死にゲー世界のヒロインだけど死にたくないから黒幕を攻略する

クリーム

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本当のはじまり

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 今日も明日も明後日も、変わらない日々が続いていく。
 根拠もないのに、そう信じていた。

「あの、誠くん知りませんか?」

 一日の授業が終わって、泉はいつも通り隣のクラスに向かう。
 一年C組。幼馴染みと一緒に帰るのが小学校からずっと変わらない、いつもの習慣だった。
 けれど教室に幼馴染みの姿はなく、近くにいた同級生に聞いてみれば、「結城くんならさっき出てったけど」とのこと。いったいどういうことだろう。用事があるなら一言声をかけてくれればいいのに。

「転校生の西園寺さんと一緒だったよ」

「……そう、ですか」

 女の子は、少し気の毒そうな顔をして教えてくれた。
 なんだか申し訳なくて、泉は「ありがとうございます」と殊更明るく返した。……明るく、いつも通りの笑顔で。
 そう心がけたつもりだけど、実際のところはどうだろう?

「あれ、どうしたの泉?帰ったんじゃなかった?」

 自分の教室に戻ると、友人の藤谷雪に訊ねられる。
 「何かあった?」それは怪訝というより気遣わしげで、やっぱりいつも通りなんて無理だったんだ、と泉は眉を下げた。

「……誠くん、西園寺さんと帰っちゃったみたい」

「なにそれ?断りもなく?」

「でも約束してたわけじゃないから」

 いつもそうだったから。昔から変わらないから。だから今日も、と思い込んでいた。
 ──ただ、それだけのこと。

「……無理しないでいいよ、泉」

「雪ちゃん……」

 雪は泉の頭を撫でた。同い年の友人だけど、大人びた彼女からすると間の抜けたところのある泉は妹に近いらしい。
 「あんたが怒らないなら、私が今度結城を殴ってやるから」と力強く言った。

「最近の彼、やっぱりなんか変だよ。昨日だって泉に『うるさい』とかキレるし」

「あれは私がしつこく聞いちゃったから……」

「泉は心配しただけじゃん。顔に怪我してたら何があったか聞くのは普通でしょ。それをあんな……」

 続く言葉を呑み込んで、雪は「酷いよ」と顔を歪めた。彼女はとても傷ついているみたいだ。そう、他人事のように思ってから、泉はそんな自分に驚いた。
 多くの出来事がどこか遠くの──まるでスクリーンの向こう側のように思えてならなかった。

「ありがとう、心配してくれて」

「泉……」

「私は平気だよ。こんなに優しい友だちがいるんだもん。大丈夫、寂しくなんかないよ」

 うそつき。
 本当はすっごく悲しいのに。痛いくらいに寂しいのに。悲しくて、寂しくて、泣いてしまいそうなのに。
 なのにこの一週間はすべてが夢のようで、泉はぼんやりとした意識の中で笑った。笑って、部活に向かう雪を見送って、それからひとり家路についた。
 何もかもが機械的な動作だった。学校を出るのも、信号を渡るのも、──近道をしようと公園に足を踏み入れるのも。

 ──寄り添い合う、幼馴染みと転校生の姿を見るのも。

 泉は静かに公園を出た。公園を出て、朱色に染まる空を見上げた。吹き荒ぶ風の冷たさに、秋の終わりを実感した。

「……思ったより、ショックじゃなかったかな」

 呟きが、ひとり寂しくアスファルトに消える。
 なんとなく、そんな気はしていた。
 西園寺葵。見目麗しく、日本人形のように洗練された物腰の転校生。結城誠を【運命のひと】と呼んだ少女。
 一週間前。彼女と出会った時から、予感はあった。だから決定的な場面を見て、むしろ得心がいった。
 誠が変わったのではない。泉が変わらなかっただけなのだ。なんの約束もないのに、永遠を信じていた。今までの心地よい関係にあぐらをかいて、言葉にするのを怠ってきた。

 ──彼女のように、好きなら好きと言えばよかった。

 気づくと自分の部屋にいた。心配した兄に声をかけられたような気がするが、よく覚えていない。いつの間にか太陽は沈み、窓の向こうには静かな夜が広がっていた。
 どうやら少し眠ってしまったらしい。泉はベッドから身を起こし、電気をつけた。
 やけに静かだ。そう考えてから、今は両親とも旅行に行っているんだということを思い出した。一週間前から、なんて不思議な偶然もあったものだ。今晩は兄も友人と遊びに出ている。だからこの家にはいま、泉しかいない。

 世界中から取り残された気分だ。

 その時チャイムが鳴った。泉は深く考えることなく階下へ向かう。階段の先、玄関はすぐそこにある。
 宅配便でも来たのだろうか。……こんな夜遅くに?
 時計は夜の十一時を指している。

 泉の目の前で、鍵のかかっているはずのドアがゆっくりと開いた。





「おはよう、九条さん」

 目を覚ますと、眩しい笑顔に迎えられた。石膏みたいな膚に、繊細な鼻梁。それから思慮深い榛色の瞳。

 ──生徒会長が、どうしてここに?

 先輩である芳野薫の顔をまじまじと見て、ようやく泉は自分が今まで眠っていたことに気づいた。

「……おはようございます」

 厭な夢だった。何巡目かの世界で迎えた、最後の夜。繰り返される一週間、その七日目の晩に泉は殺される。自宅にいても、幼馴染みの部屋でも、外に逃げても。どこにいても、死は必ず泉に追いついてきた。
 絞められた首の感覚がまだ残っている。この身体では味わったことなどないはずなのに、記憶に引きずられているのだろうか。違和感があって、泉は首の回りを撫でた。
 一応、五体満足らしい。違和感はあるが、痛みはどこにもない。

「朝、ですね」

「うん、そうだね」

「途中で寝ちゃってすみません……」

 殺されるかもしれないんだから、安眠なんて不可能だ。そう思っていたけれど、映画を連続で観ているうちに寝入ってしまった。
 ベッドに入った記憶もないが、恐らく先輩がやってくれたのだろう。泉は申し訳なさやら何やらでいっぱいになる。

「あの、ありがとうございます。先輩は眠れましたか?」

「ううん。九条さんの寝顔を見てたらあっという間に朝陽が昇っててね」

「それは……すみません」

「どうして九条さんが謝るの」

 芳野薫はおかしそうに目を細めて、泉の頭を撫でた。夢の中の友人がしたみたいに。友人のよりも大きな手で、友人よりも慎重な手つきで。
 泉のことを『殺したいほど愛してる』と言った先輩が、「君が無事でよかった」と心底幸せそうに微笑んだ。

「えっと……変わったことはありませんでした?誰かが訪ねてきたりとか」

 なんだか居たたまれなくなって、泉は話題を変えた。
 以前の世界では家にいるとだいたい呼び鈴が鳴って、その後殺された。だから今回も、薫以外に犯人がいるなら同じ行動をとる可能性が高い。
 そう考えて薫に問うと、彼はあっさり「そういえばそんなこともあったね」と頷いた。

「えっ、誰か来たんですか!?」

「うん、日付が変わる少し前かな。九条さんは気づかなかったんだね。君の安眠を妨げることがなくてよかったよ」

 いや、気にするところはそこじゃないでしょう。

「だ、誰が来たんですか?何しに?ていうかそのひとは今どこに、」

「さぁ?俺が返事しても応答がなかったんだよね。無礼だなぁと思ってドアを開けると誰も立ってないし。本当、しつけてやるつもりだったんだけどなぁ」

「怪しさ満点じゃないですか!」

 なんてことだ。
 めまいがして、泉は額を押さえる。
 まさか本当に、先輩以外にも命を狙われているなんて。まだそうと決まったわけではないけれど、でも呼び鈴を鳴らしたくせに逃げ出すなんて疚しいことがあるとしか考えられない。

「いえ、ひとを疑うのはよくないですね。ただのピンポンダッシュかもしれませんし、押し間違えたのかもしれませんし」

 己に言い聞かせるが、胸騒ぎはやまない。まだ終わってないのだと本能が叫んでいる。

「どうする?今日も学校はよしておこうか?」

「いえ……、さすがに二日続けては不味いでしょう」

 本音としては引き込もっていたいところだが、それでは話が進まない。襲撃を待つにしてもいつまで待てばいいのかわからないし、この犯人は逃げ足も速そうだ。どのみち相手からの接触がなければ始まらないのなら、学校は行っておいた方がいいだろう。
 高い学費を払っているんだし、と庶民らしい理由をつけて家を出る。
 けれどその道すがら、居眠り運転のトラックに轢かれかけること一度、ビルからの落下物に巻き込まれかけること一度、看板が風に飛ばされてくること一度……。立て続けに襲い来る不幸に、泉は青ざめた。

「ここっていつから『ファイナル・デスティネーション』の世界になったんですかね……」

 まさか世界に命を狙われるとは思ってもみなかった。
 学校に着く頃、泉はげっそりとした顔で呟く。登校しただけなのにもうくたくただ。肉体より精神的な疲れの方が大きい。サスペンスからファンタジーへと一気に路線が切り替わったようだが、後者の要素はループ設定だけでよかったのにと泉は思う。

「大丈夫だよ。あんなことで九条さんは死なせないから」

 あらゆる不幸から泉を庇ってくれた先輩は、相変わらず涼しい顔をしていた。
 どうやら彼の方は急な路線変更にも着いていけているらしい。元々前世がどうだとか言っていたから、適性はあったのだろう。

 ──頼れるのはこのひとだけだ。

 殺人犯になるかもしれないけれど。物騒なことばかり言うけれど。
 けれど守ろうとしてくれているのだけは真実だったから、泉は「ありがとうございます」と頭を下げた。
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