裏剣客加瀬崎十郎 北斎大画即書

CHIHARU

文字の大きさ
19 / 34

十九   蔵地家の家宝備前長船景光の行方

しおりを挟む
 昨夕から、平太と手分けして刀剣商を当たったが、景光が持ち込まれた形跡はなかった。
 善次郎は、女郎屋つながりで比奈の行方を探索している。

ひるからは、もう少し足を伸ばして市谷あたりまで行ってみるか)

 崎十郎は、いったん北斎宅に戻った。

 裏木戸を押し開けると、北斎は相変わらず布団をかぶった姿で画を描いていた。 
 画を描いているしか能がないからともかく描き続けているのだ。

「どうだったい」 
 長火鉢に炭を継いでいたお栄が、崎十郎の姿を見て立ち上がったが、
「そう簡単に見つかれば苦労はねえな」
 崎十郎の顔色だけでお栄は察した。

「平太親分からの連絡は?」

「まだ入ってねえんだ。夕方にはここに寄ると言ってたけど」
 お栄は、お互いのつなぎを取るため家に残っていた。

「まあ、一服してくんな」
 いつもの白湯ではなく濃い茶を入れた湯飲み茶碗を勧めてきた。

「隼人助が景光を売り払うとすれば、市中の刀剣商だと思ったのだがな」

 茶の熱さが喉を伝わって胃の腑に染みた。

「ほかにも持ち込みそうな店があるだろ。質屋かもしれねえ。諦めずに探してみるさ」
 言いながら、お栄は紙を広げて、なにやらさらさらと描き始めた。

「なんだ、これは」
 落書きのような画を見て息を吞んだ。
 真吾そっくりの美少年が、うなだれながら引き立てられていく図だった。

「なんでこんな画を描くんだ、お栄、てめえは、どういう了見をしてやがるんだ」
 はすっぱな言葉でお栄に噛みついた。

「え?」
 お栄は突然、夢から覚めたように目をしばたたかせた。

「真吾のことを考えてたら、あのときの光景が頭に浮かんで勝手に手が動いたんだ」
 気まずそうに言いながら、描いた画を丸めて反古を入れる籠に放り込んだ。

 もともと光の差さぬ〝鼠の巣〟に、さらにどんよりとした空気が流れた。


 北斎が画を描く筆の音だけが響き、外からは元気の良い子供たちの声が聞こえてくる。

「さてと、もうひと頑張りしてくるか」
 崎十郎が腰を上げたときだった。

「お頼み申す」
 表の腰高障子をとんとんと叩く音がした。

 特徴のあるしわがれた声から、毎度お馴染み、津軽出羽守側用人竹越采女だとわかった。

「さすがに諦めたものか、ここ数日、音沙汰がなかったのにさ」
「こんなときに来やがって」
 眉間に皺を寄せながら顔を見合わせた。

「出ぬわけにもいくまい。はやいとこ追い払っちまえ」
 崎十郎の言葉に、お栄はしぶしぶ戸口に向かい、心張り棒を外して腰高障子をがらりと開けた。

「今宵、わが殿が内々の宴を催されまする。屏風絵は、北斎殿の興趣が湧くまで気長に待つと申されております。まずは無礼講の席で顔を合わせてお互いを知ることから始めねばと」

「そんなうまいことを言ってもダメだ。描き終えるまでお屋敷から帰さねえのじゃねえんですかい」
 お栄が北斎を代弁した。

「いやいや、とんでもござらぬ。北斎殿が気乗りされればお描きいただく、というだけの話でござるよ。ふぉっ、ふぉっ」
 采女は、前歯が二本も欠けた口を開けて卑屈に笑った。

 もてなして良い気分にさせ、描いてもらおうという苦肉の策らしかった。
 
(この前は確かに前歯がそろうておった。不首尾に怒った出羽守から殴る蹴るされたのではないか)と勝手に想像したが……。

「実はここだけの話じゃがな。近頃、殿はいたくご機嫌が麗しいのじゃ。何事もすぐさまかなわねば気が済まぬ、せっかちなおかたなのじゃがな。かねてより探しておられた名刀が手に入ることになっての。お心にゆとりというものができたようじゃな。うほほ」
 采女は目尻にしわを寄せて笑った。

(もしや)
 崎十郎をはじめ、北斎までが息を詰めた。

「名刀でござるか。拙者は刀剣の目利きには五月蠅そうござってな。いかなる銘か、お伺いしたいものだが」
 心ノ臓の轟きを抑えながら、さりげなく問いかけた。

「ここだけの話じゃが、備前長船景光でござるよ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 采女は扇子を広げて、さも重大な秘密を語るかのごとく耳打ちした。

 崎十郎とお栄は小さく頷き合った。

「お招きとありゃあ、そりゃ、行かずばなるまいのぉ」
 北斎が背中にかけていた布団をはねのけて座り直した。

「そうそう、あたしも参ります。ここにいる加瀬崎十郎ってえ三一侍も、参ってようござんすか。こいつは、鉄蔵の次男なんですよ」
 お栄は戸口のほうへにじり寄った。

「これは、有り難い」
 采女は閉じた扇子で太股をぽんと叩いた。

「父は偏屈ゆえ、なかなか良い返事をいたしませんでしたが、内心では、采女殿の忠義なお心に感じ入っておったのです」
 崎十郎も調子を合わせた。

「さもあらん」
 采女は大きく頷くと、
「上々、上々」
 半泣きで顔中に皺を寄せた。

「殿も、さぞお喜びでございましょう。さっそく駕籠を用意して出直してまいりますゆえお支度を……。あの、その……。殿の御前ゆえ、このままではいかぬと存ずるが」

 ぼろをまとっているとしか見えぬ北斎の、頭から爪先まで視線を這わせながら、遠慮がちにつけ加えた。

「もちろんでさあ。すぐにも鉄蔵を湯屋へ向かわせます。羽織も大家さんから借りてまいりますですよ」
 お栄は、ついぞ見せたことのない極上の愛想笑いを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...