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荒城の夜半に龍が啼く
空の旅-2
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獣人族の集落付近の草原を発った後も、飛行はおおむね順調。バルトリア王国国土に近づいた頃に3度飛行獣との遭遇を果たすものの、いずれも交戦には至らない。ドラゴンの姿を目視した魔獣は、皆慌てたように翼をばたつかせて逃げて行くのだ。当然である。神獣であるドラゴンに単騎で太刀打ちできる魔獣など、この世界には存在しない。
当初の予想より遥かに快適な空の旅を送るゼータは、やはりひたすらに眼下の風景を観察していた。しかしバルトリア王国との国境が近づくにつれ、それまで時折見受けられた集落すらも見えなくなる。吸い込まれそうなほどに深い緑の森、森林地帯にぽっかりと口を開けた泉や沼地、地上にいるときよりもいくらか近くなった空と雲。それがゼータの目に映る風景の全てだ。
飛行を再開して50分と少々が経った頃、眼下に雄大な河川が現れた。川幅が30mはあろうかという大河は、森林地帯を東から西へと縦断している。その河川はドラキス王国とバルトリア王国の国境だ。いや正確には、「ドラキス王国側が勝手にバルトリア王国との国境としている河川」である。ドラキス王国建国以後、バルトリア王国との間でまともな交易が行われた試しはない。2国の国境をどことするか、正式な協議を行う機会など存在しなかったのである。しかしそれも過去の話。新王が誕生した今、そう遠くないうちに正式な国境の線引きを行う必要がある。
雄大な河川を超える直前に、レイバックとゼータは再び地上に降り立った。本日2度目となる休憩のためである。ここに至るまでの所要時間は、1度目の休憩時間を含めて2時間と15分、多少の遅れはあるものの概ね順調な旅路である。ドラゴンの背から滑り降りたゼータは、砂利の地面で数度足踏みをした。目の前には緩やかと流れる大河、背後には鬱蒼と茂る森林地帯、ドラゴンの降り立った場所は、森林地帯と河川の端境に位置する河川敷だ。水苔のこびり付いた大小様々の丸石が一体を埋め尽くし、ところどころの窪地には水が溜まっている。大雨が降り河川の水嵩が増せば、この場所も川底に沈むのであろう。
ゼータは鞍に結わえ付けていた手荷物を地面へと下ろし、中から手のひら大の紙包みを取り出した。紙包み越しに香しさが漂う。それは間食用のサンドイッチだ。慣れぬ飛行に吐き気を催しては不味いと、朝食を控えめにするゼータのために、カミラが手ずから包んでくれたのである。出発が早朝であったために、太陽はまだ天頂には程遠い。しかしゼータの腹はすでに空腹を訴えていた。花模様の紙包みを開けば、ハムと卵がたっぷりと挟み込まれたサンドイッチが顔を出す。手近な丸岩に腰を下ろすゼータをよそに、レイバックは未だ龍形を保ったままであった。金色の眼を数度瞬かせながら、ドラゴンは河川を離れ森林の方へと歩いてゆく。
「レイ、どこに行くんですか?」
ゼータの問いも空しく、ドラゴンが歩みを止めることはない。それどころかゼータに背を向けて、身体を弾ませながら河川敷を駆けて行く。向かう先は鬱蒼と茂る森林地帯だ。まさか木々の間に、魔獣の姿を見つけたのであろうか。ゼータは首を傾げながらも、去り行くドラゴンの背と尾を見送った。
ゼータが3つあるサンドイッチの一つ目を胃袋に収めたとき、河川敷にはドラゴンが戻って来た。退席の理由はやはり狩りのためであったようで、鋭く尖った上下の歯列は魔獣を咥えこんでいる。黒い毛並みを持つ中型の魔獣だ。引き締まった胴体に長く伸びた4本の脚。黒々とした毛並みを持つその魔獣は、ポトスの街でも時折その姿を見掛ける狩猟犬を思わせる。しかしここは荒国と名高いバルトリア王国との国境付近。捕らえられる獣がただの犬であるはずもない。
「その魔獣は…ヘルハウンドですね。ポトスの街近郊でも見掛けますけれど、そこまで大型の個体は珍しいですね。もしかして、私に見せようと思って持ってきてくれたんですか?」
ゼータがそう尋ねると、ドラゴンは黒毛並みの魔獣をゼータの目の前に下ろす。魔獣の眼にすでに光はなく、力なく開いた口からは長い舌が垂れている。森に身を潜めていたヘルハウンドは、哀れにもドラゴンの牙の餌食となったのだ。ゼータは鮮血に塗れた魔獣の死骸にしげしげと眺め入る。そのゼータの目の前に、さらにごとりと音を立てて落ちる物がある。視線をずらして見れば、緋色のドラゴンが砂利の上にしっとりと頭を垂れている。魔獣の死骸と地に付すドラゴン。横並びの2頭を交互に眺め、ゼータは困惑する。
「レイ、えっと…魔獣退治ありがとうございます。この死体はどうしますか?川に流す?」
素直に感謝の言葉を口にするゼータであるが、地に伏したドラゴンは動かない。どうやら望む対応では無かったようだ。ドラゴンは金色の眼を瞬かせ、長い尾をゆらゆらと揺らすばかり。ゼータは激しく狼狽える。一体この魔獣の死骸をどうせよというのだ。伝えたいことがあるのなら、人型に戻って伝えてくれれば良いのに。困惑したゼータが、無言でその場に佇むこと数十秒。ふとゼータの脳裏に在りし日の光景が思い出される。
そう、あれはもう10年以上も前のこと。ゼータの所属する魔法研究所に、野良犬が住み着いたことがあったのだ。茶色毛並みの丸々とした犬で、研究員は皆その犬を可愛がっていた。中でも一際その犬を溺愛していた者は動物好きのビットである。茶の毛並みという容貌から安易に「茶々」と名付け、キメラの餌を横流しするほどの溺愛ぶりであったのだ。そしてビットと仲の良いゼータは、不幸なことにも茶々の毛繕い役に任命された。その役職は2日に一度専用ブラシで茶々の毛並みを整え、週に一度水浴びをさせるという何とも面倒な大役である。大役を引き受けた、もとい押し付けられたゼータはしぶしぶ茶々にブラシをかけ週に1度の水浴びをさせた。望まぬ大役であったものの茶々は次第にゼータに懐き、姿を見れば足元にすり寄ってくるまでになったのだ。
3か月が経つ頃には、ゼータは習慣と化した毛繕い役を面倒とは感じなくなっていた。しかし一つ困ったことがあった。それは大きく成長した茶々が、自分で狩った餌をゼータに見せびらかしに来ることだ。狩りたてほやほやの小型魔獣や動物の死骸をゼータの足元に置き、その横に頭を垂れるのである。早く頭を撫でて、私を褒めて、とでも言うように。ゼータが頭を撫でると、満足した茶々はすぐにその餌にありつくのである。突然目の前に差し出される動物の死骸に、声をあげて驚いたことは1度や2度では無い。しかしその行動が愛撫を望むためのものであるとわかれば、ただただ愛らしかった。
そして今目の前で首を垂れるドラゴンの姿は、当時の茶々そのものである。
まさか一国の王ともあろう者が、子犬のように頭を撫でて欲しがるはずもない。そう思いながらも、ゼータはドラゴンの頭部に歩み寄り、緋色の鱗が並ぶ鼻先を撫でる。
「レイ、よく出来ました。いい子いい子」
完全に半信半疑の行動であった。そうであるにも関わらず、撫でられるドラゴンは抵抗もなく至って従順である。硬い鱗で覆われた表皮に、どれほどの感覚があるのかはわからない。しかし金色の眼を細める様は、愛撫による快楽を享受しているようにも見えなくはない。
ゼータの手が鼻先を離れるとすぐに、ドラゴンはぱっと身を起こした。砂利に置いた魔獣の死体を咥え上げ、瞬時にそれを口内へと収める。生々しい咀嚼音、飛び散る鮮血。一匹の哀れな魔獣が、ドラゴンの糧となる瞬間である。口周りの鮮血までもを綺麗に舐めとったドラゴンは、愕然とするゼータを一瞥した後、再び森林地帯へと歩みを向ける。
「…まさかまた狩りに行くんですか?」
ゼータの問いに、去り行く背中は答えない。
「待って待って。一度人型に戻って話をしましょう。会話ができないと不安なんですよ。長いこと竜体でいると、人の心を忘れるなんて話はないですよね!?」
必死の叫びが聞こえているのか、いないのか。久方振りの狩りに心弾ませるドラゴンが、ゼータを振り返ることはない。
追及を諦めたゼータがサンドイッチを噛み締める間にも、ドラゴンはせっせと森から魔獣を運んできた。鮮血滴る死骸は毎度丁寧にゼータの足元へと並べ、ゼータが鼻先を撫でると満足したように死骸を飲み込むのである。そうした行為が3度続き、4匹目となる魔獣の死骸を胃袋に収めた後レイバックはようやく人へと姿を変えた。およそ1時間半振りに見る人型レイバック、ゼータは無言のままその胸元に縋りつく。
「…どうした?」
レイバックは首を傾げながらも、ゼータの両肩をそっと抱き寄せる。己の胸元に顔埋める妃を前に、ご満悦の様子だ。対するゼータは近年稀に見る膨れっ面。
「狩りに行くのなら、一言断りを入れてからにしてくださいよ。一瞬人型に戻るくらい、大した手間ではないでしょう」
「ああ、そのことか。森の中に複数の魔獣の気配があったんだ。竜体を保たねば襲われる危険性があった。案ずるな。全て蹴散らしてきたから最早襲撃の心配はない」
「それに関してはありがとうございます。でも訳もわからず置き去りにされる私の身にもなってくださいよ。すごく不安だったんです。レイが心までドラゴンになって、飛…飛び去ってしまうんじゃないかって…」
「そんな事、起こるはずがないだろう。長い間獣形を保っていた獣人族は、人の心を失うという研究結果があるか?」
「研究結果はないですけれど…でも30年くらい前に、そんな御伽話が流行ったじゃないですか。獅子へと姿を変える不思議な技を会得した王子が、技を乱用するうちに本当に獅子になってしまうという話。ご存じない?」
「その御伽話なら知っている。確か芝居になったろう?シルフィーとアリエルがえらく嵌まり込んで、一緒に劇場に赴いた記憶がある。物語の終幕は…姫君の口付けで獅子は王子へと戻るのであろう?確かによくできた話であったが、所詮は作り話だ。俺は遥か昔、数年単位ドラゴンの姿で時を過ごした経験がある。しかし人の心を忘れたことなど一度たりともない」
「…じゃ何でさっき、鼻先を撫でさせたんですか」
ゼータの問いに、レイバックはわざとらしく唇を尖らせ宙を仰いだ。質問に答えるつもりは更々なく、しかし鼻先を撫でて欲しかったのは本当のようだ。あれくらいの事で満足するのなら、帰国後はたまに頭を撫でてあげることにしよう。レイバックに抱きすくめられたまま、ゼータはそう誓うのである。
当初の予想より遥かに快適な空の旅を送るゼータは、やはりひたすらに眼下の風景を観察していた。しかしバルトリア王国との国境が近づくにつれ、それまで時折見受けられた集落すらも見えなくなる。吸い込まれそうなほどに深い緑の森、森林地帯にぽっかりと口を開けた泉や沼地、地上にいるときよりもいくらか近くなった空と雲。それがゼータの目に映る風景の全てだ。
飛行を再開して50分と少々が経った頃、眼下に雄大な河川が現れた。川幅が30mはあろうかという大河は、森林地帯を東から西へと縦断している。その河川はドラキス王国とバルトリア王国の国境だ。いや正確には、「ドラキス王国側が勝手にバルトリア王国との国境としている河川」である。ドラキス王国建国以後、バルトリア王国との間でまともな交易が行われた試しはない。2国の国境をどことするか、正式な協議を行う機会など存在しなかったのである。しかしそれも過去の話。新王が誕生した今、そう遠くないうちに正式な国境の線引きを行う必要がある。
雄大な河川を超える直前に、レイバックとゼータは再び地上に降り立った。本日2度目となる休憩のためである。ここに至るまでの所要時間は、1度目の休憩時間を含めて2時間と15分、多少の遅れはあるものの概ね順調な旅路である。ドラゴンの背から滑り降りたゼータは、砂利の地面で数度足踏みをした。目の前には緩やかと流れる大河、背後には鬱蒼と茂る森林地帯、ドラゴンの降り立った場所は、森林地帯と河川の端境に位置する河川敷だ。水苔のこびり付いた大小様々の丸石が一体を埋め尽くし、ところどころの窪地には水が溜まっている。大雨が降り河川の水嵩が増せば、この場所も川底に沈むのであろう。
ゼータは鞍に結わえ付けていた手荷物を地面へと下ろし、中から手のひら大の紙包みを取り出した。紙包み越しに香しさが漂う。それは間食用のサンドイッチだ。慣れぬ飛行に吐き気を催しては不味いと、朝食を控えめにするゼータのために、カミラが手ずから包んでくれたのである。出発が早朝であったために、太陽はまだ天頂には程遠い。しかしゼータの腹はすでに空腹を訴えていた。花模様の紙包みを開けば、ハムと卵がたっぷりと挟み込まれたサンドイッチが顔を出す。手近な丸岩に腰を下ろすゼータをよそに、レイバックは未だ龍形を保ったままであった。金色の眼を数度瞬かせながら、ドラゴンは河川を離れ森林の方へと歩いてゆく。
「レイ、どこに行くんですか?」
ゼータの問いも空しく、ドラゴンが歩みを止めることはない。それどころかゼータに背を向けて、身体を弾ませながら河川敷を駆けて行く。向かう先は鬱蒼と茂る森林地帯だ。まさか木々の間に、魔獣の姿を見つけたのであろうか。ゼータは首を傾げながらも、去り行くドラゴンの背と尾を見送った。
ゼータが3つあるサンドイッチの一つ目を胃袋に収めたとき、河川敷にはドラゴンが戻って来た。退席の理由はやはり狩りのためであったようで、鋭く尖った上下の歯列は魔獣を咥えこんでいる。黒い毛並みを持つ中型の魔獣だ。引き締まった胴体に長く伸びた4本の脚。黒々とした毛並みを持つその魔獣は、ポトスの街でも時折その姿を見掛ける狩猟犬を思わせる。しかしここは荒国と名高いバルトリア王国との国境付近。捕らえられる獣がただの犬であるはずもない。
「その魔獣は…ヘルハウンドですね。ポトスの街近郊でも見掛けますけれど、そこまで大型の個体は珍しいですね。もしかして、私に見せようと思って持ってきてくれたんですか?」
ゼータがそう尋ねると、ドラゴンは黒毛並みの魔獣をゼータの目の前に下ろす。魔獣の眼にすでに光はなく、力なく開いた口からは長い舌が垂れている。森に身を潜めていたヘルハウンドは、哀れにもドラゴンの牙の餌食となったのだ。ゼータは鮮血に塗れた魔獣の死骸にしげしげと眺め入る。そのゼータの目の前に、さらにごとりと音を立てて落ちる物がある。視線をずらして見れば、緋色のドラゴンが砂利の上にしっとりと頭を垂れている。魔獣の死骸と地に付すドラゴン。横並びの2頭を交互に眺め、ゼータは困惑する。
「レイ、えっと…魔獣退治ありがとうございます。この死体はどうしますか?川に流す?」
素直に感謝の言葉を口にするゼータであるが、地に伏したドラゴンは動かない。どうやら望む対応では無かったようだ。ドラゴンは金色の眼を瞬かせ、長い尾をゆらゆらと揺らすばかり。ゼータは激しく狼狽える。一体この魔獣の死骸をどうせよというのだ。伝えたいことがあるのなら、人型に戻って伝えてくれれば良いのに。困惑したゼータが、無言でその場に佇むこと数十秒。ふとゼータの脳裏に在りし日の光景が思い出される。
そう、あれはもう10年以上も前のこと。ゼータの所属する魔法研究所に、野良犬が住み着いたことがあったのだ。茶色毛並みの丸々とした犬で、研究員は皆その犬を可愛がっていた。中でも一際その犬を溺愛していた者は動物好きのビットである。茶の毛並みという容貌から安易に「茶々」と名付け、キメラの餌を横流しするほどの溺愛ぶりであったのだ。そしてビットと仲の良いゼータは、不幸なことにも茶々の毛繕い役に任命された。その役職は2日に一度専用ブラシで茶々の毛並みを整え、週に一度水浴びをさせるという何とも面倒な大役である。大役を引き受けた、もとい押し付けられたゼータはしぶしぶ茶々にブラシをかけ週に1度の水浴びをさせた。望まぬ大役であったものの茶々は次第にゼータに懐き、姿を見れば足元にすり寄ってくるまでになったのだ。
3か月が経つ頃には、ゼータは習慣と化した毛繕い役を面倒とは感じなくなっていた。しかし一つ困ったことがあった。それは大きく成長した茶々が、自分で狩った餌をゼータに見せびらかしに来ることだ。狩りたてほやほやの小型魔獣や動物の死骸をゼータの足元に置き、その横に頭を垂れるのである。早く頭を撫でて、私を褒めて、とでも言うように。ゼータが頭を撫でると、満足した茶々はすぐにその餌にありつくのである。突然目の前に差し出される動物の死骸に、声をあげて驚いたことは1度や2度では無い。しかしその行動が愛撫を望むためのものであるとわかれば、ただただ愛らしかった。
そして今目の前で首を垂れるドラゴンの姿は、当時の茶々そのものである。
まさか一国の王ともあろう者が、子犬のように頭を撫でて欲しがるはずもない。そう思いながらも、ゼータはドラゴンの頭部に歩み寄り、緋色の鱗が並ぶ鼻先を撫でる。
「レイ、よく出来ました。いい子いい子」
完全に半信半疑の行動であった。そうであるにも関わらず、撫でられるドラゴンは抵抗もなく至って従順である。硬い鱗で覆われた表皮に、どれほどの感覚があるのかはわからない。しかし金色の眼を細める様は、愛撫による快楽を享受しているようにも見えなくはない。
ゼータの手が鼻先を離れるとすぐに、ドラゴンはぱっと身を起こした。砂利に置いた魔獣の死体を咥え上げ、瞬時にそれを口内へと収める。生々しい咀嚼音、飛び散る鮮血。一匹の哀れな魔獣が、ドラゴンの糧となる瞬間である。口周りの鮮血までもを綺麗に舐めとったドラゴンは、愕然とするゼータを一瞥した後、再び森林地帯へと歩みを向ける。
「…まさかまた狩りに行くんですか?」
ゼータの問いに、去り行く背中は答えない。
「待って待って。一度人型に戻って話をしましょう。会話ができないと不安なんですよ。長いこと竜体でいると、人の心を忘れるなんて話はないですよね!?」
必死の叫びが聞こえているのか、いないのか。久方振りの狩りに心弾ませるドラゴンが、ゼータを振り返ることはない。
追及を諦めたゼータがサンドイッチを噛み締める間にも、ドラゴンはせっせと森から魔獣を運んできた。鮮血滴る死骸は毎度丁寧にゼータの足元へと並べ、ゼータが鼻先を撫でると満足したように死骸を飲み込むのである。そうした行為が3度続き、4匹目となる魔獣の死骸を胃袋に収めた後レイバックはようやく人へと姿を変えた。およそ1時間半振りに見る人型レイバック、ゼータは無言のままその胸元に縋りつく。
「…どうした?」
レイバックは首を傾げながらも、ゼータの両肩をそっと抱き寄せる。己の胸元に顔埋める妃を前に、ご満悦の様子だ。対するゼータは近年稀に見る膨れっ面。
「狩りに行くのなら、一言断りを入れてからにしてくださいよ。一瞬人型に戻るくらい、大した手間ではないでしょう」
「ああ、そのことか。森の中に複数の魔獣の気配があったんだ。竜体を保たねば襲われる危険性があった。案ずるな。全て蹴散らしてきたから最早襲撃の心配はない」
「それに関してはありがとうございます。でも訳もわからず置き去りにされる私の身にもなってくださいよ。すごく不安だったんです。レイが心までドラゴンになって、飛…飛び去ってしまうんじゃないかって…」
「そんな事、起こるはずがないだろう。長い間獣形を保っていた獣人族は、人の心を失うという研究結果があるか?」
「研究結果はないですけれど…でも30年くらい前に、そんな御伽話が流行ったじゃないですか。獅子へと姿を変える不思議な技を会得した王子が、技を乱用するうちに本当に獅子になってしまうという話。ご存じない?」
「その御伽話なら知っている。確か芝居になったろう?シルフィーとアリエルがえらく嵌まり込んで、一緒に劇場に赴いた記憶がある。物語の終幕は…姫君の口付けで獅子は王子へと戻るのであろう?確かによくできた話であったが、所詮は作り話だ。俺は遥か昔、数年単位ドラゴンの姿で時を過ごした経験がある。しかし人の心を忘れたことなど一度たりともない」
「…じゃ何でさっき、鼻先を撫でさせたんですか」
ゼータの問いに、レイバックはわざとらしく唇を尖らせ宙を仰いだ。質問に答えるつもりは更々なく、しかし鼻先を撫でて欲しかったのは本当のようだ。あれくらいの事で満足するのなら、帰国後はたまに頭を撫でてあげることにしよう。レイバックに抱きすくめられたまま、ゼータはそう誓うのである。
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