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第1章〜逃走編〜

第8話

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 秀頼には、側室との間に8歳になる後継者、国松と7歳の娘がいた。家康・秀忠は秀頼に子供がいた事を知らなかったようで落城後、数日経ってから慌てて捜索の命令を出している。

 5月12日、京極忠高により娘が発見されたが、千姫の嘆願が叶い仏門に入ることで命を救われた。

 5月21日、伏見で側近の大野治胤おおのはるたねとともに潜伏していた国松が捕らえられ京中引き回しの上、六条河原で斬首された。これで豊臣の血は途絶えることになる。

 その他、主だった武将では長曾我部盛親が斬首、増田長盛が自害、古田織部が切腹など戦後処理は粛粛と進められていた。

 さて、伏見城では……。

 徳川2代将軍、秀忠の側近である安藤重信と伊賀の頭領、藤林長門守が密談を交わしていた。
「おおせの通り、何とか間に合ったようで」
「福島正則は即答したか」
「はい、真田の倅らを一旦匿い、頃合いを見計らって『生け捕り』とのお指図、承ったと」
「ふふふ、倅は少し泳がせておこう。もし信繁幸村が生きておれば、いつか合流しようとするはず。その時が信繁の最後だ」
「倅で誘うとは、流石ですな。ただ、福島殿はまこと信用できますか?」
「できんから無理難題言うておる。上様はな、福島正則を減転封しようと躍起になっておるんでな」
「では、どっちに転んでも……」
「まぁ、そうだが。長門守よ、引き続き、伊賀の者に監視させ逐一報告しろ。服部半蔵の件も含めてな」
「ははっ」

***

 寂れた港に小舟を着けると、粗末な武具で武装した雑兵数名とともに羽織袴の役人らしき男が遠巻きに待ち構えていた。
「敵……ですよね? 伊賀の者は厄介だが、コイツらは大したことなさそうですな」
「六郎、敵のようには見えないぞ」

 俺たちは陸へ上がり戦闘態勢を整える。そこへ役人らしき男がお辞儀をしながら近寄ってきた。大汗をかいている。
「真田さま……でしょうか?」
「……そうだが、アンタは誰だ?」
「ああ、良かった。間に合いました……。某、芸州藩・山林郷代官の梶山治兵衛と申します。主君の命でお迎えにあがりました」
「お迎えだと?」
「はい、真田さま一行を匿うようにとのことで」

 にわかに信じがたい。六郎は眉をひそめた。

「若、恐らく伊賀の者らは距離を置いて監視してますぞ」
「だが、コヤツらには戦闘する気配がない」
「……如何致しましょう」

 俺はあえて大声で言い放つ。

「芸州と言えば、福島正則さまのご領地。我らを匿うとはまことか?」
「は、はい、今朝早馬にて江戸より報せがございまして、慌てて準備した次第でございますっ」

 福島正則は「大阪夏の陣」の際、江戸にて待機を申しつけられていた。江戸からの早馬はどうやら本当のようだ。

 それにしてもだ……。我らは伊賀の者の誘導でこの地に降り立った。と言うことは伊賀の者、ひいては徳川方と芸州は申し合わせたのではないか? と言う疑念が残る。

「ささっ、ご案内致します。山越えになりますが屋敷を用意しています」
「う、うむ……あいわかった。宜しく頼む」
「若……!?」
「六郎、ここは従ってみよう。なに、いざとなれば、倒して逃げるのみだ」
「ま、確かにコヤツらなら……。ただ油断は禁物ですぞ。伊賀の者が居りますゆえ!」
「そうだな、六郎。気をつけるよ」

 不安がる六郎を尻目に山越えの道を進んだ。

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