婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫

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09.婚約破棄を望む男

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 周囲から冷たい視線を浴びながらも、私達はようやくパーティー会場へ到着した。
 会場内には煌びやかなドレスを身に纏った若い令嬢や貴婦人。着飾る女性をエスコートする男性達で賑わいを見せている。年に一度の建国記念パーティーという事もあり、年齢層も幅広い。名立たる重鎮達が集まっている事が伺える。

 ただでさえ、社交界に出席するのは久しぶりだというのに、この人の多さはさすがに緊張する。

(こういう場は久しぶりだな。……二年前と顔ぶれはあまり変わっていないな)

 そういえば、ヴィンセント様は二年前までは公爵令息として、このパーティーにも出席していたはず……。その口ぶりからここに居る人達の事をよく知っているみたいだけど、これだけ大勢の人達の顔を覚えているなんて……やっぱりヴィンセント様は本当は凄い人――。

(まあ、俺には関係ない。そんな事よりジュースでも零すか)

 せっかく感心していたというのに、危うく躓きかけた。歩き慣れていないヒールの高い靴なのだから、下手な発言は心の中でもやめてほしい。
 というか、こんな場でも全くブレない彼の心臓が強すぎて羨ましい。

「レイナちゃん! あっちでジュース配ってるみたいだよ! 僕も一つもらってこよっと!」
「ヴィンセント様、それはいけませんわ。これまでに零してきたジュースの数をお忘れになられました? 国王陛下への御挨拶が終わるまでは飲食禁止でお願いしますね」
「えええ!? でも僕、お腹も空いちゃったからなぁ」
「それも国王陛下に挨拶を済ませたら思う存分召し上がって下さい。とにかく、国王陛下に挨拶するまでは静かに慎みながら大人しく過ごしましょう」
「そっかぁ……分かったぁ」
(……さすがレイナだな。俺の考えている事が分かるかの様な先読みだ)

 分かっているからね。心の声が聞こえるから。
 
 周りに目を配らせれば、口元に笑みを浮かべた令嬢が冷ややかな視線をこちらに向けている。
 僅かに聞こえてくる冷笑は私とヴィンセント様どちらへ向けられているのやら。
 
 それよりも気になるのは――。
 公爵令息であるヴィンセント様を見ても、誰一人挨拶に来ない。
 それどころか、蔑むような視線を向けて面白そうに笑っている。こちらがその事に気付いていないとでも思うのだろうか。
 こんな状態のヴィンセント様に挨拶するなんて、時間の無駄だとでも思っているのだろう。
 態度が悪い奴をリストアップして公爵様に告発したいけど、残念ながら私には誰が誰なのかさっぱり分からない。

(ふんっ)

 突然、謎の掛け声と共に、隣で何かがプチッと切れる音がした。完全に油断していたけど……まさか……。 

「あちゃー! 服のボタンが取れちゃった!」

 今、おもっきし自分で引きちぎったわよね。

 ヴィンセント様の右手の中には、上着についていたであろうボタンがしっかりと握りしめられている。ボタンが外れた上着の上部分はダランとだらしなくたわんでいる。せっかく格好良く決めていたのに……でもまだ大丈夫。ちゃんとこういう事態を想定して裁縫道具は密かに持って来て――。

「ああ! 落ちちゃった!」

 今、投げ捨てたわね。

「あれ? 転がっちゃってどっか行ったのかなぁ? 僕ちょっと探してくるね!」

 転がった以前に、投げ捨ててるからね。

 ヴィンセント様はキョロキョロと足元を見まわしながら、人混みの中へと消えていく。

(さあ……やるか……)

 ……え、何を?

 そういえば、さっきここへ来るときに今日の為にシミュレーションをしていたとか心の声が言ってた気が……と思い出したのも虚しく、既に彼の姿を確認する事は出来ない。心の声も届く気配が無い。
 彼と距離が離れ過ぎてしまうと、その心の声も聞こえなくなってしまうのだ。

 もう嫌な予感しかしない。果たして彼はどういう状態になって戻ってくるのだろうか……。
 ああ、頭が痛くなってきた……。

 一人残された私は隅っこにある壁にもたれかかり、大きく深い溜息をついた。

 国王陛下が会場に姿を現すのはもう少し先だろう。
 たしか、国王陛下は公爵様のでヴィンセント様にとっては叔父になる。
 国王陛下は自分の甥が子供返りしてしまった事は御存じなのだろうか……。
 噂が耳に入っていれば知っているのかもしれないけど。
 今の彼の姿を見て、国王陛下はなんて声を掛けるのかしら。

 その時、会場内のざわめきが消え、シン……と静まり返った。

 異変に顔を上げると、皆の視線は一点に集中していた。その先には――カロル王太子殿下だ。
 その傍らには一人の女性が仲睦まじげに寄り添っている。
 王太子殿下が愛しそうに笑顔を向けるその女性は、頬を赤らめ恥ずかしそうにしている。その姿は初々しい恋人同士という雰囲気。
 王太子殿下が愛しの婚約者をエスコートして入場してきたのかと思いきや……どうやらそういう訳でもなさそうだ。

「王太子殿下の婚約者って……確かアーデル侯爵令嬢のエミリア様のはずよね? なんで違う女性を連れているの?」
「隣にいる女性は誰だ?」
「あの子……クリスティーヌだわ! 確か平民の出だったはずなのに……なんで王太子殿下の隣にいるの!?」

 声を抑えてコソコソと話す声も、静まり返る会場内の中ではハッキリ聞こえてくる。

 どうやら、王太子殿下がエスコートしてきた相手は婚約者ではなく全く違う女性らしい。
 それがどういう意味を示すかは……安易に想像出来てしまう。

 ここにもいたのだ。
 婚約破棄を望む男が。
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