齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎

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安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ

2人の買い物

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「今日はあんたの服を買いに行く。片付けが終わったら出発するからそのつもりでいろ」

 リジンが唐突にそう言ったのは、ゼータがハクジャの地にやって来てから1週間が経った日のことであった。朝ご飯の片付け作業にあたっていたゼータは、意外な提案に目を丸くする。

「服を買ってもらえるんですか?『奴隷に服を買ってやるのは癪だ』と言っていませんでした?」
「『無能な奴隷に服を買ってやるのは癪だ』と言ったんだ。あんたは思ったよりも使える奴だ。いつまでも裾を引きずるようなズボンを穿かせていたんじゃ、貸衣装店店主の名折れだからな。高い物を買ってやるつもりもないが、ひとしきり新品を揃えてやるよ」

 リジンが指さす先は、2重に捲り上げられたゼータのズボンの裾。そのズボンは、元々小部屋のダンボールの中に詰め込まれていたものだ。布地の痛みはあるが着用するに障りはなく、よくよく揉み洗いした後にゼータが日々着用している。
 そのズボンの他にもゼータは数着の衣類をダンボールの中から拝借しており、サイズが合っていないことを除けば日々の衣服に不足はない。そのことをリジンに伝えるべきかと口を開きかけるゼータであるが、やはり考えを改め素直に頷いた。好意で与えられる物を素直に受け取らない理由はない。

「わかりました。では急いで片付けを済ませてしまいますね。30分はかからずに終わりますから」

 ゼータは蛇口を捻り、使用済みの食器にざばざばと水をかける。皿に残されていた齧りかけのきのこが、くるくると回転しながら排水口へと流れ落ちて行った。

 片付けと身支度を終えたゼータがリジンとともに家を出たのは、午前9時を回った頃のこと。まだ太陽は高く昇らないが、時折生ぬるさを感じる風が頬を撫でる。今日も暑くなるだろう。
 ゼータとリジンは住宅街を抜け、ハクジャの街の中心部へと立ち入った。ゼータが日頃食材の買い出しで出入りをする通りだ。大抵の店はまだ開店直後といった様子で、店員と思われる人物が店先に商品を並べている。荷馬車から食材の入った木箱を下ろす奴隷の姿も目立つ。速足で歩くリジンに遅れないようにと必死で歩みを進めていたゼータは、ふとした瞬間に「リジン」と声をあげた。

「ずっと気になっていたんですけれど、あの遠くに見える建物はなんですか?」
「ん?」

 少し前を歩いていたリジンが振り向く。赤銅色の瞳が、ゼータの指先を追って青空を見上げる。
 ゼータの指し示す先には、灰色の石を積み上げて作られた巨大建造物があった。遺跡のようなハクジャの街並みに遮られて、その建物の全貌を臨むことはできない。しかし街中の建物を超えてその姿を臨むことができるのだから、かなりの高さを有する建造物であるとは想像がつく。ゼータが初めてその建物の存在に気が付いたのは、ハクジャの地に辿り着いたその日のこと。リジンに誘われて昼食に赴く道中で、ハクジャの街並みの向こうに佇む巨大建造物の存在に気が付いたのだ。以降買い出しのたびにその建造物の正体を気に掛けてはいるが、依然としてその正体は不明のまま。商店の店主に尋ねることができなかったわけではないが、何となく機会を逃してしまっていた。

「ああ、あれはかつての闘技場だ。コロセウムなどとも呼ばれている」
「闘技場?剣技の大会でも開かれるんですか?」
「開かれていたのは昔の話だ。今はもう使われていない。珍しい造りの建物だから長いこと壊されずに残っているんだ」
「へぇー。長いことって、具体的にはどれくらい?」
「さぁ…正確なところは知らない。少なくとも俺が生まれたときには、もうあの闘技場は使われていなかった」

 リジンは齢千年を少し超えたばかりであると、初対面の時に名乗っていたはずだ。ならばあのコロセウムと呼ばれる建造物は、少なくとも千年以上は前に建てられた物であるということ。建築から1500年を超える聖ジルバード教会には及ばないが、中々の古代遺跡である。折角異国の地に滞在しているのだし、そのうち機会を見つけて訪れてみようか。リジンの真横を歩きながら、ゼータはそんなことを考える。

「コロセウムは奴隷用の闘技場であったと聞いている。ロマから連れてきた奴隷に剣を持たせて、殺し合いをさせるんだ。森で捕らえた魔獣や猛獣と戦わせることもあった」
「人間と魔獣を戦わせるんですか?それ、人間の側に勝ち目はあります?」
「人間に花を持たせることが試合の目的じゃない。コロセウムを訪れる観客は、人間が無残に死にゆく様を見たかったのさ。魔法を使えない脆弱な人間が魔獣に食い殺される様を見て、日常の鬱憤を晴らしていた。そんな糞みたいな時代が、俺の生まれる前にはあった」

 どこの国にも陰鬱な過去があるものだ、とゼータは思う。今でこそ安寧を築くドラキス王国であるが、かつてその土地を治めたアダルフィン旧王は暴虐の王であった。国家として奴隷制を採用し、人間と一部の魔族を虐げていたのである。
 アダルフィン旧王はレイバックの剣により斃れ、人を人とも思わぬ奴隷制は廃止された。しかしこのハクジャの地では、奴隷制は形を変えながらも生き続けている。

「ハクジャの奴隷制は、国家として定められたものですか?それとも民が勝手にやっていること?」
「さぁどうだろうな。そんなことを考えたこともない。警備兵が脱走奴隷を取り締まるのだから、国家が奴隷の存在を認めていることは確かだが」
「一つの国家なのだから、当然ハクジャにも王様はいるんですよね。王様が変われば奴隷制がなくなる、なんてことはあります?例えば新しい王様が『奴隷制を廃止する』と宣言したら」
「起こるかどうかも分からない『もしも』の話を俺にするんじゃない。俺は国家の事情など知らない」

 リジンが強い口調でそう言うので、ゼータはそれきり口を噤んだ。異国人であり奴隷であるゼータがいくら思考を巡らせたところで、ハクジャの奴隷制がなくなることはない。元よりハクジャは旅の通過点、土地固有の問題にゼータが固執する理由は何もないのだ。そう理解してはいても、魔族の襲来に怯えるアリッサの顔を思い出せば心が痛む。

 それから先は無言で道を歩き、やがて2人は服飾店が軒を連ねる幅広の通りへと足を踏み入れた。石畳の敷かれた通りはたくさんの人でごった返し、強い意志を持たねば前に進むことすらままならない。人混みに流され右往左往するゼータを置き去りにして、リジンはどんどん前へと進んでいく。流石千年以上もハクジャの街に暮らす者。例え混雑していたとしても、ハクジャの街歩きは慣れたものだ。

 人波に揉まれながら辿り着いたのは、通りの一角に位置する小さな服飾店だ。扉の大きさは一般の家屋と変わらない程度で、小さなショーウィンドウには2体のマネキン。マネキンはどちらも男性用の衣服を身に着けているから、ここは男性用の衣装を専門に取り扱う店なのだろう。
 リジンの背に続き小さな扉をくぐれば、店内はやはり男性用の衣服に埋め尽くされていた。壁際に置かれた数体のマネキンは様々な色合いのジャケットをまとい、背の低い陳列棚にはTシャツやズボンが積み重ねられている。下着や帽子、靴下の取扱いもあるようだから、恐らくリジンはこの店でゼータの買い物を済ませてしまうつもりなのだろう。さほど広くはない店内を、ゼータはきょろきょろと見回す。

「小ぢんまりとしていて良い店ですね。リジンは、よくこの店を利用するんですか?」
「よく、というほどは利用しない。2,3年に一度顔を出す程度だ。店主のばばあとも会えば世間話程度はするが…常連というほどではないな」
「程よい距離間ですねぇ」

 店内を見回すゼータの視界の端で、ちらと動くものがある。風がマネキンの衣服の裾を揺らしたのだろうかと、そのちらちらと動くものを視界に捉えてみれば、それは風ではなく人である。ゼータの胸ほどの背丈の老婆が、陳列棚の間を縫うようにして歩いてくる。

「いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか」

 ゼータとリジンの目の前でぴたりと歩みを止めると、老婆はそう聞いた。ところどころに灰色が混じる白髪に皺だらけの肌。のんびりとした話し方が、優しげな印象を与える老婆だ。ゼータが口を開くよりも早く、老婆の問いにはリジンが答える。

「こいつに合う服を見繕ってくれ。最近買ったばかりの奴隷だから、手持ちが何もないんだ。動きやすいシャツを3枚とズボンを2本。下着と靴下を必要分。あとは上着だな。軽くて丈夫な上着を1枚」
「はいはい。ご予算はいくらほどになさいます?」
「高い物はいらない。…が、金をけちるつもりもない。質が良くて長持ちしそうなものを選んでくれ」
「そういうことでしたら、上着はこちらをいかがでしょう。革の上着ですから多少お値段は張りますが、とても軽くて丈夫ですよ。一般的な革製品よりも防水性がありますし、手入れも簡単。奴隷の仕事着としてだけではなく、一般の方にも人気の上着ですよ」

 老婆は近くの陳列棚から、1枚の革の上着を取り上げた。色は光沢のある黒茶で、ポケットや襟はついていない。シンプルな上着だ。しかしごてごてとした装飾が付いていない分、着回しはきくだろう。防水性があり手入れが簡単だというのなら仕事着としてもばっちりだ。その革の上着は老婆からリジンへと手渡され、そしてリジンの手からゼータの手へと渡る。やや躊躇いがちにその上着へと腕を通してみれば、革製の上着にしては柔らかく着心地が良い。それでいて肩回りや袖口はしっかりとした作りであるから、力仕事をしても簡単に破れることはなさそうだ。

「良い感じです。サイズもぴったりですし」

 ゼータがそう告げると、リジンもまた満足気に頷いた。

「なら上着はそれに決める。次はシャツか。おいばーさん、襟付きシャツを何枚か見せてくれ。色は白以外、こちらも極力丈夫で動きやすい物を」
「はいはい、分かりましたよ。何点かお持ちしますからね」

 リジンの要望を受け、老婆は店内をちょこまかと動き回る。あっちの陳列棚から藍色のシャツを取り上げ、こっちの陳列棚から胡桃色のシャツを取り上げ、そうして腕の中に大量のシャツを積み上げてゼータとリジンの元へと戻ってきた。

「うちの店は、シャツの取扱い数には自信がありますからね。どうぞお好きな物をお選びください。この胡桃色のシャツなんていかがでしょうねぇ。最近入荷したばかりの品で、まだ多くは出回っていませんよ。主様から奴隷へ、初めてお与えになる衣服としては上出来でしょう」
「ん、んー…。まぁ、そうか?」

 老婆の勢いに圧倒され、リジンは曖昧に頷きを返す。このとき、ゼータは長らく感じていた違和感の正体に気が付いた。今日2人はゼータの衣服を買いに来たはずなのに、店主である老婆の話かける相手はもっぱらリジン。衣服の着用者であるゼータは、端から蚊帳の外だ。ゼータは初めて老婆と言葉を交わした瞬間から、そのことを不思議に思っていたのである。しかし今のゼータはリジンの奴隷である、という点を考慮すれば老婆の対応にも納得がいく。奴隷は主の所有物、言い換えれば人形と同じだ。人形の衣服は主が選んで然るべき。優先されるは主の趣味で、着用者である奴隷の意見は二の次なのである。
 己の立場をひしと感じ取ったゼータは、話し込むリジンと老婆を傍らで眺めていた。元より衣服の流行にはまるで興味のないゼータである。身にまとうシャツが藍色であろうが、胡桃色であろうがさしたる違いはない。呑気に革の上着を畳み始めるゼータの横顔に、不機嫌なリジンの声があたる。

「おい奴隷。俺が衣服を選んでやっているというのに、気の抜けた顔をしやがって」
「そんなことを言われても、待つ以外にすることもないですし。奴隷の衣服は主が選ぶことが普通なんですよね?」

 ゼータは綺麗に畳んだ革の上着を胸元に抱きかかえ、言う。リジンはぐぐ、と息を詰まらせる。

「普通はそうだが…俺は奴隷を着飾って遊ぶ趣味はない。そうだ、俺は書店に行ってくる。買いたい流行雑誌があるんだ。1時間後に金を払いに来るから、必要な物は全てかごに入れておけ。買い逃しがないように最大限気を遣えよ。俺は奴隷の買い物に何度も付き合ってやるつもりはない」

 早口でそう告げると、リジンはさっさと店の扉へと向かう。店にいる限り老婆との会話は避けられないと悟り、手っ取り早くこの場所から退散するつもりなのだ。リジンが扉を開けたことで店内には一瞬屋外の喧騒が流れ込み、そしてすぐに静かになる。2人きりになった店内で、初めて老婆の視線がゼータの方へと向いた。

「お優しい主様ですね」
「や、優しいですか?どこが?」

 思いもよらぬ老婆の言葉に、声が上ずってしまうゼータである。

「奴隷に好きな衣服を選ばせる主様など、そう多くはおりませんよ。例え縁者と生活を共にする主様でも、衣服の購入には何かしら口を出そうとするものです。うちの店はもう50年以上もこの場所にありますが、奴隷に1人で衣服を選ばせようとする主様は初めてです」
「それは…本当に私の着る物に興味がないだけだと思うんですけれど」
「そうであったとしてもですよ。そもそも奴隷に新品の衣服を買い与えようとする主様は、稀にしかおりません。この店のある通りの1本北側には、古着店が軒を連ねていましてね。奴隷の衣服というものは、大概が古着店で購入するものなのですよ。こうして奴隷に新品の衣服を与えようとするだけでね、十分お優しい主様です。ハクジャに連れてこられたことは幸運とは言えませんけれど、せめて良い方に買われて良かったですねぇ」

 そう語る老婆の表情に揶揄の色はない。本当にリジンのことを「優しい主様」だと思っているようだ。
 言葉巧みに騙されて隷者の刻印を押されたこと。共同生活初日から到底こなすことの出来ない量の仕事を言いつけられたこと。会話をするたびに「愚図」だの「猿」だの「枯れ木」だのといった罵声を浴びせられること。溢れんばかりの不満が頭を過るが、余計なことは何も言うまいと心に決め、ゼータは老婆の手から大量の襟付きシャツを受け取った。
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