78 / 88
四章 熱願冷諦
-78- シロになる前は
しおりを挟む
「……暑い…………」
太陽の下を歩き続けて来て、私も暑さにやられ始めている。頭がくらくらして、足元がふらふらする。
シロを追いかけていく速度も、どんどん遅くなっていく。
そんな環境なのにシロはこれまで通り、気高さを思わせる歩く姿を見せていた。
私には、その姿をはっきりと目に映すことも難しくなっているのに。
がくん、と視界が揺れた。
何事か理解する頃には、私は地面にうつ伏せになっていた。熱気を放つ地面に。
「にゃあん?」
「…………シ……ロ……」
「にゃあん」
「………………」
「……にゃおん?」
「……ごめ…………も、う……」
もうシロについていけない。
シロを追いかけていけない。
シロの顔もよく見えないの。
ごめんね。ごめんね……――
――熱猫は八重の手を舐めた。
「……にゃぅん……」
八重からの返事はない。
「…………なぁん……」
灼熱地獄と化した朱町に、悲しげな猫の声が響いた。
「なうぅん」
何度鳴いても、友は返事をしない。
熱猫が最も見たくない光景だった。
△ ▽ △
彼女は人気者だった。
特に――人間の雄に。
彼女が人間の雌である以上、多くの雄を惹きつけるのは誉だったのだろう。
けれど――彼女は全く嬉しそうじゃなかった。
代わる代わる違う雄が来る度に甘い声を出していたけれど、幸せそうではなかった。
ただ――私と戯れる時だけは、とても幸せそうにしていたことを今でも覚えている。
今よりもずっと小さかった私を手元に置いて育ててくれた。
春は一緒に桜を見て、彼女は花弁を浮かべた酷い臭いをした水を飲んでいた。
夏は暑さに嫌気が差しながらも、団扇で風を仰いで寄り添った。
秋は雄が美味しいものを持って来てくれるから、それを二人で分け合って食べた。
冬は寒さに凍えながら、ぴたりと寄り添って熱を分け合った。
どの季節も私達は一緒だった。
彼女が〝家〟を追い出されるまでは。
――たぶん、彼女は何かの病に罹ってしまったのだと思う。
それも、とても悪い病。
家を追い出されてからも、私達はずっと一緒だった。
でも、だんだん食べることができなくなっていった。
あんなに彼女を愛していた人間の雄達は、あっさりと彼女を見捨てたのだ。
なんて薄情か。
なんて傲慢か。
なんて愚かな。
――私だけは、彼女の傍にずっと居た。
これまで、ずっと私は彼女の飯を分けて貰っていた。
だから、今度は私が彼女に飯を食べさせてあげるの。
ほら。大きな鼠でしょう? とても食べでがある筈よ。
ほら。丸々太った蛇よ。トドメを刺すのに苦労したのよ。
ほら。新鮮な蜥蜴よ。尻尾の分、減ってしまったけど沢山獲って来たからね。
だから、ほら。
食べてよ。
ねぇ。
起きてよ。
ねぇ……。
私を見て。
名前を呼んで。
頭を撫でて。
抱き締めて。
……。
あぁ……。眠たくなってしまったのね?
そういえば、私も随分と寝ていない気がするわ。
貴女が寝ているなら、私だって寝てやるんだから。
そうね。一緒に眠りましょう。
ここは暖かい布団の上ではないけれど。
一緒なら、どこでも……――
――……何処へ行ったの?
一緒に寝た筈でしょう?
起きたら一緒に食べようと思っていた獲物も無い。
……また、人間の雄に呼ばれて行ってしまったのかしら。
そんなもの放っておけば良いのに。
貴女が苦しんでいた時に助けなかった存在なんて。
消えてしまえば良いのに。
……そうだわ。
消してしまえば良いのね。
そうすれば。
貴女は自由になれるもの。
△ ▽ △
太陽の下を歩き続けて来て、私も暑さにやられ始めている。頭がくらくらして、足元がふらふらする。
シロを追いかけていく速度も、どんどん遅くなっていく。
そんな環境なのにシロはこれまで通り、気高さを思わせる歩く姿を見せていた。
私には、その姿をはっきりと目に映すことも難しくなっているのに。
がくん、と視界が揺れた。
何事か理解する頃には、私は地面にうつ伏せになっていた。熱気を放つ地面に。
「にゃあん?」
「…………シ……ロ……」
「にゃあん」
「………………」
「……にゃおん?」
「……ごめ…………も、う……」
もうシロについていけない。
シロを追いかけていけない。
シロの顔もよく見えないの。
ごめんね。ごめんね……――
――熱猫は八重の手を舐めた。
「……にゃぅん……」
八重からの返事はない。
「…………なぁん……」
灼熱地獄と化した朱町に、悲しげな猫の声が響いた。
「なうぅん」
何度鳴いても、友は返事をしない。
熱猫が最も見たくない光景だった。
△ ▽ △
彼女は人気者だった。
特に――人間の雄に。
彼女が人間の雌である以上、多くの雄を惹きつけるのは誉だったのだろう。
けれど――彼女は全く嬉しそうじゃなかった。
代わる代わる違う雄が来る度に甘い声を出していたけれど、幸せそうではなかった。
ただ――私と戯れる時だけは、とても幸せそうにしていたことを今でも覚えている。
今よりもずっと小さかった私を手元に置いて育ててくれた。
春は一緒に桜を見て、彼女は花弁を浮かべた酷い臭いをした水を飲んでいた。
夏は暑さに嫌気が差しながらも、団扇で風を仰いで寄り添った。
秋は雄が美味しいものを持って来てくれるから、それを二人で分け合って食べた。
冬は寒さに凍えながら、ぴたりと寄り添って熱を分け合った。
どの季節も私達は一緒だった。
彼女が〝家〟を追い出されるまでは。
――たぶん、彼女は何かの病に罹ってしまったのだと思う。
それも、とても悪い病。
家を追い出されてからも、私達はずっと一緒だった。
でも、だんだん食べることができなくなっていった。
あんなに彼女を愛していた人間の雄達は、あっさりと彼女を見捨てたのだ。
なんて薄情か。
なんて傲慢か。
なんて愚かな。
――私だけは、彼女の傍にずっと居た。
これまで、ずっと私は彼女の飯を分けて貰っていた。
だから、今度は私が彼女に飯を食べさせてあげるの。
ほら。大きな鼠でしょう? とても食べでがある筈よ。
ほら。丸々太った蛇よ。トドメを刺すのに苦労したのよ。
ほら。新鮮な蜥蜴よ。尻尾の分、減ってしまったけど沢山獲って来たからね。
だから、ほら。
食べてよ。
ねぇ。
起きてよ。
ねぇ……。
私を見て。
名前を呼んで。
頭を撫でて。
抱き締めて。
……。
あぁ……。眠たくなってしまったのね?
そういえば、私も随分と寝ていない気がするわ。
貴女が寝ているなら、私だって寝てやるんだから。
そうね。一緒に眠りましょう。
ここは暖かい布団の上ではないけれど。
一緒なら、どこでも……――
――……何処へ行ったの?
一緒に寝た筈でしょう?
起きたら一緒に食べようと思っていた獲物も無い。
……また、人間の雄に呼ばれて行ってしまったのかしら。
そんなもの放っておけば良いのに。
貴女が苦しんでいた時に助けなかった存在なんて。
消えてしまえば良いのに。
……そうだわ。
消してしまえば良いのね。
そうすれば。
貴女は自由になれるもの。
△ ▽ △
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる