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廃寺院での遭遇
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リシュワ、レオネ、ダクツ、フリック、ヘズル・デンスは馬に乗って砦を出た。
まだ日の出前だった。
リシュワは馬に乗るのが久しぶりだったもので、最初てこずった。
だがすぐ昔の勘を取り戻した。みなに遅れずついていく。
日が高くなるにつれ、街道は賑わっていった。
シャットンから逃げる者と、そちらへ向かう者が交差して、人通りを多くしていた。
シャットンに向かう荷馬車は多くの物資を積んでいたが、木材やレンガが多かった。
破壊された傷を修復するためだろう。
四人は馬を進めた。
シャットンには夜の早い時間についた。
村はまだ災難に見舞われた興奮に包まれ、活気があった。
新鬼人もコドンも夜目が利く。
村のあちこちにある焼けて全壊した家屋を見て、ダクツは非難するような声をだした。
「本当にこれをたった一匹の怪物がやったのか。惨状じゃないか」
馬上でリシュワは言った。
「嘘じゃないさ。これから話を聞けばわかるだろう」
リシュワの前でレオネが肩をすくめた。
「矢を何本当ててもびくともしないしさぁ」
フリックはダクツの前で印を切り呪文を唱えた。
その目が妖しく光る。
あたりをしばらく眺めたあとフリックは言った。
「これは攻撃法が使われたあとだ。魔力の痕跡がある。間違いない」
隣りの馬上高くからヘズル・デンスがフリックを見下ろした。
「怪物は魔道士でもあるというのか」
フリックは肩をすくめる。
「どうだかね。異例ずくめだしな。確かなのは、爆発する光線というのは攻撃法と同じ種類の魔力の発露だった、というだけさ」
ダクツが言った。
「なんにしろ、まずは宿の手配とするか」
ダクツは交渉し、広い村長の屋敷に泊まらせてもらうことになった。
広間に雑魚寝となるが、野営ではないのがありがたい。
夜も遅かったが、事件の名残りで村人たちはまだ活発に仕事をしていたので、リシュワたちは聞き込みに出た。
村人たちはリシュワを見るとありがたがり、ダクツにも感謝の言を述べて、口は軽やかだった。なんでもしゃべってくれる。
ダクツは近くに産獣師の拠点となりそうな場所がないか訊いた。
その結果、西の山中に地元の者しかしらない廃寺院があるとわかった。
ダクツは、まずそこを調べると決めたらしかった。
「明日も早く出る。食ったら寝ろ」
ダクツの指示で食事を終えると、リシュワたちはすぐに休息をとった。
人が五十人は立てるような広間で、リシュワとレオネは南東のすみに寝転がった。
すると、ヘズル・デンスは北西の端に身体を伸ばした。
リシュワはそれを見て、ヘズル・デンスが当面こちらに危害を加えるつもりはないと判断し、安らかに眠った。
一行は翌朝早くに村を出発した。
街道に沿って西に向かう。
こちらの道はひとけが少なかった。
日差しは爽やかで、緑は濃く、だんだんと山に近づいていった。
街道沿いに崩れかけた積石を見出した。ダクツはそこで馬を止めた。
「この積石が寺院への道標だ。ここで馬を降りて山をのぼる。馬番を雇ってくればよかったが、まあひとけも少ないし、だいじょうぶだろう」
リシュワたちは街道から山側に入った草地に馬をつなぎ、食料もそこに置いて登攀を開始した。
目指す寺院が廃れてから、どれくらい経つのかわからない。
シャットンの村の老人が子供のころにはすでに廃寺だったという。
道などなく、藪をかきわけて、木立ちの陰のなかを登っていった。
空気は暗く淀んでいて、土の匂いが強かった。瘴気が溜まっているかのごとく。
リシュワたちは密やかにのぼっていった。
山の中腹にも達したころ、岩陰を回ったところで急に辺りがひらけたような感じになった。
リシュワが目をあげると、斜面の上に石積みの門らしきものが目に入った。
「あったぞ、あそこだ。見張りがいる」
リシュワの声に全員が身を伏せる。一行は藪のなかから様子を窺った。
苔むし、蔦の絡まった石門のところにひとりのコドンが立っていた。
コドンは厚手のローブを着こんでいる。戦士の格好ではない。
こころなしか、まるで風に揺れているかのように、ふらふらしているように見えた。
ダクツが声をひそめて言った。
「みたところ産獣師のようだが、産獣師が見張りをするか?」
フリックが身を乗りだす。
「俺の攻撃法なら一撃で倒せる。叫びもあげられないだろう。どうする?」
ダクツは溶岩の腕でフリックを制した。
「いや待て。こんなところに隠れ住んでいるからには王侯派だろう。生かしておいて尋問したい」
リシュワは意見を述べた。
「あの門のなかには異形がいるかもしれない。わたしたちが異形に殺されるか、戦っているあいだに逃げられるだけだ」
レオネが小さい叫びをあげた。
「あっ! あのコドン、頭になんかついてる!」
リシュワも見た。
門に立っているコドンの後頭部に肉色の管が生えていてずっと背後に続いているのを。
管は時折大きくうねるのでわかった。
後頭部についているが、どこか動物のへその緒に似ていた。
ダクツが手で庇を作って観察する。
「あんなものは初めて見るぞ。頭に管がついてる。ヘズル・デンス、ああいうものについてなにか聞いたことはないか」
ヘズル・デンスはみなより一段低い場所に巨体を丸めていた。
「知らんね、そんなものは。なによりわたしの位置からでは見えんしね」
ダクツは数秒黙って、決定を下した。
「藪つたいにできるだけ近づいて奇襲をかけ、無力化する。殺すな」
リシュワは乗り気じゃなかった。
「あいつの近くには藪がない。警告を発する時間はどうしても取られる。ひと仕事だな」
ダクツは唇をなめた。
「いるのはどうせ数人だろう。新鬼人ならこちらへ投降する可能性が高い。戦いになるとは限らんさ」
「わたしは異形のことを言ってるんだ」
「異形とはどのみち戦う。ほっておくわけにはいかなんだからな。よし、行くぞ」
一行は藪伝いに斜面をあがっていった。
コドン式の鎧は肌に密着しているため、ほとんど音を立てない。
相手には気づかれなかった。
だが、あと十数歩というところで藪も木立ちも途絶えて丸見えとなる。
リシュワは囁いた。
「この距離ならわたしはひとっ飛びで肉薄できる。任せてもらおう」
ダクツは了承した。
「わかった、任せる。リシュワが飛び出したらこちらも散開して攻撃にそなえる」
「行くぞ」
リシュワは左の寄生脚に力をたわめて、藪から一気に飛び出した。
跳躍ひとつで敵コドンのかたわらに着地し、背後から飛びつく。両足でコドンの腰を挟んで身体を固定する。
首に腕を回して締め落とそうとしたとき、コドンは聞いたこともない怪鳥のような叫びをあげた。
リシュワは反射的に背後を見た。そこには戦慄があった。
コドンの頭から伸びた管はずっと続いており、それは件の異形と繋がっていた。
巨大な蜘蛛に似た肉の異形は、荒れ果てた寺院の境内に蹲っていた。コドンの叫びに応じて身体を起こす。
それだけじゃなかった。
管はもう二本あり、それぞれが人間の戦士と思しき人影の頭頂部につながっていた。
ふたりの新鬼人だった。
新鬼人たちは剣を抜いて走り寄ってくる。巨体の異形も近づいてきた。リシュワは警告を発した。
「新鬼人ふたりと異形がくる! ふたりとも頭に管がつながっている。話し合いになりそうにない!」
言いながらリシュワはコドンの首を締めあげた。
頸動脈はとっくに閉まっているはずなのに、コドンは気絶しない。例にないことだった。
「くそっ!」
しかたないのでリシュワはコドンを離した。
苦し紛れで頭部についた管を左手で切り裂く。
管は黄色い粘液を放ちながら縮んでいった。
コドンは呻きをあげ、枯れ葉のようにくるくる回って倒れた。
この手は有効らしかった。
敵新鬼人のひとりがリシュワに剣を振り下ろすところだった。
リシュワは左腕で受けようとする。
またこの寄生腕を失うかもしれない。
そう思ったが、横から飛び出してきたダクツが溶岩の右腕で受け流してくれた。
激しい連撃を受けても、溶岩の右腕は大丈夫なようだった。いつのまにか尖った形に変形している。
まだ日の出前だった。
リシュワは馬に乗るのが久しぶりだったもので、最初てこずった。
だがすぐ昔の勘を取り戻した。みなに遅れずついていく。
日が高くなるにつれ、街道は賑わっていった。
シャットンから逃げる者と、そちらへ向かう者が交差して、人通りを多くしていた。
シャットンに向かう荷馬車は多くの物資を積んでいたが、木材やレンガが多かった。
破壊された傷を修復するためだろう。
四人は馬を進めた。
シャットンには夜の早い時間についた。
村はまだ災難に見舞われた興奮に包まれ、活気があった。
新鬼人もコドンも夜目が利く。
村のあちこちにある焼けて全壊した家屋を見て、ダクツは非難するような声をだした。
「本当にこれをたった一匹の怪物がやったのか。惨状じゃないか」
馬上でリシュワは言った。
「嘘じゃないさ。これから話を聞けばわかるだろう」
リシュワの前でレオネが肩をすくめた。
「矢を何本当ててもびくともしないしさぁ」
フリックはダクツの前で印を切り呪文を唱えた。
その目が妖しく光る。
あたりをしばらく眺めたあとフリックは言った。
「これは攻撃法が使われたあとだ。魔力の痕跡がある。間違いない」
隣りの馬上高くからヘズル・デンスがフリックを見下ろした。
「怪物は魔道士でもあるというのか」
フリックは肩をすくめる。
「どうだかね。異例ずくめだしな。確かなのは、爆発する光線というのは攻撃法と同じ種類の魔力の発露だった、というだけさ」
ダクツが言った。
「なんにしろ、まずは宿の手配とするか」
ダクツは交渉し、広い村長の屋敷に泊まらせてもらうことになった。
広間に雑魚寝となるが、野営ではないのがありがたい。
夜も遅かったが、事件の名残りで村人たちはまだ活発に仕事をしていたので、リシュワたちは聞き込みに出た。
村人たちはリシュワを見るとありがたがり、ダクツにも感謝の言を述べて、口は軽やかだった。なんでもしゃべってくれる。
ダクツは近くに産獣師の拠点となりそうな場所がないか訊いた。
その結果、西の山中に地元の者しかしらない廃寺院があるとわかった。
ダクツは、まずそこを調べると決めたらしかった。
「明日も早く出る。食ったら寝ろ」
ダクツの指示で食事を終えると、リシュワたちはすぐに休息をとった。
人が五十人は立てるような広間で、リシュワとレオネは南東のすみに寝転がった。
すると、ヘズル・デンスは北西の端に身体を伸ばした。
リシュワはそれを見て、ヘズル・デンスが当面こちらに危害を加えるつもりはないと判断し、安らかに眠った。
一行は翌朝早くに村を出発した。
街道に沿って西に向かう。
こちらの道はひとけが少なかった。
日差しは爽やかで、緑は濃く、だんだんと山に近づいていった。
街道沿いに崩れかけた積石を見出した。ダクツはそこで馬を止めた。
「この積石が寺院への道標だ。ここで馬を降りて山をのぼる。馬番を雇ってくればよかったが、まあひとけも少ないし、だいじょうぶだろう」
リシュワたちは街道から山側に入った草地に馬をつなぎ、食料もそこに置いて登攀を開始した。
目指す寺院が廃れてから、どれくらい経つのかわからない。
シャットンの村の老人が子供のころにはすでに廃寺だったという。
道などなく、藪をかきわけて、木立ちの陰のなかを登っていった。
空気は暗く淀んでいて、土の匂いが強かった。瘴気が溜まっているかのごとく。
リシュワたちは密やかにのぼっていった。
山の中腹にも達したころ、岩陰を回ったところで急に辺りがひらけたような感じになった。
リシュワが目をあげると、斜面の上に石積みの門らしきものが目に入った。
「あったぞ、あそこだ。見張りがいる」
リシュワの声に全員が身を伏せる。一行は藪のなかから様子を窺った。
苔むし、蔦の絡まった石門のところにひとりのコドンが立っていた。
コドンは厚手のローブを着こんでいる。戦士の格好ではない。
こころなしか、まるで風に揺れているかのように、ふらふらしているように見えた。
ダクツが声をひそめて言った。
「みたところ産獣師のようだが、産獣師が見張りをするか?」
フリックが身を乗りだす。
「俺の攻撃法なら一撃で倒せる。叫びもあげられないだろう。どうする?」
ダクツは溶岩の腕でフリックを制した。
「いや待て。こんなところに隠れ住んでいるからには王侯派だろう。生かしておいて尋問したい」
リシュワは意見を述べた。
「あの門のなかには異形がいるかもしれない。わたしたちが異形に殺されるか、戦っているあいだに逃げられるだけだ」
レオネが小さい叫びをあげた。
「あっ! あのコドン、頭になんかついてる!」
リシュワも見た。
門に立っているコドンの後頭部に肉色の管が生えていてずっと背後に続いているのを。
管は時折大きくうねるのでわかった。
後頭部についているが、どこか動物のへその緒に似ていた。
ダクツが手で庇を作って観察する。
「あんなものは初めて見るぞ。頭に管がついてる。ヘズル・デンス、ああいうものについてなにか聞いたことはないか」
ヘズル・デンスはみなより一段低い場所に巨体を丸めていた。
「知らんね、そんなものは。なによりわたしの位置からでは見えんしね」
ダクツは数秒黙って、決定を下した。
「藪つたいにできるだけ近づいて奇襲をかけ、無力化する。殺すな」
リシュワは乗り気じゃなかった。
「あいつの近くには藪がない。警告を発する時間はどうしても取られる。ひと仕事だな」
ダクツは唇をなめた。
「いるのはどうせ数人だろう。新鬼人ならこちらへ投降する可能性が高い。戦いになるとは限らんさ」
「わたしは異形のことを言ってるんだ」
「異形とはどのみち戦う。ほっておくわけにはいかなんだからな。よし、行くぞ」
一行は藪伝いに斜面をあがっていった。
コドン式の鎧は肌に密着しているため、ほとんど音を立てない。
相手には気づかれなかった。
だが、あと十数歩というところで藪も木立ちも途絶えて丸見えとなる。
リシュワは囁いた。
「この距離ならわたしはひとっ飛びで肉薄できる。任せてもらおう」
ダクツは了承した。
「わかった、任せる。リシュワが飛び出したらこちらも散開して攻撃にそなえる」
「行くぞ」
リシュワは左の寄生脚に力をたわめて、藪から一気に飛び出した。
跳躍ひとつで敵コドンのかたわらに着地し、背後から飛びつく。両足でコドンの腰を挟んで身体を固定する。
首に腕を回して締め落とそうとしたとき、コドンは聞いたこともない怪鳥のような叫びをあげた。
リシュワは反射的に背後を見た。そこには戦慄があった。
コドンの頭から伸びた管はずっと続いており、それは件の異形と繋がっていた。
巨大な蜘蛛に似た肉の異形は、荒れ果てた寺院の境内に蹲っていた。コドンの叫びに応じて身体を起こす。
それだけじゃなかった。
管はもう二本あり、それぞれが人間の戦士と思しき人影の頭頂部につながっていた。
ふたりの新鬼人だった。
新鬼人たちは剣を抜いて走り寄ってくる。巨体の異形も近づいてきた。リシュワは警告を発した。
「新鬼人ふたりと異形がくる! ふたりとも頭に管がつながっている。話し合いになりそうにない!」
言いながらリシュワはコドンの首を締めあげた。
頸動脈はとっくに閉まっているはずなのに、コドンは気絶しない。例にないことだった。
「くそっ!」
しかたないのでリシュワはコドンを離した。
苦し紛れで頭部についた管を左手で切り裂く。
管は黄色い粘液を放ちながら縮んでいった。
コドンは呻きをあげ、枯れ葉のようにくるくる回って倒れた。
この手は有効らしかった。
敵新鬼人のひとりがリシュワに剣を振り下ろすところだった。
リシュワは左腕で受けようとする。
またこの寄生腕を失うかもしれない。
そう思ったが、横から飛び出してきたダクツが溶岩の右腕で受け流してくれた。
激しい連撃を受けても、溶岩の右腕は大丈夫なようだった。いつのまにか尖った形に変形している。
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