やけ酒して友人のイケメンに食われたら、付き合うことになった

ふき

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やけ酒して友人のイケメンに食われたら、付き合うことになった

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酒を呷る。ぐびぐびと酔うための味なんてないアルコールだ。

「浮気なんて糞だ!」

三年付き合った女が浮気して、男とラブホテルに入っていった。問い詰めれば、挿れてはないだの、構ってくれなくて寂しかっただの、しょうもない言い訳ばかりだ。どうせならもっと腹くくって浮気しろってもんだ。
あんまりな言葉に金だけ払ってカフェから飛び出した。コンビニで度数だけは高い酒をアホほど買い込む。
自宅で飲んだくれてもよかったが、そのときの俺は人に構ってはもらいたくない。なのに構って欲しい、慰めて欲しいの気持ちで一杯だった。

「そうだね~。そんな女別れられてよかったね~」
「気持ちがこもってない」
「これ以上どうやって込めろって言うんだよ」

そうして、訪ねたのは大学からの友人の瑞生の家だった。
ガンとテーブルにアルミ缶を叩きつける。

「う~、なんだよ寂しいって…連絡しても返事すら寄越さなかったくせに」
「なんで、榛名は毎回どうしようもない女ばっかすきになるわけ」
「付き合う前は可愛かったんだよ!」

俺にしなだれて、はぁくんと一緒にいるときが一番楽しいな♡なんて言われれば一発でコロッといく。男なんて単純なもんだ。
そう言うと、しらっとした顔の瑞生が動く。

「ふーん、こんな感じ?」

俺の横に座って、肩に頭を置く。なんだこいつ。
もう十年近い付き合いになるが、こんなに距離が近いのは初めてだった。
至って平凡の域から抜け出せない俺と違って、イケメンの瑞生に近づかれて何故か鼓動が早まる。
長い睫と高い鼻先が見える。なんてことないただの顔の部位だというのに、美しさがあった。
女と別れて俺は男にもドキドキするようになってしまったのか。悔しすぎる。

「はぁくんと一緒にいるときが一番楽しいな♡」
「…なにそれ、女のマネ?」
「そう。しょーもない女しか好きにならない榛名くんが好きなタイプのモノマネ」
「……バカにしてんのかよ」

からかわれているように聞こえて、ぐぐっと残った酒を飲む。空になった缶を潰して、そのままごみ袋へと投げた。
カランと軽い音を立てると、ごみ袋から逸れた缶の姿。何もかもが上手く行かない日だ。

「榛名の下手くそ」
「あー、もう。なんにも上手くいかねえ」
「適当な女ばっかり選ぶからじゃない?」
「…俺は慰められたいの!よしよしされたいの!榛名は悪くないよ!あの女が悪いよねって言われたいの!分かる?」

肩にかかる重みも無視してゴロンとソファーに項垂れる。
L字の寝れる高いソファーも使わずに床で飲む俺。貧乏臭さが染み付いているとでもいうのか。
お互い気持ちが向いていると思っていた女からの浮気というのはこんなにも俺を惨めにさせる。
悔しい、くそったれ、なんで、そんな気持ちがぐるぐると渦巻く。

「じゃあ俺が慰めてあげようか?身体で」

ソファーに肘をついて目線を合わせてくる瑞生がにこやかに言う。なんて?

「……なんて?」
「身体で慰めようか?」
「言葉で慰めるのは…?」
「榛名はさ、真面目すぎるから。頭バカにしてみたら」

イケメンの顔が近づいたかと思うとキスされる。
ふんわりと、今までしてきたどの女よりも柔らかい唇だ。
衝撃で閉じた目を開けると、飄々としたいつもと変わらない顔の男だ。

「イケメンは唇もイケメンなのか?」
「気を使ってるに決まってるでしょ」

そう言う瑞生の耳は赤くて、俺に付き合って飲んだ酒のせいなのか。そうじゃないのか。それを確かめたくなった。


酒で浮わついた頭とノリでうっかりオッケーをすると、とんでもない勢いで寝室へと連れ込まれた。
こいつ性欲溜まってるのかと少し可愛そうになる。いや俺も人のこと言えたものでもないが。
入ったことのない寝室はなんだかいい匂いがした。
勢いのままにベッドへ押し倒されると、上に瑞生が乗ってくる。

「うわっ、なんでそんなに乱暴なんだよ」
「うるさい黙って」
「慰めるのは!?」

俺の言葉は無視する気なのか返事もなく、瑞生がロゴの入った白いシャツを脱ぐ。引き締まったバランスの良い身体。
同じ男の身体なのに目が離せない。
シャツに当たって金髪の髪がほんの少しだけ乱れたのを、緩く首を振って整える。
そして、俺を見た。

心の中で唸る。この男が男女問わずモテるのだということは知っていた。こうやってモテる理由の一辺を味わってしまった。とんでもない男だ。
さっきドキドキしたのも当たり前のことだったのではと思い始めてくる。

「榛名のエッチ」
「なっ」

茶化すように言葉は軽かったが、俺は心を見透かされた気がしてならなかった。

「冗談だって。ほら、榛名も脱ぐ」

ワイシャツのボタンを外されていく。子供もいないのに慣れたように外す様に、瑞生の交遊関係を感じた。

「なに?」
「別に…慣れているなって」
「嫉妬?」
「違う」

ムッとして唇を尖らせる。平凡な成人男性がするような仕草ではないと自覚しているが、気を抜くとつい出てしまう。
ふっと瑞生が笑うと尖らせた下唇を食むように奪われる。
さっきのキスも、今のキスも不思議と嫌悪感は沸いてこなかった。

「…っ、ん……あ」
「なんでワイシャツの下に肌着なんて着てるの」
「…ん、普通着るだろ。汗かくし」
「邪魔」
「あ、おい」

肌着をぐっと上げられ、身体がさらけ出される。
最近は接待やらなんやらで少し緩んだ上半身だ。引き締まっていた瑞生と比べるとあまりにも悲しくなる。やっぱジム行くべきか?
そんなことを考えていると瑞生の長い指が肌をなぞる。

「んっ、こそばゆい…」
「意外と敏感だ。かわいいね」
「…そういうの止めろ」
「はいはい、お姫様。大切に扱いますよ」

その言い方も止めろ!と言いたかったのに、先回りしてもう一度唇を塞がれていた。こいつキスばっかりするな。

ぬるりと入る舌を受け入れるように少し口を開ける。
長い舌が歯列から上顎をなぞると、ぞくぞくしたものが背筋をかけていく。
そんなに多く経験したわけでもないが、唇を合わせるだけでこんな感覚になるのは始めてだ。

肌を柔く触れていた指に少しだけ力が込められ、下へと向かっていく。
ベルトに指がかかると直ぐに外され、スラックスが抜かれる。
下着姿で前の開いたワイシャツを羽織っている。女の子がするならともかく俺のを見たり、触れたりして楽しいんだろうか。
目の前の楽しそうに俺に触れている男を見ると、楽しいんだろうなという感想しか出てこなかった。

「…なあ、俺って瑞生にちんこ突っ込まれるの?」
「何、俺に突っ込みたいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど…なんか急に現実味が…」
「お姫様は寝ているだけで、極楽に連れていって差し上げますので」
「…っ、それはさすがにキモいだろ」

伸びた指が下着の中に入り込む。白くて長い指だ。イケメンはどこもかしこも整って見えて仕方ない。

「あっ、…ん」
「榛名ぽいちんこだ」
「…俺っ、ぽいってなんだよ…」

くちゅくちゅと先端を攻められて小さく水音が鳴る。下着の色が段々と濃くなっていく。その様に恥ずかしくなっていって目を背けたくなった。

「…ん、…ふぁ」
「ダメだよ、榛名。ちゃんと見て」

ふいっと顔を横に向けると、耳元で囁かれる。今まで聞いたことないぐらいに甘ったるい声だ。知らない男のようでびくりと震えると、耳たぶを噛まれる。噛んで、内側の窪みへと舌を入れられる。

「んんっ」
「耳弱い?」
「…知るか、…っあ、ん」

そんなところ舐めるやつなんてお前ぐらいだ。憎らしい気持ちを込めて瑞生を見つめてやれば、どろりとした視線を浴びる。なんで、こいつはこんな目で俺を見るんだ。
声、目線。指の動き。全てが甘ったるくて、奥にある欲が見える。それが到底、"友人"に向けるものでないぐらい俺にも分かった。

「っひぁ…」
「声、可愛くなっていくね」
「うっるさ…んっ」

下着がずり下ろされて、知らない間に取り出されていたローションをそこに垂らされる。
ぐちゃぐちゃと粘度のある音が響く。

「んっ、あぅ…やめっ、あっ」
「擦ってるだけでイっちゃう?」
「イ、かない…!あう…っん」
「じゃあこれは?」

先の窪みに引っ掻けるようにカリカリと動かされる。ぞわぞわとしたものが腰に走って、力が入らない。

「それっ…あっ、やだっ」
「いやならいやって顔しなきゃ」
「~~~っんん!」
「あ、出た」

身体が一瞬、強く引きつって何かが解放される。
瑞生の指を白くどろりとしたものが汚していた。

「…はぁ…っ」
「顔真っ赤。かわいい~」
「つ、疲れた…」
「榛名はなにもしてないでしょ」

人のちんこを好き勝手した癖に、まだまだ余裕ですって顔している瑞生に苛立たしさを覚える。
この余裕をかき消してやりたくなる。あんな目で俺を見るんだ。ちょっと煽ってやろう。
目の前の男の首に腕を回して、ぐっと近づいた。

「俺の頭、全然バカになってないんだけど」
「…まだこれからに決まってるじゃん」

汚れた指が俺の口元に寄せられる。自分のもので汚れた指を舐める。まっず。
瑞生が俺を見下ろしている。

「はは、お前のが頭バカになってそう」

甘ったるさと情欲が浮かんだ瞳に、そう言ってやれば分かりやすく煽られてくれた。



―――――


鼻を僅かに香ばしい匂いが抜けていく。この匂いは…と、匂いを追いかけていくと自然と目蓋が開いていた。

「朝…?……どこだっけ」

ぐるりと部屋を見渡して、記憶を掘り起こす。
沈めた記憶が次々の沸いてきて、あまりの醜態に叫びたくなる。
浮気され別れて、友人の家に押し掛けて、酒を呑んだくれて。ここまではいいが、問題はこの先だ。

「榛名、ほら腰あげて」
「…やぁ…、むりぃ…ん、あっあ」
「無理じゃないでしょ」

思い出した記憶に頭を抱える。下半身の至るところがダルくて痛むのに、妙にスッキリとしている。あの夜の全てが実際にあったことなのだと知らせてくる。

「はぁ…こうしていても仕方ないか」

のそりと広々としたベッドから這い出て、置いてあったスウェットを着る。サイズが少し大きいのが癪に障るが、まあいいだろう。
上から目線だということは自覚しつつ、寝室から出た。


「起きた?」
「おー、……起きた」
「じゃあおはよう。飯作ったけど食べる?」
「はよ…食べる」

独身の一人暮らしの癖にでかい家のリビングに行けば、瑞生がキッチンに立っていた。
ケトルを持ってドリッパーにお湯を注いでいた。何でもコーヒーは豆から挽いた方が美味いとかでやっているらしい。
寝起きに嗅いだ匂いはこれか。俺がコーヒーに求めるのはカフェインのみなので、味なんて分かりはしなかった。
テーブルには二人分の飯が置かれている。パンと目玉焼き、サラダだ。

「なんか手伝う?」
「いや、大丈夫。榛名もコーヒーでいい?」
「うん」

丁度良く淹れ終わったコーヒーをカップに注ぎ、対面から渡された。青色のマグカップ。いつの間にか置かれていた、俺用のやつだ。
色違いの赤色を瑞生が使っていた。こうして見ると気付かぬところでアピールされていたのか?
キッチンを軽く拭いている瑞生を見ても、分かりはしなかった。

「先に食べてていいよ」
「…いや、待つよ。さすがに作って貰って先に食わねえわ」
「つまみは食べるじゃん」
「あれは酒飲んでるだろ」

席に座る。1分も経たずに瑞生も座った。
いただきますと、挨拶してから食べ始める。
無言が続いていく。いつも飯食っているときは、お互い何も喋らないはずなのに沈黙が気になって止まらない。
コーヒーを一口飲むと酸味が広がる。苦味はあまりないやつで、俺が唯一まあなんとなく美味いような気がすると言ったやつと同じ味だ。

朝会ってから顔色ひとつ変えていない男を見た。今だってパンを食べてコーヒーを飲んでいる。
なんだか、昨日のことはなかったようにされている。そんな気がした。

「お前、いつから俺のこと好きなの?」

ガンッと大きな音が響く。
真っ赤な顔だ。知り合ってから十年近く経つが見たことない顔をしている。

「え?…あ?な、なんの話?」
「いや、さすがに気付くわ」
「…気持ち悪くないの?」
「ヤる前なら気持ち悪いっていうか困惑しただろうけど、昨日のあれ見たらそんな気にならねえよ」
「あれ?」

瑞生が首を傾げている。はー、イケメンはなんでも様になりますね。

「俺のことが好きでたまらないって顔」
「んぐっ」
「え、なに。気付かない方が良かったの?」

胸を押さえる瑞生に思わず慌てる。

「そういうわけじゃないんだけど。なんというか…その、気付かれないと思ってたから」

ビックリした…と小さく溢す。俺のがビックリしたんだが?と言ってやるのは簡単だが、真っ赤にした顔やら不安そうな表情。珍しくころころと変わる表情を見ると茶化してやる気にもならなかった。

「で?いつから?」
「ええー、なにこれ。拷問?」
「話したくないなら別にいいけど」
「………朝飯、食べてからにしよう」
「それは、まあそうだな」

無言で再開する。沈黙はあまり気にならなくなっていた。


キュッと水を止めて、台ふきで水回りを軽く拭く。
濡れた手を拭いてテーブルへと戻った。

「洗い物ありがとう」
「おう」

言葉が続かない。どう切り出すか悩んでいるそんな空気だ。

「…まあ、そんなたいした話じゃないんだけど」
「……」
「大学の入学式で、派手に転んだ子いただろう」
「いたか?」

瑞生が肩をすくめる。
昔のことを思い出すがあんまり思い出せない。そもそも入学式なんて思い入れのない行事だ。
思い出せるのは、講堂で聞いたくそ長い学長の話。あとは桜並木ぐらいだ。

「結構大きな音がして、誰も動かなかったんだけど。榛名が最初に声かけてて、そこからなんとなく気になってたら友達になってて、まあ今に至るみたいな?」
「そんな昔から…というか全然覚えてないし」
「榛名にとっては当たり前のことだからだろ。出会ったときから、当たり前のことを当たり前だと思ってやれているところがその……」
「…」
「…好きです」

中学生か。俯いて絞り出された声に突っ込みたくなる。背中がもぞもぞするように、恥ずかしくなる。
チャラいわけではないが、男女共に選び放題。俺が見ていた限り、それなりに経験だってしているはずだ。
それなのに、こんな思春期みたいな告白をしてくる。

「俺、彼女普通にいたけど」
「うん。まー気にならないと言ったら嘘になるけど、榛名が男もイケるなんて聞いたことなかったし」
「……結婚とかしてたらどうしたんだよ」
「それはまあ……さすがに泣いてたかな」

瑞生が自嘲するように吐き捨てた。
軽口のように重ねられる言葉は、俺へ向ける想いが重たくならないように、必死に軽くしようとしているように見えた。
昨日の瞳を思い出す。甘ったるさに隠した、どろりとした情欲。暴いてその一端を味わったというのに、全てを隠そうとする。
それが瑞生のためか、俺のためか。どちらでもあるし、どちらでもない。
それがどうしようもなく苛立った。

「でも榛名には関係ないから」
「はあ?」
「俺の気持ちなんて迷惑だろうし。昨日のことは事故だと思って…」
「俺はまだ何にも言ってないし。事故だと思わせたいなら、それらしい態度取ってから言えよ」
「起きてからはそういう態度でしょ」

コーヒーが冷めている。赤と青のマグカップだ。

「じゃあ、お前はこのままで満足なんだな。俺は知らないし、気付かなかった。急に押し掛けて悪かったな。帰るわ」

残ったコーヒーを一気に飲む。口に広がる味はやっぱり別に好きではない。ガタリと立ち上がった。

「え、なんで急に怒るの?」
「怒ってはない。お前が無いことにするなら、俺も無いことにしただけだ」
「…」
「昨日はベッド借りただけで何もなかった。これがいいんだろ?」

瑞生を見る。怒られたような、言い訳をしたい子供
ような顔をしている。
そうして、言葉を探すように口を開いては閉じを繰り返して――

「じゃあ、榛名はどうしてくれるって言うんだよ…!」

大声ではないけど、張り上げた声だ。縋るような目でこちらを見る。

「どうもこうも瑞生からどうしたいって聞いてないけど」
「…っ!そんなの言ったら榛名はいなくなるだろ」
「なんで?」
「戻れないだろ普通に…。友人から恋愛対象として見られてて。男同士で…。好きだって言って、榛名から避けられたりしたら…」
「……」
「そんなになるなら今のままでいい」

絞り出すように出された声は、静かな部屋ではよく聞こえた。

「だったら昨日のあれはなんだったんだよ」
「あれは、榛名がバカだから…。俺も飲んでたし、勢いとか抑えきれないものとか…」
「ノリノリだったろ」
「好きな子とヤって、テンション上がんないほど枯れてないんだよ!」
「…俺も別に嫌じゃなかった」
「……っ」

一瞬だけ逸らした目線を戻す。瑞生が俺の気持ちをどう感じていたかは知らないが、嫌だと感じたわけではなかった。

「…じゃあ俺のこと好き?」
「それは分かんないけど…」
「期待させておいて!」
「最後まで聞けよ。分からないけど…、でも俺は男とセックスなんて考えたことなかった。正直、昨日ああなるまでその想いも気付かなかった」
「……」
「けど、けどな。ケツはなんか違和感あるし、足腰ガタガタで、それでも別に昨日の夜のことは後悔してない。お前と同じ想いだって言えないけど…感じたこれもなかったことにするのか?」

これは賭けだ。これで逃げるというなら俺はもう二度と瑞生にこの話はしないだろう。

「……し、」
「し?」
「しません…」

朝の短い間に何度か聞いた絞り出すような声。その中でも一際か細い声だった。
自分でも知らないうちに緊張していたのか、その言葉で気持ちが緩むのが分かった。

「そうかよ、ならいい」
「うん。…榛名」
「なんだよ」
「好き、だから付き合って」
「…ぅええっ、なん、なんで今の流れでそうなるんだよ」
「だって好きだって知っても離れないんでしょ。攻めない理由なくなったし」

立ち上がった瑞生が近付いて手を取られる。ついでに顔も近い。
さっきまでしなしなとしていた表情はどこへやら。妙に強気だし、元気だ。現金なやつ。

「今までのくそみたいな女たちと違って大事にするし、浮気も自然消滅もしないし。というかそんなの許さない。榛名が榛名でいてくれるならなにもしなくていいから、俺と…付き合って」

いつになく真剣な顔している。握られた手に力が込められ、返事をするまで逃げられないと悟った。
ふぅと息を吸う。
今まで付き合ってきたときはどうだったろうか。なんとなくアプローチのようなものをされ、なんとなく可愛いから付き合う。
好きかと聞かれれば好きだと答えていたが、今では思い出しもしない女ばかりだ。
そんな浅い付き合いを繰り返して、誰とも向き合ってこなかった。

少しだけ身動ぎすると、握った手に更に力が入る。痛くはないがもう少しで痛くなりそうなそんな強さだ。
誰かを逃がしたくないと思うほど、俺は誰かを好きになったことはあっただろうか。
息を吐く。

「……いいよ」
「え、本当に?もう絶対別れないけど」
「…さっき言った通り、恋愛的に好きか分からないけどそれでもいいなら」
「それでもいい。夢みたいだ」

パッと手が離されると抱き締められる。
熱い体温に、離せと言いたくなった気持ちは萎れていった。

「絶対、俺のこと好きにさせるから」
「…それはまあ期待してる」

収まりのいい胸板に頭を預ける。
案外、好きになる日は近いような気がした。







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