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SCENE.1【抗憑依体質者、御手洗凛】
Capture.10『究極の二択』
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「小太郎さん……病じゃないってどういう事ですか?」
尋ねた後、私は思い出した。
「奈々さんと同じ……なんですか?」
あの時も、彼は死神が笑っていると言っていた。私の問いに、大きく頷いた彼は、顎でお母さんの枕元を示す。
奈々さんの一件がなければ、私はきっと、この言葉を信じていなかったと思う。でも、あの時、私は彼の話を聞かずに聞き流した。結果、奈々さんは……
「お母さんを……助けたいです……」
私は涙でいっぱいの瞳で、ぼやける小太郎さんに懇願した。
「小太郎さんっ! 私、なんでもしますっ! だから……」
私は、彼の前にひざまずいた。そして、頭を下げた。床に落ちる涙の粒。ほどなくして――
「分かった。力を貸そう」
彼の返事が私の耳に届いた。
「ただし――」
彼は説明した。助ける代わりに失う物を。それは、大切な物なんてレベルの物じゃなかった。
「……」
私は迷ってしまった。だって、彼に告げられた条件が究極だったから……
「……お母さんは助かるんですか?」
「ああ、助ける」
「……絶対ですか?」
彼を信じていない訳じゃない。だけど、もし助けられなかったなら、私の選択は無駄になる。
「絶対、とは言い切れねぇ。だけど、精一杯やるつもりだ」
私に突き付けられた究極の選択。それは、お母さんを見捨てるか、それとも――
「自分の命が大切だって思うのは当然だ。それは悪い事じゃねぇ」
お母さんのために私が消えるか。そう、彼の提示した条件は私の命。
「憑依する事で消えるのは、お前の魂だけだ。肉体と記憶は残る。俺がお前を演じれば、お前の母親はお前を失わずに済む。それに、この事実を知るのは俺とお前だけだ」
「……」
お父さんが死んで約三年。お母さんは何も変わらず、気丈に振舞って、私の大学生活をサポートしてくれた。仕事を増やして、仕送りしてくれた。体を気遣って、時々やって来ては部屋の掃除をしてくれた。私がもし、子供を産んだとしても、同じ事ができる気がしないくらい、お母さんは優しく、私を育ててくれた。
「だが、知らなければただの衰弱死だ。お前が気にする事じゃなかったはずだ」
俯く私の頭に手をポンと置き、彼は優しくそう告げた。それはそうかもしれない。知らなければ、私はこの選択にぶつかっていなかった。彼がいたから、真相を教えてくれたから、知ってしまった。
そして、知ってしまった以上、知らなかった事にはできない。
「ひ、ひょう、い……」
顔を上げて私の発した、震えて裏返った小さな声に、彼は首を傾げた。聞こえなかったのかもしれない。私は深呼吸する。そして、意を決して――
「……憑依してくださいっ!」
覚悟を決めた。その言葉を聞いた小太郎は、私の顔をじっと見つめ返して来た。整った目鼻立ちに、整えていないのに、綺麗に生えそろっている凛々しい眉毛。そして、優しさと強さを感じる真っ直ぐな瞳。この人なら信用できる。私は確信した。
「……分かった。お前の覚悟は受け取った」
「お母さんを、お願いします……」
精一杯強がって、私は笑顔を作ってみせた。微笑んでいるのに、頬をぼろぼろ涙が伝う。手はぶるぶると震える。消えるのが怖いんだ。
消えたくない……
彼に伝える想いと裏腹に、頭の中では私が泣き叫んでいた。死ぬ事を決めて、死ぬ瞬間まで意識があるというのは、これほどに辛い物なのか。身を持って知る事になった今、死の恐怖を無意識に脳が回避しようとしているのか、夢を見ているように記憶が足早に流れる。これが走馬灯という現象なのだろうか。
怖い。
嫌だ。
誰か助けて。
自分で選んだ結論だ。もう一人の私が矛盾した心理に混乱していた。
「短い間だった……世話になったな、凛」
その言葉と同時に、彼は私をゆっくりと抱き締めた。恐怖の中、目を閉じる私。彼に包み込まれ、ふわっと意識が飛んだ――
尋ねた後、私は思い出した。
「奈々さんと同じ……なんですか?」
あの時も、彼は死神が笑っていると言っていた。私の問いに、大きく頷いた彼は、顎でお母さんの枕元を示す。
奈々さんの一件がなければ、私はきっと、この言葉を信じていなかったと思う。でも、あの時、私は彼の話を聞かずに聞き流した。結果、奈々さんは……
「お母さんを……助けたいです……」
私は涙でいっぱいの瞳で、ぼやける小太郎さんに懇願した。
「小太郎さんっ! 私、なんでもしますっ! だから……」
私は、彼の前にひざまずいた。そして、頭を下げた。床に落ちる涙の粒。ほどなくして――
「分かった。力を貸そう」
彼の返事が私の耳に届いた。
「ただし――」
彼は説明した。助ける代わりに失う物を。それは、大切な物なんてレベルの物じゃなかった。
「……」
私は迷ってしまった。だって、彼に告げられた条件が究極だったから……
「……お母さんは助かるんですか?」
「ああ、助ける」
「……絶対ですか?」
彼を信じていない訳じゃない。だけど、もし助けられなかったなら、私の選択は無駄になる。
「絶対、とは言い切れねぇ。だけど、精一杯やるつもりだ」
私に突き付けられた究極の選択。それは、お母さんを見捨てるか、それとも――
「自分の命が大切だって思うのは当然だ。それは悪い事じゃねぇ」
お母さんのために私が消えるか。そう、彼の提示した条件は私の命。
「憑依する事で消えるのは、お前の魂だけだ。肉体と記憶は残る。俺がお前を演じれば、お前の母親はお前を失わずに済む。それに、この事実を知るのは俺とお前だけだ」
「……」
お父さんが死んで約三年。お母さんは何も変わらず、気丈に振舞って、私の大学生活をサポートしてくれた。仕事を増やして、仕送りしてくれた。体を気遣って、時々やって来ては部屋の掃除をしてくれた。私がもし、子供を産んだとしても、同じ事ができる気がしないくらい、お母さんは優しく、私を育ててくれた。
「だが、知らなければただの衰弱死だ。お前が気にする事じゃなかったはずだ」
俯く私の頭に手をポンと置き、彼は優しくそう告げた。それはそうかもしれない。知らなければ、私はこの選択にぶつかっていなかった。彼がいたから、真相を教えてくれたから、知ってしまった。
そして、知ってしまった以上、知らなかった事にはできない。
「ひ、ひょう、い……」
顔を上げて私の発した、震えて裏返った小さな声に、彼は首を傾げた。聞こえなかったのかもしれない。私は深呼吸する。そして、意を決して――
「……憑依してくださいっ!」
覚悟を決めた。その言葉を聞いた小太郎は、私の顔をじっと見つめ返して来た。整った目鼻立ちに、整えていないのに、綺麗に生えそろっている凛々しい眉毛。そして、優しさと強さを感じる真っ直ぐな瞳。この人なら信用できる。私は確信した。
「……分かった。お前の覚悟は受け取った」
「お母さんを、お願いします……」
精一杯強がって、私は笑顔を作ってみせた。微笑んでいるのに、頬をぼろぼろ涙が伝う。手はぶるぶると震える。消えるのが怖いんだ。
消えたくない……
彼に伝える想いと裏腹に、頭の中では私が泣き叫んでいた。死ぬ事を決めて、死ぬ瞬間まで意識があるというのは、これほどに辛い物なのか。身を持って知る事になった今、死の恐怖を無意識に脳が回避しようとしているのか、夢を見ているように記憶が足早に流れる。これが走馬灯という現象なのだろうか。
怖い。
嫌だ。
誰か助けて。
自分で選んだ結論だ。もう一人の私が矛盾した心理に混乱していた。
「短い間だった……世話になったな、凛」
その言葉と同時に、彼は私をゆっくりと抱き締めた。恐怖の中、目を閉じる私。彼に包み込まれ、ふわっと意識が飛んだ――
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