黒白

真辺悠

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黒と白の二人の世界

恥ずかしくなる

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「レイ!大丈夫!?」

 仰向けになって寝ていた俺をみつけた彩乃は駆け寄ってくる。こう心配されるとちょっぴり恥ずかしいが嬉しいものだ。目を開けると今にも泣きそうな顔をした彩乃の顔が映った。

「大丈夫だよ。魔力を使い果たしただけ。服も着替えたし少し休んでいれば問題ない」
「良かった。さっきのカメは倒せたのね」

 疲労で座るのすら億劫になった俺は<着替えユニフォーム>で回復効果のある白い服に着替え、力尽きるように寝ころんでいた。それでも意識だけはしっかりあって、気分も不思議と悪くない。魔物を倒して気分が崩れないのは初めてなのではないだろうか。

「さっきの家族は?騎士団は残りのカメの掃討しに行ったけど」
「あの家族なら知り合いだっていう家に避難させたわ。残りはもう騎士団に任せましょう。こんなところで寝ているレイを一人に出来ないもの。私がいるからレイは休んでいて」

 そっか、と返して眠りにつく。なんだか言葉を発するのすら億劫だった。何かあれば起こしてくれるだろう。ここは彩乃の厚意に甘えることにする。

 俺の目が覚めるとそこは馬車の中だった。

 これはあれか。例の知らない天井だ、という異世界転生的なあれか!

「あっ、レイ。おはよう」

 彩乃がいる。違ったか。異世界転生的なあれという期待は一瞬で飛散した。

「彩乃…ここは?」

 彩乃がいるということは死んではいないらしい。でも良かった。まだ、家も買ってないんだ。あんなカメ相手に死ぬわけには行かない。

「馬車の中よ。残っていたカメは騎士団が倒してくれたわ」

 取り敢えず、起き上がる。白服にして寝ていたおかげでだいぶ回復出来たようだ。

 ん。待てよ。俺は今どこから起き上がった?

 ここで俺が起きる少し前から視点を変えて回想しよう。

 外は夕焼けに照らされている。屋敷にはオレンジ色の斜陽が掛かっていた。そんな貴族街を南北に走る大きな道には何台かの馬車が走っている。その一つを覗いてみれば、一組の男女がいた。白を基調とした服を着た女性とゆったりとした白い服を着た男性だ。男性は女性の足に頭を乗せ気持ち良さそうに寝ている。女性はその様子を微笑ましそうに見ている。

 はい、ストップ。

「えっと…もしかしなくても膝枕?同年代の女の子に膝枕してもらってた?」

 自分でも顔が赤くなるのがわかるくらい顔が熱い。できるだけ距離とり、小さくなる。

「な、なによ。私の膝枕じゃ嫌だっていうの!」
「いや、そういうじゃないけど」

 物凄く申し訳なく思い座り直す。

「き、騎士団長さんに起こすのはかわいそうだからって言われて起こさないまま馬車に乗ったのよ。でも馬車が揺れたら頭が痛いだろうから…」

 言いながら彩乃も顔を赤くし最後の方は声も小さくなる。膝枕などされた方もした方も恥ずかしいものだ。

 ここは俺が大人の対応をしなければならない所だった。もう少し配慮できる男になりたい。

「ありがとう。おかげで凄く疲れが取れたよ」

 彩乃の頭に手を置いて軽く撫でる。大人の対応がわからないので子ども扱いしてないだろうかと不安になるが、表面は笑顔を保つ。俺にも意地というものがあるのだ。気恥ずかしいお礼だっていくらでも自分を押し殺して言おう。

「ううん。それなら良かったわ。あっ、そうだ。これレイの剣と端末よ」

 秘儀・話逸らしを使い、俺の細剣と黒い端末を彼女のアイテム袋から出してくれる。お礼を言って受け取ると細剣をアイテム袋に仕舞う。ちょうど馬車が止まった。目的地に着いたようだ。

「着いたみたいね」
「そういえば、どこに向かってたの?」
「領主の屋敷よ」

 思わず、えっ、と頓珍漢な声が出てしまった。俺はてっきり宿屋に帰っているのかと思っていたものだから。

 彩乃はアーケロン討伐の報告をしないといけないらしい、と言った。騎士団長に一緒に来るように言われれば断れなかったそうだ。二つ返事した彩乃が目に浮かぶ。

 せっかく帰られると思ったがまた来てしまったらしい。それに寝ていた俺を馬車まで運んだのは騎士団長ということなので礼を言わなければならないだろう。次回に持ち越しにならなくてそこは良かった。

「ジルベスター様、ただいま帰還しました」

 領主の執務室に到着すると騎士団長が一歩前に出て報告をする。

「――というわけでレイ殿と彩乃殿のおかげでアバゴラーンを撃退。残りのアーケロンも駆逐することが出来ました」
「ご苦労だった。お前たちも良くやってくれた。住民に被害が出なかったのはレイと彩乃のおかげだ。礼を言う」

 まずい、こういうときなんて答えればいい?どういたしまして?馴れ馴れしいか。礼には及ばないさ?いや、誰だよ。

「も、もったいなきお言葉…」

 色々考えた挙句、そんなことしか言えなかった。情けない。膝枕の件もあって今の俺は猟奇的にすぎる。

「ははは、どうした?昨日とはずいぶんと様子が違うな」
「ふむ。どうやらお嬢さんの膝枕が効いたみたいですな」

 うぎゃあああぁぁぁ!!!

 この騎士団長、領主だけでなくフィリーネ様やミコさんがいる前で暴露したぞ。俺の心はもし<強化ブースト>したとしてもこの攻撃には耐えられないと思う。

 原子爆弾並みに強力な精神攻撃を俺は生身で受けた。かくりと膝を折り手を付けるとでくの坊同然の姿となる。彩乃も膝枕をした張本人なのでフォローしようにもなんと言ったらいいのかわからない様子だ。

「そうかそうか。それは良かったな。部屋を用意させている。今日はゆっくり休め。お前たちも下がっていいぞ」

 恥を曝した俺はミコさんの案内で部屋に行く。領主が意味ありげな顔で見てきたが、それどころではなった。フィリーネ様に至っては顔すら合わせられなかった。

 せめてもの救いとして、この場にアンデリカがいなかったのは僥倖だった。

 外はすでに暗く疲れていたので昨日のように断ろうとはせず泊めさせてもらうことにする。白服でいても疲労は大きい。

「ミコさん、少し待っててもらえますか?騎士団長にお礼を言っておかないと」

 騎士たちが歩いている方へ走っていき騎士団長に声を掛ける。

「騎士団長、今日はありがとうございました。その…馬車まで運んでいただいて。それに港の住民に被害が出なかったのは騎士のみなさんのおかげです。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると後についてきていた彩乃も頭を下げる。

「なにを言っている。アーケロンもアバゴラーンも倒したのはレイ殿ではないか。こちらこそ、礼を言う」
「そうですね。あの時あそこにいた家族が無傷だったのはレイ殿と彩乃殿のおかげでしょう」
「ああ、あのアバゴラーンに一目散に駆け付けた度量は並大抵のものではない。我々も見習わなければな」

 一緒にいた他の騎士からも逆にお礼を言われたが取り敢えず、もう一度礼をしてからミコさんがいる場所に戻ってくる。これで心残りもない。

「レイ様はすごいですわね。たまに屋敷にくる商人の方を見ますが、レイ様のようにはっきりとモノを言ったりわざわざああして礼を言う者などおりませんわ」

 そうなのだろうか。俺だってはっきりと自分の意見を言うことなどあまりない。学校でも家でも大体一人でいるから一日のうちに人と会話するのは数回程度だった時も多かった。ない時もある。

 それに騎士やミコさん、ジルベスターも俺の言葉遣いを咎めることなどないのでそちらのこころの広さの方が凄いと思う。

 俺がこうして話していられるのは、そうした環境の影響が大きい。

 昨日泊まった部屋と同じ部屋に案内され、夕食の準備が整うまで休むように言われる。外で寝ていた服では部屋を汚してしまうかもしれないし白い服は寝間着なので<着替えユニフォーム>を使い黒い服になっておいた。

 夕食の時まで白い服ではだめだろう。なんせ貴族と食べることになるのだろうから。

 でももう見られてる。彩乃の膝枕とか白い服とか。俺の恥ずかしい姿を見られてしまった。

 恥ずかしい。

 魔術具のポットを使ってみたい好奇心で紅茶を入れ、ちびちびと飲みながら休んでいるとミコさんが部屋にくる。

「レイ様、お夕食の準備が整いましたのでいらしてくださいませ」

 食事をする部屋に着くと領主一族はすでに揃っていた。

「レイ、彩乃。今日は本当に助かった。遠慮なく食べてくれ」

 夕食の時はカメ討伐の話題から膝枕の話題に移りアンデリカが目を輝かせて俺と彩乃を見ていた。

 今度じっくりお話しましょう、とご遠慮願いたい言葉をかけられた。

 一度言っておきたいが、俺と彩乃はこの世界で初めて会ってまだ一週間ほどしか経っていない。恋には尚早だ。

 でも知っておいて欲しいのは、出会ってから三か月で告白するのが一番成功率が高いということだ。だから、という話ではあるが、告白は三ヶ月後まで待っていただきたい。

 早く帰りたい。早く帰りたい。夕食のときはそればかりで他のことはあまり覚えていなかった。

 食後の紅茶を頂いていると先ほど自分で入れたときと全然違うことに気付いた。こういうのは、淹れ方一つで香りの立ちが違うものだ。

「この紅茶美味しいね。貴族は茶の淹れ方も習ったりするの?」
「学園では側使えコースを選択する貴族に教えられるわ」
「側使えコース?」
「学園では二年次から領主コース、側使えコース、騎士コース、文官コースに分けれていますの。わたくしは領主一族なので領主コースですわ」

 アンデリカが学園のコース選択について教えてくれた。日本でも歴史的に権力者の役職は世襲されてきた。コースといっても自分が受けたいものを受けられるわけではないのかもしれない。

 職業の自由が許されていた現代で生きて来た身としてはそれはどうなのかと思うところもあるのだが、学園を楽しみにしていて領主コースに不満のない顔をみているとこれでいいのだろうと思った。

 結局、こういうのはひとつのイデオロギーなのだ。問題として捉えなければ平和でいられる。

「明日少しミコさんを借りてもいい?無理ならいいけど、紅茶の淹れ方を教わりたい」
「構わないぞ。だが、お前が教わるのか。彩乃ではなく?」

 全員で彩乃を見る。全員から注目された彼女は少し慌てて言う。

「私も教わりたいです。でも、貴族が飲むような高級なお茶をそんなに使っていいんですか」
「あっ、確かにそうか。紅茶くらいなら買えるよね?うん、また今度にするよ」
「そんな気を使わなくともよい。ミコ、明日は紅茶の淹れ方を教えてやってくれ」

 今度ちゃんとお礼をしないとな。領主にお礼ができる平民などいないように思うが、貴族には何をあげたらいいんだ?

 何が喜ぶのかわからないけど、何もしないわけにはいかないよな。相手もそんなに期待してないだろうし、適当でいいか。

「あと、今日倒したカメはどうしたらいいの?ギルドは騎士団に依頼を出したんだし、ギルドに持っていくのも変だよね?彩乃が持っている分はどこに渡せばいいんだろう?」
「お前が倒したんだからお前の好きにすればいい」
「そう言われてもね。彩乃は欲しい?言っておくけど、俺はいらないよ。…気持ち悪い」
「私もいいかな。なにに使えばいいかわからないし。…あと、私を見て気持ち悪いなんて言うのやめて」

 それは本当にごめん。

 でもそうだよな。あのカメの使い方ってなんだろう?

 それにカメって結構重いんでしょ?倒したときもアイテム袋に仕舞ったときも持ち上げたことないから知らないけど、あの大きいのは間違いなく重いはずだ。

 そうなると余計に使い方がわからない。こういう時はあれだな。

「うん。俺たちには必要ないものだし記念程度に少しだけ素材を貰っておくとしてあとはあげるよ。壊れた町や収入がなくなった漁師の復興金として使ってくれればいいからさ」
「……それは助かるが、本当にいいのか。特に彩乃。お前もそれでいいのか?」
「レイが言うなら私に異存はありません。全部レイが倒しましたから」

 フィリーネ様はクスクスと笑い、ジルベスターは絶対損するタイプだな、なんて呟き、アンデリカはよくわからないようで首を傾げてこの場にいるみんなの顔を見ていた。

「その代わりどのくらいのお金になってどのくらい使ったのかあとでちゃんと確認させてもらうからね。くれぐれも自分の懐に入れるような真似はしないでよ」
「するわけがないだろ!」

 ジト目で言いながら軽く脅迫すると逆ギレされた。俺とジルベスターの会話を聞いていたフィリーネ様や彩乃からは笑いが起こる。

 何だかんだ楽しい時間が終わると自分の部屋に戻ってきてシャワーを浴びる。<着替えユニフォーム>を使えば汚れなど無くなるが浴びたい気分だったのだ。

 もう二日も貴族の屋敷にいて宿屋の人に迷惑をかけているかもしれない。帰ってこないときはどうしているのだろうか。

 冒険者という危険な仕事をしているのだ。こうは言いたくないが、帰ってこない人だっているだろう。

 もしかしたら、部屋は片付けられ違う人が泊っているかもしれない。

 そうなっていてもいなくても、俺はブラックウルフの肉でなんとか誤魔化すことに決め、眠りについた。

 翌日、朝食をとると騎士団のいる練習場に連れていかれる。領主が一緒だ。

「皆も既に知っているだろうが、昨日港にアーケロン及びアバゴラーンが出現した。魔物により港は一部大きな被害を受けた。だが、ある冒険者によって被害は最小限に抑えることが出来たと言っていい。紹介しよう。この二人がその冒険者のレイと彩乃だ」

 そう言ってジルベスターは集まっている騎士に紹介する。一歩前に出てぺこりと頭を下げると一歩下がる。

 学校でもなにか賞を取ったことがあるわけではないので人前に出る経験は極端に少ない。それでも自分を押し殺して平気を装っていた。

「彼らは誰よりも先にあのアバゴラーンにも立ち向かい、襲われそうになった家族を助けたそうだ。それに加えて倒した魔物は街の復興費と使うようにと言ってくれた。我々は彼らの寛大な厚意に感謝しなければならない。皆にはそのことを知ってもらいたく話した。――」

 こんなに大袈裟に話すとは思わなかった。貴族に感謝されるとか普通にありえない。貴族はこう、下にいる人を見下してるのがお似合いだ。

 『皆に知ってもらいたい。云々と。』なんて文章腹が立つだけである。

 でも、この世界は貴族も平民も良心的な人ばかりだ。貴族ではない身としては本当にありがたい話である。

 俺たちはカメを半分ほど置いて帰っていく。騎士団は解体もできるらしい。俺は出来ないどころかやろうとしたことすらないというのに。

 屋敷に戻ってくると早速ミコさんによる紅茶の美味しい淹れ方講座が始まった。お願いします、と言ってからミコさんが淹れる様子を見る。こういう時、黒い端末にカメラ機能があればいいのにと心から思う。

 黒い端末は本当に便利だが、時々融通が利かない。

 ちなみにジルベスターは港に魔物は倒したことと建物などの復興、またそれまでの寝床について話に行くそうだ。街の様子も一通り見ておかなければならない、と言っていたので大変なのだと思う。でもここは、領主としてしっかり働いて欲しい。

 これは余談だが、騎士団への演説のように俺たちのことは話さないでもらうよう必死に頼んでおいた。過大評価されて港に行けなくなっても困る。魚が食べられない。魚はキモいが、美味いヤツなのだ。

 カメを倒した報酬は港が救われたという事実とカメの素材を少しと紅茶の淹れ方で十分だ。

 あと、彩乃の膝枕。あー、恥ずかしくなってきた。顔暑っ。
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