齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎

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荒城の夜半に龍が啼く

一緒にお風呂

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 半ば強引に連れ込まれた浴室は、ポトス城王宮の私室のそれよりも大分狭い。タイル敷きの洗い場は人2人が寝ころべば手狭になるほどの広さで、ホーロー製の浴槽も手足を伸ばすに十分な広さとは言い難い。大の大人が2人で浸かれば尚更窮屈だ。その窮屈な浴槽の中で、湯に浸かり込んだレイバックはご機嫌だ。汗粒を浮かべる2本の腕の中には、諦めに満ちた表情のゼータが抱き込まれている。

「綺麗な風呂で良かったな。城に立ち入った時はあまりの陰鬱さにどうなる事かと思ったが、客室は整っているし備品も揃っている。飯も美味いしな」
「客間は全て改修済みだとマギが言っていましたよ。儀式棟の改修と掃除が追い付かなくて、侍女と官吏が総動員で式典の準備に当たっているみたいです」

 無難な答えを返しながらも、レイバックに抱き込まれたゼータは居心地が悪そうだ。ポトス城の王宮には、王宮居住者が自由に使える共同の浴室がある。そこでレイバックと鉢合わせることは幾度となくあったし、かつて逢瀬宿で一緒に風呂に浸かった経験もある。しかしその全てが男性体での出来事だ。女性の姿でレイバックと風呂を共にした経験は一度たりともない。日常的に肌を重ねているのだから、当然互いに裸は見慣れている。しかし寝所で見る裸と、風呂場で見る裸は趣が違う。湯に浸かった当初から尻付近に当たる固い物体も、ゼータが居心地の悪さを感じる要因の一つである。

「俺達も明日は慌ただしくなる。午前中は即位式典で着用するドレスと燕尾服の衣装合わせ。昼食を挟み、午後は登城した全国王が集っての会談だ。妃の参加は自由とされているが、どうする?」

 レイバックの手は湯船から湯をすくい上げ、ゼータの肩に流しかけた。2人が客室に戻る時間に合わせてロコが湯を張ってくれた湯船、程よい温度のお湯には薄橙色の入浴剤が入れられている。柑橘系の香りが疲れた頭と身体を癒してくれる。

「その事なんですけどね。ダイナに一緒に黒の城の散策しようと誘われました」
「城の散策?許可は取っているのか」
「ダイナ曰く、客室のある南棟は自由に出歩いて良いらしいですよ。城壁を越えなければ、屋外の散歩も問題はないそうです」
「それなら良いが…ジュリの妃は好奇心が旺盛だな」
「好奇心というよりは偵察目的らしいです。フィビアス女王率いる黒の城中枢部に、他国侵略の意思がないことを確認したいんですって。例えば不必要に多くの武器を蓄えていないか、兵士の数が異様に多くはないか。バルトリア王国に王が立つことは小国地帯にとって喜ばしくもあり、また脅威でもあるんですって。国力の差が顕著ですからね。バルトリア王国が国家として他国侵略を目論めば、小国地帯にそれを押し止める武力はありません。国王方は皆、結構気を張っているみたいですよ」
「なるほど偵察か…。ゼータにそのような責務を負わせるとは考えもしなかったな。書庫を見つけたら出てこなくなりそうだ」
「すみませんねぇ…無能寄りの王妃で」

 しょぼくれるゼータの肩を、レイバックは抱き寄せた。裸の肌が触れ合い、濡れた緋髪がゼータの首裏をくすぐる。

「今日は立派に王妃の務めを果たしたじゃないか。ラガーニャとの対話の席を設けてくれただろう。サロンを去り際に、他の国王から声を掛けられてな。滞在中の食事の共には困らなさそうだ」
「それは良かったです。急遽私が不在となっても問題はありませんね」

 一瞬、浴室内は静まり返る。ぴんと張り詰めた空気の中で、ゼータは恐る恐る背後を振り返った。吐息の届く場所に、不機嫌を露わにしたレイバックの顔がある。

「メリオンの入れ知恵か?」
「な、何のことでしょう」
「惚けるなよ。この度の遠征にあたり、メリオンにあれこれと入れ知恵をされたのだろう。ここまでの発言を振り返るに、黒の城内部で俺を一人にするなというところか?まさか相風呂の提案をすんなり許諾したのも、メリオンの教えを守るためか」
「それは…」

 レイバックの言葉は一字一句正しい。ゼータは答えを返すことが出来ず、黙り込む。

「あの野郎。俺と仲違いを起こすや否や、即座にゼータを囲い込みにかかったのか。強(したた)かというか、小狡いというか…メリオンに狡猾と卑下されたのでは、サキュバスの女王も面目が立たんな」

 囲い込む、小狡い。己の家臣に向ける散々な評価に、ゼータは眉尻を吊り上げた。レイバックの胸板に手のひらを押し当て、突き放す。薄橙色の水面が揺れて、ホーローの湯船から湯が溢れ出す。

「レイ。先に言っておきますけれど、私今回の件に関しては絶対的にメリオンの味方ですよ。サキュバスが狡猾的で異端とされるのは、バルトリア王国の常識であると情報屋の男性も言っていたじゃないですか。神国ジュリでも、フィビアス女王がサキュバスであることを理由に、アメシス殿の即位式参列に反対する家臣がいたと聞きます。わかるでしょう。メリオンの意見は、偏見ではなく常識なんですよ。常識的な事実を個人の偏見と決めつけ、現実が見えなくなっているのはレイの方ですよ」
「しかしメリオンは、俺の妃を狡猾的と卑下したも同然で」
「生憎私は馬鹿正直ですからね。人生に一度でも、狡猾的と称賛されてみたいものです。ねぇレイ、しっかりしてくださいよ。最悪の事態を想定することは王様として当然です。万が一レイがフィビアス女王の技の餌食になれば、ドラキス王国の民は守り神を失くしてしまうんですよ。目的いかんによっては、私は邪魔者として始末されてしまうかもしれません。そうなっても良いんですか?」

 ゼータはレイバックの両眼を見つめ、必死に訴える。ゼータはメリオンが好きではない。世の中の人々を好きか苦手かに二分するのであれば、間違いなく苦手の部類に属する人だ。日々貞操を狙われる身としては「淫猥な本性を暴かれ王宮から追放されてしまえ」と思う瞬間があることも事実。しかし今回ばかりは、そんなメリオンの発言を無下に扱うことはできない。誰もが認めるバルトリア王国の知者であり、王宮一危機管理能力に優れたメリオン。彼が「危険」と見なした黒の城の内部で、必要最低限の護身すらしないなどただの愚か者でしかない。
 レイバックは長いこと、ゼータの瞳を見据え考えこんでいた。きっかりと引き結ばれた上下の唇からは、やがて自嘲気味な溜息が漏れる。

「…ゼータの言う通りだ。俺が頑なであったな。反省しよう」

 そう言うと、レイバックは再びゼータの身体を抱き込んだ。黒髪に覆われたうなじに鼻先を擦り付ける様子は、さながら拗ねた幼子がお気に入りにぬいぐるみを抱き締めるよう。一方たくましい二の腕に抱き込まれたゼータは、途端にご機嫌だ。

「ではメリオンの教えを飲み込んでいただけますか。実は遠征出発前に3つほど、黒の城滞在の心構えを伝授されているんですけれど」
「ぜひ授けてくれ」
「まず一つ目は、黒の城内部で単身にならないこと。客室にいるときも気を抜かず、城内の移動時は他国の国王と行動を共にしてください。2つ目は食事への薬の混入を疑うこと。サロンでの飲食に気を遣う必要はありませんが、例えば明日の会談で目の前に出された茶菓子には手を付けないでください。薬で眠らされたのでは、惑わしの術を警戒するどころではありませんからね。3つ目にフィビアス女王との肉体的接触を控えること。握手程度は致し方なくとも、親愛の抱擁や口付けには応じないでください。惑わしの術の発動条件が不明のままですからね。警戒に警戒を重ねても十分とは言えません」
「その教えを飲み込むのであれば、ダンスパーティーへの参加は見合わせるべきか」
「不参加が最善であることに違いはないですけれど、大国の国王という立場上そう上手くもいかないでしょう。最低限の顔みせが済んだら、適当に理由をつけて会場から退散せよとのメリオンの指示です。あと、2か国対談には私も同席させていただきます。フィビアス女王がレイと2人きりでの対談を望んでいますから、同席を拒まれる可能性は十分にあります。説得を頼みますよ」
「承知した」

 ぬいぐるみのように抱き込まれたゼータからは、レイバックの表情を伺うことはできない。しかし後頭部にあたる声音はいつになく真剣だ。レイバックがメリオンの教えを飲み込むのならば、黒の城滞中の危険はかなり軽減される。時間は掛かったが必死の説得が功を奏したと、ゼータの脳内は大団円だ。

「あとは何かあったかな…メリオンに言われて、いざという時の脳内訓練を積んではきたんです。無駄な交戦を避けるに越したことはないですけれど、緊急時には得意の魔法を駆使して…何ですか?」

 首筋に熱を持った吐息がかかり、ゼータは身を竦めた。抱き込まれているのだから首筋に吐息が当たるのは当然のこと。しかしふぅ、と音を立てて吐きかけられるそれは、生命を維持するための呼気とは違う。明確な意図をもってゼータの首筋に吹きかけられたのだ。悪戯な声音が耳朶をくすぐる。

「仲直り」

 一時前までの真面目な声色はどこへやら。レイバックの声音は砂糖菓子のように甘い。たくましい2本の腕は水中を動き、柔らかな胸の皮膚に触れる。ゼータは身体を強張らせた。背中にあたる固い感触は健在である。

「身体を洗って上がります。レイはどうぞごゆっくり」

 不埒な動作を開始した腕を押しのけ、ゼータは湯船から這い出た。抱きかかえるもののなくなったレイバックは不満げである。

「逢瀬宿でもそうだったが、風呂場で盛るのは駄目なのか?結構盛り上がると思うんだが」
「声が響くので嫌です」
「…それが良いんじゃないか」

 レイバックは湯船から薄橙色の湯を救い上げゼータの元に飛ばす。子どものような挙動を無視して、ゼータは洗髪を開始した。

 風呂から上がり寝支度を整え、レイバックとゼータは早々に布団に潜り込んだ。灯りを落とし身体を合わせ、暗闇の中には2人分の笑い声がこだまする。しかし楽しげな笑い声はじきに聞こえなくなった。早起きと長時間に及ぶ飛行、慣れぬ他国の重鎮との会話、すっかり疲れ切っていた2人は柔らかな布団の誘惑に抗えなかったのだ。
 狭いベッドの上には安らかな寝息、城の夜は更けてゆく。
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