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殺人犯的アウトライン
しおりを挟む「相手がわからない以上、こちらは待つしか手はないだろうね」
まぁ、そうでしょうね。
コーヒーを一杯飲み終える頃には泉の焦りもだいぶ引いていた。
というかもう、なるようになれといった気分だ。どこからでもかかってこい。……いや、やっぱり殺されるのはもう二度と勘弁願いたいけど。
死ぬのは百歩譲っていいとしても、痛いのだけは嫌だ。できれば苦しくない殺し方をしてほしい。
「そういえばこんな映画もありましたね。主人公の女子大生が死の当日を何度も繰り返しながら、自分を殺す犯人を見つけ出すっていう……」
「へぇ、そうなんだ」
「タイトルがまぁふざけたものなんですが、中身はちゃんとしてるんですよ。私も思ってた以上にハマっちゃって……」
公開されたのは二、三年ほど前だろうか。低予算のふざけた映画かと思って期待せずに観たけれど、終わってみれば笑いあり涙あり。完成度の高い映画だった、とBlu-rayまで買ってしまった。
「本当に、おすすめの映画なんです」泉は拳を握り、力説する。
「主人公は最初、ちょっと嫌な感じの女の子なんですけどね、でも途中から自分を見つめ直して……最後には大事なものを見つけるんです」
──本当に、いい映画だった。
そこまで言って、泉は『はた』と我に返る。
向かいに座る薫の、なんと微笑ましげなこと!幼い子どもを見るかのような眼差しを受け、泉の頬に熱が集まる。
「す、すみません……。関係のない話でした……」
これは羞恥だ。恥じらいだ。どうしてこう……好きなことの話となると、途端に口が回るようになるのだろう。普段はどんくさい方なのに。
オタク気質の血は兄だけでなく妹の私にもしっかり受け継がれているのだ。泉は痛感し、顔を覆う。
穴があったら入りたい。
……いや、もういっそのこと埋まってしまおうか。
「どうしてやめるの?九条さんの好きなもの、俺はもっと知りたいな。こういう話はしたことなかったし」
指の間から窺い見ると、彼は相変わらずの微笑を浮かべていた。その目に呆れの色はない。普通、興味のない話をされたら少しはその感情が滲み出るものなのに。
なのに彼は心底から楽しげで、泉はなんだか居たたまれない気持ちになる。先程とは、また違った意味で。
──そうはいっても、その違いがまたわからないのだけれど。
「ありがとうございます……。でも意外でした、先輩はこういった流行にもお詳しいのかと」
「ごめん、そういうのよくわからなくて……。でもこれからは勉強するね。まさか九条さんと
こんな風に……趣味の話までできるようになるとは思わなかったから」
「そういえばそうでした。先輩のご趣味って何ですか?」
「趣味……思いつかないな。いつも九条さんのことを考えているから」
あ、そういうのはもう結構です。
「そういうのはもう結構です」
「あはは、だいぶ肩の力が抜けてきたみたいだね」
……しまった、心の声が。
だいぶ失礼なことを言ってしまった。泉は冷や汗をかくが、気分を害した様子は見られない。
泉の知る、昨日までの【芳野薫】も鷹揚とした人だった。頭もよくスポーツもできるのに気取ったところのない、王子様のような先輩。憧れの生徒会長は心も広い。完全無欠のひと。
そこに今日、殺人犯(予定)という属性まで追加されたが、だからといって前述の長所までは失われなかったらしい。
こんなにまともそうなのに、どうしてひとを──私を殺すんだろう。
泉にはさっぱりわからない感覚だった。
「そうだ!映画、映画を観ませんか?どうせ待つしかないんですから、気が紛れることをしたいです」
「いいけど、映画館は暗いし危なくない?いや、もちろんどんな場所だって君のことは守るけど──」
「ええ、ですから私の家で。それなら他のひとを巻き込む危険も少ないでしょう?幸いうちの家族はみんな出払っていますから」
そういえば『最終絶叫計画』では映画館で殺されるシーンもあった。あれは笑える場面だったけど、でも実際映画館のような暗所で狙われたらひとたまりもないのは泉にもわかっていた。
だから家で、と泉は言った。我が家なら間取りもよくわかっているから、万一襲われても対処しやすいだろう。
『ホームアローン』的な。むしろ『キッズリベンジ』的な?──そんなことを考えるまでになったのは、冷静になれたからと言っていいのか。それとも自棄になってるだけなのか。
「罠とか仕掛けるべきでしょうか」そう続けてから、泉は向かいから声が返ってきていないことに気づいた。
「芳野先輩?」
「ああ、いや、……そうだね、その方が安全かもしれないね」
なんだか様子がおかしい。
いや、元から──殺人の告白をする時点でおかしいことはおかしいのだけど。でもこれはそういう類いのおかしさではない。挙動不審という意味だ。
声は急いた調子だし、何より視線が合わない。意味もなく右から左、泳ぐ目に、泉は首を傾げる。
「気乗りしないなら他の場所でも構いませんよ?」
「気乗りしないってわけじゃないけど……その、自宅訪問というのは少し急すぎやしないかな?」
「急……?」
「俺としてはもう少し段階を踏んだ方がいいんじゃないかと思ってね。ほら、交換日記とか、そういうのから始まるものだと思っていたから」
「なるほど……?」
相槌は打ったけれど、理解できたかはまた別の話。なるほどと言いながらも泉の頭は薫の言葉を処理しきれていなかった。
──いや、交換日記って。
今どき小学生だってやっていないんじゃなかろうか。というか人は殺せるのにその相手の自宅に上がるのはアウトなのか。殺す方がよっぽどアウトだろう。世間的にも、倫理的にも。
それともまさかツッコミ待ち?ウケ狙い?……のわりには表情がおかしい。照れているのは、頬が赤みを帯びていることからも察しがつく。
ということはこのひと、本気で言っているのか。
泉は宙を仰いだ。
ひとを殺すのには躊躇いがないのに、どうして変なところで奥手なんだろう。紳士的なのは悪いことではないけれど。
──そういえば誠くんは手が早かったなぁ。
思い出さないようにしていた平行世界の記憶がいやでも脳裏をよぎる。
【死にゲー】だから仕方ないのか、繰り返されるのは一週間だけだからか。結ばれたその日にすぐ……だった気がする。他の女の子とはどうだったか知らないが、似たようなものだろう。記憶のない過去の泉は流されてしまったが、今なら絶対あり得ないことだ。
というか、正直がっかりしている。幻滅した理由のひとつといってもいい。
「……いいかもしれませんね。交換日記、素敵だと思います」
だからなんとなく微笑ましい気持ちになって、泉は口許を緩めた。
殺人犯だけど、私を殺そうとしたひとだけど、でも今の私を理解してくれるのは目の前のことひとだけなんだ。
損得勘定抜きに守ると言ってくれた。私だけを愛しているとまで言ってくれた。
ならば私も歩み寄るべきだろう。その心を理解できたなら──新たな道が拓けるかもしれない。
そう思った。
「でも先輩、それじゃあ夜はどうやって私を守るつもりだったんですか?」
「そりゃあ、ベランダでも借りようかと」
「うちの、ですか?え、私は自分の部屋にいるのに?」
「うん。九条さんはいつも通りの生活をしてくれればいいよ」
「えええ……」
先輩をベランダに立たせて、自分はベッドでぐっすり……なんて、どんな悪女だ。最低だ。神経が図太いとかそういう次元の話じゃない。
仮に薫がそれを望んだとしても、泉にはとても受け入れられなかった。安眠は不可能だ。そもそも誰かに殺されるかもしれないのに呑気に熟睡なんて──できるわけがない。
「ダメです、ムリです、却下です。先輩が徹夜するなら私も眠りませんし、外で待つと言うならどこまででもお付き合いしますから」
「でも身体を冷やすのはよくないよ」
「生きるか死ぬかの瀬戸際で気にするところがそこですか。それなら先輩の方が我慢して、うちに来てくださいよ」
押せばいける。そう踏んで、泉は身を乗り出した。
「ね?」薫の手を握り、その目を覗き込む。榛色の、澄んだ瞳の色を。じっと見つめると、──「あれ、先輩?」
「先輩?あの……、え?もしかして固まってる?」
反応がない。眼前で手を振っても、耳許で呼び掛けても、表情は凍りついたまま。
紳士的な殺人鬼は、どこまでも初心だった。
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