が上げれなくなっていた。


 そのうち、ガチャン…パタン…とドアが開いて閉まる音が聞こえてきた。

 ゆっくりと私はドアに視線を向ける。


 春陽はるき社長が部屋を出た後の閉扉がポツリと視界に映る。


「……」


 撫でられた頭にまだ春陽はるき社長の手の感触が残っている。



 うそでしょ!? マジかあ……。



 私は背もたれに深く腰を掛け、だらりと両手を広げリラックスする。

 そのうち瞼が朦朧もうろうと落ちていくと、その身はデスクに
 頭を預けて眠りについた。

「少しだけ……ムニャムニャ…」


 手に余るほどの仕事はまだ半分も片付いてはいないが、どうやら睡魔には
 勝てないらしい……。




 時計の針はもはやすでに定時刻の6時を過ぎ、刻々と秒針が音を奏でながら
 右回りに何周も繰り返し回っている。そして、時計の針が8時手前に差し
 掛かった時、ハッと、私は目が覚め体を起こす。

「え、私、もしかして寝てた? ヤバい…まだ全然終わってないないのに。
急がなきゃ」


 ふと、視線をMの前のPC画面に向けた私はブラックアウトしていることに気づく。


 え、うそ!? 画面が真っ暗、、、、、、。

 つけっぱなしで寝てたからだ、、、

 って、どうするんだ!? これ……



 操作方法がわからずも、私は『何とかしないと』と思いながら、マウスを動かしたり
 キーボードに触れてみたりしているうちにPC機能が作動し始めた。


「ホッ……」


 良かった。PC画面のデータはそのまま残っている。

「よし、仕事、仕事、仕事しなきゃ」


 ひとまず、安心した私は気を取り直して、データを打ち込んでいく。


 私の仕事は春陽はるき社長の秘書だ。秘書=雑務。

 雑務ができないようじゃ春陽はるき社長の秘書なんて
 とうてい務まるわけない。


 できるだけ春陽はるき社長のそばにいたい……

 そう、できるだけ近くに……


 私が仕事ができる女になれば きっと春陽はるき社長だって認めてくれるはずだ。


 こんなに一つの事に集中して取り組んだのは初めてかもしれない、、、、、


 今までは適当にバイトして少しでも楽に生きようとしていた。

 同じコンビニ系統でも『こっちの方が時給が100円高い』からと
 時給何百円の世界の選択肢で悩めるくらい私はちっぽけな女だった。

 今がよければそれでよかったんだ。


 自分の将来の事なんて考えたこともなかった。



 何かに夢中になることもなく、ましてや母のような夢もなかったーーーー。


 そう言えば、恋なんて感情、しばらくなかったような気がする……。


  
 初恋を経験して2度目、3度目の恋をしたことを忘れるくらい、改めて私には
 何もなかったんだと気づかされた。


 時々、ふと思い出すのは母の背中だった。


 夢を見つけた母は毎日、仕事部屋でひたすら絵本を描いていた。

 
 母の絵本はどの作品も温かくて好きだったーーーー。




 子供の頃、寝る前にはいつも母が自分が描いた絵本を読んでくれていた。

 それがいつの間にか印象深く心に刻み込まれていたのを覚えている……。

 
 母が春陽はるき社長を好きな気持ち、今ならわかるよ。

 だって、私も春陽はるき社長のことが好きだから、、、、、、




 学生の頃の母は甘酸っぱい恋をして、春陽はるき社長にドキドキしていた時間が
 きっと好きだったんだね。



 母は春陽はるき社長の隣が好きだったんだよね。

 母は春陽はるき社長を見ているだけで幸せを感じていたんだよね。

 例えその想いを伝えることができなくても、色褪せない初恋を大切に
 心のメモリアルとして残していたんだと、私は思う。




 静かな社長室にカタカタとPCのキーボードを打つ音色がゆっくりと響いていた。


 その速度は早くもなく遅くもなく調和された一定スピードを保ちながら
 不器用な指先いで萌衣がタイプしていく。


 その表情は集中していて真剣マジな顔をしている。


 時間の事など忘れるくらいカタカタという音は数時間続いていた――――。





 やがて、黒夜ブラックナイトが映る窓越しに光るネオンも一つ、二つと
                  消えていったのだった―――――ーーー。
 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

《完結》錬金術師の一番弟子は国から追われる

小豆缶
恋愛
国一の錬金術師アリエルは、私の師匠であり親代わり。 そんな師匠が、突然国の金を横領して総司令官と駆け落ちした――そんな噂に巻き込まれた一番弟子のミレイユ。 絶対に信じられない。師匠に駆け落ちをする理由がない 理不尽な取り調べに耐え、全てを奪われた彼女は、師匠が残した隠れ家へ逃げ込む。 電気も水道もない自然の中、錬金術の知識だけを頼りに生活を始めるミレイユ。 師匠の教えを胸に、どんな困難も乗り越えてみせる。 錬金術で切り開く未来と、師匠を信じる心。 それが、私の全て――。 真実が隠された陰謀の中で、師匠を巡る愛憎と、少女を支えるレオンハルトと歩む、希望と成長の物語。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

処理中です...