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第51話
アフィリアは男を知らなかった。
いや、正確には覚えていなかったのだ。
だが、男はアフィリアを覚えていた。
いや、正確には忘れられるはずなどなかった。
「おい、アフィリア。俺のことを覚えているか。いや、覚えちゃいないだろうな。だが、俺は決してお前とウィルハルド。そしてお前らがしたことを忘れない」
ひとつひとつ、憎しみを噛みしめるような物言いだった。かみ砕かれた憎しみが、業火のごとき怒りと殺意に変わり、男の口から次々と吐き出されていく。
「俺の妹はな、お前と同じウィルハルドおつきの宮女だった。妹の真面目な働きぶりをウィルハルドが何度か褒めると、お前はウィルハルドの寵愛が自分から妹に移るのを恐れ、適当な罪をでっちあげて処刑させた。それも、猛犬に噛み殺させるという残酷な方法でな。どうだ、ここまで言えば思い出したか」
(あー……そんなこと、あったようななかったような……。同じようなこと、これまで何度もやってきてるんだから、いちいち覚えちゃいないわよ。でも、なんでこいつ、そんなことまで知ってるのよ。いくらなんでも詳しすぎるでしょ)
思ったことを、アフィリアはほぼそのまま口に出した。
「お、おかしいわ。あなたの言ってること、ウィルハルド王太子の近辺と王宮の内情に詳しい人じゃないと知りえない情報じゃない! どうせ、作り話のデマカセでしょ?」
「…………」
「やめてよね! おおかた、キドゥス家が憎くてたまらないから、そこに仕えていた私も殺したくてたまらないんでしょうけど、そんなのただの八つ当たりよ! この卑怯者!」
次の瞬間、鈍い音がした。
男が我慢できずにアフィリアを殴ったのである。
大きな拳で打たれたことで、自慢の美貌――特に唇の一部が崩れた。
「あ、あが……が……い……ひぃっ……!」
「詳しくて当然だ! 俺は王宮の元近衛兵! 王宮に巣食う醜い権力者どもの汚らしい生き様をさんざん見てきた! だから今、贖罪として民衆側につき、貴様らのようなゲスを粛正している! そして、すべてが終わったら俺自身も死に、妹の元に行く! 妹のように、狂暴な野犬に食われて死ぬつもりだ!」
それは、強烈な宣言だった。
殴られた痛みを堪えつつ、頭をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考えるアフィリアだったが、『狂暴な野犬に食われて死ぬ』覚悟までしている人間を懐柔するのは、いかなる企て、いかなる強運をもってしても不可能だった。
できるとすれば、この元近衛兵の男が『かつては王宮で働いていた、つまりは王政側の裏切り者』という弱みに付け込み、他の民衆を扇動することくらいか。
だが、たとえそれに成功したとしても、この男はアフィリアだけは決して許さないだろう。皆に激しく責められ、罪に問われるとしても、アフィリアだけは絶対に殺すはずだ。『狂暴な野犬に食われて死ぬ』覚悟があれば、責められるだの罪に問われるだの、大したことではない。
いや、正確には覚えていなかったのだ。
だが、男はアフィリアを覚えていた。
いや、正確には忘れられるはずなどなかった。
「おい、アフィリア。俺のことを覚えているか。いや、覚えちゃいないだろうな。だが、俺は決してお前とウィルハルド。そしてお前らがしたことを忘れない」
ひとつひとつ、憎しみを噛みしめるような物言いだった。かみ砕かれた憎しみが、業火のごとき怒りと殺意に変わり、男の口から次々と吐き出されていく。
「俺の妹はな、お前と同じウィルハルドおつきの宮女だった。妹の真面目な働きぶりをウィルハルドが何度か褒めると、お前はウィルハルドの寵愛が自分から妹に移るのを恐れ、適当な罪をでっちあげて処刑させた。それも、猛犬に噛み殺させるという残酷な方法でな。どうだ、ここまで言えば思い出したか」
(あー……そんなこと、あったようななかったような……。同じようなこと、これまで何度もやってきてるんだから、いちいち覚えちゃいないわよ。でも、なんでこいつ、そんなことまで知ってるのよ。いくらなんでも詳しすぎるでしょ)
思ったことを、アフィリアはほぼそのまま口に出した。
「お、おかしいわ。あなたの言ってること、ウィルハルド王太子の近辺と王宮の内情に詳しい人じゃないと知りえない情報じゃない! どうせ、作り話のデマカセでしょ?」
「…………」
「やめてよね! おおかた、キドゥス家が憎くてたまらないから、そこに仕えていた私も殺したくてたまらないんでしょうけど、そんなのただの八つ当たりよ! この卑怯者!」
次の瞬間、鈍い音がした。
男が我慢できずにアフィリアを殴ったのである。
大きな拳で打たれたことで、自慢の美貌――特に唇の一部が崩れた。
「あ、あが……が……い……ひぃっ……!」
「詳しくて当然だ! 俺は王宮の元近衛兵! 王宮に巣食う醜い権力者どもの汚らしい生き様をさんざん見てきた! だから今、贖罪として民衆側につき、貴様らのようなゲスを粛正している! そして、すべてが終わったら俺自身も死に、妹の元に行く! 妹のように、狂暴な野犬に食われて死ぬつもりだ!」
それは、強烈な宣言だった。
殴られた痛みを堪えつつ、頭をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考えるアフィリアだったが、『狂暴な野犬に食われて死ぬ』覚悟までしている人間を懐柔するのは、いかなる企て、いかなる強運をもってしても不可能だった。
できるとすれば、この元近衛兵の男が『かつては王宮で働いていた、つまりは王政側の裏切り者』という弱みに付け込み、他の民衆を扇動することくらいか。
だが、たとえそれに成功したとしても、この男はアフィリアだけは決して許さないだろう。皆に激しく責められ、罪に問われるとしても、アフィリアだけは絶対に殺すはずだ。『狂暴な野犬に食われて死ぬ』覚悟があれば、責められるだの罪に問われるだの、大したことではない。
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