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伯爵家編
子爵令嬢のあり得ない作戦
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「昨夜の舞踏会では君と話す時間すら取れなかっただろう?それで気落ちしていたら、僕の友人が彼のことを教えてくれたんだ。驚いたよ、まさか後輩の中に君の従兄くんがいたとはね。やはり僕たちの関係は天によって定められたものなんだよ」
公爵子息、レオナルド・クレイトンはつらつらと言葉を垂れ流している。が、要約すると『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ということだろう。
眩しいほどの笑顔を向けられながら、しかしメイベルの目はすっかり冷めたもの。『よくやるわね』と感心こそすれ、心が浮き立つことはない。……この人以外に言われたら、そんなこともないのだろうけれど。
猫を被ることもせず、「面白みのないご冗談ですこと」とメイベルは応じる。と、間に挟まれた格好のクロードが「まぁまぁ」と取りなすように声を上げた。
「……まさかクレイトン卿からお声がかかるとは思わず、今朝はたいへん驚かされましたよ。まさか私の従妹にご用があったとは」
「正直に言うと教えてもらうまで君のことは知らなかったんだ。だから急な頼みとなって申し訳なく思っていたんだが……。君はずいぶんと仕事のできる男のようだね。僕は用件を伝えなかったのに、先んじてこのような場を設けてくれるとは……」
「いやそれは、」
「助かったよ、クロードくん。君には何か礼をしなくてはならないね」
以前の夜会ではクロードのことなど眼中になかったくせに、調子のいいこと!態度を180度変えたレオナルドに、メイベルは顔を顰める。
けれどクロードときたら「とんでもない」とヘラヘラ笑っている始末。プライドはないのか、とメイベルの方が怒りたくなってくる。
……それとも男性にとってはこれが普通なのだろうか。大人には矜持よりも重視すべきものがあるのだろうか。
だったら大人になどなりたくないし、男でなくてよかったとメイベルは思う。いくらレオナルドが公爵子息とはいえ、軽薄な彼を相手にへいこらと頭を下げる気にはなれない。
クロードが『大人になれよ』と言いたげに目配せしてくるが、無視だ無視。身内を売るような真似をした人の言うことなんて聞いてあげる義理はないわ、とメイベルはふて腐れる。
「それではわたくしは帰らせていただきますわ。後は殿方ふたりでお楽しみくださいな」
「おいおい、それじゃ意味ないだろ」
「そうだよ、何が悲しくてこんな垢抜けない男と」
「あら、息もぴったり。相性がいいんですわね、おふたりとも」
嫌みったらしく言い放ってから、メイベルは席を立つ。従兄が困惑した様子で名前を呼んでくるが知ったことじゃない。
「それではごきげんよう」完璧な微笑と完璧な礼をして、颯爽と部屋を出る。
……そうしようとしたところで、手首を掴まれた。
「……まだ何か?」
「いや……」
その犯人であるはずのレオナルド……であったが、何故か彼は口ごもる。自分自身でも分かりかねる、そういった表情だ。
しかしそんな縋るような目で見つめられてもメイベルだって困ってしまう。彼のことなど殆ど知らないのだから助けようがない。
そもそもこの表情だって演技ではない保証がどこにある──?
「……ごめん。君に不快な思いをさせるつもりはなかったんだ、……本当に」
けれどレオナルドは。
何もかもをその手中に収めているはずの彼が、情けなく眉尻を下げて許しを乞うた。自分よりもずっと下の階級の、子爵家の娘を相手に。すまないと謝られて、メイベルは虚をつかれた。
と同時に、生まれたのは罪悪感。痛んだのは良心である。メイベルは確かに腹を立てていたが、それは何もレオナルドだけの責任ではない。
その上謝られてしまっては──怒りを保ち続けるのは難しいことだった。
「……もういいです」
「けど、」
「もう怒ってなどおりませんから、よいのです」
たとえ演技だとしても、この人が頭を下げたのは事実だから。
それに──なんと表現すべきだろう?隙のない、ええ格好しいのナルシストだと思っていた人の情けない顔が、メイベルの心に大きな衝撃を与えていた。不覚だが、可愛らしいとさえ思ったのだ。
たとえるなら……そう、捨て犬を見かけた時の心情だろうか。かわいそうで可愛らしいという複雑な感情が、メイベルの胸中に巻き起こっていた。
言葉通りに表情を和らげると、途端に目を輝かせるところもどことなく愛玩動物じみている。「それならよかった」と相好を崩すのさえ子犬の素直な愛らしさを想起させた。
元より動物は好きな方だ。別邸やカントリーハウスではよく馬を走らせていた。そんなメイベルだったから、今のレオナルドを見ていると何だか撫で回したい気持ちにさせられた。
……だからといって、完全に心を許したわけではないけれど。
「それじゃあ二人でどこかに出掛けない?公園で乗馬でもして……、人目につくのが嫌なら観劇でも」
「調子に乗らないで。でも……そうね、」
悪くないかもしれない。そう考えたところで、『むしろ絶好のチャンスなのでは?』と思い至る。
何せレオナルド・クレイトンといえば社交界一の女誑しだ。手練手管に長けた彼なら異性を落とすコツも熟知しているだろう。その技を手にすることができれば、彼女──キャンディの懐に入り込むこともできるかもしれない。
クロードには深入りするなと忠告されたけれど、それでもメイベルは知りたかった。彼女が本当に【仲間】なのか。そしてもしもそうであるなら──できることなら仲良くなりたい。
──となれば、彼の協力を得るのは名案ではなかろうか?
「……いいわ、あなたの誘いに乗ってあげても」
「……っ、本当に!?」
「ええ。だからって勘違いしないでいただきたいのだけど、」
「ああ、わかってるよ。それでも嬉しいんだ」
「……そう」
そんなに喜ばれると、悪いことをしているような気にさせられる。
こんなのはゲームだ。こんなに殊勝なのだって策のうち、内心ではほくそ笑んでいるのかも。
──だから絆されてはダメ。冷静になるのよ、私。
そう言い聞かせるが、あまり効力があるとは言いがたかった。
「……おい、いいのか?」
すると今度は反対側から肩を掴まれる。
見れば、従兄の顔に浮かぶのは、困惑と憂慮。それを声音にも滲ませて耳打ちしてくる。
「何が?」
「だから……」
彼の言いたいことはわかっていた。
ここで話している分にはいいが、外に出たら人の目からは逃げられない。ただでさえレオナルドは人目を惹く容姿をしているのだ。そんな彼と二人きり、貴族の多く出歩く公園や劇場などに足を運んだら──どうなるかは目に見えている。人の口に戸は立てられない。あっという間に噂は広がるだろう。
けれどそれが今さらなんだというのだろう?失墜する評判もないし、噂になることで傷つく人がいるわけでもない。逆に両親などは諸手を挙げて喜ぶだろう。
それに、第一印象ほど悪いひとでもなさそうだし……。
「別にいいでしょう?こんなことで私の敗北が決まるわけではないのだもの」
「そういう問題じゃ、」
「それならどういう問題だっていうの?あなたこそ私に内緒で彼との約束を取りつけていたくせに」
何を考えているのかと言いたいのはメイベルだって同じだ。身勝手だとわかってはいても裏切られた気持ちにさせられた。
だからクロードが何か言いたげであるのにも気づかないふりをして、レオナルドの手を取った。
「邪魔したわね。お仕事がんばって」
言い置いて、部屋を出る。そうしても彼は追いかけてこない。弁解も言い訳もせず、それでおしまい。ワガママに怒ることさえしないのが余計にメイベルの心を波立たせた。
「……彼の前ではいつもと違う表情を見せるんだね」
紋章つきの馬車に乗り込むと、レオナルドがぽつりと呟きを落とす。
それを聞いて、ようやくメイベルは我に返った。自分がずいぶんと子どもっぽい反応をしていたことに──そしてそれを恥ずかしげもなくレオナルドにまで見せてしまったことに──気がつくと、羞恥の波が押し寄せた。
でも今さら言い訳のしようもない。時すでに遅し。何もかもが手遅れ、取り繕う術もなかった。
「……そっ、それはその……長い付き合いですし、相手は家族ですから」
「家族、ね」
なんだか意味ありげな響きだ。それだけを呟いて、レオナルドは微かに笑った。
「なおさら負けられないな」
その言葉の意味するところはわからないけれど、メイベルが何かを言うより早く、彼は笑みの形を変えた。
先刻と同じ、心底からの喜びに溢れた笑みに。
「他の男の話はよそう。せっかく君と出掛けられるんだ。楽しいことだけ考えていよう」
「そう……ですわね。ええ、その通りだわ」
「ふふ、初めて意見が一致したね。ちなみに僕個人としては君を公園に連れていってみんなに見せびらかしたいところだけど……?」
「あら残念。わたくしはたった今、観劇に一票投じたところですわ。黙っていればよろしかったのに」
いつかと同じように、しかしあの日よりも幾分砕けた調子で応じる。
と、レオナルドの方も「手強いなぁ」と口を尖らせた。まるで、子どもみたいに。
その様子がおかしくて笑うと、レオナルドも目許を和らげた。
「よかった、笑ってくれて。少しは君の気がかりも薄らいだかな」
「え……?」
「昨晩は本調子じゃなかったんだろう?リチャードがいたから声をかけられなかったけど、君にしては珍しく表情が曇っていたから気になってたんだ」
馬車に揺られながら、メイベルは向かいに座る男をまじまじと見つめる。レオナルド・クレイトン──彼のことを、まるで初めて出会った人を見るような気持ちで。
見つめていると、レオナルドは「なんだか照れるな」と言って頬を掻いた。こういう真面目なのは柄じゃない、そう言外に滲ませて。
「……あなたって意外といい人なのね」
「意外って。……君の中での僕ってどういう立ち位置?……いや、やっぱり答えなくていいよ。地に落ちてるなら後は上がるだけだからね」
「楽観的ね」
まぁ、悪いことではないけど。というか羨ましいくらいだけど。
でもそんな彼だから──「そんな僕だから君の力にもなれるんじゃないかな」迷いを見透かしたかのような言葉に、メイベルの心も定まる。
「……詳しいことは言えないのだけど、」
そう前置いて、メイベルはレオナルドに打ち明けた。
あるご令嬢が(もちろんキャンディの名前は出さなかった)リチャードを慕っていること、そんな彼女に協力を約束してしまったこと、けれどよく考えてみればどうすればいいのかわからなかったこと──
「それでもお断りするわけにはいかないの。彼女と仲良くなりたいし……、何か良い案はないかしら?」
「ふむ、なるほど……」
レオナルドは暫し考える仕草をした後で、「それなら僕に任せて」と自信ありげに頷いた。
「相手はレンジャー家のご令嬢だろう?あそこの長男とはそれなりに交流があるからね、約束を取りつけるのは難しくないよ」
「どうしてレンジャー家だと、というか約束を取りつけるって……」
「だからダブルデートをするんだよ」
「ダブルデート?」
「そう。僕と君、リチャードとキャンディ嬢で」
言い放ったレオナルドは、やけに晴れやかな笑顔を浮かべていた。
公爵子息、レオナルド・クレイトンはつらつらと言葉を垂れ流している。が、要約すると『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ということだろう。
眩しいほどの笑顔を向けられながら、しかしメイベルの目はすっかり冷めたもの。『よくやるわね』と感心こそすれ、心が浮き立つことはない。……この人以外に言われたら、そんなこともないのだろうけれど。
猫を被ることもせず、「面白みのないご冗談ですこと」とメイベルは応じる。と、間に挟まれた格好のクロードが「まぁまぁ」と取りなすように声を上げた。
「……まさかクレイトン卿からお声がかかるとは思わず、今朝はたいへん驚かされましたよ。まさか私の従妹にご用があったとは」
「正直に言うと教えてもらうまで君のことは知らなかったんだ。だから急な頼みとなって申し訳なく思っていたんだが……。君はずいぶんと仕事のできる男のようだね。僕は用件を伝えなかったのに、先んじてこのような場を設けてくれるとは……」
「いやそれは、」
「助かったよ、クロードくん。君には何か礼をしなくてはならないね」
以前の夜会ではクロードのことなど眼中になかったくせに、調子のいいこと!態度を180度変えたレオナルドに、メイベルは顔を顰める。
けれどクロードときたら「とんでもない」とヘラヘラ笑っている始末。プライドはないのか、とメイベルの方が怒りたくなってくる。
……それとも男性にとってはこれが普通なのだろうか。大人には矜持よりも重視すべきものがあるのだろうか。
だったら大人になどなりたくないし、男でなくてよかったとメイベルは思う。いくらレオナルドが公爵子息とはいえ、軽薄な彼を相手にへいこらと頭を下げる気にはなれない。
クロードが『大人になれよ』と言いたげに目配せしてくるが、無視だ無視。身内を売るような真似をした人の言うことなんて聞いてあげる義理はないわ、とメイベルはふて腐れる。
「それではわたくしは帰らせていただきますわ。後は殿方ふたりでお楽しみくださいな」
「おいおい、それじゃ意味ないだろ」
「そうだよ、何が悲しくてこんな垢抜けない男と」
「あら、息もぴったり。相性がいいんですわね、おふたりとも」
嫌みったらしく言い放ってから、メイベルは席を立つ。従兄が困惑した様子で名前を呼んでくるが知ったことじゃない。
「それではごきげんよう」完璧な微笑と完璧な礼をして、颯爽と部屋を出る。
……そうしようとしたところで、手首を掴まれた。
「……まだ何か?」
「いや……」
その犯人であるはずのレオナルド……であったが、何故か彼は口ごもる。自分自身でも分かりかねる、そういった表情だ。
しかしそんな縋るような目で見つめられてもメイベルだって困ってしまう。彼のことなど殆ど知らないのだから助けようがない。
そもそもこの表情だって演技ではない保証がどこにある──?
「……ごめん。君に不快な思いをさせるつもりはなかったんだ、……本当に」
けれどレオナルドは。
何もかもをその手中に収めているはずの彼が、情けなく眉尻を下げて許しを乞うた。自分よりもずっと下の階級の、子爵家の娘を相手に。すまないと謝られて、メイベルは虚をつかれた。
と同時に、生まれたのは罪悪感。痛んだのは良心である。メイベルは確かに腹を立てていたが、それは何もレオナルドだけの責任ではない。
その上謝られてしまっては──怒りを保ち続けるのは難しいことだった。
「……もういいです」
「けど、」
「もう怒ってなどおりませんから、よいのです」
たとえ演技だとしても、この人が頭を下げたのは事実だから。
それに──なんと表現すべきだろう?隙のない、ええ格好しいのナルシストだと思っていた人の情けない顔が、メイベルの心に大きな衝撃を与えていた。不覚だが、可愛らしいとさえ思ったのだ。
たとえるなら……そう、捨て犬を見かけた時の心情だろうか。かわいそうで可愛らしいという複雑な感情が、メイベルの胸中に巻き起こっていた。
言葉通りに表情を和らげると、途端に目を輝かせるところもどことなく愛玩動物じみている。「それならよかった」と相好を崩すのさえ子犬の素直な愛らしさを想起させた。
元より動物は好きな方だ。別邸やカントリーハウスではよく馬を走らせていた。そんなメイベルだったから、今のレオナルドを見ていると何だか撫で回したい気持ちにさせられた。
……だからといって、完全に心を許したわけではないけれど。
「それじゃあ二人でどこかに出掛けない?公園で乗馬でもして……、人目につくのが嫌なら観劇でも」
「調子に乗らないで。でも……そうね、」
悪くないかもしれない。そう考えたところで、『むしろ絶好のチャンスなのでは?』と思い至る。
何せレオナルド・クレイトンといえば社交界一の女誑しだ。手練手管に長けた彼なら異性を落とすコツも熟知しているだろう。その技を手にすることができれば、彼女──キャンディの懐に入り込むこともできるかもしれない。
クロードには深入りするなと忠告されたけれど、それでもメイベルは知りたかった。彼女が本当に【仲間】なのか。そしてもしもそうであるなら──できることなら仲良くなりたい。
──となれば、彼の協力を得るのは名案ではなかろうか?
「……いいわ、あなたの誘いに乗ってあげても」
「……っ、本当に!?」
「ええ。だからって勘違いしないでいただきたいのだけど、」
「ああ、わかってるよ。それでも嬉しいんだ」
「……そう」
そんなに喜ばれると、悪いことをしているような気にさせられる。
こんなのはゲームだ。こんなに殊勝なのだって策のうち、内心ではほくそ笑んでいるのかも。
──だから絆されてはダメ。冷静になるのよ、私。
そう言い聞かせるが、あまり効力があるとは言いがたかった。
「……おい、いいのか?」
すると今度は反対側から肩を掴まれる。
見れば、従兄の顔に浮かぶのは、困惑と憂慮。それを声音にも滲ませて耳打ちしてくる。
「何が?」
「だから……」
彼の言いたいことはわかっていた。
ここで話している分にはいいが、外に出たら人の目からは逃げられない。ただでさえレオナルドは人目を惹く容姿をしているのだ。そんな彼と二人きり、貴族の多く出歩く公園や劇場などに足を運んだら──どうなるかは目に見えている。人の口に戸は立てられない。あっという間に噂は広がるだろう。
けれどそれが今さらなんだというのだろう?失墜する評判もないし、噂になることで傷つく人がいるわけでもない。逆に両親などは諸手を挙げて喜ぶだろう。
それに、第一印象ほど悪いひとでもなさそうだし……。
「別にいいでしょう?こんなことで私の敗北が決まるわけではないのだもの」
「そういう問題じゃ、」
「それならどういう問題だっていうの?あなたこそ私に内緒で彼との約束を取りつけていたくせに」
何を考えているのかと言いたいのはメイベルだって同じだ。身勝手だとわかってはいても裏切られた気持ちにさせられた。
だからクロードが何か言いたげであるのにも気づかないふりをして、レオナルドの手を取った。
「邪魔したわね。お仕事がんばって」
言い置いて、部屋を出る。そうしても彼は追いかけてこない。弁解も言い訳もせず、それでおしまい。ワガママに怒ることさえしないのが余計にメイベルの心を波立たせた。
「……彼の前ではいつもと違う表情を見せるんだね」
紋章つきの馬車に乗り込むと、レオナルドがぽつりと呟きを落とす。
それを聞いて、ようやくメイベルは我に返った。自分がずいぶんと子どもっぽい反応をしていたことに──そしてそれを恥ずかしげもなくレオナルドにまで見せてしまったことに──気がつくと、羞恥の波が押し寄せた。
でも今さら言い訳のしようもない。時すでに遅し。何もかもが手遅れ、取り繕う術もなかった。
「……そっ、それはその……長い付き合いですし、相手は家族ですから」
「家族、ね」
なんだか意味ありげな響きだ。それだけを呟いて、レオナルドは微かに笑った。
「なおさら負けられないな」
その言葉の意味するところはわからないけれど、メイベルが何かを言うより早く、彼は笑みの形を変えた。
先刻と同じ、心底からの喜びに溢れた笑みに。
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「そう……ですわね。ええ、その通りだわ」
「ふふ、初めて意見が一致したね。ちなみに僕個人としては君を公園に連れていってみんなに見せびらかしたいところだけど……?」
「あら残念。わたくしはたった今、観劇に一票投じたところですわ。黙っていればよろしかったのに」
いつかと同じように、しかしあの日よりも幾分砕けた調子で応じる。
と、レオナルドの方も「手強いなぁ」と口を尖らせた。まるで、子どもみたいに。
その様子がおかしくて笑うと、レオナルドも目許を和らげた。
「よかった、笑ってくれて。少しは君の気がかりも薄らいだかな」
「え……?」
「昨晩は本調子じゃなかったんだろう?リチャードがいたから声をかけられなかったけど、君にしては珍しく表情が曇っていたから気になってたんだ」
馬車に揺られながら、メイベルは向かいに座る男をまじまじと見つめる。レオナルド・クレイトン──彼のことを、まるで初めて出会った人を見るような気持ちで。
見つめていると、レオナルドは「なんだか照れるな」と言って頬を掻いた。こういう真面目なのは柄じゃない、そう言外に滲ませて。
「……あなたって意外といい人なのね」
「意外って。……君の中での僕ってどういう立ち位置?……いや、やっぱり答えなくていいよ。地に落ちてるなら後は上がるだけだからね」
「楽観的ね」
まぁ、悪いことではないけど。というか羨ましいくらいだけど。
でもそんな彼だから──「そんな僕だから君の力にもなれるんじゃないかな」迷いを見透かしたかのような言葉に、メイベルの心も定まる。
「……詳しいことは言えないのだけど、」
そう前置いて、メイベルはレオナルドに打ち明けた。
あるご令嬢が(もちろんキャンディの名前は出さなかった)リチャードを慕っていること、そんな彼女に協力を約束してしまったこと、けれどよく考えてみればどうすればいいのかわからなかったこと──
「それでもお断りするわけにはいかないの。彼女と仲良くなりたいし……、何か良い案はないかしら?」
「ふむ、なるほど……」
レオナルドは暫し考える仕草をした後で、「それなら僕に任せて」と自信ありげに頷いた。
「相手はレンジャー家のご令嬢だろう?あそこの長男とはそれなりに交流があるからね、約束を取りつけるのは難しくないよ」
「どうしてレンジャー家だと、というか約束を取りつけるって……」
「だからダブルデートをするんだよ」
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