Go Go In The Dark

岡Ken

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Go Go In The Dark

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 かわいい。とにかくかわいい。艶やかな黒髪と白桃のような白い肌。怖いほど整ったアーモンド型の大きな瞳が最強だ。
 彼女が纏う漆黒のフリルドレスには、光るような真紅のラインが入っている。靴もまばゆいほどの赤だ。遠目で見ると、その姿は巨大な毒虫のようにまがまがしい。だがそれが逆に、彼女の完璧な顔だちを強調していると言えよう。
 視線の先に彼女がいるだけで、なんだか体が震えてしまう。
 だが、彼女の性格は最低最悪だ!
「ケツにストロー差し込んで、お腹をパンパンに膨らませますよ」
 と僕を脅すだけではなく、本当にやられた。
 寝ているすきに、そっとストローを差し込まれ、息を吹きこまれた。腹が小さな風船のように膨れた。途中でやめてくれたので破裂までにはいたらなかったけれど、あぶなかった。あれから少しお腹の調子が変だ。ケツの締まりも悪い。
「なんてことするんですか! 僕はこれでもセイテイ王国の王子なんですよ!」
 彼女は笑った。壊れたように笑い転げた。そして急に真顔になり、射抜くような冷たい瞳で僕を見つめ、毒々しいほど赤い靴で踏みつけた。
「あなたはただのカエルです。悪い魔女なんかこの世界にはいません。見つけて倒しても王子になんか戻れません。ただの妄想です。なにをどうしたって、あなたはうす汚くて、なんにもできない、非力で醜いカエルなのです。妄想に頼って生きるしかない哀れなカエルなのです」
 そんなことはない。僕は力説する。けれど彼女は信じない。あるのは僕の記憶だけで、証拠がなにひとつないからだ。
「聞いてください。人語を話すカエルという存在が不自然だと思いませんか? しかも、様々な知識と、すぐれた知恵も兼ね備えています。これらの事象が、僕が王子だったことを示すものであることを証明しており……。ぐぇ、グェぁぁぁぁ、つぶれます。つぶれます。やめて、お願い……、やめて……」
「病的な妄言はすべて却下です。この世界に、魔法もドワーフも存在しません。現代日本からの転生も、都合の良いギルドもないのです。すべて願望充足的妄想にすぎません」
 彼女は時々、意味のわからないことを言う。現代日本とはなんのことだろう?
「さあ、はいと言うのです。言わないなら、このまま踏みつぶして、カラっと素揚げにしますよ。にんにくとパセリとバターをたっぷり乗せて、美味しくいただきますよ」
「グェぁぁぁぁ……、はい、カエルです。僕はただのカエルです。だから踏みつぶさないでください。口から中身が出そうです」
「わかればいいのです。わかれば! ではこれから、あなたのことをグルヌイユと呼びましょう」
 あとから知った。グルヌイユは、フランスという国の言葉で、食用ガエルの後肢を意味しているらしい。
「それから私のことは、ガールちゃんと呼ぶのです。醜悪なカエルごときに、本名で呼ばれたくありません。さあ、さっさとお菓子の国に案内するのです。遅くなってお腹がすいたなら、あなたの足を一本、美味しくいただきますからね」
 正直、僕はお菓子の国の場所など知らない。この森の先に、そんな場所はない、と言っただけだ。たぶんそんな国はどこにもない。ガールちゃんの妄想だ。
 けれど、どこかにあるはずと信じて疑わない。魔法を否定するのに、なぜかお菓子の国は信じている。理不尽だ。食に対する欲求も理不尽なほど高い。
 だいたい、ガールちゃんが僕を助けたのも、お菓子とまちがえたからにすぎない。
 僕を襲おうとしていたカラスを蹴散らしたガールちゃんは「なーんだ、チョコキノコじゃないのですね」とがっかりしたのだ。
 自分が王子であり、この森の地形もおよそ頭に入っていることを告げなければ、すかさず調理されていたにちがいない。
「お菓子の国の次は、宝石の国へ行くのですよ」
「はいはい、わかりました」
 ガールちゃんは危険だ。腹がすいても食われる。お菓子の国が無いとわかっても食われる。それでも今は、ガールちゃんと行動を共にするしかない。蛇やカラス、イタチや狐、あらゆるこの森の天敵から、カエルとなってしまったこの身を守るにはそうするしかないのだ。
 そしてたぶん、僕は逃げられない。
 ガールちゃんはとても強い。おそらく、この森で最強、いや世界最強かもしれない。
 昨日、一匹のオオカミと出くわした時に、僕は確信した。眉間に傷のある凶悪そうな巨大オオカミだった。「こいつは、うまそうな小娘じゃないか」的によだれをたらしながら、木の横から顔を覗かせたのである。
 オオカミにむかってガールちゃんは軽く右手をあげて「ハロー」と挨拶した。そう挨拶したように思えた。
 次の瞬間、オオカミは驚いたように大きく口をあけて、絶命していた。
 よく見ると、頭に細い矢が突き刺さっていた。頭頂から刺さった矢の先が、頭蓋骨を突き抜け、下アゴの歯にあたって押しさげたのである。そのため、オオカミは大きく口をあけた「あ」の状態で地面に伏せて、死んでいた。
 思い返してみるとガールちゃんが発した言葉も「ハロー」ではなく「アロー(矢)」だったような気がする。しかし、弓を引いた形跡はない。どこかに潜んでいた誰かが、放ったとも思えない。
 矢はオオカミの頭上、一メートルほどの空間から突如として現われたからだ。そうとしか思えない。どんな凶暴な野獣だろうと、世界一の剣豪だろうと、いきなり空間から現われる矢をかわすのは不可能だ。瞬殺だ。
 しかも、ガールちゃんの見せた軽いしぐさから言って、もっと恐ろしい必殺技を隠し持っている可能性が高い。
 魔法を信じていないのに、魔法的な力を使うガールちゃんは矛盾の固まりだ。
 恐ろしい。
 それはさておき、無慈悲すぎる行動は問題だ。僕は王子だ。いずれはこのセイテイ王国の長となる身だ。ガールちゃんに命の大切さを説かなくてはなるまい。――という使命感に燃え、僕は恐々と進言した。
「警告をあたえるだけでよかったはずです。もっと命を大切にしてください」
「オオカミもクマもサメも危険です。だから瞬殺です。サソリもムカデもゴキブリも、きもち悪いから瞬殺です。それに、すべての命はいつか死ぬのです。それがたまたま今だったにすぎません。オオカミのご冥福を祈って南無アーメン」
「ガールちゃんには、かわいそうという、慈悲のきもちはないのですか?」
「かわいそうなのは私です。お腹がすきかけています。さっさとお菓子の国へ行くのです。三つかぞえるうちに着かないなら、グルヌイユの左足をもぎとって、カラ揚げにしますよ。いいですね?」
 ガールちゃんは本気だ。運よく僕の足がカラ揚げにされなかったのは、大木に生えたチョコキノコを発見したからである。
 チョコキノコ、とガールちゃんは呼んでいるが正式名称はちがう。「小人テングタケもどき」という、チョコ色をしたシメジに似た小動物である。
 太い樹から栄養を吸っているところはキノコに似ているが、彼らは知性があり温厚な生物だ。いつも五体ほどの家族で並んで、涼やかな声で合唱している。「森の声楽隊」という名もあり、皆に愛されている。
 気兼ねなく合唱できるのも、彼らを食べようとする者がいないからだ。毒があるからなのか、涼やかな歌声がそうさせるのか、理由はわからない。ともかくこの森に彼らの天敵はいない。ただし、ガールちゃんを除く――である。
「あ、チョコキノコ!」と小人テングタケもどきの家族を見つけたガールちゃんは、走りよった。そして一番下のをひとつもぎとる。
「わーん。おかあちゃーん!」
「ああん、翔太! 翔太! やめてください。私の末っ子です。どうか食べないでくださーい!」
 しかしガールちゃんには、その悲痛な家族の声が聞こえていない。そのまま口に入れようとしたので、僕はあわてて止めた。母親の言葉を通訳し、ダメかもしれないと思いながらも、説得を試みた。
「食べる前に聞いてください。ガールちゃんが、口に入れようとしているのは四人兄弟の末っ子です。母親は少し病弱です。それでもひとりで、子供たちを育ててきたのです。皆、泣いてます。どうか食べないでやってください。それに、食べると毒かもしれません。すくなくとも、チョコ色なだけで、チョコのように甘くはありません」
 ガールちゃんは、ふーん、と軽くうなずくと、末っ子の翔太を元の場所に戻して言った。
「わかりました。ですが私はとてもお腹がすいてます。がまんできません。母親に聞いてください。今から子供をふたり食べます。食べても良いふたりを、今すぐ選んで私に示すのです」
 当然のごとく母親は泣き叫び、ガールちゃんにむかって罵詈雑言を発した。それを正直に通訳するわけにもいかない。
「残念ながら、そう簡単には」と僕が説明している途中で、ガールちゃんが動いた。
「時間切れです!」と家族全員をもぎとって口に放りこみ、パリポリと噛み砕く。唇の隙間から、家族たちの阿鼻叫喚が漏れ聞こえた。その叫びもすぐ、ゴクリと飲みこまれて胃の中へ消えた。
「ああ、なんて殺生な!」
「ある意味、幸せなのです。家族全員、仲良く成仏したのですから。母親にとっても、不本意な選択の結果、罪悪感で一生苦しむという難を逃れました。残された子供たちもこの先、母の愛を疑って生きることになってしまいます」
 そうしむけたのはあんたじゃないか! という言葉を飲みこんで、尋ねた。
「食べないで助けるという選択はなかったのでしょうか?」
「食べなければ私が飢え死にします。グルヌイユはどうなのですか? 生きるために虫を食べたはずですよ。虫にも親兄弟がいたはずです。食べないで欲しいと泣き叫んだはずです。ただ、その声が聞こえなかっただけです。すべての動植物がそうです。ひとに食われる牛も豚も、もっと生きたかったと泣き叫びながら、殺されてゆくのです。それを想像することもせず、皆、無慈悲に食べてゆくのです。南無アーメン」
「しかし……」
「では、こうしましょう。次のチョコキノコ家族に出くわしたなら、グルヌイユは左足を私に差しだすのです。それで、家族を助けましょう。できますか? どうなのです?」
「そ、それは、ちょっと……」
「できないのなら、偽善者の戯れ言です。そのうす汚い口と緩んだケツの穴を、しっかりと閉じておくのです」
 次に出くわしたのは、倒れた大木の上に大量発生していた、小さな虫たちだった。麦粒ほどの大きさで、ダンゴ虫によく似ていた。いずれにしろ、ワラジムシ亜目の甲殻類にちがいない。
 僕たちが近づくと、虫たちは悲鳴をあげながら、ワラワラと一斉に動きだした。
「大変だ!」「食われるぞ!」「逃げろ逃げろ!」「きゃー!」「助けて神様!」
 逃げる方向がそれぞれバラバラであるため、いたずらに右往左往しているだけにしか見えない。
 ガールちゃんは嫌悪に顔をしかめ「あ、キモイ!」と言い捨てた。そして右手を軽くあげる。オオカミを瞬殺した時と同じポーズだ。僕はあわててそれを阻止した。
「やめてください! ダメです! 無意味な殺生です! 彼らは確かに小さくキモイかもしれません。それでも、それぞれに命と感情があるのです。殺さないでやってください」
 ガールちゃんが不機嫌そうな視線を僕にむけた。少し命の危険を感じた。けれど僕は王子だ。当然のごとく、ここで命の大切さを説き、ガールちゃんを止めなくてはならない。
「彼らは害虫ではありません。カニやエビの仲間です。小さく醜くとも、一生懸命に生きているのです」
 僕の説得が効いたのか、ガールちゃんがしぶしぶ手をさげはじめた。もう一押しだと思った。虫たちに近づき、その声を代弁し、ガールちゃんに伝えようとした。
「この子たちは悪さ、しません。よく見れば、とてもかわいい存在で……」
 と言いながら僕は、うっかり舌を伸ばし、一匹をパクリと口に入れてしまった。
 うわっ! やばい! と思ったが、ゴクリと飲みこんでしまった。
「あら? グルヌイユ、今、食べましたね?」
「いや、その、これは不可抗力です。カエルの本能です。お腹もすいてましたし、ちょこちょこと動くものを見ると、ついつい、体が勝手に……」
 そう言いながら、目の前に走ってきた一匹を、やはりうっかり、パクリとやってしまった。
 だが、うまい。うますぎる。思えば数日ぶりの食事だった。
「まあ、なんと非道で無慈悲なおこない! それでもあなたは一国の主を目指す者なのですか? 命の大切さを説いたその口で、平然と命をむさぼり食う。まるで悪魔の所業! 恥を知りなさい! この偽善者! 鬼畜!」
「うわーん、うわーん」
「でも、美味しいんじゃないのですか? もっと食べたいはずですよ。ほらほら、そこ、次の一匹が近づいてきてますよ。喉を通る甘美な誘惑です。生きるためには仕方がないことです。許します。さあ、思う存分、食べるのです!」
 ダメだダメだと思いながらも、僕の舌が勝手に伸びて、「きゃー助けてー」と叫んでいる虫をパクリとやってしまった。
「あらあら、また食べましたね? カエルだけに非人道的ですね。なおかつ、己が欲望を制御できないとは、痴漢教師に匹敵するハレンチな所業! 変態! 腐れ外道! 両親に謝れ!」
「うわーん、うわーん」
 なんだかんだでたっぷりの罪悪感を胃の中に詰めた僕は、いっそ死んでしまいたい気分に、重く満たされた。
「きりきり歩きなさい。この変態エロガエル! さっさとお菓子の国を目指すのです!」

 こんな感じで、僕たちは二日ほど旅をした。そしてあのおぞましい事件に出くわしたのである。
 深い森の奥だった。辛うじて道とわかる細い道の先から、こちらへ近づく子供たちの声が聞こえた。
 とてもかわいらしい子供たちの集団だった。四、五歳ほどの人間の子供たちである。僕たちを見つけると、屈託のない笑顔で「ママ!」「ママー!」と言いながら、ワーっと十人ほどが駆けてきた。
 ガールちゃんも子供たちへむかって、笑顔で右手をあげ、
「サ・ラマンダー!」の掛け声と共に上空から、火炎放射を放った。
 一瞬で、子供たちが全員、丸焦げになった。
 死屍累々の惨状に、僕は悲鳴をあげた。カエルだから「ゲゲ、ゲロゲー」と間の抜けた響きになってしまったが、いたしかたない。
「おやおやグルヌイユ、もしかして、私が言語道断な無慈悲な行為をしたとでも思ったのですか?」
 当然、そう思った。やりかねない。やってもなんら不思議じゃない
「よく見るのです。これは、ひとの子ではありません。動物に寄生する恐ろしい虫です」
 言われてよく見ると、黒こげになっているのは、コッペパンほどの大きさの芋虫たちだった。
「動物に幻覚を見せて油断させ、その肉体を糧とする危険な寄生虫なのです。正式名称は……」
 考えこんだガールちゃんは、どこからか小さな金属の板を取りだした。その表面を指でこすったり叩いたりしながら答える。
「節足動物目、幻獣科オオサブ、サブ亜目のサブスクリーム、通称サブスク」
「寄生されると、どのようなことに?」
「ほら、道の先にある木の下を見るのです」
 兜をかぶった兵士らしき屈強な男がひとり、裸の背を晒して倒れていた。そばに、脱ぎ捨てられた鎧と服が積まれている。見覚えのある鎧だ。セイテイ王国、僕の国の騎士だ。まちがいない。
「背中に無数のサブスクがめり込んでいるのが見えませんか? 体液を吸っているのです」
 その時、男が体を震わせ、歓喜に似た声で「はう、はうううっ!」うめいた。
「わっ! まだ生きてます。どうか助けてあげてください!」
「それはただのお節介です。助ける必要などありません。彼はサブスクを背負って、楽しんでいるのですから」
 ガールちゃんが歩みより、兵士の尻を踏みつけた。すると男は「はうっ!」と声をあげ、腹の横から突き出ていた白い大腸のような管から、白濁した液を飛ばした。
 あたりにツンと栗の花に似た臭いが漂う。精液だ。大腸のように見えたのは、ぶよぶよに肥大化した陰茎だった。
「ご覧なさい。汚汁に群がる蛆のような小さな虫たちを。これがサブスクの幼虫です。成虫が男に淫らな幻覚を見せ、放出される男の汚汁で幼虫を育てているのです」
 ガールちゃんが、憎々しげに男の尻を続けざまに二度、蹴りあげた。「はうはう」と男が声をあげ、大量の白濁液を散らす。蛆のように小さな幼虫たちが、びちびち跳ねながら、新鮮な液へとむかって移動してゆく。
「幼虫の生育にはおよそ半年かかります。その間、サブスクは男を殺さず、生かし続けるのです」
「半年も? 男は飲まず食わずですよ? どうして生きていけるんですか?」
「幼虫の生育が終わると、サブスクは男の体を食いつくします。そして、他の男の体内に口から潜りこんで、その栄養分となるのです。子孫繁栄のための、感動的な自己犠牲なのです」
「食われる男の立場はどうなるんですか! ともかく、まだ助けられるはずです!」
「無駄です。助けたところで、サブスクの快楽を一度でも知ってしまった者は、それが忘れられず、自らまた、サブスクを背負ってしまうのです。麻薬を上まわる快楽なのです。知らず知らずにキャンセル不可の沼に沈んでゆくのです」
「それでもまだ、社会復帰が可能ではないのですか?」
「無理して社会復帰しても、この男たちは幸福になれません。サブスクの甘美な誘いにあらがえなかったのは、夢も希望も救いもない、腐ったドブドロのような人生を送っていたという証しです。社会復帰したところで、またもや、さもしい人生を送るだけです。このまま、いつわりの快楽の中で太く短い人生を終わらせてあげましょう。その方が幸せです。救いのない男にとっても、虫にとっても。ウィンウィンです」
「この虫は、男しか襲わないんですか?」
 だとすれば、ガールちゃんの最初の攻撃は意味のない殺傷だ。
「いいえ。女性も襲います。快楽で脳をコントロールされ、夜の蝶となって男を誘惑し、この巣へと導くのです。男よりは長生きできますが、最後は脳が破壊され、虫の養分となります」
 大きく肥え太ったサブスクが、のそのそと這い進んできた。男の口に潜りこむためだ。
 僕は顔をそむけ、先へと道を急いだ。
 その先では、いたる所に裸の男たちが、日光浴をしているかのように累々と転がっていた。
 後ろからきたガールちゃんが、どこか嬉しそうに問う。
「グルヌイユが望むなら。この一帯を私の力で焼き払うことは可能ですよ。どうしますか?」
「……それは殺戮です。被害者たちは、まだ生きているんです」
「ではこのまま放置するのですか? 次々と新たな被害者が生まれますよ。それにより虫の数もさらに増えます。王子を自称しながら、このまま民を見捨てる、というわけですね?」
「……じゃあ、じゃあ……」
「じゃあ焼き払いますか? 自己責任で快楽に浸っているだけの善良な市民の大虐殺を、決行するのですね? 恐ろしい暴君の所業ですよ? 虫にしても生きるためにそうしているだけのこと。危険だからと、ひとつの種を根絶するのは人間のエゴだとは思わないのですか? 種を作った神への冒涜ですよ」
「しかし……」
「しかしもカカシも、ちょろまかし却下です。見方を変えれば、サブスクも益虫なのです。人生を悲観しまくった者の末路は、ひとり自爆テロです。銃やナイフ、車やガソリンを使ったおぞましい無差別殺人なのです。サブスクはある意味、末期的人生悲観者の暴走を抑止していると言えます。そんな虫を根絶させて、すべての問題を解決とするのですか? それで本当にいいのですか? ファイナル・アンサー?」
「で……でも……」
「デモもストもボイコットも禁止です。未来の王を自称するなら決めるのです。この陰惨な状況に目をそむけて放置する無能な王となるのか、無慈悲な殺戮で種を根絶やしにする狂気の暴君となるのか、さあさあ、さっさと、とっとと決めるのです!」
「わーん、わーん」
「それとも選択を放棄しますか? 王子だったという妄想を改め、醜いただのカエルであることを認めますか? 優柔不断で偽善者、ケツの穴の緩んだ無能なカエルでございますと、土下座して認めますか?」
「そ、そう言うガールちゃんは、どうなんですか? どうして僕にだけ、選択を迫るんですか?」
「私には、どうでもいいことだからです。遠い国のオヤジの鼻毛がそよいでいるほど、まったく微塵も、この状況に関心がありません」
「どうでもいいなら、どうして僕の判断に手を貸そうとするのですか?」
「決まっています。グルヌイユの反応がおもしろいからです」
 ああ、やっぱりだ。ガールちゃんは、僕を精神的に追い込んで楽しんでいるだけだ。そして、どちらを選択してもその後ネチネチと、僕を罵って楽しむにちがいない。陰湿な嫌がらせだ!
「僕は! どっちも選択しません! 虫の危険を知らせる看板を立てます」
「あらあらまあまあ、まるで仕事のできない政治家が、問題を先送りにして、やった感をだすためだけの施策と同じですね。そんな看板で、サブスクの誘惑を回避できると本気で考えているのですか? あまりにも浅はか! 無能で残念すぎる発想! カエルだから脳みそが小さいとでも弁明するつもりですか? カエルに謝れ!」
 無視して憮然と先へ進むと、ガールちゃんは上機嫌で「さあさあ、どうするどうするー~♪」と適当な歌を口ずさむ。
 ああ、もう本当にガールちゃんと行動を共にしたくない――という感情が高まりきった頃、目の前におかしな看板が現われた。
『お菓子の国。この先800メートル』
「どうやら道はまちがっていなかったようですね。それとこの森には、カエル並みの頭脳をもった政治家もいるようです」
 その横にもうひとつ小さな看板があった。
『ひとを惑わす危険な虫サブスクに注意!』
 と赤く大きく書かれた文字の横に『柑橘系の香りが虫避け効果あり』と小さくある。
「ほら! 無能なんかじゃありません! ちゃんと対処法がここに書かれてます! 看板は有効な方法です!」
 僕が胸をはって告げると、ガールちゃんはそれを鼻で笑う。
「よく読むのです。柑橘系の香りが虫避けに効果がある、と書かれているだけです。サブスクに効果があるとは、どこにも書かれていませんよ。そんなことより、さっさとお菓子の国へ行くのです」
「いや、でもなんかあやしいですよ。こんな森の中に、お菓子の国は変です。なにかの罠かもしれません」
「行ってみればわかります。高額な入場料をボッたくるだけの中身スカスカのハリボテ観光施設だとしても、私のワクワクが止まりません」
 背後から急かされて先を進むと、また看板があった。
『お菓子の国。この先600メートル。入場無料。食べ飲み放題』
「ますます、なんかあやしいです」
「さっさと進むのです。この先が地雷原だとしても、先に爆死するのはグルヌイユひとりです」
 そんなはずはないと思いながらも、警戒しながら道を進むと、看板が増え、軽快な音楽も聞こえてきた。
『お菓子の国。すぐそこ!』『有名パティシエ自慢の極上スイーツ食べ放題』『急げ! 本日のお勧め品切れ間近!』『かわいい高級ブランドのポシェット、先着100名様にプレゼント!』
 絶対になにかの罠だと思ったけれど、ガールちゃんは、まったく気にしていない。
 やがて道が広くひらけ、大きな門が見えてきた。色とりどりのドーナツやシュークリーム、ビスケットやチョコレートで作られたお菓子の門だった。その奥からは、濃く甘い香りが吹き出すように漂っている。
 少し興奮したガールちゃんが、僕を踏みつぶさんばかりの勢いで横をすり抜け、お菓子の門へと歩みよる。
「やはりこのお菓子、すべて蝋細工の模造品です! ひと口も食べられません」
 そう憎々しげに告げ、ガールちゃんはチョコレート型のタイルを一枚、強引にむしり取った。
 本物なわけがない。こんな森の中、本物の菓子で作ったならあっという間に蟻などの虫にたかられてしまう。
「ようこそ!」「いらっしゃいませ!」「お待ちしておりました!」
 門の奥から、メイド姿のかわいい少女たちがわらわらと出てきた。
 けれどガールちゃんは、毒虫でも見るかのように眉をひそめ、右手をあげる。
 僕はあわてた。
「無用な殺生はやめてください!」
 ガールちゃんは僕の叫びを軽々と無視して、アローを連呼する。メイドたちの頭頂に、まるで黒いアンテナが生えたように、次々と矢が突き立ち、大きく口を「あ」と開いた骸が、累々と転がった。
 ゲロゲロゲー、と叫びそうになるのを僕は堪えた。ガールちゃんを信じたかった。無用な殺生などしないはず。そう信じたかった。僕はきっとなにかの幻覚を見ているのだ。
 しかしメイドたちは、メイド姿のまま、変化がない。近づいて確認したが、もう完全に息をしていない。
 エプロンにセイテイ王国の小さな刺繍があった。まちがいなく僕の国の民である。
 ふりむいて無言で説明を求めると、ガールちゃんは「すでに死んでいます」と冷たく答えた。
「それはわかってます。なぜ、こんな酷いことをしたのか、僕はそれを尋ねているのです!」
「存在そのものに、虫酸が走るからです」
 そう吐き捨てると、ガールちゃんは骸のひとつに歩みより、頭を赤い靴で蹴りあげ踏みつける。
「許しがたい存在です。この世界でもっともおぞましく、醜悪! 邪悪! 下劣! 不埒!」
 憎々しげに言い放ちながら、ガールちゃんは幾度も強くメイドの頭を踏みつけ、ついには頭蓋骨を踏み抜いてしまう。
 すると、落としたスイカのように砕かれた頭部の奥から、腐敗臭が吹き出した。
 ガールちゃんはその臭いを嗅ぐと嬉しそうな笑みをこぼした。ポケットからゴム手袋を取りだし、それをはめて右手を頭部の奥につき入れる。そして中から三日月型をした白パンのような物体をつかみだす。サブスクだった。
「ご覧なさい。ただのサブスクではありませんよ。サブスクの頭部に、AIチップが埋め込まれています。つまり改造サブスクです」
 それまで静かだったサブスクが、息を吹き返したように「きゅぷ、きゅぷ」と鳴きながら、ガールちゃんの手の中で大きく体をふりはじめた。その手を噛もうとしている、ように見えた。
 ガールちゃんはつかんだ右手を大きくふりあげ、サブスクを地面に叩きつけ、踏みつぶす。
 同時に、メイドの皮膚が焦げ茶色に変色した。どうやら、ガールちゃんの言葉どおり、メイドたちはすでに死んで、ミイラ化していたらしい。かわいらしく見えたのは、サブスクの幻覚効果である。
 ガールちゃんは、つぶれたサブスクの体からAIチップを引き剥がし、僕に示した。
「ここをよく見るのです。セイテイ王国の紋章が刻印されています。つまり、セイテイ王国が、この改造サブスクの製造者です」
「な、なんのために?」
「死者を操って永遠に働かせるためです。ゾンビ社蓄には、給金も休みも、家族手当ても不要です。生きる屍なのですから、疲れも不平も、デモもストも、過労死もありません。ご覧なさい。血液の変わりに体内を、この薄ピンク色の防腐液が循環しています。半永久、笑顔の接客を続けられるのです。会社であれ国であれ、雇い主にとって、これほど理想的な使用人はありえません」
「そんなもの、父上が作るわけありません!」
「では中へ入って確認しましょう。おそらく、このお菓子の国は、改造サブスク工場を隠すためのカモフラージュです」
 中へ踏み入ったガールちゃんは「順路こちら」の看板へむかって「サ・ラマンダー」の一撃を放ち、壁と床を破壊した。
 露呈したお菓子の国の地下は、ガールちゃんの推理どおり、改造サブスクの製造工場だった。大きな水槽の中には無数のサブスクが仮死状態で浮いており、いくつも機械の間を縫うようにベルトコンベアが伸びている。
 工場の奥には、改造サブスクの完成品らしきものを詰めた段ボールの箱が、大量にうずたかく積まれていた。
 床に落ちていたチラシには『首の後ろに装着するだけ! 今日から完璧な睡眠があなたに! 三十日間無料おためし期間中。その後の使用料は月々たったの紅茶一杯分! 数量限定、残りわずか! 今ならもれなく伸縮式・高枝切りバサミもプレゼント!』とある。
「どうやら、すでに全国民に改造サブスクが行き渡ってしまったようですね」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「見ればわかります。機械の生産能力はおよそ三十秒で一台。入口にあった定礎によると、建物の工事完了日はおよそ半年前。これらの状況証拠から、五十万台以上が作られたと推測できます。セイテイ王国の人口とほぼ同じ数です。そしてなにより、残されたこの大量の在庫と、数日前から生産を停止しているという事実が、如実にそれを物語っています」
「それでも、まだガールちゃんの憶測です。生産されたからといって、全員が改造サブスクを装着したとは限りません」
「ケツの緩んだカエルなだけに、屁理屈だけは上手にこけるようですね。ではもう少し、この工場の裏側を覗いてみましょう」
 ガールちゃんは工場の内部に、さらなる攻撃を加えようと両手をふりあげた。
「デス・トロイヤー!」
 その次の瞬間――僕は意識を失った。

 気がつくと、すべてが終わっていた。僕は小さなベッドの上に寝かされており、まわりをセイテイ王国の使用人たちが囲んでいた。懐かしい王宮の自室だった。
「王子様が!」「王子様が!」「お目覚めです!」「王様!」「お妃様!」
 父や母、三人の妹たちが駆けつけ、カエル姿の僕に頬ずりし、涙した。
「カエルなのに、どうして僕だとわかるんですか?」
「カエルになっても、おまえの高貴な香りは以前と同じだ。すぐにわかったぞ!」
「なにがあったんですか? ガールちゃんはどこですか?」
 ガールちゃんの放ったデス・トロイヤーにより、工場の地下にあった燃料タンクが爆発したのだという。爆発の強い衝撃を受けたガールちゃんは、その姿のまま固い石になった。衝撃のせいなのか、身を守るために自ら不思議な力でそうなったのか、わからない。ガールちゃんは勇ましく両手をふりおろした姿のまま、鉄を多く含んだ黒色の石像になってしまった。僕が助かったのは、ガールちゃんの硬い体が、盾となって爆風を防いでくれたからである。
「サブスク工場は、この王国を奪おうと企んだ大臣の謀略だ。おまえのおかげで、私たちはサブスクの幻覚から、やっと解放されたのだ!」
 僕は三日も気絶していたらしい。その間に、悪い大臣は絞首刑にされ、お菓子の国を名乗る工場も解体されていた。
 それから十日がすぎた。けれど、ガールちゃんは石像のままだった。僕も、ケツの緩んだカエルのままだった。
 僕は王宮のどこからでも見える塔の上に、ガールちゃんの石像を置いて、元の姿に戻るのを待った。
 五年後――。僕をカエルにした悪い魔女が捕まった。
「あたしを殺しても、呪いは消えないよ。王子はずっとカエルのままだよ」
 死刑を免れるための方便にも思えたが、それが嘘だという確信もない。そこで、魔女に改良サブスクを装着し、僕の下僕にした。
 こうして僕はやっと人間の姿に戻れた。けれど、ケツの緩みは治らなかった。ガールちゃんも石のままで、魔女の力では元の姿に戻せなかった。
 十年後――。僕は結婚し、病気に倒れた父に代わってセイテイ王国の王となり、重い王冠とローブを纏った。
 それから一年おきに三人の子を授かった。
 魔女の力を使って鉱山を発見したり、枯れない畑を作ったりしたことで、国は以前よりずっと栄えた。
 二十年後――。隣の軍事強国が、セイテイ王国を侵略しようと攻めてきた。けれど魔女の力と改造サブスクの幻覚を使った攻撃で、あっけなく返り討ちにしてやった。軍事強国をセイテイ王国の支配下に置き、虐げられていた民を解放すると、他国の侵略を恐れていたまわりの小国が、セイテイ王国との同盟を望むようになった。
 そんなこんなでいつのまにか僕は、全世界の民の声に押され、すべての国家を統治する「世界王」となった。
 それから、何十年すぎたか、もうよくわからない。僕はいつのまにか九十九歳になっていた。白いベッドの上で、家族や家来たちに囲まれ、死を迎えようとしていた。
 僕は、次の国王となった長男を引き寄せ、とても幸せな人生だったことを告げ、最後の願いを口にした。
「わたしが死んだら、カエルの像を造って、ガール像の肩に乗せて欲しい。ガールちゃんは、本当に性格の最悪な嫌な奴だったが、彼女のおかげでわたしも、この国も救われたのだ。今も、わたしのケツは緩いままだが、わたしはそれを許し……」
 僕は咳き込み、吐血した。手のひらを染めた鮮やかな血の色を、僕は綺麗だと思った。まるでガールちゃんの靴のように、鮮やかな真紅だった。
 さらばだ。そう告げようとした僕の背を、何者かが大きな板のような物でぐいぐいと押す。
「グルヌイユ! なにを幸せそうな寝顔で惚けているのですか? なにを許すというのですか? さてはサブスクの放つ、幸福な幻覚に酔いしれていましたね? さっさと目を覚ましなさい! さもないと、このまま踏みつぶしますよ!」
「グエぇーッ」という自分の声で、僕は目覚めた。
 デス・トロイヤーの一撃で破壊された、地下工場の中だった。並んでいた機材は黒こげで、苦い匂いの白い煙を吐いていた。床には大きな裂け目が口を開き、薄暗い階下を覗かせている。
 当然のように僕は、ケツの締まりが悪いカエルのままだった。
「なにを夢見たかは知りませんが、この世界に大きな幸せなど存在しないのです。ひとに許されるのは、ささやかな幸せだけです。それで満足できずに大きな幸せを追う者は、さらなる不幸の地獄へと落ちるのです。目の前に大きな幸せが見えたなら、疑うのです。そんな幸福はすべて、幻覚か妄想、詐欺かカルトです。わかりましたかグルヌイユ?」
「わかりましたわかりました。すっかり目も覚めました。だから足を退かしてください。中身が出ます。グエぁぁー」
「わかれば良いのです。わかれば」
「ともかく、工場を破壊してくれたことを感謝します。これでセイテイ王国は救われました」
「なにを呑気なことを言っているのですか? 割れた床の亀裂から、階下を覗いて、よく見るのです。最悪最低の末期状態であることがわかりますよ」
 そう言われて、階下を覗いてみるが、暗くてよくわからない。なにか棺桶のような物がたくさん並んでいる。
 ガールちゃんが「光あれ!」と叫んで、懐中電灯のスイッチを入れて、階下を照らしてくれた。
 百に近い人間が、棺桶のように見えたそれぞれの透明カプセルの中で、半笑いの表情を浮かべて眠っていた。
「わかりますか? 服装や徽章から、位の高い大臣や将軍、改造サブスクを作った科学者たちなのがわかります。この数から見て、事件の黒幕ほぼ全員です」
「わかりません。彼らはここで、なにをしているんですか?」
「改造サブスクが作り出す、完璧な夢に浸っているのです。改造サブスクによって民を従順なミイラ社蓄とするのが、当初の目的だったはずです。しかし、彼らは気づいてしまったのです。それでは満足できないことを。人間の欲望には限りがありません。たとえ王となってちやほやされても、幸福なのはほんの一瞬です。すぐに次の欲望があらわれ、少しも満足できず、次の欲望へむかってあらがう。それが人間です。ささやかな幸福で満足できない人間が辿る悪魔の道です。終わりにあるのは地獄の入口です。歴史が示す独裁者の末路です。挫折や転落、裏切りや暗殺に脅えることになるのです」
「それを回避する方法がこれですか? 完璧な夢の世界なら、すべてが自分の思いどおりになると……」
「その片鱗を味わったグルヌイユにはわかるはずです。この黒幕たちが、望んで夢の世界に入ったのか、改造サブスクの誘惑効果による弊害なのかはわかりませんが、文字どおりミイラとりがミイラとなったのです。おそらく国の民も全員、同じ状態ですよ」
「助けてください! 今すぐサブスクを外して、皆を救ってください!」
「それは、ただのお節介です。しだいにミイラ化する半永久の体を得て、完璧な夢に浸り続ける人生。誰にも迷惑をかけていません。どこが悪いのですか?」
「こんなの、生きているとは言えません! 死んでいるのと同じです!」
「では、すべての民からサブスクを外し、破壊しますか? そんなことをしても無駄ですよ。味わってしまったのは究極の快楽ですよ。麻薬を凌駕する常習性からは誰も逃れられはしません。外したところで、またも自ら望んで、改造サブスクを装着するだけです」
「なら、記憶を消してください。改造サブスクと、その記憶をすべて、人々から消してください。それで解決です」
「なるほど。それがグルヌイユの望みですか? そんなことが本当に、私に可能だと思っているのですか?」
「できないんですか?」
「できます」
「じゃあやってください」
「なんのために? どのような理由で私が、ケツの緩いカエルの望みを、叶える必要があるのですか? なんのメリットもありません。疲れるというデメリットが発生するだけです」
「なら、僕の足を食べてください。両足、ガールちゃんにあげます」
「おやおや、そこまでの決意ですか? 次の王としての使命ですか? 両足を失っても、民を助けたいというわけですか? 良いでしょう。グルヌイユの美味しそうな両足と引き換えに、その願い、叶えましょう。ただしその決断の前に、あれをよく見るのです。あのひときわ大きなカプセルの中で、王冠を抱いて眠っているのは、セイテイ王国の国王ではないのですか? あの人物は、グルヌイユの知っている父親ですか? まったくの別人ではないのですか?」
 どこからか放たれたスポットライトが、国王のカプセルを照らした。ガールちゃんの言うとおり、まったく見たこともない人物だった。
「……ちがいます」
「そうでしょうね。王子という記憶が、ただの妄想だという証しです。あなたは初めからただのカエルなのです。民を助けても、誰も感謝しません。王子どころか人間にもなれません。それでも、両足を私に差しだしますか?」
「本当に僕は、ただのカエルかもしれません。すべて、妄想なのかもしれません。それでも僕は、民を助けたいです。ただのカエルではなく、王子だった、そう夢を見続けたまま死にたいです」
「身分不相応の夢を見続けたまま、地獄へと続く暗黒の道を突き進むと言うわけですね! わかりました! その見下げまくった頭の悪すぎる決断、嫌いじゃありませんよ。その両足と引き換えに、その願いを叶えましょう!」
 ガールちゃんは両手を大きく広げ「アルマー!」と叫んだ。それから、両手を胸に置き「ゲッ!」とうめいてから、もう一度、両手を天にむけ「ド……」
 僕はあわててガールちゃんを止めた!
「ダメです! ストップ! やめてください! 今、アルマゲドンと唱えようとしましたよね?」
「世界の始まりは塵です。長い年月をかけてそれが今のこの世界になったにすぎません。それが元の塵に戻るだけのことです。そしてこれが、もっとも簡単で完璧な解決方法です。喜びも悲しみも、サブスクの記憶も、丸ごと綺麗サッパリ消えるのです」
「関係ない他の生命までも綺麗サッパリです。絶対にダメです。誰も殺さないでください! そうじゃなければ、僕の足は渡せません!」
 ガールちゃんは「ちっ!」と大きく舌打ちをすると、酷く不満そうな顔で「インターラプション」と呟いて、パチンと指を鳴らした。
「数十万人の記憶をひとりひとり消すことなど、面倒すぎます。私の力では不可能です。どうしたら良いのか、その解決方法をきちんと考え、私に提示するのです。それまで、すべて保留としましょう」
「保留とは?」
「この世界の時間を止めました。厳密には百年で一秒ほどのスピードで進んでいます。解決策を考えるには充分な時間です。策が提示されるまで、グルヌイユの足を食べるのも保留にしておきます」
 言われてあたりを見まわすと、立ちのぼる煙が描かれたように停止していた。音も匂いも感じられない。
 けれど僕もガールちゃんも、普通に動けている。
「私の欲しい物は手に入りました。この世界に、もはや未練はありません。私は次の世界へ行くことにします」
「欲しいものとは、なんだったんですか?」
「友です」
「もしかして、僕のことですか?」
「選びなさいグルヌイユ。この時間の止まった世界で、このままひとり、さびしく解決策を考え続けますか? 食べ物に困ることも、天敵に襲われる心配もありませんよ。解決策を思いついたなら、空にむかって三回、ガールちゃんカモン! と叫びなさい。それとも私といっしょに、次の世界へ旅立ちますか?」
「僕を友達だと言うのなら、ガールちゃんの本名を教えてください。本名を知らない友達なんてありえません」
「ケツの緩んだカエルのくせに、なんと小賢しい! では先に名乗りなさい。それが礼儀です」
「僕の名は、セイテイ王国のノアです」
「セイテイ・ノア。なるほど。名が体を現わすとは、まさにこのことですね。私の本名は、ガルル・ガ・ルガ・ル・ルーガです。本名で私を呼ぶ時は必ず、フルネームで呼びなさい。省略も言いまちがいも許しません。まちがい一回につき、鞭打ち一回の刑です。いいですね?」
「……では、今までどおり、ガールちゃんと呼ばせてください」
「では私の方も今までどおり、グルヌイユと呼びましょう」
「ところで、ガールちゃんのその魔法で、僕を王子にすることはできないのでしょうか?」
「なんど言ったらわかるのですか? 魔法などこの世には存在しません。私の使う力はすべて科学です。それに、人間の足を食する、などという猟奇的な趣味は私にありませんよ。王子の足ではなおさら不味そうです」
 そう言ってガールちゃんが小さく笑う。
「それで、これから僕たちはどこへ行くのでしょうか?」
「最低最悪、醜悪でおぞましい欲望の国です。その名は現代日本!!」

             (了)
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