7 / 15
私以外のヒロインのこと
しおりを挟む殆どの生徒が部活動に精を出している頃、放課後の図書室で泉は頭を抱えていた。
机上に広げられたのは白紙の容疑者リスト。昨日は途中で考えることを放棄したが、今となっては話は別。今日一日、小さな不幸に見舞われ続け、『さすがに何とかしなければ』と思わざるを得なくなった。
たった一日で疲労困憊。気を張り続けた結果、身体も心も疲れきってしまった。これ以上なんて無理だ。一刻も早く自由になりたい。
焦燥感は募るが、しかしペンは一向に進まない。
「殺したいほど私を憎んでいるひと……、うーん……、そうそう思いつきませんね、やっぱり」
というか、そこまでの憎しみを向けられているなど考えたくないのだろう。ただでさえ交遊関係は狭いのに、その限られた世界にすら嫌われているなんて……考えただけで泣きたくなる。
「そもそも私ひとりが死んだところで何かが大きく変わるなんてこともないでしょうし、労力の無駄としか思えません」
「相変わらず自己評価が低いね、九条さんは」
溜め息をつく泉の前、向かいの席に座る先輩はくすりと笑う。まるで泉がおかしな冗談でも言っているみたいに。
「俺は九条さんの幼馴染みくんが不慮の事故とかで死んだらいいのになぁって、常日頃から思ってたけど」
「また爆弾発言を……」
かく言う彼の発言こそが悪い冗談としか思えない。
けれど泉の方も昨日今日でだいぶ慣れてきた。またぶっ飛んだこと言ってるなぁと他人事のように思う。……死を願われているらしい幼馴染みにはたいへん申し訳ないが。
「そこは自分の手で殺したいとはならないんですね」
「俺にも選ぶ権利はあるよ。それに九条さんを悲しませたくもなかったし。けど不慮の事故なら誰の責任でもないし、君も諦めがつくかなって」
「う、うーん……?思考回路が上級者すぎて理屈が通ってるんだか通ってないんだか判断に困りますね」
意味もなくペンをノックしながら、芳野薫のよくわからない持論を聞く。
好きなひとに恋人がいたとして、普通前者の方を殺そうとするだろうか。自分のライバルを殺す、その方がよほど理解できると泉は思う。
薫も理解してほしいとは思っていないらしい。否定することはせず、
「でもこういう理由なら九条さんを恨んでいるひともいるかもね。逆恨みも甚だしいけど」
と肩を竦めた。
「幼馴染みくん、最近色んな女の子に迫られてるみたいじゃない?」
「え……、確かにそうらしいです、けど…………」
言葉につまったのは嫌なことを思い出したからだ。嫌な……とてもいやな感覚。臓腑を引っくり返されたみたいだ、と泉は密かに胸を押さえる。
幼馴染みの結城誠は泉と同じ、どこにでもいる平凡な男子高校生だった。成績はよくないけど、身体能力は高い。正義感に溢れ、明るく、友人も沢山いる。
泉とは何もかもが正反対で、でもだからこそ彼の隣は居心地がよかった。
なのに一週間前から──時期外れの転校生が彼を【運命のひと】と呼び、慕うようになって以来、学園のアイドルだとか不思議ちゃんな後輩だとか、そういう個性豊かな女の子たちとの関わりが増えた。
繰り返される一週間の記憶を取り戻す前。どの世界でも泉は焦りを覚え、兄や友人たちに愚痴を溢していた。
そういえば、オタクな兄は『ラノベみたいだな』と言っていたっけ。『男向けのラノベか美少女ゲームってとこか』まぁ頑張れよ、なんて心のこもってない応援をしてくれた。
ループものという壮大な設定まで発覚した今となっては、ここは本当にアニメやゲームの世界なのかもしれない。だから幼馴染みが移り気なのは仕方ないのかもしれない。色んな女の子との絡みが作品上必要だというだけで、……私はその中のひとりにすぎなかったというだけで。
それでも泉は『いやだなぁ』と思ってしまう。好きなひとには自分だけを見ていてほしかった。──彼の、運命になりたかった。
泉はそっと呼吸を整えた。
「でもそれなら私だけ狙われるなんて納得できません。女の子同士、ライバル同士、血で血を洗う殺し合いにならないと」
「幼馴染みくんと九条さんがそれだけ強い絆で結ばれてるように見えたのかもしれないよ」
「付き合ってもいなかったのに……」
不公平だ、と泉は口を尖らす。
でもそういうことなら、一考してみる価値はあるかもしれない。
「じゃあまずは転校生の西園寺さん……、西園寺葵さん。彼の運命のひとらしいですけど、……先輩はどう思います?」
「よく吠える、しつけのなっていない子犬って感じだよね。喧しいし、俺はもうちょっと大人しい子の方が好きだな。もちろん、九条さんのことだけど」
「あ、ありがとうございます。……いえ、先輩の心証についてはとりあえず横に置いておいてください」
あんな美人を相手に一刀両断。一途というか、盲目というか。あばたもえくぼ、という言葉が泉の脳裏をよぎる。
葵が転校してきた日、人形みたいに可愛いと騒いでいた同級生たちがバカみたいだ。こんなの聞かれたら西園寺さんのファンに殺されそう、と泉の方が怖くなる。
慌てて周囲に視線を走らすが、幸いなことに今の図書室にはカウンターにいる司書以外人影はなかった。
「まぁ彼女が九条さんを敵視してるっていうのは俺にも伝わってきたよ」
「先輩の目から見ても、ですか?」
「誰でもわかると思うよ。あんなにはっきり態度に出されちゃあね」
「……そんなぁ」
うっすらとそんな気はしていた。していたけど、第三者から言明されると結構グサッとくる。
西園寺葵。日本人形のように怜悧な美貌を持った転校生。初対面のはずなのに、誠を【運命のひと】と呼び、彼に抱き着いた積極的な女の子。
彼女のことは転校初日に誠から紹介されたが、挨拶をした時から睨まれた覚えがある。それはどの世界でも共通するイベントで、ついでに言えば泉が『視力が悪いのかな』と自分を納得させるのも毎度のことだったけれど──そうか、やっぱり嫌われていたんだ。
泉が肩を落とすと、しかし薫は不思議そうに首を傾げる。
「どうして九条さんが落ち込むの?あんな礼儀知らずの子ども、君が気にかけてやる価値なんてないのに。犬に噛まれたと思って忘れるのが一番だよ」
「そっ、そりゃあ殆ど関わりなんてなかったですけど……そう簡単に割りきれませんよ。嫌われるのは、誰が相手でも悲しいことです」
「でもそんなに優しくちゃ身がもたないでしょう?」
「これが普通です。私が特別優しいとか、そういうんじゃないですよ」
「そうかなぁ……」
納得がいかない、と薫の顔には書いてある。
彼にとっての世界はとても狭いものなのだろう。言うなればそこは箱庭。芳野薫の世界は彼と【九条泉】だけで成り立っている。そう、実感させられた。
だからこそ愛情深いのかもしれない、と泉は思う。他の人間を知らないから、だから彼は私を守ってくれるのだろう。けれどそれはとても脆い関係性だ。
泉は薫の肩越しに暮れゆく空を見た。秋の色に染まる空。やがては木枯らしの吹き荒ぶ冬がやって来る。
──薄氷の上に立つ私たちにも、春は来るのだろうか。
そしてそれは私にとって、喜ぶべきものなのだろうか。
泉にはわからなかった。
「とりあえず西園寺さんは候補に入れておくとして……」
西園寺葵、とノートに名前を記す。
別にそんなことじゃ何も変わらないし、これは呪いのノートでもなんでもない。それでも名前を書く間中、泉の指先は緊張で強ばっていた。
誰かを疑うこと、それがこんなにも苦しいものだったなんて。
「そういえば、幼馴染みくんのご家族とは?九条さんは仲良いの?」
「え?ええ、まぁ……幼稚園からの付き合いですから、それなりには」
藪から棒にいったい何が聞きたいんだろう。
訝しみつつ、泉はこの十数年と繰り返された一週間の記憶を漁る。結城誠とその家族──父親と母親、それから中学生の妹。どこにでもいる、しごく平凡な四人家族だ。特別な印象などない。
あぁでも、引っ掛かることといえばひとつ。
「そういえばこの一週間、ご両親は郷里に帰っているらしいです。なんでもご親族に不幸があったとかで……。うちの両親もちょうどこの一週間旅行に出ているものですから、不思議な縁を感じちゃいますね。それこそ運命……みたいな」
物語的ご都合主義、とでも言うのか。
学生が主人公のアニメやゲームでは作劇上家族の存在が邪魔になることがままある。だからそもそも最初から亡くなっていたり、海外赴任をしていたりと画面から排除される傾向が強い。
だから【結城誠】という高校生が主人公のこの世界でも、大人はできる限り登場しないですむよう取り計らわれているのだろう。まったくもって迷惑な話だ。
創造主がいるなら一回くらい殴らせてもらいたい。お陰で幾度となく両親と死に別れる羽目となったのだから、それくらいの抗議は許されてしかるべきだろう。
「妹の方もご両親と一緒に?」
「いえ?こちらに残っていると思いますが……、何だかんだであんまり会えていないですね」
改めて思い返してみると、幼馴染みの妹に関してはこの一週間殆ど印象に残っていない。自宅を訪ねても、体調を崩しているとか友だちと遊びに出掛けているとかで不在のことが多かった。
それもまぁ、物語上の都合だろう。家に妹がいたのでは恋愛イベントが進展しない。創造主なりの気遣いである。だったら最初から妹の存在など設定するなという話だが、華は多いに越したことはない、……ということだろう。妹萌えなるものについては泉も兄から聞いている。
「ゆかりちゃん、元気にしてるかなぁ」
昔はよく一緒に遊んだっけ。
繰り返される一週間のせいで随分と遠くなってしまった思い出を振り返って、泉は呟く。
ふるさとは遠きにありて思ふもの。無邪気に永遠を信じていた幼少期が、今ではひどく懐かしく感じられた。
0
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
結婚したくない腐女子が結婚しました
折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。
仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。
本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは?
※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。
主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。
※番外編に入り、百合についても語り始めました。
こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。
※番外編を随時更新中。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる