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第8話
だが、あまりにも長く続く平和は、体をゆっくりと蝕む毒に似ている。
最初は新たなる聖女マリエラの力に感動していた人々も、聖女の祈りの恩恵が長く続いたことで、疫病や天災が起こらないことを『当たり前のこと』と思うようになり、感謝の気持ちを忘れた。
それどころか近年では、災いとも呼べぬような小さな事故やトラブルに対し、『こんなことが起こるのは、聖女の祈りが足りないからではないか?』と責めたてる始末であった。たちの悪い連中が『怠惰な聖女を弾劾せよ!』と喚きたてることもあった。
マリエラは別に、民衆から尊敬を集めたり、感謝してほしいなどとは思っていなかった。それでも、慈愛の心で接し、懸命に守ろうとしていた人々から責められるのは辛いものがあった。聖王国のしきたりによって聖女と婚約を結び、最も近くで愛し、守るはずの王太子ウィルハルドでさえ彼女を責めるだけ。
マリエラを叩いて民衆や王太子の機嫌を取ろうとする下劣な重臣や貴族が多いことも、彼女を追い詰める大きな要因となった。それだけの扱いを受けても決して自らの役目を放棄しなかったマリエラの誠実さが、最終的に『生贄として聖王国を追放される』という無慈悲な仕打ちに繋がったのは、あまりといえばあまりな結末であった。
予知能力を有するレオナールだが、今回の顛末についてはどれだけ理解しているのだろうか? 予知と言っても万能ではないはずなので、何もかも、事細かに知っているとは思えない。
そんなふうに思ったマリエラの内心を読んだかのように、レオナールは深い憂慮を込めた瞳で彼女を見つめて言う。
「私の予知は完全ではない。だから、きみが聖王国で受けていた仕打ちについては、詳しく知らない。これまでは、知ろうとすることすら危険だった。そのせいで、苦しむきみを長い間救いに行けなかったことを許してほしい。だが、これからは別だ。きみはもう聖女ではないのだから」
「知ろうとすることすら危険だった……とは、どういうことでしょうか?」
マリエラの問いに対し、レオナールは片腕を侍従たちの方に広げて答える。
「我々グレスウェアの民の祖先は魔族だ。それ故、皆強い魔力を持つ。その魔族の力と、聖女の祈りの力はまさに水と油――いや、触れれば互いを消し飛ばす爆発物だと言った方がいいかもしれない。それは物理的な接触だけではなく。先ほど言ったように相手のことを知ろうとするだけでも危険な行為なのだ」
「そ、そのようなことが……」
「あるのだよ。『魔』と『聖』とは、本来それほどに反発し合うものなのだ。だから私も驚いた。運命で決められている愛しい人が、隣国オルムストの聖女であると知ったときはな」
そこで言葉を区切り、レオナールはマリエラの手を握った。馬車の中でも思ったが、ひんやりとした、冷たい手だった。しかし、こちらの心が温かくなるような、不思議な手でもあった。
最初は新たなる聖女マリエラの力に感動していた人々も、聖女の祈りの恩恵が長く続いたことで、疫病や天災が起こらないことを『当たり前のこと』と思うようになり、感謝の気持ちを忘れた。
それどころか近年では、災いとも呼べぬような小さな事故やトラブルに対し、『こんなことが起こるのは、聖女の祈りが足りないからではないか?』と責めたてる始末であった。たちの悪い連中が『怠惰な聖女を弾劾せよ!』と喚きたてることもあった。
マリエラは別に、民衆から尊敬を集めたり、感謝してほしいなどとは思っていなかった。それでも、慈愛の心で接し、懸命に守ろうとしていた人々から責められるのは辛いものがあった。聖王国のしきたりによって聖女と婚約を結び、最も近くで愛し、守るはずの王太子ウィルハルドでさえ彼女を責めるだけ。
マリエラを叩いて民衆や王太子の機嫌を取ろうとする下劣な重臣や貴族が多いことも、彼女を追い詰める大きな要因となった。それだけの扱いを受けても決して自らの役目を放棄しなかったマリエラの誠実さが、最終的に『生贄として聖王国を追放される』という無慈悲な仕打ちに繋がったのは、あまりといえばあまりな結末であった。
予知能力を有するレオナールだが、今回の顛末についてはどれだけ理解しているのだろうか? 予知と言っても万能ではないはずなので、何もかも、事細かに知っているとは思えない。
そんなふうに思ったマリエラの内心を読んだかのように、レオナールは深い憂慮を込めた瞳で彼女を見つめて言う。
「私の予知は完全ではない。だから、きみが聖王国で受けていた仕打ちについては、詳しく知らない。これまでは、知ろうとすることすら危険だった。そのせいで、苦しむきみを長い間救いに行けなかったことを許してほしい。だが、これからは別だ。きみはもう聖女ではないのだから」
「知ろうとすることすら危険だった……とは、どういうことでしょうか?」
マリエラの問いに対し、レオナールは片腕を侍従たちの方に広げて答える。
「我々グレスウェアの民の祖先は魔族だ。それ故、皆強い魔力を持つ。その魔族の力と、聖女の祈りの力はまさに水と油――いや、触れれば互いを消し飛ばす爆発物だと言った方がいいかもしれない。それは物理的な接触だけではなく。先ほど言ったように相手のことを知ろうとするだけでも危険な行為なのだ」
「そ、そのようなことが……」
「あるのだよ。『魔』と『聖』とは、本来それほどに反発し合うものなのだ。だから私も驚いた。運命で決められている愛しい人が、隣国オルムストの聖女であると知ったときはな」
そこで言葉を区切り、レオナールはマリエラの手を握った。馬車の中でも思ったが、ひんやりとした、冷たい手だった。しかし、こちらの心が温かくなるような、不思議な手でもあった。
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