あまのじゃくの子

栗原みるく

文字の大きさ
42 / 59
第41話

一夜が明けて

しおりを挟む
 ラブホテルの一室。

 カーテンを閉め切った静かな薄暗い部屋に男の脱ぎ捨てられた下着とスーツが
 散乱している。

 キングサイズのベットには中肉中背の男が裸でうつ伏せに横たわり、
 まだ寝息を立てて眠っている。

 目を覚ました春陽はるきは上半身を起こし、その視線を隣に向ける。

 男の顔を見て春陽はるきは驚く。
 田処の顔が春陽はるきの視界に入り込んできた。

「はあ…」
  
 春陽はるきの口から溜息が漏れる。

〈このオッサン、ほんと見境みさかいねーな。女も男も関係ねーのかよ。
まあ、俺も酔った勢いとはいえ、情けねーざまだ…〉

〈…ったく、最悪だ。ゲロ…吐きそう…〉

 顔を抱えた後、春陽はるきは少しずつ理性を取り戻しつつベットから下りていく。
 そして、己の下着とスーツを身に着ける。


 ガサガサする音に目を覚ました田処が上半身を起こす。

「藤城君、おはよ」

「あ、どうも…おはようございます」

 顔の筋肉が固くなりピクピクさせながらも春陽はるきは取りあえず挨拶を交わす。
 こういう場合、どんな顔をすればいいのか春陽はるきは理解不能だった。

〈目覚めた朝に美女が隣にいれば甘いキスをしてあげるんだが…。ここは契約書に
印鑑をもらって早くこの場を立ち去らなければ…〉

「田処社長…契約書に印鑑をお願いします」

 春陽はるきはベットに腰を掛け、田処の前に契約書を差し出す。

「おお、そうだったな。印鑑はえっと…」

 田処がベットから出ようと腰を上げる。

「はい、どうぞ」

 すぐに春陽はるきは田処の前に印鑑を出す。

「随分、準備がいいな」

「俺も同じですから。もしかしたら田処社長も印鑑をスーツの内ポケットに入れて
すぐに出せれるようにしているんじゃないかと思いまして」

 春陽はるきは着替えた後に田処のスーツの内ポケットから印鑑を抜き取って
いたのだった。

「なるほどな」

「はい、ボールペンをどうぞ」

 春陽はるきがボールペンを差し出すと、田処がその手首を掴む。

「え…」

「藤城君、もう一回いいかね?」

 いきなり田処がねだってきた。

「ダメですよ、田処社長(笑)契約書が先です」

 春陽はるきは愛想笑いで答える。
〈あんなこと二度とできるか〉

「ほな、この契約書を白紙にするよ」

「あ、ずりぃ」
 思わず、春陽はるきの口から本音がポロリと出てしまった。

「じゃ、キス一回に負けてあげるからさ。キスしてよ、藤城君、さあ」

「田処社長、まだ酔いがめてないんですか?」

 それでも田処は唇を突き出して近づいてくる。

〈なぜ、俺がこのオッサンとまたキスをしなきゃいけないんだ〉

「もしかして、田処社長ってゲイですか?」

「ホントは彼女みたいな初々し子を食べてみたかったんだが、藤城君もいい身体
してるなって思ってさ…満更、藤城君みたいな男も悪くないなってさ…唇なんて
柔らかくて気持ちよかったし」

〈うぉ…マジかー…鳥肌立ってきてるし、、、正気かこのオッサン、、、
マジ、キモイし…〉

「田処社長、絶対に印鑑押して下さいね。それと、もうこれっきりですよ」

〈これも仕事の一貫いっかんだ。仕方ない、目をつぶろう…〉

「わかってるよ」

「じゃ、いきますよ」

「私はいつでもオッケイだよ」

〈なんじゃ、そりゃ…〉

 春陽はるきは少しずつ距離を詰めていく。

 その後、春陽はるきの腕が田処の頸椎へと回り、見つめ合う視線に笑いを
 こらえながらも、2人の距離が近づいていき、生温かい唇同士が触れ合った。

 数秒過ぎ、春陽はるきはゆっくりと唇を離していく。

「藤城君、さすがだな。めちゃくちゃキスするのうまいね(笑)」

〈あんたに言われたくねーけどな、、、〉

「あの、言っときますけど俺は男より女を抱く方が好きですから」

「そりゃ当然だ(笑)。私も男よりは女がいい」

 そう言いながら、田処は契約書に印鑑を押す。

〈よく言うわ、、、〉


「これで契約成立だな」

「田処社長、ありがとうございます」

「じゃ、設計士と相談の上、ホテル建設を来週から取りかからせてもらうよ」

「はい、宜しくお願いします」

 春陽はるきは契約書をカバンにしまうと早々とドアに向かう。

「藤城君、また会ってくれるかい?」

『もう、会いませんよ…』

 春陽はるきが小声でボソっと呟く。

 その後、本来の自我を立て直し、「田処社長、お疲れさまでした」と、
 愛想笑いを浮かべて社交辞令で応じたのだった。

 そして、春陽はるきはその場から離れ部屋を退出する。



 春陽はるきが部屋を出た後、『パタン…』と静かに扉が閉まる音がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

《完結》錬金術師の一番弟子は国から追われる

小豆缶
恋愛
国一の錬金術師アリエルは、私の師匠であり親代わり。 そんな師匠が、突然国の金を横領して総司令官と駆け落ちした――そんな噂に巻き込まれた一番弟子のミレイユ。 絶対に信じられない。師匠に駆け落ちをする理由がない 理不尽な取り調べに耐え、全てを奪われた彼女は、師匠が残した隠れ家へ逃げ込む。 電気も水道もない自然の中、錬金術の知識だけを頼りに生活を始めるミレイユ。 師匠の教えを胸に、どんな困難も乗り越えてみせる。 錬金術で切り開く未来と、師匠を信じる心。 それが、私の全て――。 真実が隠された陰謀の中で、師匠を巡る愛憎と、少女を支えるレオンハルトと歩む、希望と成長の物語。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

処理中です...