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4話 飛彦さんは人気者
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その日、雪斗は街へとやってきていた。
目的は買い出し。喫茶店で使う調味料や、替えの電球など、こまごまとした物を買い求めるためである。大量発注が可能なコーヒー豆やミルクなどは、業者に頼んで喫茶店まで運んでもらった方が割安。しかしその他のこまごまとした買い物は、自分の足でこなした方がお得なのだ。
まず初めにやってきたのは、買い出しのたびお世話になっている製菓店だ。ケーキに混ぜこむためのドライフルーツやチョコレートペースト、しぼり袋や菓子型などをお手頃価格で販売している。
店に入るとチョコレートの甘い匂いがただよってきて、雪斗はふんふんと鼻を動かした。
「お、雪斗くん。いらっしゃい。今日は何を買っていく?」
と製菓店の店主。
「ナッツとドライフルーツを何種類か買っていこうかな。あとはラム酒とアーモンドパウダーと……マロンペーストは置いてる?」
「小さい袋でよければ置いているが……今日はずいぶん、珍しい物を買っていくんだな」
店主が不思議そうな顔をするので、雪斗は苦笑いを浮かべた。
「最近、喫茶店に若い常連さんができたんだよ。それでおばあちゃんが『若い人の口に合うハイカラなお菓子を作らなきゃ』ってやる気になっちゃってさ」
「へぇ……ってことは、その常連さんは男性かい?」
「男性だね。それもキリッとしてシュッとしたイケメンさん」
雪斗が大真面目な顔で伝えると、店主は声をあげて笑った。
商品の支払いを済ませ、大荷物をかかえ製菓店を出た。近くの雑貨店で電球を買い、そのまま帰路につこうかとも思ったけれど、何となく大通りへと足を向けた。
昼下がりの大通りはにぎわいに包まれていた。通りの左右にはレンガ造りの建物が建ち並び、煙突から吐き出された白煙が冬の空へとのぼっていく。綿雪をのせた街路樹も、空き地に積み上げられた雪山も、元気いっぱいでつららを振り回す子どもたちも、この街にとっては当たり前の光景だ。
その見慣れた風景の一角に、ふと見慣れた横顔を見つけ雪斗は足を止めた。黒茶色の髪にきりりと精悍な顔立ち――飛彦だ。上品な革のコートに身を包んだ飛彦は、街路樹の下に立ち、雪斗の知らない若い女性と話をしている。
(……デートかな? でも飛彦さんに付き合っている人はいないはずだし、デートというには空気が硬いような……)
仲良く話をしているというよりは、女性が一方的に飛彦に話しかけているという印象だ。
次の瞬間、飛彦が雪斗を見た。女性と話をするうちに、偶然そこに雪斗がいることに気がついたのだろう。驚いた表情はすぐにすがるような表情へと変わり、雪斗は状況を把握した。
(飛彦さん、あの女の人にナンパされてるんだ)
素知らぬふりをしてその場を立ち去ろうかとも思ったけれど、一度視線を合わせてしまった以上、薄情な態度などとれるはずもなし。雪斗は勇気を奮い起こし、飛彦の元へと向かった。
「飛彦さん、お待たせしちゃってすみません。買い物に時間がかかっちゃって」
できるだけはきはきとした口調でそう告げると、飛彦は見るからにほっとした表情となり、そして女性は迷惑そうな表情となった。せっかくいいところだったのに邪魔者が入ったわ、と心の声が聞こえてくるようだ。
「何よ、連れがいたの? 1人で買い物にきたのだと言っていたじゃない」
「買い物には1人できたんですよ。買い物が終わりしだい、彼と合流してお茶をする予定だったんです」
「男友達とお茶をするより、私と食事をする方が有意義だとは思わない?」
「申し訳ありませんが、彼との約束が先なので」
飛彦と女性のやりとりに耳を澄ませていた雪斗は、何となくの状況を理解した。
1人で買い物にやってきた飛彦は、女性から突然「今、1人?」と声をかけられた。そして正直に「1人です」と答えてしまったあと、女性の目的がナンパであることに気付いたのだ。何とか誘いを断ろうと奮闘していたところに雪斗が姿を現した――
雪斗はあらためて女性の風貌を眺め見た。すらりとした綺麗な女性だが、濃い化粧が勝気な印象を抱かせる。自称:口下手な飛彦では、女性の誘いをかわすことは簡単ではないだろう。
女性はふんと鼻を鳴らすと、雪斗の顔をにらみつけ、挨拶もせずにその場を立ち去った。
雪斗と飛彦は同時に安堵の息を吐いた。
「雪斗さん、ありがとうございました。いきなり声をかけられて本当に困っていたんです」
「お役に立ててよかったです。よくあるんですか? こういうこと……」
「よく、というほどではありませんけれど、たまにありますね。それでもいつもは、私にその気がないころを伝えれば諦めてくれるんですけれど……」
今日の方は粘り強かったです、と飛彦は苦笑いを浮かべた。
「雪斗さんもお買い物ですか?」
「そう、喫茶店で使う製菓材料を買いにきたんです。飛彦さんが喫茶店にくるようになってから、おばあちゃんがやたら張り切っちゃって。明日はモンブランにチャレンジするみたい」
「それは楽しみです。明日配達に行けるかどうかは、まだわかりませんけれど」
にっこりと笑う飛彦は相変わらずイケメンだ。1人で街を歩いていたら、女性に声をかけられてしまうことにも納得である。
(本人は口下手だって言うけれど、そこまで酷くはないしね。会話を盛り上げるのが苦手、というのは確かにそうなのかもしれないけれど)
「じゃあ僕はこれで失礼しますね。また喫茶店でお待ちしています」
雪斗が丁寧に会話を切り上げて、その場を立ち去ろうとすれば、遠慮がちな声が背中にあたった。
「雪斗さん。もしよろしければなんですけれど――……」
目的は買い出し。喫茶店で使う調味料や、替えの電球など、こまごまとした物を買い求めるためである。大量発注が可能なコーヒー豆やミルクなどは、業者に頼んで喫茶店まで運んでもらった方が割安。しかしその他のこまごまとした買い物は、自分の足でこなした方がお得なのだ。
まず初めにやってきたのは、買い出しのたびお世話になっている製菓店だ。ケーキに混ぜこむためのドライフルーツやチョコレートペースト、しぼり袋や菓子型などをお手頃価格で販売している。
店に入るとチョコレートの甘い匂いがただよってきて、雪斗はふんふんと鼻を動かした。
「お、雪斗くん。いらっしゃい。今日は何を買っていく?」
と製菓店の店主。
「ナッツとドライフルーツを何種類か買っていこうかな。あとはラム酒とアーモンドパウダーと……マロンペーストは置いてる?」
「小さい袋でよければ置いているが……今日はずいぶん、珍しい物を買っていくんだな」
店主が不思議そうな顔をするので、雪斗は苦笑いを浮かべた。
「最近、喫茶店に若い常連さんができたんだよ。それでおばあちゃんが『若い人の口に合うハイカラなお菓子を作らなきゃ』ってやる気になっちゃってさ」
「へぇ……ってことは、その常連さんは男性かい?」
「男性だね。それもキリッとしてシュッとしたイケメンさん」
雪斗が大真面目な顔で伝えると、店主は声をあげて笑った。
商品の支払いを済ませ、大荷物をかかえ製菓店を出た。近くの雑貨店で電球を買い、そのまま帰路につこうかとも思ったけれど、何となく大通りへと足を向けた。
昼下がりの大通りはにぎわいに包まれていた。通りの左右にはレンガ造りの建物が建ち並び、煙突から吐き出された白煙が冬の空へとのぼっていく。綿雪をのせた街路樹も、空き地に積み上げられた雪山も、元気いっぱいでつららを振り回す子どもたちも、この街にとっては当たり前の光景だ。
その見慣れた風景の一角に、ふと見慣れた横顔を見つけ雪斗は足を止めた。黒茶色の髪にきりりと精悍な顔立ち――飛彦だ。上品な革のコートに身を包んだ飛彦は、街路樹の下に立ち、雪斗の知らない若い女性と話をしている。
(……デートかな? でも飛彦さんに付き合っている人はいないはずだし、デートというには空気が硬いような……)
仲良く話をしているというよりは、女性が一方的に飛彦に話しかけているという印象だ。
次の瞬間、飛彦が雪斗を見た。女性と話をするうちに、偶然そこに雪斗がいることに気がついたのだろう。驚いた表情はすぐにすがるような表情へと変わり、雪斗は状況を把握した。
(飛彦さん、あの女の人にナンパされてるんだ)
素知らぬふりをしてその場を立ち去ろうかとも思ったけれど、一度視線を合わせてしまった以上、薄情な態度などとれるはずもなし。雪斗は勇気を奮い起こし、飛彦の元へと向かった。
「飛彦さん、お待たせしちゃってすみません。買い物に時間がかかっちゃって」
できるだけはきはきとした口調でそう告げると、飛彦は見るからにほっとした表情となり、そして女性は迷惑そうな表情となった。せっかくいいところだったのに邪魔者が入ったわ、と心の声が聞こえてくるようだ。
「何よ、連れがいたの? 1人で買い物にきたのだと言っていたじゃない」
「買い物には1人できたんですよ。買い物が終わりしだい、彼と合流してお茶をする予定だったんです」
「男友達とお茶をするより、私と食事をする方が有意義だとは思わない?」
「申し訳ありませんが、彼との約束が先なので」
飛彦と女性のやりとりに耳を澄ませていた雪斗は、何となくの状況を理解した。
1人で買い物にやってきた飛彦は、女性から突然「今、1人?」と声をかけられた。そして正直に「1人です」と答えてしまったあと、女性の目的がナンパであることに気付いたのだ。何とか誘いを断ろうと奮闘していたところに雪斗が姿を現した――
雪斗はあらためて女性の風貌を眺め見た。すらりとした綺麗な女性だが、濃い化粧が勝気な印象を抱かせる。自称:口下手な飛彦では、女性の誘いをかわすことは簡単ではないだろう。
女性はふんと鼻を鳴らすと、雪斗の顔をにらみつけ、挨拶もせずにその場を立ち去った。
雪斗と飛彦は同時に安堵の息を吐いた。
「雪斗さん、ありがとうございました。いきなり声をかけられて本当に困っていたんです」
「お役に立ててよかったです。よくあるんですか? こういうこと……」
「よく、というほどではありませんけれど、たまにありますね。それでもいつもは、私にその気がないころを伝えれば諦めてくれるんですけれど……」
今日の方は粘り強かったです、と飛彦は苦笑いを浮かべた。
「雪斗さんもお買い物ですか?」
「そう、喫茶店で使う製菓材料を買いにきたんです。飛彦さんが喫茶店にくるようになってから、おばあちゃんがやたら張り切っちゃって。明日はモンブランにチャレンジするみたい」
「それは楽しみです。明日配達に行けるかどうかは、まだわかりませんけれど」
にっこりと笑う飛彦は相変わらずイケメンだ。1人で街を歩いていたら、女性に声をかけられてしまうことにも納得である。
(本人は口下手だって言うけれど、そこまで酷くはないしね。会話を盛り上げるのが苦手、というのは確かにそうなのかもしれないけれど)
「じゃあ僕はこれで失礼しますね。また喫茶店でお待ちしています」
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「雪斗さん。もしよろしければなんですけれど――……」
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