無色だと思っていた記憶も思い返すと少しだけ色があった。

坂伊京助。

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昔の話

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 私の朝は、一杯のコーヒーから始まる。これといって銘柄などにこだわりは無く市販のインスタントコーヒーであれば十分だ。しかし、一つだけこだわりがあるのだそれは、砂糖とミルクを使わずに飲むことである。水を入れたやかんを火にかけて中火でおよそ十五分分ほどで沸騰する、その間に私は、朝の身支度を済ませる。上下ジャージからブリオーニのシャツにサヴィル・ロウで仕立てた上下フルオーダーのスーツに着替える。次に髭と髪を整えるのだが髭はあまり濃い方では無いので整髪料を使い髪の毛を軽く整え身支度は終わりだ。そして、やかんが高音を上げてお湯が沸いたことを知らせる、私は台所へ行きやかんの火を止め、マグカップにインスタントコーヒーの粉を小さじで三杯マグカップに入れその中にお湯を注ぐマグカップの八分目辺りまでお湯を入れれば一日の始まりである至福一杯が完成する。至福の一杯を飲み干し鞄と革靴を持ち職場へ向かう、私の職場は今住んでいる和室の六畳一間から畳の下から梯子使い地下に降りて五分ほど歩くと、七百十六と書かれた一枚の扉がある。その扉の正面に立ち右側にある網膜スキャン、虹彩認識、指紋認証の全てをクリアすると扉の鍵が解除されたのを確認して扉を開けて中に入る。中には、病院の受付のようなカウンターがあり四~五名の受け付け事務員が二十四時間体制で職務を行っている。受け付けカウンター前には、四人掛けの長椅子が縦に四つで一列のものが三列並んでいる。しかし、これは受け付け待ちの顧客専用のものであり、従業員である私が座ることはまずない。受付の事務員に軽く会釈をして私の部署がある正面右側へと向かう。二百メートル程ある長い廊下を歩いて自分の机へ向かう。廊下には、およそ五メートル間隔に受付を済ませた顧客と担当員が仕事の打ち合わせをする為の部屋が立ち並んでいる。
 オフィスには、三百名弱の従業員の机が敷き詰められているが実際にオフィスで仕事をしてるのは、四十~五十程度で、オフィスにいない者はそおれぞれ現場で業務に励んでいるのだ。かくゆう私も、業務の経過報告書類を提出に半年ぶりオフィスに足を運んだ一人である。私の仕事は、各国の要人の身辺警護や各国の諜報機関に所属する諜報員への情報交換など基本的は、世の中の表舞台ではなく舞台裏仕事が主である。しかし、業務を遂行する為の隠れ蓑として表舞台に立ち業務を遂行している者もいる。私の主な業務は、極秘情報の受け渡しの中継役である。今は、通常業務と平行して別の業務も行っている。今日は、その業務の経過報告の為にオフィスへ来たのだ。
 私が所属をしている組織は、いわゆる無国籍の諜報機関であり世界各国の政府やそれに準ずる機関への情報提供を対価として運営されている組織である。
 従業員はそれぞれ世界各地に派遣されており、各地に支部も存在している。
 新たな従業員の採用は、組織としては行ってはいないが各地に派遣されている従業員が一般人の中から特に素質があり各国の諜報機関との繋がりがないと確認が出来た者をスカウトし、本人承諾が確認でき次第。随時、採用試験が行われるといシステムになっている。ごく稀に採用試験で不合格となる者がいるがその場合には、本人のやる気と実際の能力値によって対処が異なる。再度試験を受ける気持ちがなく不合格となった者は、研究班によって一部記憶の抹消をした後に以前の生活に戻すことになっている。先程の例と反対に再度試験を受ける気はあるが能力値が低く試験合格を見込めない者は、先の例の用に一部記憶の抹消後に元の生活に戻す、もしくは組織本社の清掃員や従業員の補佐役として経験を積んだ上で改めて採用試験を受けるシステムとなっている。当組織の従業員採用におけるやる気の有無は、とても重要視される要素の一つである。もちろん、幾らやる気や努力がある場合でもされだけでは採用されることは難しいのだ。ある程度の基準に能力が達した上でやる気や努力の有無が適用される。
 私は、経過報告書を上司に直接提出に行ったがあいにく上司は、出張中だった。仕方がないので私は、上司の部屋の机の上に手書きのメモと一緒に経過報告の書類を置いた。部屋の外には、秘書がいるが私は気づかれることなく一連の行動を終わらせた。私の上司は、いわゆるキャリアウーマンで、私の記憶に間違いがなければ年齢は、私と同じくらいで私よりも長くこの仕事をしている。女性従業員からの人気も高く、凛とした女性の理想の様な容姿だけでなく、どんな仕事も完璧にこなすのだ。そんな彼女の下で働く為に部署の移動を志願する者も多い聞いたことがある程だ。一人の女性としても素晴らしいと思っているし、なにより一社会人として尊敬すべき人物であると思っている。
 オフィスから戻る途中、数人の同僚が採用試験に向けて訓練をしている新人を数人連れて歩いてる一行とすれ違ったが、おそらく向こうは私の存在に気づきもしていなだろう。そして、長い廊下を第七百十六番入り口のほうへ戻りながら少し、昔のことを思い出した。
 
あれは六月の上旬、学校の制服が冬服から夏服に変わる衣替えの時期だった。当時、中学生だった私は家でも学校でも一人でいることが多かった。

 僕には、友達がいない。例えば、上履きを隠されたり、机や教科書に落書きをされている訳じゃないから別に、いじめを受けている訳ではない。でも、中学校生活の毎日を一緒に楽しく過ごす事の出来る相手は、いない。誰も、僕に話しかけに来る人はいない。最初は、一人でいることが嫌だったけど気づけば一人でいることに孤独を感じることすらも無くなっていた。そして周りからは、いつからか透明人間なんていう風に呼ばれていた。あだ名なんてものは、誰かが思い付きで発した言葉がなんとなく広まって何時しか、浸透しているものだ。改めて考えると、普段から陰が薄くて特に目立つわけでもない僕のことを、いても居なくても同じで、むしろ居ないという言葉の方が近いと思った生徒が面白半分に付けた割りには的を射ていると、当事者である僕自信も関心している。でも、的確すぎるからこそ心が痛むのも事実なのだ。
 今日も、朝から夕方まで退屈な一日だった。退屈なのは、いつものことだけど今日は曇っていてしかも、蒸し暑かったせいか酷く疲れた。でも、そんな日に限って放課後の教室の掃除の当番だったりする。他のクラスは、だいたい三~四人くらいで掃除をしていうるけど、僕のクラスは一日ずつ交代で一人で教室の掃除をすることになっている。これは、担任の先生の意向で先生曰く、『クラスの一人一人がクラスの全員のことを考えて掃除をしてクラス全員が掃除をしてくれた一人に感謝をして日々を過ごすためだ!』と、言っていたが早い話が”一人は皆のために、みんなは一人のために”ということが言いたいんじゃないかと僕は思っている。とにかく早いとこ、掃除を終わらせて家に帰ろう。ほうきを使い教室の隅の方から教室の中央にごみを集めてチリトリで取る作業を教室をだいたい三分割ぐらいにしてごみを取っておく、まずは教室の前の廊下側からごみを集めて少しづつ教室の後ろの方へ移動をしていって無事に掃除を終わらせることができた。あとは、家に帰るだけだ。
 三階にある僕のクラスから玄関までは階段をただただ降りていくだけだ、下駄箱から靴を取りだして玄関から正門に向かって歩いていく。すると、右の方から野球部が飛ばしたボールが飛んできて僕の斜め前にボトッと落ちて、僕の方へボールが飛んできた余力でゴロゴロと転がってきて足元で止まった。どうすればいいのか分からないし、どうせ誰かが取りに来るだろうからt思って無視をしていた。しばらく、地面に転がったボールを眺めていた。
 誰かの視線を感じて、ひと目線を上げると野球部のマネージャーの女子生徒が僕の方を見たまま立ち尽くしている。慌ててボールを拾ってその彼女の方に軽く投げた。ボールを受けとると僕の方をまっすぐ向いて、「ありがとう。」と言うと、少し頭を下げてから走って行った。その後ろ姿を一人眺める僕を、曇り空の分厚い雲から光が差してしっかりと僕に陰が出来ていた。
 帰り道 、いつもよりも少し視線を上げて帰った。ボールを拾ってお礼を言われたこと、普段は意識もしなかったけど夕日でできた影、今まではあまりか変わらないように僕が避けて来た世界は思っていたよりも素朴ながらも美しく素晴らしい世界なのかもしれない。

 今日もまた、退屈な一日が始まると思うと憂鬱だ。でも、今の僕は一ヶ月までとは違う。ずっと、拒否していた世界を受け入れて少しずつ僕自身、変わってきたことがある。まずは、登下校時にすれ違った近所の人に挨拶をすることを始めた。最初は、なかなか自分から挨拶をするなんて恥ずかしさが勝っていたけど「おはようございます。」と挨拶をすると皆、笑顔でかえしてくれた。そして今では、相手から挨拶をしてくれたり、人によっては「気をつけて行ってらっしゃい」と言ってくれる人もいる。そして、一番の進歩は友達が出来たことだ。友達といっても、一週間に三日くらいしか登校をしないような半分不登校のような生徒だ。名前は高田次郎という。時代劇にでも出てきそうな名前だけど、見た目も性格もどこか人を自分よりも少し下に見ているような感じがする。現に、僕のことも一度として名前を呼んだことはなく、いつでも君と呼ぶ。
 一度、高田になぜ学校へ来ないのかと聞いたことがあった。すると「なぜ来ないって?僕は、これでも一応プロの漫画家だからな!大事な時間を少しでも漫画に費やしたいからに決まっている!」とまるで自分が天下を取ったような口ぶりで僕に言ってみせた。高田の漫画の描いた漫画を前に少しだけ読んだことがあるけど、本当に本人が描いているとは思えないほどに眩しいほどの青春漫画だったから衝撃を受けたことを今でもしっかりと覚えている同じ年で僕と高田とでは、見ている世界が全然違うという現実に直面した。
 ある日の帰り道、それはなんでもない普段と変わらない家路のはずだった。家に着くまであと五分くらいの所まで着くと、上下黒のスーツを着た白髪の老人が頭から血を流して電柱に全体重を預けて倒れていた。
 初めは、自分の目を疑ったけど何度瞬きをしてもやっぱり、見間違いじゃない。どうすればいいか分からなかったけど、とりあえず近づいて声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
 その老人は、僕の問いかけにハッキリとした声で、「大丈夫だ、しかし少し肩を貸してくれると助かる。」と、言うので僕はその老人の体を起こし肩をかした。
「この先にある寺まで連れていってくれると助かるんだが、頼めるかな?」
 「いいですよ」と僕は答えた。正直言うと寺の方向は、僕の家とは方向が反対側だったけど、さすがに頭から血を流している老人を見捨てるなんてことを今の僕には出来ない。無言のまま歩いて五分くらいして、寺の本殿に続く階段が右手奥、五十メートルくらい先に見えてきた。すると道の反対側から鮮やかな上下、紫のスーツに緑のシャツを着てピエロのお面を着けた人物とおそらくその人物の手下の様な二人組がこちらに近付いてくるのが見えた。二人組は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。僕らとその二人組との距離は、だんだんと縮まっていく、すると老人が自分の上着の右側のポケットから一枚の紙を取り出して近付いてくる二人組にばれないように、自分の体の後ろから僕の学生ズボンの後ろのポケットに紙を入れたのだ。驚いた僕は、老人の方を目だけで見た。
「今渡した紙を寺の住職に直接渡してくれ、焦らずに前だけ見てゆっくりでいいから歩くんだ。」
 僕にしか聞こえないような小さな声で言った。その言葉を聞いて僕は、数秒で起きた出来事に自分が動揺して、思わず歩いていた足を止めていたことにそこで初めて気がついた。
 互いに寺の階段を中間として距離が縮まり残りが十メートルくらいの所で老人が耳元で言った。
「走れ!」
 その言葉と同時に老人は不気味な二人組の方へ捨て身で突っ込んで行った。僕も言われた通りに寺への階段を一気に駆け上がった。背中で金属のぶつかり合う音と何かが爆発した様な音が聞こえたが、振り返ることが怖くなった僕は、ただひたすらに階段を上った。なんとか階段を上り終えると、境内を掃除していた小坊主がいるのが目に入った。僕は急いでその人の方へ向かって、「あ、あの、住職はいらっしゃいますか?」と言った。
 息を切らしていた僕の言葉に何かを察した小坊主は、僕のてを取って、「こちらにどうぞ!」と本殿の脇にある小さな小屋の方へ僕の手を引いて走った。その小屋はどうやら倉庫のような場所だった。すると、小坊主は小屋の入り口に内側かから鍵を掛けて、少し暗いその小屋の中の奥の壁にあるロッカーの方を指差して「あの中に入ってください」と言った。
 この人は、何を言っているんだろうと思ったけどとりあえず二つ並ぶロッカーの内、右側のロッカーに入った。すると、ガタンという音と同時にロッカーがなんとなく下の方へ落ちていっているのを感じた。なぜなら、音がした時にサイズがギリギリだったロッカーの上の部分が髪の毛に少しだけ触れたのを感じたからだ。音がしてから二秒から三秒くらいするとロッカーの動きが上下ではなく前後に変わった。それから、三分くらいそのままだった。その時間にふと、白髪の老人と僕を案内した小坊主はどうなったのだろうか、そして僕はどこへ連れていかれるのかと次第に不安の気持ちが大きくなっていった。
 僕を乗せたロッカーは突然、動きを止めるとピーッといういかにもな機械音がなりロッカーの扉が開いた。そこが何処かは分からなかったけど、暫く暗いところにいたせいで目を慣らすのに少し時間が掛かった。
 目が少しずつ慣れてきて驚愕した。そこは、まるで何かの会社のような場所だった。辺りを見渡してきょろきょろとしていると、目の前から白い肌に青い目、金色の髪をした外国人男性が近づいてきた。
「待っていたよ、さあこっちに。」と、僕を小さな会議室のような部屋に案内をした。とりあえず席に座るとなぜか、日本語を流暢に話すその男性が口を開いた。
「まずは、君を巻き込んでしまったことを謝罪する。」と僕に頭を下げた。状況を飲み込めていない僕の顔を見て続けて言った。
「老人から預かった紙は、どこにあるかな?」
 一瞬、なんのことか分からなかったがすぐに老人が僕のポケットに入れた紙だとわかった。ポケットから紙を出してその男性に渡すと、「ありがとう」と言われ握手を求められた。慌てて手を出して握手をした。握手を終えると一拍開けてから、まずこの施設の説明を受けた。なんでもここは、どこの国にも属さない無国籍の組織で僕が出会った老人はこの組織の人間である重要な情報を手に入れる途中で、交戦になり逃げている最中に僕が通りかかったという状況らしい。
 あまりにも現実離れした出来事に状況を理解するのに少し時間は、掛かったけど丁寧な説明でとりあえず状況を理解した。
 どうして、僕にそんなことを説明してくれるのかを訪ねると、今回の僕の行動を見込んで訓練だけでも受けてみないかと言われた。とりあえずその日は、家に帰ってもいいと言われて家の前まで送ってもらい、今日の事は、誰にも言わないようにと言われて、誰にも言わないと約束をして家に帰った。帰るのがいつもより少しだけ遅くなったけど、小説家の父はいつものように書斎に缶詰状態で、母には図書館で勉強をしていたと嘘をついた。
 その日の夜、僕は布団に横になって薄暗い天井に向かい合って心の中で、自問自答を繰り返した。明日から普段通りに学校へ行くべきかそれとも休んで今日あった事を一旦、冷静になってから整理するべきか。あの老人を助けたことは、本当に正しかったのか。そして一番の問題は、謎の施設で外国人のおじさんからもらった、カプセルを飲むべきかどうか。
 この、白くて小さいカプセルは一見するとただの風邪薬のようにも見えるけど本当は人を一時的に仮死状態にする薬が入っているらしくてこれを飲んで僕という人間は一旦死んで、この世から居なくなった事にしてそのあとは、組織の人間として働くことになるという説明を受けた。死んだことにする理由は、情報が漏れるのを防ぐ為と僕の家族に危険が及ばないようにする為にと言っていた。
 一ヶ月前までは、友達もいなくて暗くていつも一人でいるただの中学生だったのにあの日、グラウンドで拾ったボールとあの子の笑顔で僕の人生の歯車は今、良くか悪くか大きく動き始めた。
 今までの人生の中で一番疲れた日が、小学二年生の頃に夏休み、田舎にある父親の実家に行ったときに一人でおつかいに行った日から、今日に更新された。
 色々と考えている内に、だんだんと瞼が重くなってきた、視界が少しずつぼやけてきて僕は眠りについた。

 まだ六月だというのに真夏のように照りつける太陽が、いつか絵本で見た北風と張り合っている時くらいにこれでもかと自分の力を存分に発揮している。
 セミこそ鳴いていないものの、気温はすっかり夏同然だ。
 僕の人生における一大事件が起きてからもう、五日経った。あの日以来、僕自身に、特に変わったことはない。でも、あの日ボールを拾った僕に優しい笑顔を見せてくれたあの子は、三日間も学校に来ていない。あの一大事件の日以来、いつあの謎の組織に入ることに決めても後悔のないようにたった一度、挨拶だけでもいいからあの子に話しかけようと思って影ながら、もちろん充分に距離をとってタイミングを図っていたからあの子が学校に来ていないことはとても大変なことだ。
 その日の帰り道、学校を出て少しの所に黒塗りのセダン車が一台、圧倒的な違和感を発して停まっていた。
 頭の中で危険を知らせる警報のようなものが鳴り響いて、同時に心がざわざわした。今から引き返して別の道から帰ろうかとも一瞬考えたけど、二分の一の確率で危険ではない可能性も充分にある。どうしようか迷っていると後部座席のドアが開き中から出てきたのは、あの日頭から血を流して倒れていた老人だった。
 僕は時分の目を疑った。あれだけの怪我を負っていながら、僕を先に逃がしてから無事に生還していたのかと思うと現実なのかどうなのかよく分からなくなった。
 車から降りたその人は、僕を見ると優しく手招きをした。その場あの状況を理解することが出来ていなかったからなのか、自然と吸い込まれるように体が動いてしまった。
 「出してくれ。」
 僕が車に乗り込むと老人が運転手に指示を出した。車がゆっくりと、発車する。車内に沈黙が流れる。窓の外を流れていく景色を眺めながら。ふと、学校に来ないあの子と高田の事を思い出した。それまで孤独の中で生きながら自分の居心地の良い場所を探していた。そんな僕に突然、訪れた初めての恋と友達。その二つを通して僕は、家族以外の人に初めて信頼と愛おしいという感情を覚えた気がする。僕が愛に幸せを感じた瞬間だ。

 それから程なくして私は、無国籍諜報組織に所属することになった。私のことを組織に勧誘したあの白髪の老人の名は”シルバー・ウルフ”という通称を持っている人物で老人の姿は仮の姿で本当の姿は、私よりも少しだけ年が上でさわやかな二枚目らしい。というのも、本当の姿を直属の教え子である私にさえ見せることはただの一度として無かった。
 彼は、現在も最前線で活躍をしながら組織の内部調査など最重要の情報を扱っている。本当の姿を誰にも見せようとしない理由も組織の内部調査をしやすくするために何人もの人間に成り済ました方が味方も敵も騙しやすくより多くの情報を収集しやすいと語っていた。
 私自身も現在は、一人で仕事をこなしている。元来、人から気付かれにくくその場に溶け込むことが上手かった私は、そこを強みとして潜入を始めとする隠密活動をこなしている。そして、私の師匠である”シルバー・ウルフ”と同じく組織の内部調査の仕事も行うことになった。師匠と違い変装が得意ではない私は、研究開発部に依頼し、着けることで人の盲点となることができるバッチ型の機械を開発してもらい、学生時代には嫌だったいわば、透明人間と同じ状態で任務を遂行している。オフィスで同僚達が私に気がつかなかったのもそのせいだ。
 
唯一の友人であった、高田は今や世界的に大人気なアニメの原作者となった。やはり高田は、見かけ倒しではなく本当の天才だったのだと思うとその天才とわずかなだが同じ時間を過ごせたことは私の、人生の中でも貴重な体験の一つだ。組織に所属をしてからも高田に会いに行ったことがある。その時もまだ高田は、足スタンも付けずに一人で仕事をしていると言っていた。さすがに漫画に関しては素人である私でも、「それはキツくないか?」と言ったが。
「アシスタントを雇った方が、もちろん仕事が捗るのは当然だが俺は、漫画を書きながら人生の意味を探したい、一度は多くの人間と仕事をすることも試してみたが人混みの中で集団の一部となっても誰も俺の生きる意味を教えてはくれない。」
 相変わらず、変わった考え方を持っている奴だが自分の生きる意味を探しているという点では、私も少し共感をすることが出来るところがあった。組織に入ったのも自分の居場所を探していたからかもしれない。

 初めての恋の相手であるあの子にも驚くことに組織に所属が決まり、最初の任務で再開をした。なんでも彼女の家系は、昔から組織へ所属をしている家らしく彼女も組織に所属したとのことだった。彼女はとても優秀で、最年少で役職に就くなど数々の記録を現在も更新している。そして現在、彼女は私の上司である。私の上司である彼女の名前を知ったのは、ごく最近のことである。彼女の名前は”望月希”である。真ん中の月を挟んで”希望”となる。あの日、出会ったのはただの偶然だったにしてもあの日から、間違いなく私の人生は大きく変わった。

 私は今、新しい後継者を探している。候補は何人かいるがその中から、素質を持った者を見つけ出すのは骨が折れる。しかし、透明人間と呼ばれていた私の人生を大きく変えた出会いのように私との出会いで誰かの人生に関わる事が出来ると思うと、とても慎重に事を運ばなければならない。
 そして私は、師匠がしてくれたように誰かにとっての居場所を作りながら昔の私のように狭い世界しか知らずに生きている者を導き、新しい世界教え、視ることの出来る世界を広げる手伝いをすることが出来るようにこれからも透明人間として誰の目にもつかずに、しかしながらしっかりとそこに存在して人生と生きる意味について考えながら真っ直ぐに淡々と過ぎ行く時の流れの中で静かに、そして平凡に生きていきたい。 
              
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