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構成人員

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  俺は布団に寝っ転がって、よくよく吟味してみた。
 世ノ目博士の提示した条件は、やはり悪いものじゃない。
 条件を飲めば、俺は世ノ目博士の研究所に所属するエージェントとなるのだった。
 エージェントとは、いわば街を守るヒーローだ。
 基本的に休みはない。
 必要があれば応相談。
 そりゃそうだろう、ヒーローに定休日があっちゃ困る。

 具体的な仕事内容は、毎日四時間の訓練と研究協力、
 そして昼夜二時間ずつのパトロールだった。
 残業はないが、緊急の呼び出しは昼夜を問わず、いつでもあり得るという。
 危険もそれなりにある。 

 これで固定給三十万、プラスなにか事件が起きれば諸手当がつく。
 世ノ目博士は、俺が無収入の無職だということは承知の上だ。
  所属となってくれれば一番いいが、
 嫌でも監視は続けるし、アルバイトを頼むこともあるかもしれない、と言った。
  俺を監視していた理由や、
 向こうの言う特異点てのがなんなのか、ほとんど教えてくれなかった。

 謎の多い、得体のしれない組織だ。
 でも、みんな悪いヤツじゃない雰囲気はあった。

 やっぱり話に乗るのがいいだろう。
 なんてったって月給三十万だし。
 このまま何もしなくたって借金の督促はやまない。
 フリーのヒーローやってたら着る服もなくなるところだ。
 やろう。

「よし、行くか!」
 例によって着替えを持つと、俺は世ノ目博士の研究所兼自宅へ向かった。
 歩くにはちょっと遠いが、研究所は徒歩で一時間ほどの山の中にある。
 いろいろ考えながら歩いて研究所に着く。
 白い壁には看板も表札も出てないし、郵便受けもない。  

 俺は門の横のインターホンを押した。
「どちらさまでしょうか。ご用件を伺います」
 若い女の声だ。
 だが、じつのところこれはロボの声なのだった。
 この研究所の中には人間そっくりの動きをするロボが何体もいる。

 とりあえず名前だけ告げた。
「釘伊だけど……」
「声紋確認しました。どうぞ」
 ガシャリと門が開く。

 内側は鬱蒼と木々が繁り、神社の境内か植物園のようだった。
 敷地がこんなに大きいのも、地下を広く使っているためらしい。

 金属製の出入り口に着くと自動的に開く。
 ロボが待ち構えていた。
「お待ちしておりました。応接間でお待ちください、世ノ目はすぐ参ります」
 服を着てないし顔もないが声は女だった。
 なめらかに動くロボに従って、応接間のソファに腰かける。
 室内は清潔で、ホテルのようなクリーンな匂いがした。

 別のロボがお茶を運んできたところに、世ノ目博士も姿を現した。
 ロボがうろうろしていて落ち着かなかったので、人間を見るとほっとした。
 金属製の眼帯が光り、白衣が翻る。
「来てくれて嬉しいよ、丈くん。逃げ出されてもおかしくないほど、ある意味、我々は異様だからな。今日はいい返事を聞かせてもらえるのかな」
「ああ、やっぱり博士のお世話になろうと思って。ここで働かせて欲しいな」
「懸命な判断だ!」

 何通かの書類に住所と名前を書くと、スマホを渡された。
 携帯を持ってない俺にはありがたい。
 研究所の所有物だが、俺がプライベートで使っても問題ないという。

 スマホを持ってきたのは、ミニスカメイド姿の万頼セツだった。
 セツは右手を差し出してきて言う。
「晴れてお仲間となったわけだ。よろしくな、おっさん」
「よろしくな」
 俺はその細い手を握る。
 とたんにとんでもない力で握り返された。
「いてててっ! すごい力だな、なに食ってんだよ!」
「わたしは少食だ」
 この握手は『自分のほうが強い』という威力表現だったらしい。
 手を払うように離されると、ちょっとむかっ腹が立って変身しかけた。

 世ノ目博士がなだめるように言う。
「数少ない同僚なんだ、仲良くしてくれたまえよ。ときには命にもかかわることだ」
 俺は聞いた。
「いったい何人でやってるんだ、ここ?」
「君とセツくん、そしてわたしの三人だ。あとはロボットにいろいろやってもらっている。えひめにもなにかと手伝ってもらっているが本分は学生だからな」

 ここにいる三人だけか。
 予想以上に少なかった。
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