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036 初雪
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リリーがダニエルに、グレンのことを打ち明けてから更に一ヵ月ほど経過した。心配していたことをダニエルに話したことで、リリーの心は軽くなっていた。
もちろん、アレンのことが心配だという気持ちに変わりはない。でもきっと、ダニエルの力を借りてバーバラとも連絡できる。そうしたら、何も知らない今よりも一歩前進できるはずだと前向きになれた。
この国に来てから半年が経ち、年が明けて冬真っただ中だ。グヴィネズ国は、リリーが暮らしていた国よりも北に位置するので冬が凄く寒い。
雪がたくさん降り、リリーの背の高さくらいまで積もる。そんなにたくさんの雪を見たことがないリリーは、初めて街に雪が積もった日、白銀の世界に感動した。
窓を開けて見える景色全てが白一色で、どこか別の世界にきてしまったのではと目を疑う。その日、ダニエルを起こしに部屋に向かったリリーは、とても落ち着きがなかった。
慣れない寒さにいつも憂鬱だったのに、あの景色を見てしまったら子供みたいに興奮してしまったのだ。
ダニエルの部屋をノックして中に入る。いつもの様に、ダニエルはまだ起きていなかった。今日のリリーは、声を掛けるよりも先に部屋のカーテンを開けた。
薄暗かった部屋に、雪のキラキラした光が入り途端に明るくなる。ダニエルの目にも光を感じたのか、もぞもぞと動いている。
「ダニエル様、おはようございます。見て下さい。今日は、雪が積もっているんですよ」
リリーは、子供みたいにはしゃぎながらダニエルを起こす。
「……ん、ああ、リリーおはよう」
ダニエルは、起き抜けでテンションが低い。ダニエルにも一緒に雪を見て貰いたかったので、リリーはちょっと面白くない。
「ダニエル様、先に顔を洗いますか?」
リリーは、ダニエルに腹を立てている自分にちょっと驚く。一旦落ち着こうと、普段のトーンに戻して声を掛けた。
(お仕事でここにいるのに、私ったら何で機嫌悪くしているのかしら……)
「ん? リリー? さっきとテンションがちがくないか?」
ダニエルは、ベッドから体を起こして窓の外を見た。
「そうか、今年初の積雪か……。リリーは、始めて見たのか」
ダニエルは、リリーの顔を見て笑っている。
「ダニエル様……笑うなんて酷いです……」
リリーは、はしゃぐ自分を見てきっと馬鹿にされたのだと思った。ダニエルが、リリーの前に歩いて来てポンポンと頭を叩く。
「すまんすまん。そんなつもりはなく、ただ可愛いなと思ったんだ」
ダニエルが、サラッとリリーを褒める。リリーの頬が薄っすら赤く染まるが「落ち着いて自分」と心の中で唱える。
最近のダニエルは、いつもこうなのだ。ことある毎に、リリーを褒める。リリーだって、グレンとの5年間がある訳なので昔よりも耐性がある。
それでも、リリーがいくら素っ気なくしても無反応でもダニエルは堪える様子がない。むしろどんどん、大っぴらになっている気がする……。
勘違いでないとしたら、リリーへの好意を全く隠していないのだ。もしかしたら、ダニエル様はみんなに分け隔てなく優しいのでは? と思い、カティに聞いてみたが「そんなわけない」と一刀両断された。
リリーは、戸惑っていた。以前、好意を仄めかされた時は聞かなかったことにしてくれと言われたはずなのに……。なぜ、最近のダニエルはこうもリリーに構うのか……。
リリーは、もう誰かと恋に落ちるつもりはない。愛されることが、あんなに辛いと思わなかった。今では、グレンの顔を思い出すと怖いのだ。
グレンでないとしても、誰かに愛される自分を思い浮かべるのが怖い。森の家にいた時のように、雁字搦めにされそうで息苦しくなる。
だからリリーは、ダニエルの態度にいちいち過敏にならないようにしていた。そもそも身分だって、子爵家の三女と伯爵家の嫡男だ。それだけでも、つり合いが取れないのにダニエルの場合、実の姉が王太子妃なのだ。
そんな貴族の子息と、自分がどうにかなる何て考えられない。それこそ、グレンの時のように分不相応だ。
まして自分は、未婚で子供を産んだような女だ。どう考えても、ダニエルと自分がどうかなるなんて考えられなかった。
リリーは、黙々と彼の着替えを用意する。浮かれていた自分がいけないと、気を引き締める。
「ダニエル様、今日は一日お屋敷で執務の日ですね」
リリーは、今日の予定を確認した。
「いや、今日はリリーと雪景色を見に行くって決めた。この国に来て初めての冬なんだ。とっておきの景色を見せよう」
ダニエルが、突然目をキラキラさせてリリーを見て言った。リリーは、突然のことで何を言っているのか理解が追い付かない。
「ダニエル様? お仕事は?」
リリーは、至極当たり前のことを聞く。
「そんなの、今日は休みでいいよ。休みもなく働いていた期間があったんだから。たまには、そういうのがあってもいいだろ」
そう言うが早いか、ダニエルはクローゼットの中を自分で物色しだす。リリーが用意した服ではないものを選びだす。何やら、外出着に変更しているみたいだ。
「ほらっ。リリーも外出着に着替えて来て。この前、姉から贈られてきた冬用のドレスでいいから」
そう言って、リリーはダニエルに部屋を出されそうになる。
「こっ、困ります。私、お仕事があるんです」
リリーは、断固として拒否をとる姿勢だった。
「わかった。じゃー、これは主人からの命令だよ。リリー、すぐに着替えて玄関に集合」
そう言って、本当にダニエルに部屋から出されてしまった。リリーは、ぽてぽてと廊下を自分の部屋に向かって歩く。
(こんなつもりじゃなかったのに……)
リリーは、突然のことで途方に暮れていた。だけど、ダニエルに命令だと言われたら従う他ない。
リリーは、自分の部屋に向かう前にブルーノのところに行って事情を話す。彼は、快く承諾してくれてカティを着替えの手伝いに回してくれた。何から何まで、本当に申し訳ない……。
「カティ、仕事中にごめんね」
リリーは、カティにドレスの袖を通して貰いながら謝る。
「えっ? 全然いいよ。掃除してるより、こっちの方が楽しいし。またお土産買ってきてくれると嬉しいなー」
カティは、とてもちゃっかりしていて抜かりがない。でも、こんな正直なところがとても好きだった。
「ありがとう。うん。お店にいけたら、買ってくるね」
この前、クリスタルから冬用の服がないでしょ? という手紙と共に沢山のドレスが届いた。その中の一枚を選び、カティに着せてもらった。
クリーム色のドレスに柔らかい黄色のレースが飾りで入っている、上品で可愛らしいものだった。
髪は、全部上げてしまうと寒いのでハーフアップにしてもらう。フワフワのマフラーや手袋を付けて完成だ。鏡の前に立つリリーは、ちょっとドキドキする。
リリーだって本当は貴族の令嬢。こういった格好が嫌いな訳ではない。マフラーや手袋を付けるのが初めてで、ちょっと嬉しい。
「冬の小物って可愛いね」
リリーは、鏡の中の自分を見ながら言った。
「そっか。リリーの国はここよりも温かいからマフラーや手袋は必要ないのか?」
カティも、鏡に映るリリーを見ながら話してくれる。
「うん。こんなに寒くならないから、いらないんだ」
リリーは、そう答えてカティの方を向く。カティは、鞄とコートを用意してくれていてリリーに持たせてくれる。
「じゃー、行って来るね」
リリーは、カティに挨拶して玄関に向かった。たまにしかドレスを着ないので、歩き方がぎこちない。それを自覚すると、ちょっと落ち込む。
この先、貴族として生活する機会が自分に巡ってくるかわからない。でも、どんどん所作が崩れてくるのは寂しい。
階段を下りていくと、既に玄関でダニエルが待っていた。リリーが階段から降りて来たのに気付くと、すぐにエスコートにやってきてくれた。
「リリー、どうぞ」
ダニエルが、自分の手を差し出す。リリーは、その手をじっと見つめる。自分とは違う大きな手で、どうしてこの人はこんなに良くしてくれるのだろうと不思議だった。
「リリー?」
リリーがいつまで経っても手を取らないので、もう一度ダニエルが呼んだ。
「あっ、ごめんなさい。ありがとう」
リリーは、ハッとしてダニエルの手を取る。温かくて、とても大きな手だった。
もちろん、アレンのことが心配だという気持ちに変わりはない。でもきっと、ダニエルの力を借りてバーバラとも連絡できる。そうしたら、何も知らない今よりも一歩前進できるはずだと前向きになれた。
この国に来てから半年が経ち、年が明けて冬真っただ中だ。グヴィネズ国は、リリーが暮らしていた国よりも北に位置するので冬が凄く寒い。
雪がたくさん降り、リリーの背の高さくらいまで積もる。そんなにたくさんの雪を見たことがないリリーは、初めて街に雪が積もった日、白銀の世界に感動した。
窓を開けて見える景色全てが白一色で、どこか別の世界にきてしまったのではと目を疑う。その日、ダニエルを起こしに部屋に向かったリリーは、とても落ち着きがなかった。
慣れない寒さにいつも憂鬱だったのに、あの景色を見てしまったら子供みたいに興奮してしまったのだ。
ダニエルの部屋をノックして中に入る。いつもの様に、ダニエルはまだ起きていなかった。今日のリリーは、声を掛けるよりも先に部屋のカーテンを開けた。
薄暗かった部屋に、雪のキラキラした光が入り途端に明るくなる。ダニエルの目にも光を感じたのか、もぞもぞと動いている。
「ダニエル様、おはようございます。見て下さい。今日は、雪が積もっているんですよ」
リリーは、子供みたいにはしゃぎながらダニエルを起こす。
「……ん、ああ、リリーおはよう」
ダニエルは、起き抜けでテンションが低い。ダニエルにも一緒に雪を見て貰いたかったので、リリーはちょっと面白くない。
「ダニエル様、先に顔を洗いますか?」
リリーは、ダニエルに腹を立てている自分にちょっと驚く。一旦落ち着こうと、普段のトーンに戻して声を掛けた。
(お仕事でここにいるのに、私ったら何で機嫌悪くしているのかしら……)
「ん? リリー? さっきとテンションがちがくないか?」
ダニエルは、ベッドから体を起こして窓の外を見た。
「そうか、今年初の積雪か……。リリーは、始めて見たのか」
ダニエルは、リリーの顔を見て笑っている。
「ダニエル様……笑うなんて酷いです……」
リリーは、はしゃぐ自分を見てきっと馬鹿にされたのだと思った。ダニエルが、リリーの前に歩いて来てポンポンと頭を叩く。
「すまんすまん。そんなつもりはなく、ただ可愛いなと思ったんだ」
ダニエルが、サラッとリリーを褒める。リリーの頬が薄っすら赤く染まるが「落ち着いて自分」と心の中で唱える。
最近のダニエルは、いつもこうなのだ。ことある毎に、リリーを褒める。リリーだって、グレンとの5年間がある訳なので昔よりも耐性がある。
それでも、リリーがいくら素っ気なくしても無反応でもダニエルは堪える様子がない。むしろどんどん、大っぴらになっている気がする……。
勘違いでないとしたら、リリーへの好意を全く隠していないのだ。もしかしたら、ダニエル様はみんなに分け隔てなく優しいのでは? と思い、カティに聞いてみたが「そんなわけない」と一刀両断された。
リリーは、戸惑っていた。以前、好意を仄めかされた時は聞かなかったことにしてくれと言われたはずなのに……。なぜ、最近のダニエルはこうもリリーに構うのか……。
リリーは、もう誰かと恋に落ちるつもりはない。愛されることが、あんなに辛いと思わなかった。今では、グレンの顔を思い出すと怖いのだ。
グレンでないとしても、誰かに愛される自分を思い浮かべるのが怖い。森の家にいた時のように、雁字搦めにされそうで息苦しくなる。
だからリリーは、ダニエルの態度にいちいち過敏にならないようにしていた。そもそも身分だって、子爵家の三女と伯爵家の嫡男だ。それだけでも、つり合いが取れないのにダニエルの場合、実の姉が王太子妃なのだ。
そんな貴族の子息と、自分がどうにかなる何て考えられない。それこそ、グレンの時のように分不相応だ。
まして自分は、未婚で子供を産んだような女だ。どう考えても、ダニエルと自分がどうかなるなんて考えられなかった。
リリーは、黙々と彼の着替えを用意する。浮かれていた自分がいけないと、気を引き締める。
「ダニエル様、今日は一日お屋敷で執務の日ですね」
リリーは、今日の予定を確認した。
「いや、今日はリリーと雪景色を見に行くって決めた。この国に来て初めての冬なんだ。とっておきの景色を見せよう」
ダニエルが、突然目をキラキラさせてリリーを見て言った。リリーは、突然のことで何を言っているのか理解が追い付かない。
「ダニエル様? お仕事は?」
リリーは、至極当たり前のことを聞く。
「そんなの、今日は休みでいいよ。休みもなく働いていた期間があったんだから。たまには、そういうのがあってもいいだろ」
そう言うが早いか、ダニエルはクローゼットの中を自分で物色しだす。リリーが用意した服ではないものを選びだす。何やら、外出着に変更しているみたいだ。
「ほらっ。リリーも外出着に着替えて来て。この前、姉から贈られてきた冬用のドレスでいいから」
そう言って、リリーはダニエルに部屋を出されそうになる。
「こっ、困ります。私、お仕事があるんです」
リリーは、断固として拒否をとる姿勢だった。
「わかった。じゃー、これは主人からの命令だよ。リリー、すぐに着替えて玄関に集合」
そう言って、本当にダニエルに部屋から出されてしまった。リリーは、ぽてぽてと廊下を自分の部屋に向かって歩く。
(こんなつもりじゃなかったのに……)
リリーは、突然のことで途方に暮れていた。だけど、ダニエルに命令だと言われたら従う他ない。
リリーは、自分の部屋に向かう前にブルーノのところに行って事情を話す。彼は、快く承諾してくれてカティを着替えの手伝いに回してくれた。何から何まで、本当に申し訳ない……。
「カティ、仕事中にごめんね」
リリーは、カティにドレスの袖を通して貰いながら謝る。
「えっ? 全然いいよ。掃除してるより、こっちの方が楽しいし。またお土産買ってきてくれると嬉しいなー」
カティは、とてもちゃっかりしていて抜かりがない。でも、こんな正直なところがとても好きだった。
「ありがとう。うん。お店にいけたら、買ってくるね」
この前、クリスタルから冬用の服がないでしょ? という手紙と共に沢山のドレスが届いた。その中の一枚を選び、カティに着せてもらった。
クリーム色のドレスに柔らかい黄色のレースが飾りで入っている、上品で可愛らしいものだった。
髪は、全部上げてしまうと寒いのでハーフアップにしてもらう。フワフワのマフラーや手袋を付けて完成だ。鏡の前に立つリリーは、ちょっとドキドキする。
リリーだって本当は貴族の令嬢。こういった格好が嫌いな訳ではない。マフラーや手袋を付けるのが初めてで、ちょっと嬉しい。
「冬の小物って可愛いね」
リリーは、鏡の中の自分を見ながら言った。
「そっか。リリーの国はここよりも温かいからマフラーや手袋は必要ないのか?」
カティも、鏡に映るリリーを見ながら話してくれる。
「うん。こんなに寒くならないから、いらないんだ」
リリーは、そう答えてカティの方を向く。カティは、鞄とコートを用意してくれていてリリーに持たせてくれる。
「じゃー、行って来るね」
リリーは、カティに挨拶して玄関に向かった。たまにしかドレスを着ないので、歩き方がぎこちない。それを自覚すると、ちょっと落ち込む。
この先、貴族として生活する機会が自分に巡ってくるかわからない。でも、どんどん所作が崩れてくるのは寂しい。
階段を下りていくと、既に玄関でダニエルが待っていた。リリーが階段から降りて来たのに気付くと、すぐにエスコートにやってきてくれた。
「リリー、どうぞ」
ダニエルが、自分の手を差し出す。リリーは、その手をじっと見つめる。自分とは違う大きな手で、どうしてこの人はこんなに良くしてくれるのだろうと不思議だった。
「リリー?」
リリーがいつまで経っても手を取らないので、もう一度ダニエルが呼んだ。
「あっ、ごめんなさい。ありがとう」
リリーは、ハッとしてダニエルの手を取る。温かくて、とても大きな手だった。
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