侵略のポップコーン

進常椀富

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じっしつむげん4

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 膨らんだレジ袋を手にして鈴木は顔をしかめた。
「おっもーい!」
 メリコが片手を差しだしてきた。
「軽いよ。アタシ持とうか?」
 メリコは確かに自分のレジ袋を苦にしていない様子だった。

 進常が首をひねる。
「ん? おまえ、そんな力持ちじゃなかったはずだぞ」
 進常は最初にメリコを取り押さえたときの感触を覚えていた。
 メリコは力持ちどころか非力というくらいのレベルだった。

 メリコは笑顔で言う。
「あのときは裸だったから。いまはカンパニースーツ着てるし。スーツは涼しいだけじゃなくて力を何倍にもしてくれるんだよ」
 そういうと、メリコは片手でサッカー台を軽く浮かせてみせた。
 鈴木が青ざめる。
 メリコに聞こえないよう進常へ耳打ちした。
「ヤバいですよ、進常さん、今度怒らせたらどうなるかわかりませんよ、ぼくたち」
「案ずるな、そのときはまたビームを撃てばいい」
「ぼくハゲるじゃないですか!」
「命あっての髪だろ!」

「なにごちゃごちゃやってるの?」
 メリコが加わってきたので会話を切りあげる。
 進常が言った。
「メリコ、ホントに楽ならわたしの袋、片方持って。空いた手使ってケーキ買ってくるわ」
「いいよー」

 というわけで、スーパーを出てからケーキも買った。
 メリコは三つの大きなレジ袋を軽々と運ぶ。
 そうしながら、許可を得たのでリンゴをかじりながら歩いた。
「おいしー! おいしー! すてきな味ー!」

 鈴木はひとりごとのように言った。
「声大きすぎで恥ずかしいけど、それだけおいしいんだろうなー。あのメシ毎日食べてたらなー」
 進常が頷く。
「いくら不味いものでも食べ慣れるっていったって、味覚の充足はだいじだよ。希望を持って生きるうえで」
「おいしー! おいしー!」
 
 服をカモフラージュしても相変わらずメリコは目立ったが、鈴木ももう慣れた。
  なに食わぬ顔をして歩く。
  もとより鈴木の家と進常の家は近い。
 数分歩いただけで進常の家に着いた。
 瀟洒なマンションの最上階だ。
 いつも進常が鈴木の家へ来るので、鈴木がこの部屋を訪れるのはずいぶん久しぶりだった。

 エレベーターで上がると、進常はドアを開いて鈴木たち二人を招き入れた。
「はい、よーこそ。はい、よーこそ」

 部屋のなかは無駄なものがなく、きれいに整っている。
 進常は意外と潔癖症に近いところがある。
 比較的散らかっているのは寝室兼執筆部屋で、
 そこは大小さまざまな紙片と本が積まれていた。

 進常が腕まくりしなが言う。
「ディナーは焼き肉だ。準備するから鈴木くんとメリコはケーキ食べて待ってて」

 メリコと鈴木はソファに並んで腰かけていた。
「ぼくはケーキいいです。なにか手伝えることがあったら言ってください」
 そう言って鈴木は炭酸飲料を飲みはじめた。
 メリコはケーキの箱を開けて目を輝かせる。
「うわぁー、なにこれすごいかわいい! おいしそう!」
 箱から手づかみで取りだし、ケーキを食べはじめる。
「おいしっ! むっちゃおいし! すごい!  おいしっ!」

 進常は収納からホットプレートを取りだし、リビングのテーブルへ置く。
 それからキッチンで野菜を切りはじめた。
 ものの十分ほどの作業だったが、そのあいだにも部屋のなかは静かになっていた。

 切った野菜と皿に移した肉、それに焼き肉のタレをテーブルに置くと、進常は言った。
「準備完了。ものども、食うぞ! メリコ、こっちこい!」」

 しかしメリコの返事はない。
 メリコはソファで身体を伸ばして安らかな寝息をたてていた。
 口の端には生クリームがついている。

 鈴木はリビングのテーブルに居場所を変えていた。呆れたように言う。
「ケーキひとりで全部食べちゃって、ほとんど食べながら寝ちゃいました」
「そっか」
 進常はタオルケットを持ってきて、メリコにかけてやった。
 鈴木が言う。
「しかし、さっきまで敵だったのに、食べ物で釣ったらこんなに安心して寝ちゃうもんですかね」
「見た目どおりの歳なら、カルチャーショックで疲れただろう。わたしたちを信頼してる証拠だ。わたしたちは肉食おうぜ。ダイエットは明日からだ」
「はーい」

 二人だけで焼き肉をはじめた。
 ホットプレートの周辺部には野菜を配置し、中央部には牛肉を置く。
 鈴木は炭酸を飲み、進常はノンアルコールビールを飲みながら、肉が焼けるのを待った。
 じきに肉がじゅうじゅうと音をたて、芳しい煙がたちのぼった。
 頃合いを見計らって鈴木も進常も箸を伸ばす。
 いい感じに焼けた肉にタレをつけて口へ運んだ。
 鈴木が肉をひと噛みすると、うまみたっぷりの脂が口のなかに広がる。
 肉質は柔らかく、香り豊かだった。

 鈴木は噛みながら言う。
「これはいい肉買ってきましたね」
「だろ。高かったもん」
 進常も舌鼓を打ちながら答える。
「とくに遠慮しなくても食べ切れない。メリコの分は残るから。食えるだけ食っとけ、鈴木くん」
「はい。でもだいじょうぶですか。ぼくはともかく、これからメリコちゃんの分の生活費もかかりそうですけど」
「むろん、今夜の十億をあてにしている。太ったんだから力が使えたということだ。必ず当たる」
「ホントに当たりますかねー」
「当たる。だいいち当たらなきゃ君んち直せないぞ。あんな大穴開いて」

 ピーマンや玉ねぎも肉の脂にまみれて程よく焦げめがつき、うまそうに焼けている。
 鈴木は玉ねぎをとって口へ入れた。噛みながら言う。
「あぁー、焼き肉おいしいなー。ぼく人と夕飯食べるの久しぶりですよ」
「わたしもだ。もっとこういう機会持っておいてもよかったな」
「ここだけ現実ならいいのになー。焼き肉食べてるとこだけ。でも実際には家壊れちゃってるし、宇宙人の侵略もホントっぽいし」
 進常は箸で寝ているメリコを指した。
「なんつっても生きてる証拠がいるからな」
 鈴木は肉を口へ入れた。しばらく噛んでから言う。
「宇宙船は本物、メリコちゃんも宇宙人、地球は侵略を受けている。ぼくたちは敵の新手を待っている。でも新手の敵ってホントに来るんですかね。もうずいぶんゆっくりくつろいじゃってますけど、ぼくたち」
 進常も肉をとった。やはり少しのあいだ味わってから口を開く。
「来なきゃ来ないほうがいいけどね、敵。メリコがやられたから恐れをなして帰ったとか、メリコの取得した情報からわたしたちが人型生命だとわかって、メリコの上司が通報したとか。そんな展開になってくれないかな、楽だし」
「そうなったらメリコちゃんどうするんですか。お迎えこないみたいだけど」
「ウチで面倒みるよ。よかったな、お互い女の子の友達できて」
「女の子の友達、できるかもしれないけど、まさか宇宙人で、しかも地球を侵略しにきた子だなんて」
「ぜーたく言ってんじゃねー」

 鈴木は箸を置いた。
「やっぱり来ますよね、敵。いつかは……」
「来るだろうな、そのうち。メリコがいても人質にもならないだろうな、特攻兵だし。来たときには本気で戦う」

 鈴木は自分の髪をなでた。
「ハゲちゃったら毛生え薬とか買ってくださいよ。十億円手に入るんだし。どこかのバイオテクノロジー最新薬品とか」
「まかせとけ。安心してハゲろ」
「あー、やだなー……」

 少しして、鈴木も進常も腹がいっぱいになった。
 残った野菜と肉を冷蔵庫に入れると、鈴木は洗い物を買ってでた。
 ごちそうになりっぱなしでは、やはり悪い。

 鈴木が洗い物をしているあいだに、
 進常は動画配信サービスで見るものがないかチェックする。
 鈴木の仕事が終わると、二人で一緒に映画を見た。
 どちらも映画を見るのはひさしぶりだったので、
 少なくとも上辺だけは楽しむことができた。 
 内心は侵略の危機に対する警戒が解けたわけではなかったが。

 映画が終わったころ、時刻は夜の八時を回っていた。
 進常がパソコンに向かう。
「そろそろ抽せん結果が出てるはずだ」

 鈴木も後ろに立ってパソコン画面を覗きこむ。
 進常は宝くじのホームページを開いてクリックしていった。
 数字選択くじの当せん結果を開く。

 進常は手元の紙片と画面を見比べた。
「六、八、十一、二十三……、当たりだ! 一等、十億円っ! ひょぉーっ!」」
「すげー! 進常さんやりましたね! 億万長者ですよ!」
「はっはっはっ! 使えるじゃねーかこの力はよぉー! 明日は銀行いくぞ! 金が入りしだい、鈴木くんちに修理業者も呼ぶ!」
「いぇーい! いぇーい!」

 十億円なんて大金すぎて、鈴木にはよく実感がつかめない。
 だが、これで家を修理してもらえることは確かなのだ。喜びは本物だった。

 メリコはよっぽど疲れていたのか、二人が騒いでも起きない。眠りは深かった。

 進常は当たりくじを財布にしまった。
「あんま特別なとこ置かないほうがいいんだ。わたしもともとモノ失くさないほうだし。いつ、いつもどおりにしてればだ、だいじょうぶ」
 その声はいくぶん震えていた。
 時間差があって、大金を手に入れた実感が襲ってきたらしい。
 進常は自らを落ち着かせるふうに言った。
「ふぅー、いつもどおり、いつもどおり。明日は銀行いくだけ……」

 いつも大きな態度をしている進常が動揺しているのをみて、鈴木も落ち着かなくなってきた。
「し、進常さんがそんなだと、ぼくまでドキドキしてきちゃいますよー」

 進常は気を取り直した。
「落ち着け! たかが十億だ! それに今回なにかあっても、また次に当てられる! 金は実質無限! あたふたするな!」
「金はじっしつむげん……。逮捕されたりしないかな……」
「さあ、シャワってまた映画の一本でも見て寝るぞ! 体力だいじ! あ、そういば、鈴木くん着替え持ってきてないだろ?」
「進常さんがシャワー浴びてるあいだに家へ行って取ってきます」
「そうするか」
 進常はシャワーを浴びる準備をし、鈴木は進常の部屋を出た。

 ドアの外まで進常の笑い声が聞こえた。
「ハハハハ! ハハハハ! 実質無限! ハハハハ!」
 鈴木は自分の顔を両手で叩いて気合を入れた。
 これは現実。
 自分の家が破壊されたのも、進常が十億円を手に入れたのも、
 宇宙からの侵略がはじまったのも、すべて現実なのだ。
 
 そう自分に言い聞かす。
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