真夏の木の下で

住倉霜秋

文字の大きさ
1 / 1

真夏の死の下で

しおりを挟む
俺と大畑が合うのはちょうど一年ぶりになる。

今日も八月らしく暑い日だ。太陽は高く上り、遠くの空には大きな入道雲ができている。蝉は狂ったように鳴き、あまりにも単調な騒音で気が狂いそうだ。



そんな中、僕は田んぼ道に一本だけ立っている木の下で、大畑のことをずっと待っている。約束の時間はとっくに過ぎているのに、大畑は一向に現れない。相変わらずの遅刻魔で、高校性の頃から全く変わっていない。呆れたやつだ。



こんな田舎の町を待ち合わせ場所にした俺も悪いが、それでも遅すぎると思う。今日は一日中待っている。いい加減干からびてしまいそうだ。

連絡をしようにも、電子機器の類は僕を使えないし、そもそも持っていない。



何もない田舎の田んぼ道で、木陰に座り単調な田舎の町を眺める。

こうしている間に、トラクターが三回も俺の前を横切った。



「お、やっと来たか。」



遠くの道から一台の軽自動車がこちらに向かって来た。田舎の町には不調和な明るい色の車で、あの色の車に乗るのはこの町で、大畑以外にいない。

その車は僕のいる木の近くに止まると、中からポロシャツ姿の大畑が出てきた。



「久しぶりだな!遅くなってごめんな。」

「相変わらず遅いなお前は。」

「昨日、仕事を詰めすぎてな。でもまあ、来たんだから許してくれよ。」

「もう来ないかとおもったよ。」



こいつはいつもそうだ。どれだけ遅れても、腑抜けたにやけ顔で平謝りをすだけなのだ。だけど、ある種この顔に安心感があるのはなぜだろう。



「これ買ってきたぞ。お前昔からお茶はこれだよな。」

「おおジャスミンティー!ありがとな。そこに置いといてくれ。」



ジャスミンティー。これは俺たちの青春を語る上で欠かせないものだ。初めて飲んだ時は、学校の自販機に見たことのない味のお茶があり罰ゲームとして俺が飲むことになったのだが、俺が味を気に入ってしまったのだ。



それからはテストの点数や何かの勝負で俺が買ったときに、大畑に奢らせていた。それにしても、ジャスミンティーを持ってきてくれるとは、なかなか粋なことをする。



プシュッという音がして隣を見ると、「俺はこれな。」と言って、大畑が缶コーラを開けた。俺がジャスミンティーを好きなように、大畑はコーラが好きで、俺が勝負に負けたときはよくコーラを奢らされていた。



「あとはこれだよな。」といって、ジャスミンティーの隣に和菓子と漫画雑誌を置いてくれた。



「なあ光。高校の頃に言った夢のこと覚えているか。」



大畑が空を見上げて言う。



「確か。絵で飯を食っていきたいって言っていたやつか。」



「俺さ。今は絵画の修復の仕事やってんだ。」



「すごいじゃないか。夢を叶えたんだな。」



「でも、これが辛くて仕方ないんだ。正直、食うだけでもギリギリだし、まだそんなに仕事が取れるほど、技術があるわけじゃないから仕事も増えないし、このままでいいのかなって思ってる。」



大畑はコーラを一口ゴクリと飲み、ため息をついた。



「光。お前が言われたことを俺は守れそうにないよ。」



「大丈夫。大畑は頑張ってるよ。」



僕らの頭上で鳴く蝉が僕らの間に流れる異質な空気を察知したかのように、飛び立った。ジリジリと地面を焼く太陽は眩しく、遠くにできている入道雲はこれからどこかに大雨を降らせることを予感させる。



「あぁ、なんか懐かしいな。」大畑の言葉には少しだけ湿り気を含んでいる。



「高校の頃はさ、ほんとずっと一緒にいたよな。俺さ、引っ込み思案だからさ入学したときは、友達なんていなくて、学校が楽しくなかったんだ。でもよ、光がさ俺が休み時間に読んでた漫画のことで、話しかけてくれて嬉しかったんだ。それから、いろんなことを教えてくれたな。たぶんさお前と会ってなかったら、今の俺はいないと思うんだよ。」



自分の目頭が熱くなっていくのがわかる。

懐かしくもう戻らない青い日々。俺の時間はあの頃から止まったままだ。

きっと、大畑はどんどん先に行ってしまうのだろう。そして、俺はこのままずっと先には進めない。

僕はそのことがすごく悲しい。



「だめだな。こうして一人で話していると会いたくなってきた。」



「まただな。」と言って、大畑は線香に火を付けた。

その火を線香の端に当てて煙が出てくる。それを僕の雑誌の隣の石に寝かせた。

手を合わせて数秒の間目を閉じて、自分の頬をピシャリと叩いた。



「じゃあ。俺は行くよ。また来年来るから待ってくれよ。」



「幸せな家庭も築くんだぞ。」



「なんか今、光の声が聞こえた気がするわ。」



大畑は少し深呼吸をして、真夏の空に向けて笑った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...