齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎

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荒城の夜半に龍が啼く

再訪

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 目覚めた瞬間目に飛び込んできた物は、ぱちぱちと瞬く6つの眼だ。知らない色の眼を鼻先に見て、ゼータは思わず短い悲鳴を上げた。

「起きた、起きたよ。ゼータが起きた」
「ニコ、人を呼んできて。さっきの爺ちゃんが良いよ。白髪のさ」
「わかった。ついでに飲み物を貰ってくる」

 ニコと呼ばれた少年は、軽い足取りでゼータの元を離れた。少年の行き先を眠気眼で追ったゼータは、ここが建物の中であることを知る。小さな平屋の建物だ。丸太の骨組みに、壁と屋根には葦と思われる草の茎が分厚く張ってある。床にも一面に枯草が敷き詰められ、建物の中心には炉があった。天井に備えられた丸太の骨組みから、炉に向けて炉鍵が下ろされていた。今炉に火は灯されていないが、炉鍵には真新しいやかんがぶら下がっている。
 一間しかない建物には2つの窓と、1つの出入り口がある。木枠の窓にガラスは嵌められておらず、同じく木枠の出入り口に扉はない。しかし木枠の上部に簾が巻かれているところを見るに、夜間や冷える日には簾を閉めて暖を取るのだろう。家屋というよりは小屋、そう形容するのが相応しい小さな建物の一角で、ゼータは薄い布団に寝かされていた。

 ゼータは少年の消えた出入口を見て、それから2つの窓を順に眺めた。窓の外は明るい。木の根元で眠りについた時刻はまだ真夜中であった。2,3時間仮眠を取ったらすぐに飛行を再開するつもりであったのに、気づかぬうちに寝心地の良い場所に運搬され、随分と長く眠ってしまったようだ。
 痛む体を起こせば、ゼータの寝顔を覗き込んでいた少年と少女は布団の横に正座をしていた。年の頃は7つか8つ、2人とも人の言葉を話してはいたが、身体の造りはどちらかというと獣の形態に近い。頭頂付近に2つの獣耳が生え、小さな身体はふわふわとした体毛で覆われている。髪の毛との境目は曖昧だ。手指はかろうじて5本あるものの、手のひらには柔らかそうな肉球がある。尻には思わず掴みたくなるような尻尾が生え、背中の後ろでゆらゆらと揺れていた。
 少年少女はそわそわと身体を動かしはするものの、積極的にゼータに話しかけるつもりはないようだ。肉食獣を思わせる4つの瞳が一心にゼータを見つめている。ここが彼らの家であるならば布団を借りた礼を言わねばならない。そう考えゼータが口を開いた時である。簾の上げられた出入口からゼータの知った顔が家の中に入ってきた。

「目が覚めたか。調子はどうだ?」

 ニコを付き従えてやってきた者はザトであった。少年が言った「白髪の爺ちゃん」とはどうやらザトの事だったようだ。

「傷の痛みはありますけど、体調は悪くないです」
「それは良かった。おいお前ら、もう遊びに行っていいぞ。見張りを引き受けてくれて助かった」

 ザトが促すと、正座をしていた少年少女がぱっと立ち上がった。ザトの横をすり抜ける瞬間に、彼らの身体は溶けるように姿を変える。2つ足の歩行は4つ足になり、着ていた衣服は毛皮の中に飲み込まれ、獣の姿となった少年少女はしなやかな走りで屋外へと走り去ってゆく。ニコもそれに続いた。見事な変身を目の当たりにしてゼータは茫然とした。訓練された王宮の兵士でも、あれほど短時間で獣体へと変身することは難しい。
 布団に座り込んだままぽかんと口を開けるゼータの傍らに、ザトは笑い声を立てながら座った。

「たいした変身だろう。俺も驚いた」
「ザト、ここは獣人族の集落ですか?」
「そうだ。ポトスの街から騎獣で3時間程の距離にある小さな集落だ。お前と王が、王宮を出発して最初の休憩地点としていた場所だ」
「ああ」

 その集落はゼータにも覚えがあった。集落から離れた草原地帯で休憩をとり、草原を歩いてくる村人の姿を目視して即座にその場を立ち去った。
―3日後に立ち寄りますね!
 そう言い残して。

 肩に掛けていたカバンの中から、ザトは大きな水筒を取り出した。水筒の蓋を開け、携帯用のカップに中身を注ぐ。薄緑色の液体からは香しい茶の匂いが漂う。
 差し出された茶をゼータがちびちびと飲むうちに、ザトは昨晩の出来事をつらつらと語った。ポトス城の王宮で眠りについていたザトが、突然部屋にやってきた衛兵に起こされたのは夜中の3時頃の事であった。正門に来客があると衛兵は言う。深夜の来訪者を訝しみながらも、ザトは客人を応接室に通すように言った。間もなくザトの元にやってきた者はずぶ濡れの青年であった。黒豹を思わせるしなやかな四足を携えさえた年若の青年。濡れた毛並みを拭く事もせずに青年は言う。

「我が集落にて王と王妃を保護致しました」

 ザトが青年の話を聞くに、2時間ほど前に集落の近くに飛来する緋色のドラゴンを目撃した少女がいたのだという。獣の血が濃い獣人の中には、夜間に活動が活発になる者もいる。少女はドラゴンの行く先を追い、そのドラゴンが集落からさほど離れていない森林地帯に着陸した事を確認する。ドラゴンの背から滑り降りた黒髪の男性の姿もだ。少女はすぐさま集落に戻り、村人たちを起こして回った。ドラゴンの王が集落の近くに身を横たえていらっしゃる。少女の言葉を聞いた村人たちは総出でドラゴンの元へと向かい、そこで眠っていたレイバックとゼータを集落に案内したというのだ。
 青年の話を聞いたザトはすぐさま立ち上がる。

「兵士を連れて集落に向かう。案内してくれ」

 ザトは四足で駆ける青年に続き、5人の兵士と共にこの集落に辿り着いた。それが今朝日が昇ってからの出来事だ。ザトが集落に着いたときには、レイバックとゼータは横並びの布団で寝ていた。そしてレイバックの両側には先ほどの少年少女が、ゼータの傍らにはニコがへばりついて寝息を立てていた。布団の数が足りないのだから仕方のない光景とは言え、あまりの微笑ましさにザトはしばらく湧き上がる笑いに悶えたのだという。

「そんな事があったんですね。ここまで運ばれたはずなのに、全然気が付かなかったです」
「体力の限界というよりは魔力切れに近い状態だったんだろう。傷を負えば傷口から魔力は流出する。王に大体の経緯は聞いたが、大変だったらしいな」
「大変なんてもんじゃないですよ…。何度死を覚悟した事か」

 包帯の巻かれた腹の焼き跡を撫で、ゼータは溜息をついた。濡れた衣服はいつの間にか着替えさせられている。顔についた血や泥の跡もない。着ている衣服はゼータの知らない物だから、寝ている間に集落の誰かが介抱をしてくれたのだろう。ゼータがザトに渡された茶を一気に飲み干したところで、家の出入り口からはまた一人の男性が入室してきた。見慣れない衣服を纏った緋髪の青年が一瞬誰かわからず、ゼータは首を傾げる。

「…レイ?」
「…そうだが」

 不機嫌交じりの青年の声はレイバックのものだが、その風貌はゼータの知るレイバックとは大分違う。衣服が見慣れないという事ももちろんあるのだが、頭髪の状況が激変しているのだ。うなじを覆う程の長さであった緋髪は、随分すっきりと短くなってしまっている。魔導大学訪問時を思い出すほどの短さだ。

「髪の毛どうしたんですか?」
「集落の者が欲しいというからやったんだ」
「…何で髪?」

 全くもって意味がわからないと首を左右に傾げるゼータだが、レイバックは相変わらず渋い表情のまま口を噤む。代わりに問いに答えた者はザトであった。

「先ほどの子どもたちを見ただろう。この集落に住む獣人族は、獣の血が濃い者ばかりだ。彼らは本能的に強者を恐れ崇拝する。神獣であるドラゴンなど正に神に等しい存在なんだ。滅多に相見える事のない神に偶然出会ったのだから、何かしらの証が欲しいというところじゃないか」
「その気持ちはわからないでもないですけど、髪なんてどうするんでしょうね」

 お守りにでもするのだろうか。腕を組み考え込むゼータを見て、レイバックは溜息をついた。

「武器に結わえたり、衣服に編み込んだりするらしい。いつ何時も王の御神体が傍にあるようにと言っていたが、正直恥ずかしいから止めてほしい」
「…へぇ」
「しかし世話になったのは事実だからな。無下に頼みを断る訳にもいかんし…」
「レイは他国に遠征すると、髪が短くなる魔法にでも掛かっているんでしょうかね」
「止めてくれ。3度遠征が続けば俺は丸坊主だ」

 つるつるの坊主になったレイバックの姿を想像し、ゼータは漏れ出る笑いを口元で押し止めた。ゼータの横ではザトが俯いて肩を震わせている。

 レイバックは布団の傍らに座り込み、湿布の貼られたゼータの頬を撫でた。湿布には匂いの強い薬が塗られているようで、ハッカを思わせる爽やかな香りが鼻腔に流れ込んでくる。薬の効果のためか、昨晩よりも格段に頬の腫れは引いていた。今のゼータの顔は、少なくともゼータらしい形状を保っている事だろう。

「無理をさせて悪かった。リーニャを目印に着陸する予定だったんだが、雨で視界が悪くて街灯りがわからなかったんだ。怪我人を乗せて随分と長い事飛んでしまった」
「別に良いですよ。結果的に無事ドラキス王国まで戻って来られたんだし。ここからなら今日中に王宮に帰り着けますよね」

 窓から覗く日の高さを見るに、今はまだ午前中だ。今すぐ帰路に付けば、どれほどゆっくり騎獣を走らせても今日中の帰還は十分に可能である。レイバックとザトが揃って王宮を空けているのだから、帰還は少しでも早い方が良い。帰り支度を始めるべく、ゼータは傷に障らないようゆっくりと布団を這い出る。しかし立ち上がろうとするゼータの挙動をレイバックが押し止めた。

「無理をする必要はない。どのみち今日集落を発つことは不可能だ」
「そうなんですか?何か問題がありました?」

 眠りこけている間に何か良からぬ事態が発生したのだろうか。眉を顰めるゼータであるが、レイバックとザトは揃って苦笑いである。

「集落の者が宴の準備をしていてな…」
「…宴?」
「王と王妃が揃って集落を訪れたんだ。小さな集落にすれば一大事だろう。それで今夜は村の者総出で宴を開くんだと。村の大人たちは先ほど狩りに出かけて行った。宴のための肉と果実を確保すると言って」
「そうですか…」
「ひとまず黒の城で起きた出来事の概要と、俺とゼータの無事を伝える伝令の兵士は王宮に帰らせた。メリオンが心配しているだろうからな」
「メリオンは来ていないんですか?」

 メリオンはゼータの知る他の誰よりもバルトリア王国を想っている。ユダの言う事が真実であれば、彼は七指から統治権を奪還すべく自らの手を血に染めたのだ。てっきりメリオンはザトに同行しているものだと思っていたゼータであるが、予想に違い彼は留守番のようだ。

「俺が国を空ける時は、メリオンが国を守る決まりになっているんだ。戦闘能力で言えば彼は国のナンバー2だ。2人揃って王宮を空けたのでは、いざ有事の際に国の中心の守りが手薄になってしまう」
「ああ、なるほど」
「急ぎの用があれば再度伝令を飛ばすぞ。何かあるか?」
「いえ、急ぎというわけではないんです。メリオンを知るという人に黒の城であったので、一応伝えておこうかと思って。王宮に戻ってからゆっくり話すから良いですよ」
「そうか。なら帰りは明日でも構わないな」
「あ、宴は強制参加なんですね」
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