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第6部 西校舎攻略編
第122話 求賢!揺れる学園!
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中央校舎・ソウソウ陣営~
生徒会一同が居並ぶ講堂、その視線が集まる壇上に、赤みがかった長い黒髪、それと同じ色の眼に白い肌、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの女生徒、生徒会長・ソウソウが姿を現した。
そして、そのソウソウの口から、今後の方針に関わる重要な宣言が今まさに行われようとしていた。
「これよりこの私、生徒会長・ソウソウが、学園の今後に関わる宣言を行う。
諸君、耳を傾けよく聴け!
古来より人の上に立つ君主の傍らには、必ずそれを佐ける賢人がいた。
その賢人を得るために、自らが骨を折らずに、偶然出会うことがあるだろうか。
世に賢人がいないのではない。賢人を得る労を惜しむ君主がいるだけだ。
この学園は未だ平穏を得ず、今こそ賢人を必要とする時である。
世に清廉潔白の者がいても、必ずしもそれが賢人を兼ねているとは限らない。
かつて、この学園にはボロをまとい、畔で釣りをする賢者がいた。女性・金銭の問題を抱えた賢者がいた。
今、私が必要とするのはこういう人材である!
諸君、今こそ私を佐け、世に隠れた賢人を勧めて欲しい。
才の有無のみが、唯一の判断基準である!
ただ、才のみこれを挙げよ!
私はその才人たちを用いるであろう!」
それは新たなる時代の幕開けを告げる宣言であった。
求賢令―――後にそう呼ばれるこの宣言は、ソウソウ陣営のみならず、他陣営、教師陣を巻き込み、学園中に衝撃を与えた。
仮にも学園を代表する生徒会長が、建前もなく、体裁も整えず、才さえあれば、その品行方正を問わないと宣言した。
そして、この宣言は、今まで仲間内であいまいな基準のまま行われていた人材推挙に、明確な基準を示し、全ての生徒にその権利を与えたということを意味していた。
鳴り止まぬ拍手の中、壇上を降りたソウソウの元に、ショートカットの黒髪に、鼻に小さな丸眼鏡をひっかけた小柄な少女、副会長・ジュンイクがやってきた。
「ソウソウ会長、お疲れ様でした。
しかし、やはりあの宣言はやり過ぎだったのではないでしょうか?」
労いながらもどこか不満気な様子のジュンイクに、ソウソウは何食わぬ顔で聞き返した。
「何故だ?
人材を求めるのに賢才を基準とせよ、というのがそこまで異常なものではないだろう」
「私たちは仮にも生徒会です。
全校生徒の規範たる我ら生徒会の求める人材が、不道徳な者でも構わないというのは、良いこととは言えません。
反ソウソウ派の非難に晒されるかもしれませんよ」
ジュンイクの心配を、ソウソウは一笑に付す。
「言いたい奴には言わせておけ。
既に我らは赤壁の敗戦で、大きく支持を損なってしまった。
その建て直しのためにも、リュービやソンケンよりも有能な人材を必要としているのだ」
「しかし、今回の宣言は教師陣や先輩方からも渋い顔をされておりますよ」
「ジュンイク、かつて赤壁の敗戦を重く受け止めよと言ったのは君だろう。
それに君は過去に私にカクカを推薦してくれた。
彼女は決して道徳的な人物ではなかったが、その才は充分であった。
我が陣営で真っ先に才を基準に人材を挙げてくれたのは、ジュンイク、他ならぬ君であった」
カクカはかつてソウソウの参謀を務め、数多いるソウソウ参謀の中でもその智謀は抜きん出ている女生徒であった。しかし、その一方で、大変な女性好きで、度々、その交際を巡ってトラブルを起こしていた。
そんな彼女をソウソウに推薦したのも、また、ここにいるジュンイクであった。
「あの時、私たちは生徒会役員ではありませんでした。
今は立場が違います」
「では、今ならカクカは推薦しなかったのか」
「それは…」
言葉に詰まるジュンイクに、ソウソウは笑って話を続ける。
「ふふ…才はそれを用いる者次第でどちらにも転ぶ。
私なら例えその才が鶏の鳴き真似でも、犬のような盗みでも有効に活用してみせよう」
自身に満ちた表情のソウソウに対し、ジュンイクは今度は別の案件をぶつける。
「しかし、今回はこれとは別に、ソウソウ会長の弟君であるソウヒ・ソウショウ・ソウショクの三名も生徒会役員に迎えるというではありませんか。
一方で才を重んじるといい、もう一方で血縁を用いるというのは矛盾しております」
「弟たちを推挙したのは私ではない。
あくまで皆の意見を受けての人事だ」
ソウソウの弟たちを生徒会に正式に迎えるという話は出ていた。縁故採用ともいえるこの人事だが、ソウソウは意に介さないといった様子であった。
「用いるなとは言いません。
しかし、殊更に血縁者を優遇するのは如何なる聖人君子でも評判を落とす行為です。
慎重にすべきです」
「…わかった。
その件はよくよく検討しよう。
だが、この度の宣言は変えはせんぞ」
ニヤリと笑うソウソウに、ジュンイクはなにも言えず、ただ彼女が去っていくのを見ていることしかできなかった。
「私の言葉にはもう、ソウソウ会長をお止めするほどの力はないのでしょうか…」
「おや、ジュンイクさん。
浮かない顔をされて、どうかされましたかな」
一人、佇むジュンイクに声をかえたのは、白い厚手の外套を羽織った長身の女生徒・サイエンであった。
「これはサイエンさん。
大したことではありませんよ」
長身のサイエンはジュンイクの隣に立つと、小柄な彼女を見下ろすようにして語りかけた。
「その様子から察するに、大方、先程のソウソウ会長の宣言のことですかな?」
「隠すのは余計でしたね。
そうです、あの宣言以降の我らの陣営について考えておりました。
私の力及ばず、ソウソウ会長をお止めすることができなかった…」
サイエン、彼女はかつてソウソウ最大の敵・エンショウの配下であった。
ソウソウはエンショウを破った後、その強大な勢力を吸収しようとしたが、その人員はあまりに多大で、ソウソウ陣営の割合を一変させかねない数であった。
そこで、カントの戦いに消極的であったサイエンに白羽の矢を立てた。
彼女をエンショウ旧臣の代表格としてその人員をまとめさせ、協調路線を取った。
今ではサイエンは、生徒会長役員の一員として迎えられ、ジュンイクらと協力して仕事を行っていた。
「そこまで気に病むことではないでしょう。
あの宣言が出たからといって、何も生徒たちも鶏の鳴き真似の才や犬のような盗みの才を推薦してくるわけではないでしょう。
何より、我らがそれを止めれば良い話です」
今のサイエンはソウソウ古参のモウカイと共にこの陣営の人材採用を担当していた。そして、ジュンイクもソウソウに次ぐ副会長の地位にいる。彼女たちは人材採用において大きな権限を有しており、ある程度ならコントロールすることが出来た。
「それはそうかもしれませんが…」
「それに、先日私もワコウという生徒から注意されましてな。
私やモウカイさんの人材選抜は清廉を重要視しすぎている。その結果、生徒の中には無理に清貧を装って、わざとボロの制服を着て、粗末な文具を使う者が出てきている、と…」
「ワコウ…というと、南校舎から来た新しい生徒会メンバーですね」
ソウソウが南校舎を征伐し、その盟主・リュウヒョウの弟・リュウソウは降伏した。その時に多くの南校舎の生徒がソウソウ陣営に加わったが、件のワコウもその一人であった。
「ええ、リュウソウ降伏以降に加わった生徒です。
確かに、ワコウの言うような生徒がいるのは知っておりました。
しかし、最初は偽りの清貧でも、いずれ真の清廉に至るかと思い見逃しておりました。
ですが、ワコウの言うことも尤もです。
ソウソウ会長の宣言は、ワコウら新たな意見に適ったものなのかもしれません」
サイエンはワコウの意見に新たな時代を感じている素振りであった。
「南校舎の生徒ですか…」
「思えば南校舎から来た生徒は学識豊かで、どこか自由な気風がありますな。
それこそソウソウ会長の求めているものなのかもしれません」
だが、サイエンの見る新たな時代に、ジュンイクは懐疑的であった。
「いえ、自由なのではありません。
ただ、あの者たちに強いまとめ役がいないからそう映るだけではないですか?」
ジュンイクはサイエンの意見をバッサリと切り捨てた。
だが、彼女の指摘するように、南校舎の生徒には、エンショウ旧臣におけるこのサイエンのような、まとめ役が不在であった。
まとめられていないがために、自由に映るのではないかと、ジュンイクは指摘した。
「…そうかもしれませんな。
本来なら君主のリュウヒョウがまとめるべきでしょうが、彼女は未だ入院中、後を継いだリュウソウは北校舎の職務に派遣されました。
順当にいくなら副官であったサイボウ・カイエツ辺りが務めるのでしょうが、あの二人は生徒会の肩書こそ持つが、早々に受験を理由に引退してしまった」
サイボウ・カイエツは案外、賢い選択をしたのかもしれないなと、サイエンは内心思ってフッと笑った。
「確かにジュンイクさんの言われる通り、今、南校舎の生徒をまとめるほどの人物はおりませんな。
強いて上げるなら、ソウソウ会長の信任厚いカンカイでしょうか」
カンカイは智謀と豪胆さを併せ持ち、既にソウソウから一目置かれている生徒であった。南校舎侵攻時に仲間に加わった彼だが、その出自はリュウヒョウの配下というわけではなかった。
「しかし、カンカイさんは元リュウヒョウの配下ではありません。
思うにソウソウ会長はバランスを取ろうとしているのではないでしょうか?」
「ほぉ、バランスですか」
ジュンイクの意見にサイエンも興味津々で聞き返す。
「はい、もちろん、リュウヒョウの元配下も活用しておりますが、非リュウヒョウ系のカンカイやジョショを重用したり、リュウヒョウ配下でも末席にいたオウサン、ハイセン、ワコウらを用いたり…
南校舎の生徒の中で、元リュウヒョウの幹部だけが突出しないよう、ソウソウ会長はバランスを取ろうとしているのではないですか」
「なるほど、それは大いにあり得ることですな」
ジュンイクの指摘に、サイエンは大きく頷く
かつてエンショウ配下は、まだ勢力の小さかったソウソウには、手に余るほどの数がおり、内に代表者を作って統率した。
しかし、それは派閥化するということでもあった。
先日、南校舎を降し、そこの生徒の多くを得たが、既に強大となったソウソウにとって、手に余るほどではなかった。
派閥化する危険を犯してまで、代表者を作る必要は無くなっていた。
ジュンイクはそれを踏まえ、見解を続けた。
「思えば今回の宣言も、派閥を無くそうとするソウソウ会長の狙いもあるのではないでしょうか。
これまでの採用は特定の人物からの推挙が多く、それで雇った人材は推挙者の派閥に組み込まれ易く、結果、大きな派閥を生み出すこととなりました。
今回のソウソウ会長の宣言は、人材推挙の基準を明確にし、より多くの生徒が推挙しやすくなりました。
つまり、これは推挙者を広く浅くすることで、派閥化を防ごうというお考えなのかもしれません」
そのジュンイクの見解に、サイエンは驚きを隠せない様子で答えた。
「そ、それは考えすぎではないですかな?
それでもやはり、既に出来上がった派閥が推挙に有利なことに変わりはありませんから」
「だからこそ、ソウソウ会長の次の狙いは既存の派閥の解体…ということもあり得るのではないですか」
そう語るジュンイクの冷たい目に、サイエンは心胆が寒くなるのを覚えた。
「そ、それは…全くないとは申せませんが…容易なことではないですよ。
何しろ、最大の派閥は…」
サイエンは言い淀みながらも、自身の目の前に立つ小柄な少女をじっと見つめた。
「ええ、今のソウソウ陣営、最大の派閥の長は他ならぬ私です。
そして二番目の派閥は旧エンショウ勢力を引き継ぐサイエン、あなたです」
対してジュンイクは、一切言い淀むこともなく、目の前の長身の女生徒を見上げた。
ジュンイク、彼女はソウソウの挙兵時から今この時まで、常に人材を推挙し続けてきた。陣営の人事や評価にも大きく関わり、今、生徒会役員にいる者でジュンイクと全くの無縁という者はおそらくいないであろう。
ジュンイク自身がそれを派閥化しようとしたことはないが、彼女の恩義を受け、慕う者は数知れない。
「しかし、私ならまだしも、ジュンイクさんは敵視される謂れがないでしょう。
あなたは何も私利私欲で人材を推薦してきたわけではない。
ソウソウ会長を支えんと人材を推挙し、結果、派閥のようになったというだけに過ぎない。
それを敵視するのは如何にソウソウ会長と雖も見当違いというものでしょう」
「私もソウソウ会長とは二人三脚のつもりでこれまで共にやってきました。
しかし、今もソウソウ会長にその意志はあるのか…
何れにせよ、私もあなたも気をつけておくに越したことはないでしょう」
そう言うとジュンイクは、サイエンの方に振り返ることもなく、そのまま立ち去っていった。
西北校舎~
中央から西に遠く離れた北西の地。
薄暗い廊下を抜け、重い扉を開け、その先にある寒々とした教室へと、その教室の主が今、帰還した。
「ふぅーやれやれ。
今帰ったぞ!」
帰ってきたこの教室の主を、部下の隻眼の男が出迎える。
「帰られましたか、ボス。
客人が…厄介な客人が来られておりますぞ」
「厄介な客?…誰かな?
いや…、あいつしかおらんか」
教室の主・カンスイは名を聞かずとも客人が察せたようで、そのまますぐに呼びつけた。
その呼びつけに応じ、透き通る金髪の髪を靡かせて、蒼い瞳、白い肌の美しい女生徒が、カンスイの前に現れたの。
「ほほぉ、やはり客人とはお主のことであったか。
“バチョウ”!」
生徒会一同が居並ぶ講堂、その視線が集まる壇上に、赤みがかった長い黒髪、それと同じ色の眼に白い肌、胸元を大きく開いた服に、ヘソ出し、ミニスカートの女生徒、生徒会長・ソウソウが姿を現した。
そして、そのソウソウの口から、今後の方針に関わる重要な宣言が今まさに行われようとしていた。
「これよりこの私、生徒会長・ソウソウが、学園の今後に関わる宣言を行う。
諸君、耳を傾けよく聴け!
古来より人の上に立つ君主の傍らには、必ずそれを佐ける賢人がいた。
その賢人を得るために、自らが骨を折らずに、偶然出会うことがあるだろうか。
世に賢人がいないのではない。賢人を得る労を惜しむ君主がいるだけだ。
この学園は未だ平穏を得ず、今こそ賢人を必要とする時である。
世に清廉潔白の者がいても、必ずしもそれが賢人を兼ねているとは限らない。
かつて、この学園にはボロをまとい、畔で釣りをする賢者がいた。女性・金銭の問題を抱えた賢者がいた。
今、私が必要とするのはこういう人材である!
諸君、今こそ私を佐け、世に隠れた賢人を勧めて欲しい。
才の有無のみが、唯一の判断基準である!
ただ、才のみこれを挙げよ!
私はその才人たちを用いるであろう!」
それは新たなる時代の幕開けを告げる宣言であった。
求賢令―――後にそう呼ばれるこの宣言は、ソウソウ陣営のみならず、他陣営、教師陣を巻き込み、学園中に衝撃を与えた。
仮にも学園を代表する生徒会長が、建前もなく、体裁も整えず、才さえあれば、その品行方正を問わないと宣言した。
そして、この宣言は、今まで仲間内であいまいな基準のまま行われていた人材推挙に、明確な基準を示し、全ての生徒にその権利を与えたということを意味していた。
鳴り止まぬ拍手の中、壇上を降りたソウソウの元に、ショートカットの黒髪に、鼻に小さな丸眼鏡をひっかけた小柄な少女、副会長・ジュンイクがやってきた。
「ソウソウ会長、お疲れ様でした。
しかし、やはりあの宣言はやり過ぎだったのではないでしょうか?」
労いながらもどこか不満気な様子のジュンイクに、ソウソウは何食わぬ顔で聞き返した。
「何故だ?
人材を求めるのに賢才を基準とせよ、というのがそこまで異常なものではないだろう」
「私たちは仮にも生徒会です。
全校生徒の規範たる我ら生徒会の求める人材が、不道徳な者でも構わないというのは、良いこととは言えません。
反ソウソウ派の非難に晒されるかもしれませんよ」
ジュンイクの心配を、ソウソウは一笑に付す。
「言いたい奴には言わせておけ。
既に我らは赤壁の敗戦で、大きく支持を損なってしまった。
その建て直しのためにも、リュービやソンケンよりも有能な人材を必要としているのだ」
「しかし、今回の宣言は教師陣や先輩方からも渋い顔をされておりますよ」
「ジュンイク、かつて赤壁の敗戦を重く受け止めよと言ったのは君だろう。
それに君は過去に私にカクカを推薦してくれた。
彼女は決して道徳的な人物ではなかったが、その才は充分であった。
我が陣営で真っ先に才を基準に人材を挙げてくれたのは、ジュンイク、他ならぬ君であった」
カクカはかつてソウソウの参謀を務め、数多いるソウソウ参謀の中でもその智謀は抜きん出ている女生徒であった。しかし、その一方で、大変な女性好きで、度々、その交際を巡ってトラブルを起こしていた。
そんな彼女をソウソウに推薦したのも、また、ここにいるジュンイクであった。
「あの時、私たちは生徒会役員ではありませんでした。
今は立場が違います」
「では、今ならカクカは推薦しなかったのか」
「それは…」
言葉に詰まるジュンイクに、ソウソウは笑って話を続ける。
「ふふ…才はそれを用いる者次第でどちらにも転ぶ。
私なら例えその才が鶏の鳴き真似でも、犬のような盗みでも有効に活用してみせよう」
自身に満ちた表情のソウソウに対し、ジュンイクは今度は別の案件をぶつける。
「しかし、今回はこれとは別に、ソウソウ会長の弟君であるソウヒ・ソウショウ・ソウショクの三名も生徒会役員に迎えるというではありませんか。
一方で才を重んじるといい、もう一方で血縁を用いるというのは矛盾しております」
「弟たちを推挙したのは私ではない。
あくまで皆の意見を受けての人事だ」
ソウソウの弟たちを生徒会に正式に迎えるという話は出ていた。縁故採用ともいえるこの人事だが、ソウソウは意に介さないといった様子であった。
「用いるなとは言いません。
しかし、殊更に血縁者を優遇するのは如何なる聖人君子でも評判を落とす行為です。
慎重にすべきです」
「…わかった。
その件はよくよく検討しよう。
だが、この度の宣言は変えはせんぞ」
ニヤリと笑うソウソウに、ジュンイクはなにも言えず、ただ彼女が去っていくのを見ていることしかできなかった。
「私の言葉にはもう、ソウソウ会長をお止めするほどの力はないのでしょうか…」
「おや、ジュンイクさん。
浮かない顔をされて、どうかされましたかな」
一人、佇むジュンイクに声をかえたのは、白い厚手の外套を羽織った長身の女生徒・サイエンであった。
「これはサイエンさん。
大したことではありませんよ」
長身のサイエンはジュンイクの隣に立つと、小柄な彼女を見下ろすようにして語りかけた。
「その様子から察するに、大方、先程のソウソウ会長の宣言のことですかな?」
「隠すのは余計でしたね。
そうです、あの宣言以降の我らの陣営について考えておりました。
私の力及ばず、ソウソウ会長をお止めすることができなかった…」
サイエン、彼女はかつてソウソウ最大の敵・エンショウの配下であった。
ソウソウはエンショウを破った後、その強大な勢力を吸収しようとしたが、その人員はあまりに多大で、ソウソウ陣営の割合を一変させかねない数であった。
そこで、カントの戦いに消極的であったサイエンに白羽の矢を立てた。
彼女をエンショウ旧臣の代表格としてその人員をまとめさせ、協調路線を取った。
今ではサイエンは、生徒会長役員の一員として迎えられ、ジュンイクらと協力して仕事を行っていた。
「そこまで気に病むことではないでしょう。
あの宣言が出たからといって、何も生徒たちも鶏の鳴き真似の才や犬のような盗みの才を推薦してくるわけではないでしょう。
何より、我らがそれを止めれば良い話です」
今のサイエンはソウソウ古参のモウカイと共にこの陣営の人材採用を担当していた。そして、ジュンイクもソウソウに次ぐ副会長の地位にいる。彼女たちは人材採用において大きな権限を有しており、ある程度ならコントロールすることが出来た。
「それはそうかもしれませんが…」
「それに、先日私もワコウという生徒から注意されましてな。
私やモウカイさんの人材選抜は清廉を重要視しすぎている。その結果、生徒の中には無理に清貧を装って、わざとボロの制服を着て、粗末な文具を使う者が出てきている、と…」
「ワコウ…というと、南校舎から来た新しい生徒会メンバーですね」
ソウソウが南校舎を征伐し、その盟主・リュウヒョウの弟・リュウソウは降伏した。その時に多くの南校舎の生徒がソウソウ陣営に加わったが、件のワコウもその一人であった。
「ええ、リュウソウ降伏以降に加わった生徒です。
確かに、ワコウの言うような生徒がいるのは知っておりました。
しかし、最初は偽りの清貧でも、いずれ真の清廉に至るかと思い見逃しておりました。
ですが、ワコウの言うことも尤もです。
ソウソウ会長の宣言は、ワコウら新たな意見に適ったものなのかもしれません」
サイエンはワコウの意見に新たな時代を感じている素振りであった。
「南校舎の生徒ですか…」
「思えば南校舎から来た生徒は学識豊かで、どこか自由な気風がありますな。
それこそソウソウ会長の求めているものなのかもしれません」
だが、サイエンの見る新たな時代に、ジュンイクは懐疑的であった。
「いえ、自由なのではありません。
ただ、あの者たちに強いまとめ役がいないからそう映るだけではないですか?」
ジュンイクはサイエンの意見をバッサリと切り捨てた。
だが、彼女の指摘するように、南校舎の生徒には、エンショウ旧臣におけるこのサイエンのような、まとめ役が不在であった。
まとめられていないがために、自由に映るのではないかと、ジュンイクは指摘した。
「…そうかもしれませんな。
本来なら君主のリュウヒョウがまとめるべきでしょうが、彼女は未だ入院中、後を継いだリュウソウは北校舎の職務に派遣されました。
順当にいくなら副官であったサイボウ・カイエツ辺りが務めるのでしょうが、あの二人は生徒会の肩書こそ持つが、早々に受験を理由に引退してしまった」
サイボウ・カイエツは案外、賢い選択をしたのかもしれないなと、サイエンは内心思ってフッと笑った。
「確かにジュンイクさんの言われる通り、今、南校舎の生徒をまとめるほどの人物はおりませんな。
強いて上げるなら、ソウソウ会長の信任厚いカンカイでしょうか」
カンカイは智謀と豪胆さを併せ持ち、既にソウソウから一目置かれている生徒であった。南校舎侵攻時に仲間に加わった彼だが、その出自はリュウヒョウの配下というわけではなかった。
「しかし、カンカイさんは元リュウヒョウの配下ではありません。
思うにソウソウ会長はバランスを取ろうとしているのではないでしょうか?」
「ほぉ、バランスですか」
ジュンイクの意見にサイエンも興味津々で聞き返す。
「はい、もちろん、リュウヒョウの元配下も活用しておりますが、非リュウヒョウ系のカンカイやジョショを重用したり、リュウヒョウ配下でも末席にいたオウサン、ハイセン、ワコウらを用いたり…
南校舎の生徒の中で、元リュウヒョウの幹部だけが突出しないよう、ソウソウ会長はバランスを取ろうとしているのではないですか」
「なるほど、それは大いにあり得ることですな」
ジュンイクの指摘に、サイエンは大きく頷く
かつてエンショウ配下は、まだ勢力の小さかったソウソウには、手に余るほどの数がおり、内に代表者を作って統率した。
しかし、それは派閥化するということでもあった。
先日、南校舎を降し、そこの生徒の多くを得たが、既に強大となったソウソウにとって、手に余るほどではなかった。
派閥化する危険を犯してまで、代表者を作る必要は無くなっていた。
ジュンイクはそれを踏まえ、見解を続けた。
「思えば今回の宣言も、派閥を無くそうとするソウソウ会長の狙いもあるのではないでしょうか。
これまでの採用は特定の人物からの推挙が多く、それで雇った人材は推挙者の派閥に組み込まれ易く、結果、大きな派閥を生み出すこととなりました。
今回のソウソウ会長の宣言は、人材推挙の基準を明確にし、より多くの生徒が推挙しやすくなりました。
つまり、これは推挙者を広く浅くすることで、派閥化を防ごうというお考えなのかもしれません」
そのジュンイクの見解に、サイエンは驚きを隠せない様子で答えた。
「そ、それは考えすぎではないですかな?
それでもやはり、既に出来上がった派閥が推挙に有利なことに変わりはありませんから」
「だからこそ、ソウソウ会長の次の狙いは既存の派閥の解体…ということもあり得るのではないですか」
そう語るジュンイクの冷たい目に、サイエンは心胆が寒くなるのを覚えた。
「そ、それは…全くないとは申せませんが…容易なことではないですよ。
何しろ、最大の派閥は…」
サイエンは言い淀みながらも、自身の目の前に立つ小柄な少女をじっと見つめた。
「ええ、今のソウソウ陣営、最大の派閥の長は他ならぬ私です。
そして二番目の派閥は旧エンショウ勢力を引き継ぐサイエン、あなたです」
対してジュンイクは、一切言い淀むこともなく、目の前の長身の女生徒を見上げた。
ジュンイク、彼女はソウソウの挙兵時から今この時まで、常に人材を推挙し続けてきた。陣営の人事や評価にも大きく関わり、今、生徒会役員にいる者でジュンイクと全くの無縁という者はおそらくいないであろう。
ジュンイク自身がそれを派閥化しようとしたことはないが、彼女の恩義を受け、慕う者は数知れない。
「しかし、私ならまだしも、ジュンイクさんは敵視される謂れがないでしょう。
あなたは何も私利私欲で人材を推薦してきたわけではない。
ソウソウ会長を支えんと人材を推挙し、結果、派閥のようになったというだけに過ぎない。
それを敵視するのは如何にソウソウ会長と雖も見当違いというものでしょう」
「私もソウソウ会長とは二人三脚のつもりでこれまで共にやってきました。
しかし、今もソウソウ会長にその意志はあるのか…
何れにせよ、私もあなたも気をつけておくに越したことはないでしょう」
そう言うとジュンイクは、サイエンの方に振り返ることもなく、そのまま立ち去っていった。
西北校舎~
中央から西に遠く離れた北西の地。
薄暗い廊下を抜け、重い扉を開け、その先にある寒々とした教室へと、その教室の主が今、帰還した。
「ふぅーやれやれ。
今帰ったぞ!」
帰ってきたこの教室の主を、部下の隻眼の男が出迎える。
「帰られましたか、ボス。
客人が…厄介な客人が来られておりますぞ」
「厄介な客?…誰かな?
いや…、あいつしかおらんか」
教室の主・カンスイは名を聞かずとも客人が察せたようで、そのまますぐに呼びつけた。
その呼びつけに応じ、透き通る金髪の髪を靡かせて、蒼い瞳、白い肌の美しい女生徒が、カンスイの前に現れたの。
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わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
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