死にゲー世界のヒロインだけど死にたくないから黒幕を攻略する

クリーム

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私以外のヒロインのこと

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 殆どの生徒が部活動に精を出している頃、放課後の図書室で泉は頭を抱えていた。
 机上に広げられたのは白紙の容疑者リスト。昨日は途中で考えることを放棄したが、今となっては話は別。今日一日、小さな不幸に見舞われ続け、『さすがに何とかしなければ』と思わざるを得なくなった。
 たった一日で疲労困憊。気を張り続けた結果、身体も心も疲れきってしまった。これ以上なんて無理だ。一刻も早く自由になりたい。
 焦燥感は募るが、しかしペンは一向に進まない。

「殺したいほど私を憎んでいるひと……、うーん……、そうそう思いつきませんね、やっぱり」

 というか、そこまでの憎しみを向けられているなど考えたくないのだろう。ただでさえ交遊関係は狭いのに、その限られた世界にすら嫌われているなんて……考えただけで泣きたくなる。

「そもそも私ひとりが死んだところで何かが大きく変わるなんてこともないでしょうし、労力の無駄としか思えません」

「相変わらず自己評価が低いね、九条さんは」

 溜め息をつく泉の前、向かいの席に座る先輩はくすりと笑う。まるで泉がおかしな冗談でも言っているみたいに。

「俺は九条さんの幼馴染みくんが不慮の事故とかで死んだらいいのになぁって、常日頃から思ってたけど」

「また爆弾発言を……」

 かく言う彼の発言こそが悪い冗談としか思えない。
 けれど泉の方も昨日今日でだいぶ慣れてきた。またぶっ飛んだこと言ってるなぁと他人事のように思う。……死を願われているらしい幼馴染みにはたいへん申し訳ないが。

「そこは自分の手で殺したいとはならないんですね」

「俺にも選ぶ権利はあるよ。それに九条さんを悲しませたくもなかったし。けど不慮の事故なら誰の責任でもないし、君も諦めがつくかなって」

「う、うーん……?思考回路が上級者すぎて理屈が通ってるんだか通ってないんだか判断に困りますね」

 意味もなくペンをノックしながら、芳野薫のよくわからない持論を聞く。
 好きなひとに恋人がいたとして、普通前者の方を殺そうとするだろうか。自分のライバルを殺す、その方がよほど理解できると泉は思う。
 薫も理解してほしいとは思っていないらしい。否定することはせず、

「でもこういう理由なら九条さんを恨んでいるひともいるかもね。逆恨みも甚だしいけど」

 と肩を竦めた。

「幼馴染みくん、最近色んな女の子に迫られてるみたいじゃない?」

「え……、確かにそうらしいです、けど…………」

 言葉につまったのは嫌なことを思い出したからだ。嫌な……とてもいやな感覚。臓腑を引っくり返されたみたいだ、と泉は密かに胸を押さえる。
 幼馴染みの結城誠は泉と同じ、どこにでもいる平凡な男子高校生だった。成績はよくないけど、身体能力は高い。正義感に溢れ、明るく、友人も沢山いる。
 泉とは何もかもが正反対で、でもだからこそ彼の隣は居心地がよかった。
 なのに一週間前から──時期外れの転校生が彼を【運命のひと】と呼び、慕うようになって以来、学園のアイドルだとか不思議ちゃんな後輩だとか、そういう個性豊かな女の子たちとの関わりが増えた。
 繰り返される一週間の記憶を取り戻す前。どの世界でも泉は焦りを覚え、兄や友人たちに愚痴を溢していた。
 そういえば、オタクな兄は『ラノベみたいだな』と言っていたっけ。『男向けのラノベか美少女ゲームってとこか』まぁ頑張れよ、なんて心のこもってない応援をしてくれた。
 ループものという壮大な設定まで発覚した今となっては、ここは本当にアニメやゲームの世界なのかもしれない。だから幼馴染みが移り気なのは仕方ないのかもしれない。色んな女の子との絡みが作品上必要だというだけで、……私はその中のひとりにすぎなかったというだけで。
 それでも泉は『いやだなぁ』と思ってしまう。好きなひとには自分だけを見ていてほしかった。──彼の、運命になりたかった。
 泉はそっと呼吸を整えた。

「でもそれなら私だけ狙われるなんて納得できません。女の子同士、ライバル同士、血で血を洗う殺し合いにならないと」

「幼馴染みくんと九条さんがそれだけ強い絆で結ばれてるように見えたのかもしれないよ」

「付き合ってもいなかったのに……」

 不公平だ、と泉は口を尖らす。
 でもそういうことなら、一考してみる価値はあるかもしれない。

「じゃあまずは転校生の西園寺さん……、西園寺葵さん。彼の運命のひとらしいですけど、……先輩はどう思います?」

「よく吠える、しつけのなっていない子犬って感じだよね。喧しいし、俺はもうちょっと大人しい子の方が好きだな。もちろん、九条さんのことだけど」

「あ、ありがとうございます。……いえ、先輩の心証についてはとりあえず横に置いておいてください」

 あんな美人を相手に一刀両断。一途というか、盲目というか。あばたもえくぼ、という言葉が泉の脳裏をよぎる。
 葵が転校してきた日、人形みたいに可愛いと騒いでいた同級生たちがバカみたいだ。こんなの聞かれたら西園寺さんのファンに殺されそう、と泉の方が怖くなる。
 慌てて周囲に視線を走らすが、幸いなことに今の図書室にはカウンターにいる司書以外人影はなかった。

「まぁ彼女が九条さんを敵視してるっていうのは俺にも伝わってきたよ」

「先輩の目から見ても、ですか?」

「誰でもわかると思うよ。あんなにはっきり態度に出されちゃあね」

「……そんなぁ」

 うっすらとそんな気はしていた。していたけど、第三者から言明されると結構グサッとくる。
 西園寺葵。日本人形のように怜悧な美貌を持った転校生。初対面のはずなのに、誠を【運命のひと】と呼び、彼に抱き着いた積極的な女の子。
 彼女のことは転校初日に誠から紹介されたが、挨拶をした時から睨まれた覚えがある。それはどの世界でも共通するイベントで、ついでに言えば泉が『視力が悪いのかな』と自分を納得させるのも毎度のことだったけれど──そうか、やっぱり嫌われていたんだ。
 泉が肩を落とすと、しかし薫は不思議そうに首を傾げる。

「どうして九条さんが落ち込むの?あんな礼儀知らずの子ども、君が気にかけてやる価値なんてないのに。犬に噛まれたと思って忘れるのが一番だよ」

「そっ、そりゃあ殆ど関わりなんてなかったですけど……そう簡単に割りきれませんよ。嫌われるのは、誰が相手でも悲しいことです」

「でもそんなに優しくちゃ身がもたないでしょう?」

「これが普通です。私が特別優しいとか、そういうんじゃないですよ」

「そうかなぁ……」

 納得がいかない、と薫の顔には書いてある。
 彼にとっての世界はとても狭いものなのだろう。言うなればそこは箱庭。芳野薫の世界は彼と【九条泉】だけで成り立っている。そう、実感させられた。
 だからこそ愛情深いのかもしれない、と泉は思う。他の人間を知らないから、だから彼は私を守ってくれるのだろう。けれどそれはとても脆い関係性だ。
 泉は薫の肩越しに暮れゆく空を見た。秋の色に染まる空。やがては木枯らしの吹き荒ぶ冬がやって来る。

 ──薄氷の上に立つ私たちにも、春は来るのだろうか。
 そしてそれは私にとって、喜ぶべきものなのだろうか。

 泉にはわからなかった。

「とりあえず西園寺さんは候補に入れておくとして……」

 西園寺葵、とノートに名前を記す。
 別にそんなことじゃ何も変わらないし、これは呪いのノートでもなんでもない。それでも名前を書く間中、泉の指先は緊張で強ばっていた。
 誰かを疑うこと、それがこんなにも苦しいものだったなんて。

「そういえば、幼馴染みくんのご家族とは?九条さんは仲良いの?」

「え?ええ、まぁ……幼稚園からの付き合いですから、それなりには」

 藪から棒にいったい何が聞きたいんだろう。
 訝しみつつ、泉はこの十数年と繰り返された一週間の記憶を漁る。結城誠とその家族──父親と母親、それから中学生の妹。どこにでもいる、しごく平凡な四人家族だ。特別な印象などない。
 あぁでも、引っ掛かることといえばひとつ。

「そういえばこの一週間、ご両親は郷里に帰っているらしいです。なんでもご親族に不幸があったとかで……。うちの両親もちょうどこの一週間旅行に出ているものですから、不思議な縁を感じちゃいますね。それこそ運命……みたいな」

 物語的ご都合主義、とでも言うのか。
 学生が主人公のアニメやゲームでは作劇上家族の存在が邪魔になることがままある。だからそもそも最初から亡くなっていたり、海外赴任をしていたりと画面から排除される傾向が強い。
 だから【結城誠】という高校生が主人公のこの世界でも、大人はできる限り登場しないですむよう取り計らわれているのだろう。まったくもって迷惑な話だ。
 創造主がいるなら一回くらい殴らせてもらいたい。お陰で幾度となく両親と死に別れる羽目となったのだから、それくらいの抗議は許されてしかるべきだろう。

「妹の方もご両親と一緒に?」

「いえ?こちらに残っていると思いますが……、何だかんだであんまり会えていないですね」

 改めて思い返してみると、幼馴染みの妹に関してはこの一週間殆ど印象に残っていない。自宅を訪ねても、体調を崩しているとか友だちと遊びに出掛けているとかで不在のことが多かった。
 それもまぁ、物語上の都合だろう。家に妹がいたのでは恋愛イベントが進展しない。創造主なりの気遣いである。だったら最初から妹の存在など設定するなという話だが、華は多いに越したことはない、……ということだろう。妹萌えなるものについては泉も兄から聞いている。

「ゆかりちゃん、元気にしてるかなぁ」

 昔はよく一緒に遊んだっけ。
 繰り返される一週間のせいで随分と遠くなってしまった思い出を振り返って、泉は呟く。
 ふるさとは遠きにありて思ふもの。無邪気に永遠を信じていた幼少期が、今ではひどく懐かしく感じられた。
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