騎兵小隊、前へ!

藤原丹後

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騎兵小隊、前へ!

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 雨は降り続いているが、壁に立てかけたワンタッチテントに脱いだポンチョを引っ掛けたままにしておく。野外での戦闘では水を含んだポンチョは動きの妨げになりそうだ。元々対スライム対策として買った安物で、雨天は想定外だった。


 青紙土佐打ナイフ(剣鉈)を腰に吊るす。バックパックを背負ってからヘルメットを着用し、ワンドを手に持った。
 槍は迷ったが、馬に2人で乗って片手にワンドを持っているのに、槍を持って行っても邪魔になるだけだろうから部屋に置いておくことにした。


 マヤの装備は酒場に行ったときと変更はない。上半身を皮鎧でオオい、手足の関節部には部分的な防具を取り付けている。武器は片手剣だけでサブウエポンは外見から確認できない。

「もう、いいか?」

 用意を済ませたから、マヤに視線を向けたのだと近衛ガーズは判断したのだろう。
 ウナズき返した。

 3人で城門に向かう。
 途中、近衛ガーズは何度かマヤに話し掛けていたが、その度にマヤは俺の体に隠れるように位置を変えた。

 空気を読んだのか、同僚の視線を気にしたのか、近衛ガーズは城門が見えてくると俺達には何も言わず駆け出して行った。

 古い布や皮の濡れた臭い。馬の臭い。傭兵と民兵達。マヤは気にしていない様だが、あそこに入って行くのかと思うと気後キオクれがして思わず立ち止まった。
 もしかしたら立ち止まる口実が欲しかったのかも知れない。
 ……何で俺が凶悪であろうモンスターの群れに突っ込んで行くような戦争に参加しなければならないのか。

 立ち止まった俺に気がついたマヤが振り返る。

 マヤと見つめ合う。

 「何か忘れ物をしましたか?」

 俺は首を振る。
 「40年振りに子供の理屈が頭をヨギっただけ。『何で俺が?』ってね。誰にも出来ない事なら俺がやる。40年前に考えを切り替えたし、そうであるからこそ、俺のような我の強い人間が集団内で存在を認められてきたのだから。ただ、そういう理屈と、戦場の矢面ヤオモテに立つという現実に直面しても何も感じないということは別。だから足が止まった。みんながこちらを見ているし、行こうか」

 マヤは俺が歩き出しても、同じ姿勢で立ったままこちらを見ていた。
 隣を通りすぎた数秒後、小走りで追いかけてくると再び並んで歩き出す。

 馬のイナナきでこちらの動きを察知されないためか、見える範囲の馬全てにバイフクませている。

 何も言わずにこちらを見ている傭兵・民兵達。
 傭兵達は半球形の兜を被り皮鎧を着用している。片手には槍を持ち、腰に片手剣を装備している。
 民兵達は傭兵達より長い槍を持っているが防具のタグイはない。
 集団が割れていく。その中を俺とマヤは進む。
 城門周囲から流れてくる悪臭に、城外からだろうか、他の臭いも加わる。襲撃の時間はこの風向きに合わせたのかと、俺はどうでもいいようなことを考えながら、一際ヒトキワ大型の馬の横に立つ見覚えのある男の方に向かう。確か直接紹介はされていないが、あの男が傭兵隊副隊長なのだろう。指揮官オーラがここからでも見て取れる。

 男の前で立ち止まる。

「良く来てくれたな但馬殿。今、聞いたのだが貴殿は[ファイヤーボール]のワンドを所有しているそうだな。手に持っているのがそのワンドなのか?」

「そうですよ」

「何という僥倖ギョウコウか! 貴殿がシュガローフに留まってくれたことを城塞内全ての住民が感謝することになるだろう」

 以前聞いた明瞭な発音とよく通る声量。まるで目の前の俺に話し掛けているのではなく、声の届く城塞内住民全員に言い聞かせるような大声だった。

「この馬を使ってくれ。2人乗りでも、そちらの女子とならば問題ない。一番大きなクラを持ってこさせているのでクラの交換を終えたら出撃だ」

 恐らくは戦場経験が豊富なのだろう。多分、俺が立ち止まった理由も見抜いている。新兵相手の気遣いか、何の問題もないようなことを言って俺の不安を払拭させてくれる。

 話しているとクラの取り換えがはじまった。
 馬に乗る事。戦場に出る事。これから始めようとする事。意識すると胃が痛くなってきそうだ。
 

 馬を眺めている視線を遮るようにマヤが俺の前に立つ。
 マヤは少しだけ首をカシげるが何も言わない。

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど俺は俺のやるべきことをやる。その前後の事はマヤ達に丸投げして余計な事は考えない。ただ、危ないと思ったら[火球]の他にも魔法を使うかもしれない」

「魔法をお使いになられる際は、必ずお願いしますね」

「[次元の扉]は温存したいから使う気はないけれど、本当に危なければ咄嗟に使うかもしれない。他の魔法は行使する前に予告することは出来ると思う。多分」

「但馬さんが余計な魔法を使わなくてすむように頑張ります」

 マヤは本当に言いたいことを飲み込んだようにも見えるけれど、今は俺も余裕がないので他者を気遣う言葉が出てこない。

「但馬殿! こちらへ! 」

 呼ばれて歩き寄った馬は体高がマヤの身長ぐらいはある。
 最初にマヤが馬の左側から乗った。武士は馬の右側から乗ったらしいが、左腰に刀を差しているわけではないし、普段から自転車に乗るときには左側から乗っているのでマヤに続く。

 ……どうやって乗るんだ? これ。

 マヤが固まっている俺を馬上から見下ろすが、慌ててアブミから左足を抜く。もしかしたらマヤも余り余裕がないのかも知れない。

 乗馬スキルが仕事をしてくれたのか、恥を晒すことなくクラの上に収まることが出来た。
 アブミから足を抜いて、ふくらはぎで馬体を挟む。左手はクラの後ろを掴んだ。

「但馬さん。両手は私の前にまわしてしっかり掴まってください。身体全体を密着させて、出来るだけ私の動きに合わせてください」
 彼女の声はいつになく硬かった。



「騎兵小隊。前へ!」

 弛緩シカンしていた空気が襲撃隊指揮官の号令で一変した。同時に城門が少しずつ開いていく。

  「軽騎兵旅団前へ!」と号令が掛かる
  怖じける者が1人でもいただろうか?
  誰かが蒙昧に落ち込んだ故だと
  騎兵たちは知っていた
  彼らに返答する義務はなく
  彼らには理由を論じる義務もない
  彼らにあるのは実行して死ぬ義務だけであった
  死の谷へと送り込まれた600騎

 何で俺は英国軽騎兵隊最後の突撃をウタったとされているテニスンの詩なんかを思い出したのか……

「[対射撃戦防御]」
 邪教徒の誰かがこの馬に[魔法解除]を使わない限り、2時間の間、矢・石の攻撃を馬は無効化できる。
 徐々に馬速が上がっていく。
 マヤの動きに合わせて俺の身体も自然に動く。
 成人男性の体重より数倍重い馬が25頭。雨でぬかるんだ地面をものともせず、地響きを立てて突進していく。

 少女の身体にしがみ付く羞恥心もなく、初めての戦場という恐怖心もなく、生き物を殺すことになるという気後れもなく、馬から振り落とされないことにのみ注力する自分がいた。
 周囲の状況は全くわからない。目に入る光景が見えないわけではないが、見えたものを情報として処理する思考が追いつかない。

 どれくらいの時間が流れたのだろうか。
 気がつけば馬はゆっくりと旋回している。
 マヤが何か言っていた。

「但馬さん! 目標の投石機カタパルトはあそこです! ここからでは届きませんか? 」

 俺は慌ててマヤが片手剣で指し示す方向に目をやる。
 自分がやるべきことを思い出すと、身体をマヤから離し、右手に掴んでいたワンドを持ち直しながら上半身を捻り、投石機カタパルトに向けて振り下ろした。

 最大射程で爆発した火球は、閉鎖空間であるダンジョン内で聞いていた音よりも少し長く大きな音がした。
 直径12mの火球に何体か何十体かのゴブリンが巻き込まれている。

 副隊長の言葉を思い出し、続けて3回振り下ろす。
 見える範囲に資材を積み上げたらしき物が見当たらなくなった。

「帰ろうか」

 連続した火球に見惚れていた周囲の中で、俺の心だけは冷めている。
 周囲を見回すと、ゴブリンたちも火球があった方向に顔を向け放心している。
 何故動き出さないのかと、副隊長の姿を探して視線を向ける。
 俺の視線を受けて副隊長は俺が見つめているのに気がついてくれた。
 次に出す命令を迷っている。そんな表情をしている。

「5分以内に帰城しなくていいんですか?」
 大きな声を出して副隊長に命令を思い出させた。
 俺の声で副隊長の命令を待つことなく全傭兵隊が動き出す。

 少し遅れて副隊長が周囲に指示を出しはじめる。
 分隊指揮官が隊員や馬の状態を素早く見極め、俺を中心に突撃隊形を組み上げた。

 前に8騎。右に8騎。左に8騎。ここに来るまでに脱落した者はいなかったようだ。
 城門迄は500m位か……遠い……こちらに向かってくるゴブリンもいれば、城門に向かって、否、既に城門前を遠巻きにしている薄い層が形成されはじめている。
 左右からこちらに向かってくるゴブリンは馬の速度に追いつけないだろうが、城門前のゴブリンの集団を突破して城門内に無事駆け込めるのだろうか。

 副隊長が右手に持つ槍を頭上に突き上げた。全員が穂先を見つめる。

「前進距離500! 全隊俺に続け!」

 副隊長が槍を前方に振り下ろすやイナや一斉にトキの声が上がった。
 マヤのソプラノは野太いバリトンの中で一際ヒトキワ明瞭に聴きとれる。

 馬速が徐々に上がっていく。
 常歩ナミアシから速歩ハヤアシへと、それまで腰を前後に揺らしていた動きが上下に変わりはじめると、周囲から矢や石が飛んできた。
 再び腰が前後に揺さぶられる。駈歩カケアシへと移行したなと感じたとき、右前の傭兵が悲鳴と共に馬から転がり落ちたのが見えた。

 反射的にワンドを右側2・30m先に振り下ろした。閃光に続き轟音が響く。
 アルいは左側から飛んできたのかもしれないと思い直し、左側にもワンドを振り下ろす。

 道端に転がった傭兵は数秒後に立ち上がり、襲撃隊に追いつこうと走りはじめる。
 誰も引き返さない。落馬した傭兵と襲撃隊の距離が時間と共に離れて行く。

 今度は直ぐ左隣りを並走していた傭兵の乗馬が大きくイナナいた。被弾したのか馬の挙動が変わる。
 俺は咄嗟に[物品浮揚]を唱えた。
 幸運にも馬から転がり落ちた傭兵は、俺が作り出した透明な板に乗ることができた。

 宙に浮いた傭兵は目を大きく見開き俺を見つめている。

「そのまま透明な板から転がり落ちないように動かないでください!」

 馬の後ろに追従する空飛ぶ傭兵は、俺の言葉に何度もウナズいていた。
 代わりの傭兵がすかさず俺の左隣を並走する。一瞬だけ視線が交差した傭兵はニヤリと笑ったように見えた。

 10秒置きに左へ右へとワンドを振り下ろす。
 騎馬隊の突撃にオビえたのか、近づいてくる[火球]にオビえたのか、城門前に集まっていたゴブリンたちは襲撃隊の接近と共に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 城門前で槍衾を形成していた民兵達に近衛ガーズが指示をだすと、槍衾が左右に開いていく。襲撃隊は速度を落としながら城門に駆け込んだ。

 近衛ガーズが城門を閉めよと命じる声が聞こえた直後、城門上から今日聞いた中で一番大きな声が響いた。

「まだだ! まだ閉めるな! 3分待ってくれ。但馬は直ぐに城門上まで走って来い!」

 見上げると傭兵隊隊長が俺を睨みつけていた。

 
 城門上へと駆け上がる。後ろからマヤがついて来ているが来るなとは言わなかった。

「落馬した連中が3人、こっちに走ってきているのが見えるな! あの連中が無事に城内に入るまで援護してくれ」

 俺が城門上に上がるやイナや隊長は外を指差した。

「援護と言っても、[火球]や[蜘蛛の巣]は巻き込んでしまうかも知れないから、ここからだと42m以内に[光球]を2回光らせるだけしか出来ないよ?」

「何だ? 何か凄い魔法があるんじゃないのか? 一発派手なのをぶちかましてやれ!」

 このおっさんは何を言っているんだ……
「いや。そういうのないし、本当に隠していない。これを言うのは2度目だけれど誤解があるようなのではっきり言っておくが、俺は[魔法の矢]を1本しか飛ばせない初心者だよ」

「そんな訳があるか! ん? そうなのか? ちょっと待て」

 隊長は魔法使いへの従来のイメージと、目の前で初心者を言い張る俺とのギャップに混乱している。

「弓兵に指示を出さなくていいんですか?」

「おっとそうだった」

 近衛ガーズは自身の指揮下にある民兵達30人に目標を指示していた。
 城門に近づこうとするゴブリンの集団で比較的密度の高い場所を剣で指し示す。
 弓を持つ民兵達は斜め上、高い放物線を描く角度でバラバラに矢を放つ。
 頭上から雨のように降り注ぐ30本の矢。
 ゴブリンたちは盾を屋根のようにカカげた。
 すかさず隊長が部下の傭兵達に直射を命じる。
 被弾した2体が倒れ、数体が聞き苦しい声を上げながら弱弱しく逃げていく。

 城内に逃げ込もうとしている傭兵の方に視線を向けると、3人いたはずが2人しか見えない。
 距離は100mか200mか、日本の道路だったら白線の数でわかるのだが、目視で距離ってどうやって測るのだろう?

 結局、何の援護もできなかった。門内に逃げ込めたのは1人だけ。
 多分50m以内に入っただろうというタイミングで、走ってくる傭兵の後方にワンドを振り下ろす。

 隊長から声が掛かる前に城門から降りた。視線は感じたが何も言われたくない。
 俺にできるのは、逃げたと思われないようにゆっくりと歩くことだけだった。
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