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緋糸たぐる御伽姫
30.悲劇の幕開け
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精霊族祭を2日後に控えたその日、ポトスの街の歓楽街にある飲食店に2人の男の姿があった。ともに50歳前後の容姿を持つ彼らの正体は、ロシャ王国外交使節団付添人であるマルコーと、ドラキス王国人間族長のダグである。互いに目の前に豪華な食事を並べた2人のいる場所は、しんと静まり返った空間だ。飲食店独特の賑やかさがその空間にはない。ここはポトスの街に無限とある飲食店の中でも、特段値の張る一店だ。店内に置かれたテーブルは全部で5つ、その全てが広々とした個室の中に設置されている。個室の中には花が生けられた花瓶があり、壁に掛かる絵画があり、テーブルに掛かる卓布は艶のある絹製だ。
ここは特別な客人を迎えるときや、恋人との特別なデートを楽しむときに使われる、ポトスの街中でも数少ない高級志向の飲食店だ。しかしマルコーとダグがこの高級志向の店にわざわざ足を運んだのにはまた違った理由がある。秘密話をしたかったからだ。
「マルコー殿。レイバック王とメアリ姫の様子はいかがでございましたか。無事、街歩きを共にされたのでしょう」
「ああ。ダグの直訴のおかげで非常に有意義な一日となった。私の取り計らいも功を奏し、お2人は随分と距離を縮められた。精霊族祭を共にすることになったという話を聞いたか?」
「ええ、風の噂で私の耳にも届いております。侍女の噂ゆえ真偽を疑っておりましたが、真の話なのですね」
「そうだとも。街歩きの最後に石橋の上から夕暮れを臨む機会があってな。そこでメアリ姫が勇気を奮い起こされたようだ。自分の口からレイバック王を祭に誘ったのだと、夜分興奮した様子で私に報告をなされた」
「メアリ姫のように可憐な姫君に直接の誘いを受けて、断ることができる者などおりません。いやはや嬉しい限りですね。結婚の話も順調に進みそうでしょうか?」
ダグは上機嫌で目の前の料理を口に運ぶが、対するマルコーはどこか物憂げだ。
「順調に進むと信じたい気持ちはある。しかしそう悠長な事も言っていられんのだ。レイバック王は街歩きの最中にルナ様に土産の首飾りを買われている。行動を共にしたメアリ姫には何一つ贈らぬというのに」
「…左様でございましたか」
マルコーの物憂いの原因は、街歩きの夜のメアリとの会話にある。「メアリ姫。レイバック王から贈り物などはされなかったのですか?」そう探りを入れるマルコーに対し、メアリはこう返した。「されておりません。レイバック様はルナ様に土産を買われておりましたが、私には何も……」笑みを取り繕いながらの、メアリの表情には悲しみが隠れていた。
そして今朝方、マルコーが偶然出くわしたルナの首元には見慣れぬ首飾りがあった。深緑色のワンピースに合っているとは言い難いガラス玉の首飾り。侍女が選んだ物ではない。ならばそれはレイバックからの贈り物であると、マルコーはすぐに思い至る。そして今日の午後、マルコーは「街歩きの際に職人街で落とし物をしたようだ」と空言を言い単身ポトスの街に下りた。メアリの証言を頼りに職人街を巡り、レイバックが首飾りを購入した小さな工房を探し当てる。「身分は明かせぬが自分は先日この店を訪れた二人の仲を取り繋ぐ者だ」そう告げ巧みに真実を問い質すマルコーに対し、人の良い女性店主はこう返した。「一昨日来た女の子とお兄さんよね?確かにお兄さんに首飾りを買わせたわよ。2人の仲が上手くいくように願いを込めてね。出来上がったばかりの、白い花弁の入ったガラス玉の首飾りよ」
世話焼きの女性店員がメアリを思って買わせた首飾りを、レイバックはルナに渡した。その事実がマルコーを苛立たせる。レイバックの心はルナにある。メアリの精霊族祭の誘いを受けたことも、他国の要人の接待としか考えていないのであろう。ならばレイバックとメアリの仲にこれ以上の進展を望むことは難しい。進展を望むのならば、周りが何かしらの手を貸す必要がある。そう考えたマルコーは精霊族祭を2日後に控えた今日、こうしてダグを食事に誘い出したのだ。
「全くことごとく邪魔な女だ。…いやいや邪魔などと言ってはいかんな。我々にとっては思惑を邪魔する嫌な女でも、レイバック様にとっては愛しい女性だ。大国の妃候補であるルナ様を、邪魔などと言っては…」
頭を抱え愚痴を零すマルコー。マルコーの様子を眺め長らく考え込んでいたダグが、ぽつりと言葉を零す。
「マルコー殿。これから私が申す事はただの独り言です。行く先に悩む私の、ただのしがない独り言」
マルコーは頭を抱え込んだまま、はたと黙り込んだ。ダグとは視線を交わさぬままに、その口から語られる言葉に耳を澄ます。
「レイバック王はルナ様を妃に迎え入れるつもりなどない。ルナ様はアポロ王の申し出を体よく断るためのお飾りの婚約者。メアリ姫を遠ざけるための仮初の妃候補である。外交使節団が帰国した後ルナ様は王宮を離れ、王の隣に妃が座ることはない。ルナ様とは週に一度程度の逢瀬を続ける仲で在りたいとは、他ならぬレイバック王の御言葉である。しかし私も心が引き裂かれる思いだ。レイバック王の思惑を知る者は私を含む十二種族長の面々のみ。官吏も侍女も兵士も皆、近い将来に王妃の誕生を信じている。しかしルナ様が皆の願いを叶えることはない。それならば、真に王妃に相応しい御方がレイバック王の傍らにあれば良い。多少強引な手を使ってもそうすることが皆のため、果ては国家のためではなかろうか」
そこで言葉を終えると、ダグは何事もなかったかのように食事を再開した。沈黙の場に食器のぶつかる音が延々と響く。一皿を食べ終えた時にマルコーはついと視線を上げ、自らを凝視していたマルコーと顔を合わせた。老いを感じ始めた二対の双眸は狂気と笑う。
嘘にまみれた仮初の妃候補など、不要。
ここは特別な客人を迎えるときや、恋人との特別なデートを楽しむときに使われる、ポトスの街中でも数少ない高級志向の飲食店だ。しかしマルコーとダグがこの高級志向の店にわざわざ足を運んだのにはまた違った理由がある。秘密話をしたかったからだ。
「マルコー殿。レイバック王とメアリ姫の様子はいかがでございましたか。無事、街歩きを共にされたのでしょう」
「ああ。ダグの直訴のおかげで非常に有意義な一日となった。私の取り計らいも功を奏し、お2人は随分と距離を縮められた。精霊族祭を共にすることになったという話を聞いたか?」
「ええ、風の噂で私の耳にも届いております。侍女の噂ゆえ真偽を疑っておりましたが、真の話なのですね」
「そうだとも。街歩きの最後に石橋の上から夕暮れを臨む機会があってな。そこでメアリ姫が勇気を奮い起こされたようだ。自分の口からレイバック王を祭に誘ったのだと、夜分興奮した様子で私に報告をなされた」
「メアリ姫のように可憐な姫君に直接の誘いを受けて、断ることができる者などおりません。いやはや嬉しい限りですね。結婚の話も順調に進みそうでしょうか?」
ダグは上機嫌で目の前の料理を口に運ぶが、対するマルコーはどこか物憂げだ。
「順調に進むと信じたい気持ちはある。しかしそう悠長な事も言っていられんのだ。レイバック王は街歩きの最中にルナ様に土産の首飾りを買われている。行動を共にしたメアリ姫には何一つ贈らぬというのに」
「…左様でございましたか」
マルコーの物憂いの原因は、街歩きの夜のメアリとの会話にある。「メアリ姫。レイバック王から贈り物などはされなかったのですか?」そう探りを入れるマルコーに対し、メアリはこう返した。「されておりません。レイバック様はルナ様に土産を買われておりましたが、私には何も……」笑みを取り繕いながらの、メアリの表情には悲しみが隠れていた。
そして今朝方、マルコーが偶然出くわしたルナの首元には見慣れぬ首飾りがあった。深緑色のワンピースに合っているとは言い難いガラス玉の首飾り。侍女が選んだ物ではない。ならばそれはレイバックからの贈り物であると、マルコーはすぐに思い至る。そして今日の午後、マルコーは「街歩きの際に職人街で落とし物をしたようだ」と空言を言い単身ポトスの街に下りた。メアリの証言を頼りに職人街を巡り、レイバックが首飾りを購入した小さな工房を探し当てる。「身分は明かせぬが自分は先日この店を訪れた二人の仲を取り繋ぐ者だ」そう告げ巧みに真実を問い質すマルコーに対し、人の良い女性店主はこう返した。「一昨日来た女の子とお兄さんよね?確かにお兄さんに首飾りを買わせたわよ。2人の仲が上手くいくように願いを込めてね。出来上がったばかりの、白い花弁の入ったガラス玉の首飾りよ」
世話焼きの女性店員がメアリを思って買わせた首飾りを、レイバックはルナに渡した。その事実がマルコーを苛立たせる。レイバックの心はルナにある。メアリの精霊族祭の誘いを受けたことも、他国の要人の接待としか考えていないのであろう。ならばレイバックとメアリの仲にこれ以上の進展を望むことは難しい。進展を望むのならば、周りが何かしらの手を貸す必要がある。そう考えたマルコーは精霊族祭を2日後に控えた今日、こうしてダグを食事に誘い出したのだ。
「全くことごとく邪魔な女だ。…いやいや邪魔などと言ってはいかんな。我々にとっては思惑を邪魔する嫌な女でも、レイバック様にとっては愛しい女性だ。大国の妃候補であるルナ様を、邪魔などと言っては…」
頭を抱え愚痴を零すマルコー。マルコーの様子を眺め長らく考え込んでいたダグが、ぽつりと言葉を零す。
「マルコー殿。これから私が申す事はただの独り言です。行く先に悩む私の、ただのしがない独り言」
マルコーは頭を抱え込んだまま、はたと黙り込んだ。ダグとは視線を交わさぬままに、その口から語られる言葉に耳を澄ます。
「レイバック王はルナ様を妃に迎え入れるつもりなどない。ルナ様はアポロ王の申し出を体よく断るためのお飾りの婚約者。メアリ姫を遠ざけるための仮初の妃候補である。外交使節団が帰国した後ルナ様は王宮を離れ、王の隣に妃が座ることはない。ルナ様とは週に一度程度の逢瀬を続ける仲で在りたいとは、他ならぬレイバック王の御言葉である。しかし私も心が引き裂かれる思いだ。レイバック王の思惑を知る者は私を含む十二種族長の面々のみ。官吏も侍女も兵士も皆、近い将来に王妃の誕生を信じている。しかしルナ様が皆の願いを叶えることはない。それならば、真に王妃に相応しい御方がレイバック王の傍らにあれば良い。多少強引な手を使ってもそうすることが皆のため、果ては国家のためではなかろうか」
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