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平凡なおれが、ヤリチン先輩に必要とされた理由
しおりを挟むおれが好きな先輩は鈍感ヘタレクソ野郎だ。
どこがクソか。
まず女癖が終わっている。来るもの拒まず去るもの追わずのヤリチン野郎だ。性病になるんじゃないかと思っているが、上手くやってるようでチンコが痒いとかいう話は聞かなかった。
次にヘタレだ。
来るもの拒まず去るもの追わずと言えば聞こえがいいが、ようは断れないし追えないのだ。
そのくせ格好つけたがってめそめそする。バカだと思う。
最後に、クソほど鈍感だ。
セフレに去られて、毎度のようにヘコむ先輩をよしよししてやっているのを面倒見のいい性格だからだと思っている。
そんなわけあるか。いや、いるかもしれないけど俺ではない。
少なくとも俺は下心しかなかった。
よしよしして、「先輩にはいっぱいセフレいるじゃん」って言ってあげて、寝落ちした先輩をベッドまで連れていってあげる。部屋の片付けまでしてやるのだ。
これが愛でなくてなんだという。
「もうそれお母さんじゃん」
「やだー!お母さんにはなりたくないー!付き合いたいんだよ!俺は湊先輩といちゃいちゃしてセックスしたいの!」
ビールを呷りながら叫ぶ。個室の居酒屋でよかったと思う。
相談相手のしらっとした冷たい目線が心に刺さる。
「蒼一郎もセフレからはじめてみれば?」
「あの人のセフレになったら最後までセフレだよ。恋人への昇格なんてありえないね」
お通しで出された残り少ない枝豆に手をつけながら話す。
何度食べても美味い。
先輩は、セフレに去られると悲しむ。それは友達がいなくなったことへの悲しみでしかないのだ。
セックスを介してしか友達を作れないのをやめたほうがいいと何度か言っている。
相手は先輩の顔とチンコにしか興味ないか、あわよくば昇格狙いでしかないのに。
そんな男のどこがいいのかと聞かれれば話は長くなる。いや短いかも。助けられたから惚れたにつきる。
「はぁ…そうなんだ。難儀だね」
「おれが?先輩が?」
「どっちもでしょ」
いつも同じことばかり相談しているせいか、最近はちょっとそっけない。付き合ってくれてるだけありがたいけど。
「田中のこと好きな方がラクだったかも」
「思ってもないこと言うもんじゃないよ。あと俺にも選ぶ権利はあるので」
そんな話をしつつ、バカ笑いして酒を飲んでいたら不意にスマホが震えた。
通知の震えがやけに大きく響いて、心臓が跳ねる。
画面に目を向ければ、家に来てと表示されている。
いつものやつだな。
田中に「ちょっとごめん」と声をかけて、さくっと返事をする。
今飲んでいるので終わったら行きます!と。
「先輩でしょ、平気なの?」
「んー、どうせよしよしなのでちょっとぐらい遅くても平気でしょ。たまにはありがたみってやつを思い出してもらわないと」
「駆け引きってやつ?」
「そうそう~」
重くなりすぎず、軽すぎず適度な温度で会話を続けてくれる友人とはありがたいなと思っていたら――田中のスマホも震えた。
「あ、俺帰るわ。悠くんが残業終わったって」
「俺の駆け引き!」
じゃあまた連絡するわとお金だけ置かれて出ていかれる。
田中は友達にはクールだが、恋人の悠くんにはメロメロだった。この飲みも最初から、悠くんから連絡来るまでだったし、別に田中が出ていくのも気にならなかった。
悪いのは駆け引きと言えなくなったタイミングだけだ。
――――――
「蒼一郎、早くない?」
慣れたように先輩の部屋のインターホンを鳴らして一言目がこれだ。
お前から呼び出したんだから、早く来たことに感謝しろ!と言いたいがこういうところも鈍感かつクソたる所以のひとつだ。
「田中が帰ったので、早く終わりました」
「あ~なるほど」
開いた扉から入れば、酒の臭いに混じって僅かに性の気配がする気がする。知らない誰かを羨ましく思ってしまう。
「…誰かいたんですか?」
「それなんだよ~エミちゃんに急に彼女にしてほしいって言われて断ったら出て行かれちゃった…」
「本当に刺されても文句言えないですよ」
「でもみんなセフレでいいよ~って言ってたのに急に彼女にしてはおかしくない?」
先輩は顔立ちと雰囲気からか最初の印象が素っ気ない人と思われやすい。
煙草吸ってちょっと下見てるだけで憂いがあるイケメンに見えてみんなホイホイと引っ掛かるのだ。なんにも考えてないのに。
セフレとして付き合うと驚くほど丁寧で優しいようだ…俺はセフレにならないので知らないけど。
要するに勘違いしてしまうのだ、もしかしたら本命なのではと。
そしてセフレとしても残れずに終わる。
俺はそんな先輩のなかで終わった人にはなりたくなかった。
「…とりあえず窓開けますね、酒の臭いが籠ってるので。あと部屋も散らかりすぎです」
「ありがと~」
一週間ほどで缶やペットボトルが散らかる部屋になっている。
ここ最近は特にひどいようにも思う。
セフレも部屋も、前はもうちょっとマシだったと思うんだけど…。
床に転がっているゴミを袋にポイポイ入れていく。
「蒼一郎はさ、俺にばっかり構ってていいの?」
片付けしている俺を尻目に酒を飲んでいる。
いつものことなので気にならないけど、この人俺以外にもこういう態度なのかと不安がよぎる。
田中にお母さんだと言われてしまうのも、こういうところが気になってしまうからだ。
「めっちゃ今さらじゃないですかそれ。俺が来ないと部屋の片付けも出来ないのに」
「…全部一人でも出来るって言ったら?」
「え?」
「家事も全部出来るし、セフレも気にしてない。モーニングコールだってなくても起きれるって言ったら?」
いつの間にか後ろにべったりと張り付かれている。
ベッドに連れていくときに香る、シトラスの匂いが鼻を抜ける。
距離が近い。なんで?急に。
いやそれよりも何を言われた?全部出来る?
「……………おれ、いらなくないですか?」
「そう、俺は蒼一郎なしでも生きていけるんだよ」
聞いたことない艶のある声で囁かれてびくりと震えた。
こんな声出すんだと少し感心してしまう。
いや、本当に何!この展開は!湊先輩に何があったのか分からなくて、どうしたらいいのかも分からない。おれがいらないっていうことはもう来るなということなのか?
世話焼きな後輩が鬱陶しい後輩にジョブチェンジしたのか。
でもそれならわざわざ連絡して来ないし…。
「なんてね」
「は?」
緩んだ空気に後ろを向く。
湊先輩の素晴らしく整った顔だ。
ちゅっ
「は?」
「やっぱ、蒼一郎がいないとなんにもできないや~エミちゃんもさよならしたし慰めて」
「あ、はい。それはいつもなので…よしよしします」
何が起きたか分からないまま、勝手に口だけが話している。
今、キスされた?唇に。キス…。
なんで?
先輩はいつもの緩い雰囲気に戻って、何が楽しいのかニコニコしている。
ここで行くのが男なのか。先輩とお付き合いしたいのだから、攻めていかなければと思う。
そうでなければ、顔も普通でたいした取り柄もないおれが先輩に選ばれるなんてまずないのだから。
先輩の望むおれになれて初めて先輩に選ばれるかもしれないという夢を見れるのだ。
だからこそ、先輩が今望むのは何をすることなんだろうか?
「蒼一郎」
「は、はい」
「慰めて」
「よ、よしよし」
先輩はお気に入りの缶チューハイを片手に項垂れてくる。
いつもは先輩がずっと話しているのをうん、うんと全肯定で聞いているのに今日は何も喋らない。
喋らないことがなかったのでどうしたらいいのか。
いつもと違うことが多すぎる。
家に帰って田中にメッセージ送りたい。返事がないのは分かっているけど誰かに伝えたくて仕方なかった。
「今日全然喋らないですね」
「そうかな~蒼一郎がしゃべってもいいよ」
急に話を振られる。
寄りかかられる先輩の体重が少しだけ重くなった。
「えっと…じゃあ今日なにしてたんですか?」
「夕方起きて、飯食ったらエミちゃんから連絡来てたから、セックスして彼女にして欲しいって言われた~」
はい、と続けて空いた缶を渡される。素直に受け取ってゴミ袋へと入れた。
どう考えても話題をミスった。少なくともおれは深掘りしたくなくて聞くだけ聞いて話題をそらす。
何故だか先輩にとても見られている気がする。
蛇に睨まれたカエルの気分だ。
「せ…んぱいはなんで彼女作らないんですか?」
「んん~なんでだろうね。昔からずっと好きな子いるんだけどね。全然言ってきてくれないから」
「…好きな子いるんですか?」
セフレの話はたくさん聞いたが、特定の相手なんて聞いたことなかった。
すっと先輩が立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
「いるよ~」
憎らしいほどいつもと変わらないノリで言われた。
缶を持って隣に座られる。
先輩を見れば変わらない笑みで、ほんの少しだけ陰らしいものが見えた。
おれには、あんな顔をしてくれない。
どんな子なんですか?って聞きたかった。
もしかしたらおれかもしれない。ほんの少しの可能性があるかもしれない。でもおれじゃなかったときは?
先輩の口からおれじゃない子を好きだと聞かされて、平気な顔を作れる自信がなかった。
「…そうなんですね」
「誰か聞かないの?」
開けたチューハイの缶をことりと床に置くと、覗き込むように聞いてくる。
真っ黒な瞳だ。感情が削ぎ落とされたように何も読み取らせてくれない。
「こ、今度聞きます……」
「…そっか、じゃあ今度教えてあげる」
「よろしくおねがいします…?」
踏み込めないで逃げた。
―――――――
先輩との出会いは高校一年の初夏だ。
理由までは覚えてないが、突然校舎裏に連れていかれてぶん殴られそうになったところを助けてくれたのが先輩だった。
『あんまり目立つところでやらないほうがいいよ~』
飴を咥えて、間延びした喋り方は正直バカっぽく見えた。
でも助けてくれない人ばかりだったから、少しだけざわついた。
そこからなにが良かったのか、物珍しかっただけかもしれない。
なんとなく会話する機会が増えていった。
それだけならただの良く話す先輩で終わるはずだが、契機はもっと後だ。
家には不純物があってそれがおれだった。
おれが家に帰ると空気が悪くなる。
それを毎回、一つ下の義理の弟に指摘されるのがひどく面倒だった。
家に帰りたくなくて、バイトをしたり図書館やらファストフード店をうろうろする日々。
先輩にじゃあ家に来る?と言われたのは一年の秋頃だ。
『お邪魔します…ってめっちゃ汚な!』
『え~普通、そこはお世辞でも言うところじゃない?』
『お世辞も浮かばないほど汚いんですよ!』
『はは、おもしろ』
そこから週の半分以上は先輩の家で住んでいた。
家にいないことを咎められないのだから、呼吸がしやすい方に傾くのは仕方ないことだと思う。
ああでも、義弟にはぐちぐちと言われたな。
先輩も複雑な家庭環境があるのか、家族が帰ってくることは一度もなかった。
家族は見なかったが、先輩が女の人を連れてくることは結構あった。
その時はよくやるもんだなぐらいに思っていたけど今なら絶対耐えられない。
それも気付いたら少なくなっていて、年明け頃には二人で過ごすことが多かった。
『これって捨てても良いですか?』
自分で思っているよりも図太いようで先輩の家の物をポイポイと掃除していた。
と言っても明らかなゴミとか使わなさそうなものばかり。
その日先輩に見せたのはシンクに長らく置かれて汚れたままの赤いマグカップだ。
『どれ?あ~いいよ』
ちらりと見ると、すぐに答えが返ってくる。
普段と変わらない態度のはずなのに、僅かに違和感を覚えた。
『……本当にいいんですか?』
『え、なんで?』
『なんとなく…いつもと違うようにみえたので』
どこが?と聞かれたらたぶん答えられない。
顔かもしれないし、声かもしれない。
『はは、蒼一郎にはすぐ気づかれちゃうね。それ母親のなんだ。もう帰ってこないから捨ててもいいんだよ』
『……残して置きましょう』
『…その心は?』
茶化すような物言いのわりには、顔は真剣だった。
やっぱり何かあるんじゃないかと思う。
『使わないものは全て捨てなきゃいけないなんてことはないですし…。先輩にとって何かがあるなら今は取っておいて、捨てれる時が来たら捨てればいいんじゃないですか。』
『……蒼一郎はやっぱ面白いね』
ふわりと初めて見たその笑い方が忘れられなくて、鼓動がずっと収まらなかった。
大学進学を機に、先輩の実家からは出て一人暮らしを始めた。
先輩は違う大学に通っていて、連絡がほとんどとれないまま時間が過ぎた。
たまに来る連絡は、忙しさが伝わってきて、俺も連絡を控えるようになった。
二年に上がる頃になると落ち着いたのか少しずつ連絡が増えはじめる。
先輩も変わりないように見えたが、一つ変わっていた。
女癖だ。戻ったとも言うかもしれない。
その頃から今のような――セフレがいなくなったら慰めてという付き合いになっていった。
「おれは、先輩とどうなりたいんだろう」
帰ってきた部屋のなかで独り言が響く。
付き合いたかった。いちゃいちゃしたい、セックスもしたい。ずっと隣にいさせて欲しい。
これが恋で、愛でなければおれの人生はもうずっと砂漠だ。
「先輩はおれをどうしたいんだろう…」
本当に。謎のタイミングでキスされたし。普段は、せいぜい物を渡すときに手が触れるぐらいなのに。セフレとは知らないけど。
「も~分からない!なにも分からない!なんだよ!思わせぶりなキスしやがって童貞処女舐めるなよ!」
ゲーセンでとったサメのぬいぐるみを抱き締める。
そういえば先輩が取ってくれたやつだった。
もう一緒に住んでいないのに、部屋のあちこちに先輩との思い出がある。
町へ遊びに出掛けたりそんな小さな積み重ねが、至るところに散らばっている。
「なんかこれで、あの思わせぶりで別の人だよ~って言われたら殴っていいような気がしてきた」
静かな部屋で一人で暴れる。
はぁ、とため息が漏れた。
「殴れたらとっくに殴ってるし、告白だってしてるよな…」
なんで告白できないかといえば、自分に自信がないに尽きる。
家族からも必要とされない人間が、誰かから必要とされるなんてあるんだろうか。
先輩と積み重ねたものも、土台となる部分がガタついているからなにも信じられないのだ。
はあ、またため息が漏れる。疲れた。
なにも考えたくないと目を閉じた瞬間、眠りに落ちた。
――――――
「え、それから連絡取ってないの?」
「うん」
午後三時も回り、人はまばら。
食堂の水が入った紙コップは空だ。
「キスされて逃げて終わりなの?」
「終わってはないから!休憩!おれは繊細なの!」
「繊細」
半笑いでこちらを見るのは、相談役が板に付く田中だ。
こいつ…。
「まあ、蒼一郎がいいならいいけど」
「……いいとは思ってない…」
「じゃあ連絡すればいいじゃん」
「それが出来たら苦労しない」
田中はなにも悪くないのに、恨めしい目で見てしまう。気にも止めてなさそうだけど。
スマホには先週から動きのないトーク画面。入力しては消しを繰り返して、送信ボタンが押せていない。
「…田中は悠くんと喧嘩したらどうするの?」
「えー、ブロックする」
「ハードだね」
今の世の中で、メッセージアプリのブロックは厳しい。
「嘘だけど。普通に納得できるまで会話するかな」
「…納得できなかったら?」
「時間開けてもう一度話して、それでもダメならセックスかな」
「なんて?」
「セックス。会話で足りないものを補えるときもあるから」
「…すれば分かるもんなの…?」
「蒼一郎?俺の場合だから、聞いてる?」
「決めた!おれは一発ヤる!」
じゃあな!天啓を得たおれは食堂を飛び出してメッセージを送る。
今から部屋に行きます!
――――――
「それで来たの?」
変わらない整った先輩の顔だ。いや少し痩せたかもしれない。
「はい!」
「あのさ、蒼一郎」
「はい!」
「田中くんの理論に乗っとるとさ、俺たちまず会話してなくない?」
「……え?」
「いままでなんにも言わなかった俺も悪いけど、蒼一郎も俺になんにも言ってないよね?」
確かにおれは先輩に直接的なことは言ったことがなかった。言えなかった。
「…だって、先輩がセフレ作るから」
「それは…ごめん。説明するから会話しよ」
いつもと同じように部屋に招かれる。
先週の散らかりようが嘘のようにキレイだ。
「掃除、誰にしてもらったんですか?」
「俺がしたんだよ。出来るって言ったじゃん」
「……」
籠っていた空気は入れ替わり、先輩の部屋じゃないよう。
疑いの目を隠せない。
けど掃除できると俺に嘘ついて何になると言うのだ。
おれが鬱陶しくて離れたいなら、そんな手間のかかることする必要はない。
田中の話を聞いて、勢いでやってきたけど少しずつ冷静さを取り戻す。
急に自分の行動のすべてが恥ずかしくなってきた。
「やっぱりおれ帰ります!バカなこと言いました!」
「は?ちょっと待った、ダメ」
腕を取られて、引き留められる。
「は、恥ずかしいので一旦帰らせてください…引かないで…」
「引かないし、恥ずかしがらなくていいからここにいて。ちゃんと話そう」
ほら、とテーブルに誘導される。
そう言われてしまうと逃げれない。観念して座った。
何も落ちていない床に気を取られていたが、家具が変わっている。
「家具、変えたんですか?」
「うん、イヤかと思って。心機一転」
「……分かってるなら、なんで…」
言葉が小さく漏れたが、先輩の言うように一度も言ったことがないのだ。
伝わるかもしれないし伝わらないかもしれないそれはコミュニケーションとしては未熟だ。
先輩がヤリチンの鈍感クソ野郎ならちゃんと言わなきゃいけなかったかもしれない。それが出来たら苦労しないけど、それを出来るようにしなくちゃいけなかった。
誰かと付き合うとは多分そういうことの積み重ねだ。
「俺の話聞いてくれる?」
「はい…」
先輩が俺の前に座る。
昔にマグカップの話をした時ぐらい真剣な顔をしていた。あのときは触れにくい雰囲気を少し感じたけど、今は柔らかさがある。
一息置いてから話が始まった。
「あのさ、蒼一郎が俺のこと想ってくれているのはなんとなく分かってたんだけど。」
分かってたんかい!
突っ込みたくなる心をぐっと押さえる。
気づいて欲しかったのに気づいていたと知らされると恥ずかしさがこみ上げる。
「それは依存じゃないかなって思って…」
「どうしてですか?」
「高校のときに会って、家に出入りしていいよってそこから一緒にいる。蒼一郎は多分意識してないけど、愛され慣れていない子供みたいなところがあったから」
依存についてはしっくり来なかったが、愛され慣れていない子供については思い当たるところしかなかった。
「俺も似たようなものだけど、すぐに手軽に解消出来るの見つけちゃって外注してた。けど、蒼一郎は俺しかないって感じで…」
全部合っている。間違いがない。
先輩の視線はずっとおれに向いている。
「鬱陶しいってこと…?」
「そうじゃなくて!もっと色々知ってから俺だけって選んで欲しかった。」
「色々…そのわりにはずっと先輩と遊びに行ってますけど」
残念ながら、先輩の思いとは裏腹にあまり友達はいない。田中ぐらいだ。
その田中も土日祝日は、だいたい悠くんなので遊ばない。付き合う前は遊んだりしたけど、そんなに多くなかった。
結局行き着くところは先輩だった。
一年ぐらいの空きもなんのその。おれの人生は先輩で埋まっている。
「いや本当に。そういう思いもあるんだけど誘われたら行くじゃん。好きだし」
「…今なんと」
「好きだし?」
「誰が誰のことを」
「俺が、蒼一郎のこと」
心が震える。今までのカスみたいな行動も、勝手に一線引かれたことも全てが許せる気分になる。
「いや、騙されそうになりますけど。それでなんであの謎の思わせぶり行動に繋がるんですか?」
「……そういう真面目なことを考えてたんだけど。急に蒼一郎ってもう成人してるんだし、依存でもなんでもよくない?ってなって」
急に風向きが変わる。さっきの真面目な話はなんだったんだ。
真剣だった顔もいつもの緩さが見える。
「はぁ」
「そう思ったらどーでもよくなって、でもあんなに好き好きアピールしてくれてるんだから、蒼一郎から言って欲しいなって思ったら逃げられたから」
「はぁ」
「どうするかなって考えてた。とりあえず部屋の家具全部変えて、セフレも全部切った。蒼一郎と一緒にいたいから」
「……」
「そうしたら、蒼一郎から連絡が来て一発ヤったら分かるらしいですよ!って言われて焦ったところ」
「その心は?」
体温が上がるのが分かる。
期待してしまう自分を抑えられない。
同じぐらい、本当に色々と言ってやりたいことも突っ込みたいところあるけど一旦最後の焦るにフォーカスを当てる。
「好きな子とそんな雑にしたくないなと」
ふわりとあの日見た同じ顔だ。
おれにだけに向けられたあの表情だった。
結局のところ、先輩がどんなにヤリチンの鈍感クソ野郎でも好きでどうしようもない。
先輩が人の気持ちを勝手に決めつけようが、俺はこれは恋だし愛だと思っている。
自分勝手すぎるその思考も行動も全部許してやる。
「…先輩以外ならぶん殴って連絡手段全部断ち切ります」
「俺なら…?」
「好きなので全部許してあげます!」
テーブル越しに抱き付く。
抱き付いて目線が合うと、唇が近づいた。
「…ふっ…、んむ…」
ぬるりと舌が入り込んで、歯列をなぞるように割られる。
不意にされたときのキスなんて子供のいたずらのようだ。
差し出せない舌を絡め取られて、奥を撫でられる。
初心者!こちらは初心者ですがと叫びたくてもそんなすき間はなく音ばかりが漏れた。
「…んっ、ふぁ」
「ベッド行く…?」
ゆっくりと離れて、耳元で囁かれる。
先週と同じような艶のある声なのに、熱がこもっているよう聞こえ、びくりと震えた。
ひぇ…。
小さく頷くと、寝室へと連れていかれる。
「あ、あの先輩」
「名前がいいな~」
「…湊さん」
「なあに?」
「はじめてなので優しくしてください」
少し高い位置にある湊さんの耳にだけ入るように伝える。誰にも聞こえないと分かっているのに。
返事がないので、見上げれば真っ赤になった耳がある。
「は~、蒼一郎くんや。そういうセリフは煽るだけって知ってましたか?」
「…さあ?でも本心なので」
背中しか見えなくなったけど、どんな顔をしているのか想像がついた。
寝室の扉を開ければ、ベッドが大きくなっている。
部屋の殆どを埋めるサイズに変わっていた。
「でっか…」
「ふふん、おっきいのに変えました。しかもスプリングがスゴいやつ。」
「すっご…」
単純なおれの頭はスプリングが効いたベッドに気を取られる。
座り込み軽く跳ねる。気持ちよくてつい何度も跳ねてまった。
「蒼一郎」
「あっ」
背中を支えられて押し倒される。口を挟む間もなかった。これがヤリチンのテクニック…!
「んんっ…」
口、耳、首、腹――唇が、ゆっくり下へ滑っていく。そのたびに、服が剥がれていった。
小さく声が漏れると、湊さんが目を細めてまた同じ場所を吸う。
気付けば下着しかない。
「蒼一郎のここ、もう勃ってるね」
「……い、ちいち言わなくても」
部屋にはエアコンも付いていないのに、妙に熱い。
空気だけじゃなくて内側から来るような熱さだ。
緩く勃ちあがったそれを下着の上から軽く擦られる。
「…っあ」
染み出た先端から下着の色が変わっていく。
濃くなっていく様に、あまりの羞恥に頭がおかしくなりそうだ。
「みなとさ…!」
「んん~?」
意地が悪い。止めて欲しいと分かっているのに、止めてくれない。
下着をずり下ろされて、自分のものがあらわになる。
ぬらりと濡れているそれを口に含まれた。
「だっ…め、…あ、んっ、や…ふぁ」
口内の暖かさと肉に包まれる。初めての感覚と、どうしようもない恥ずかしさで頭が真っ白になる。
湊さんは変わらずにこちらを見ている。
ぐぽぐぽと吸われ、裏筋を舌が這う。
「あっ、…んん、イっ、……イく、イきまっ…!」
「だーめ」
熱が離れて、ぎゅっと根本を捕まれる。
高められた熱がが行き場を失って、なかでぐるぐるとする。
「…なん、で…」
「あとが辛いって言うから、我慢しようね」
すっと手を離される。タイミングを逃したそれはたらたらと先端から溢れてしまう。
湊さんとセックスすることを望んでいたのに、出来るとなると怖くなる。したくないのではなく、されることに追い付けない。
世の中の人は、こんな恥ずかしいことをやっているのかと…スケベばかりだなと、どうでもいいことを考えてしまう。
「後ろさわっていい?」
ボトルに入っていたローションが温められ、たらりとかけられる。
何も言っていないのに…。
いつの間にか下着だけになっている湊さんのそこは張りつめていた。
おれなんかの姿で、勃たせているのかと思うと触れて確かめたくなる。
「んっ…湊さん、おれもさわりっ、んん」
「また今度。今日は全部俺にさせて」
ぷつりと指が入り込む。
痛みはないが、違和感がスゴい。
「大丈夫?痛いとかある?」
「…へ、いきです」
ゆっくりと時間をかけて触られる。
浅い部分を行き来していた指は増やされていた。
「ん…あ、ぁ…み、みな…とさ、んんっ…」
「はー、ほんとかわいい。全身真っ赤にして」
啄むようにいろんなところに、キスされる。
探るような指に、ある一点を柔く押され、思わず震える。
「…っん、ぁ」
「ここがいい?」
「わからな…ふぁ、…っあ」
なかをかき回される。ゆっくりとなぞられ、叩かれた。
指が動くたびに腰の奥からピリピリした感覚が襲ってくる。
未知への恐怖がじりじりと襲ってくる。それ以上にこうして身体を繋げられることへの喜びがおれを満たす。
バカになった頭ではなにも考えられなくて名前ばかり呼んでしまう。
「みなと、さっ…っん、…あぅ…」
「蒼一郎」
もっと呼んで欲しい。もっとおれだけ見て欲しい。
真っ黒の瞳だけにおれは映りたい。
欲と理性が移ろう瞳から理性なんて無くして欲しい。
「い……れて、ください」
「でも…」
「はやく、みなとさんのものになりたい」
「……俺、今めっちゃ我慢してるんだけど」
「がまん…、しなくていいから…」
いれて、と言葉になる前に濡れた孔へと硬くそそり立つものが挿れられる。
「あぁ…っ!」
指なんかよりも圧倒的な質量のそれがずずっと少しずつ侵入する。
待ち望んでいたそれは想像よりもずっと大きくて熱い。
「煽ったのは蒼一郎だから」
「んっ…ぐ……はぁ、っ…」
泣きたいわけではないのに、感情が混ざりあってほろほろと涙が零れる。
溢れた涙をひとつずつ舐めとられ、額に唇を落とされる。
湊さんは意外とキスが好きなのかもしれない。
狭いそこをかき分けながら入る顔は、眉が少しひそめられている。
「はいったよ、全部」
「…っ、うれしい」
「俺も」
手が重なり、一本一本の間に湊さんの指が入り込む。
ぎゅっと握れば、同じ強さで握られ、目が合えば愛おしいと言わんばかりに微笑まれる。
求めていたものはここにあるのだ。
「すき…先輩が…、湊さんがずっとすき…」
「俺も蒼一郎のこと好きだよ」
言われたくて焦がれてどうしようもなかった言葉だ。
ときめきで死ねたら今ここで死んでいた。
―――――――――
ふと、目が覚める。
シーツのじとりとした感覚が肌に張り付くようだ。
上半身を持ち上げ、その場に座れば倦怠感が纏わりつく。
これがセックスの後…!
夢心地のような時間を思い出すだけで顔が緩みそうになる。
窓に目を向ければ、日が沈み電気の灯りが見える。
「起きた?」
ガタリと扉が開くといつもの顔が見える。
「湊さん!」
飼い主を見つけた犬のように、近寄ろうとするが思ったように動かず力が抜ける。
その場に留まるしか出来なかった。
「大丈夫~?」
「平気です…たぶん。力全然入らないですけど」
「いっぱい頑張ったからね、ありがとう」
ちゅっと旋毛にキスされた。
先週のあの時がおかしかっただけで基本的に湊さんは優しい。
足された甘さに心地よさばかりが増していく。
後ろから抱き締められ、すんすんと嗅がれている。
「ちょっ、なんで匂いなんて」
「んん~かわいいから」
単純なのでそれだけで見逃してしまう。
おれはかわいいので仕方がない。
好きなだけやらせてあげよう。
「湊さんはいつからおれのこと好きなんですか?」
「え~いつだろう。大学死ぬほど忙しくて会えなかったときに気付いたと思うけど。きっかけはやっぱりマグカップのやつかな」
「お母さんのやつ?」
「そう。うちの家、年の差婚でね。俺が高校入るぐらいに母親が気付いちゃって。若いときに騙されて支配されて…依存してたってことに。それで離婚して」
「……」
「家は二人とも住まないからって譲ってくれたんだけど、家族のものがあるのが辛くてまとめて捨てた。だからあのマグカップが、唯一残ったものだったんだよね~探せば他にもあったかも知れないけど」
表情は見えない。けど、声で分かる。これはきっと寂しさだ。置いていかれた寂しさ、辛さ。俺も少し分かる。
「おれは置いていかないですよ」
「そうだね、ずっといてくれたもんね」
ぎゅっと、腕の力が強くなる。
ずっと二人でいれるなら、それだけで充分だ――そう思えた。
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怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
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美形×平凡っていいですよね、、、、
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