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私はナイフを持っている

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 私はナイフを持っている。

 一振りのペーパーナイフ。刺したら血は出ないが、少し痛い。そこら中に散らばっている紙を細かく切って、歩きやすくするのだ。

私はナイフを持っている。

 とある人達がやってきた。
 一人は私のペーパーナイフを見てこう言った。
「なんて危険なんだ。常識を知らないのか」
 別の人がこう言った。
「いや、あれはペーパーナイフだ。安心していいはずだ。だが、なぜ持っているのだろうか」
 さらに別の人はこう言った。
「いやいや、あれはおもちゃだ。まったくもって無害だ」
 彼らは各々の意見を述べると、去っていってしまった。

 私はナイフを持っている。

 持っているから、疑いを持たれてしまう。
 それならば、と、私はナイフをしまった。

 私はナイフを持っていない。

 とある人達がやってきた。
 横を素通りした。
 彼らは何も意見を述べず、去っていってしまった。

 私はナイフを持っていない。

 なぜ彼らが素通りしたか。
 何も持っていないからである。
 少しでも注目されたいなら何かを持たなければならない。
 持たなければ、そこら辺にいるただの何かだ。
 ならば、無害な棒でも持とう。

私は棒を持っている。

また彼らがやってきた。
「棒だね」と一言。そして去っていった。

 そこで私は気づいた。
 私は棒が持ちたかったのだろうか。
 足元を見ると、あるのは紙。
 そうだった。私は紙が切りたかったのだ。 
 私はペーパーナイフを持ち直した。

 私はナイフを持っている。

 私はペーパーナイフを持っているが、本当のナイフを持っている人もチラホラ見かける。 それを食材に向けて的確に仕事する料理人もいれば、自分を料理人と思いこんで人に対してナイフを振り回す人もいる。
 持っていなさそうな人でも、どこかにナイフを持っている。皆、必ず持っている。持っていない人は、少なくともここにはいない。

 私達はナイフを持っている。

 気づかないうちに刺してしまっているかもしれない。
 だが、刺した本人は気づかない。
 そういうナイフを持っている。
 でも、そのナイフを上手く使えば、人のためになる。
 便利な道具は、要は使いようなのだ。

 私達はナイフを持っている。

 『言葉』という名前のナイフを。
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