片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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四章 熱願冷諦

-78- シロになる前は

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「……暑い…………」

 太陽の下を歩き続けて来て、私も暑さにやられ始めている。頭がくらくらして、足元がふらふらする。

 シロを追いかけていく速度も、どんどん遅くなっていく。

 そんな環境なのにシロはこれまで通り、気高さを思わせる歩く姿を見せていた。

 私には、その姿をはっきりと目に映すことも難しくなっているのに。

 がくん、と視界が揺れた。

 何事か理解する頃には、私は地面にうつ伏せになっていた。熱気を放つ地面に。

「にゃあん?」
「…………シ……ロ……」
「にゃあん」
「………………」
「……にゃおん?」
「……ごめ…………も、う……」

 もうシロについていけない。
 シロを追いかけていけない。
 シロの顔もよく見えないの。
 ごめんね。ごめんね……――




――熱猫ねつびょうは八重の手を舐めた。

「……にゃぅん……」

 八重からの返事はない。

「…………なぁん……」

 灼熱地獄と化した朱町あけまちに、悲しげな猫の声が響いた。

「なうぅん」

 何度鳴いても、友は返事をしない。

 熱猫が最も見たくない光景だった。


  △ ▽ △
 

 彼女は人気者だった。

 特に――人間の雄に。

 彼女が人間の雌である以上、多くの雄を惹きつけるのはほまれだったのだろう。

 けれど――彼女は全く嬉しそうじゃなかった。

 代わる代わる違う雄が来る度に甘い声を出していたけれど、幸せそうではなかった。

 ただ――私と戯れる時だけは、とても幸せそうにしていたことを今でも覚えている。

 今よりもずっと小さかった私を手元に置いて育ててくれた。

 春は一緒に桜を見て、彼女は花弁を浮かべた酷いにおいをした水を飲んでいた。

 夏は暑さに嫌気が差しながらも、団扇うちわで風を仰いで寄り添った。

 秋は雄が美味しいものを持って来てくれるから、それを二人で分け合って食べた。

 冬は寒さに凍えながら、ぴたりと寄り添って熱を分け合った。

 どの季節も私達は一緒だった。

 彼女が〝家〟を追い出されるまでは。


――たぶん、彼女は何かの病にかかってしまったのだと思う。

 それも、とても悪い病。

 家を追い出されてからも、私達はずっと一緒だった。

 でも、だんだん食べることができなくなっていった。

 あんなに彼女を愛していた人間の雄達は、あっさりと彼女を見捨てたのだ。

 なんて薄情か。

 なんて傲慢か。

 なんて愚かな。


――私だけは、彼女の傍にずっと居た。

 これまで、ずっと私は彼女の飯を分けて貰っていた。

 だから、今度は私が彼女に飯を食べさせてあげるの。

 ほら。大きな鼠でしょう? とても食べでがある筈よ。

 ほら。丸々太った蛇よ。トドメを刺すのに苦労したのよ。

 ほら。新鮮な蜥蜴とかげよ。尻尾の分、減ってしまったけど沢山獲って来たからね。

 だから、ほら。

 食べてよ。

 ねぇ。

 起きてよ。

 ねぇ……。

 私を見て。

 名前を呼んで。

 頭を撫でて。

 抱き締めて。

……。

 あぁ……。眠たくなってしまったのね?

 そういえば、私も随分と寝ていない気がするわ。

 貴女が寝ているなら、私だって寝てやるんだから。

 そうね。一緒に眠りましょう。

 ここは暖かい布団の上ではないけれど。

 一緒なら、どこでも……――


――……何処へ行ったの?

 一緒に寝た筈でしょう?

 起きたら一緒に食べようと思っていた獲物も無い。

……また、人間の雄に呼ばれて行ってしまったのかしら。

 そんなもの放っておけば良いのに。

 貴女が苦しんでいた時に助けなかった存在なんて。

 消えてしまえば良いのに。

……そうだわ。

 消してしまえば良いのね。

 そうすれば。

 貴女は自由になれるもの。


  △ ▽ △
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