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第2章〜芸州編(其の壱)

第13話

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 忠次郎の案内で六郎とお久を連れて二郷川へ入った。川幅20尺(約6メートル)程の川である。
「わー、久しぶりだあ!」
「ほんとだねー、お兄ちゃん!」
 兄妹は「キャッキャッ」言いながら水を掛け合い、はしゃいでいた。
「ふーむ、食えそうな魚が結構いるな」
「あー、いるいる!」
「オイカワですな。若」
「大助さま、追い込んで桶ですくいましょう」
「いや、短刀で突き刺す」
「ええ!?」

 俺は川底に足を踏み入れ、魚が動くであろう方向に沿って素早く短刀で突き刺し、次々と川べりへ放り投げた。
「うわぁ! 神業だ!」
 忠次郎とお久は興奮しながらオイカワを拾っては桶に入れる。あっという間に10匹以上収穫した。

※オイカワ(コイ科ハス属)
河川中流域から下流域にかけて生息する体長15cmほど淡水魚。初夏は脂が乗って美味しい。

「忠次郎、今晩は塩焼きにして食べよう」
「はい、皆喜びます!」
「凄いです。大助さま!」
いつの間にか、お久も「大助」と呼んでいた。
「あと、野草はないかな」
 さっきから山菜の匂いがする。川べりを見渡すとある植物が目に入った。
「あ、シロザだ」

※シロザ(ナデシコ目アカザ科)
1年草。若葉や種子が食用となり、ほうれん草に似た味がする。

「ほう、これは食えるな」
「え? 何ですか?」
 俺はシロザの柔らかい部分を切って、川で洗い食してみる。
「うん、上手いぞ。お前らも食ってみろ」
 忠次郎とお久も川で洗って口にする。
「あ、上手い。なぁ、お久」
「うん、美味しいよう」
「よし、お久。摘むぞ」
「あい! 大助さま」

 シロザは大きく成長していたが、まだ柔らかい先端部分は十分な食材だ。お久に茎の柔らかさを教えて摘ませた。摘みながらお久は、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。俺たちは食材を沢山収穫して国宗家へ戻った。

***

「な、何と言うた?」
「いや、だから、大助さまが富盛の道場で辰二郎、辰三郎に勝って、お雪さんから二郷川の縄張りを返して貰ったんだよ!」
「し、信じられん……!!」

 国宗忠兵衛と女衆は、収獲したオイカワとシロザを見ながら、興奮した忠次郎の話を繰り返し聞いていた。いつも険しい忠兵衛の表情が、驚きから徐々に喜びの表情へと変わっていくのが見えた。

 忠兵衛は改まって、俺に向き直す。
「真田さま、御見逸おみそれ致しましてございます!」
「いえいえ、忠兵衛殿。今後、富盛は俺が抑えるから、安心してくだされ」
「おお、有り難いっ! 何と言っても相手は元武家。しかも我ら男の半数は出稼ぎで不在、代官もあてにならん。対抗しようにも手に負えなかった次第でございます。いや凄いですぞ、真田さま!」
「だが当面の間、二郷川へ行く時は同行する。お雪の約束が即徹底されるとは思えないからね。だから富盛の道場へ時々行って釘を刺しておきたい。そうすると家主と会う機会も御座ろう。まあ俺に任せてくだされ」
「ははっ、頼りになりまする。真田さまは国宗家の大切な客人じゃ。皆の者、しかと心得よ!」
「はい!!」
「ささ、囲炉裏へどうぞ」
 奥方に促され、今晩は国宗家と食事することになった。

 丁度オイカワが焼けた頃、仔細を聞いた忠左衛門が付近の親族を連れて帰って来た。
「真田さまは国宗の守り神でございます」
「それは大げさだな。だが、俺はこの山村をもっと知りたい。明日は山菜を採りに行きたいよ」
「かしこまりました。忠次郎、ご案内しなさい」
「はい、沢のある西側の山から行きましょう」
「お久も行く!」
「これ、お久は家の用事があるじゃろ」
 給仕をしてる奥方が娘をたしなめると、お久がふくれた。
「お久、また今度、二郷川へ行こうな」
「あい、大助さま!」
「もう、この娘ったら、いつの間にか真田さまに懐いて」
「はははは……」
 一同が笑うと、お久は照れて土間へ隠れるように逃げていった。

 俺たち、どうやら国宗家の「厄介者」だったのが、富盛を牽制する「守衛」として認められたようだ。



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