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29.抵抗
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テーブルの上には2つのグラスと2本の酒瓶、そして菓子皿には数種類のつまみ菓子。ソファの片端に腰かけたセロは、ギオラの酌で酒を飲む。
「せっかく高い酒を買ってきたんだからさ、ギオラも飲めば良いのに」
満杯のグラスをゆらゆらと揺らしながら、セロは言う。背中はソファの背もたれに預け、両脚は優雅に足組み。寝間着姿も相まってすっかりくつろぎモードである。
セロと揃いの寝間着に身を包んだギオラは、不機嫌に吐き捨てた。
「いらん。酒には良い思い出がない」
「それ、ひょっとして1000年前のことを言ってる? こうして愛し合って一緒に暮らしているんだからさ。そろそろあの出来事も良い思い出にしよーよ」
セロはギオラの肩を抱き寄せ、その唇に優しくキスをした。餌を食む小鳥のようにギオラの唇をちゅ、ちゅと何度もついばんで、触れ合う時間は次第に長く、深く。酒に濡れた舌先を、ギオラの口内に突き入れる。
舌先が絡まりたっぷりと唾液を流し込まれても、ギオラは文句ひとつ言わない。大人しく唇を開き、ディープ・キスを受け入れる。
「ん、はぁ……」
ギオラの口から甘い声を聞き、セロはようやく貪るようなキスを止めた。
「この10日間の間に大人しくなったよなぁ、ギオラは。初めはキスをするたびに、ドブネズミでも見るような目で僕を見ていたのにさ。ようやく僕が運命の相手だと認めたわけだ。嬉しいなぁ」
セロの戯言にギオラは言葉を返さない。口の中の唾液を飲み込んで、テーブルに置かれた酒瓶を持ち上げた。セロはまだ満杯に近いグラスを一気に空け、ギオラに向けて空のグラスを差し出した。
――ゴトリ
とどこかで音がした。床に物が落ちたような重たい音だ。音の出所を探らんと、セロの視線はギオラから逸れた。
ギオラは息を止め、酒瓶を振り上げた。
***
「はぁ……はぁ……」
静まり返った部屋の中に、震えを帯びた呼吸音が響く。
ギオラは酒瓶を握りしめたまま、ソファに沈んだセロの横顔を見下ろしていた。殴りつけた側頭部からは鮮血が流れ出て、布地のソファに赤い染みを作っている。
ギオラは酒瓶を投げ捨てると、セロの寝間着のポケットを漁った。そこに部屋の扉を開けるための鍵が入っていることは知っている。今ギオラのいる部屋は、外側からも内側からも鍵が掛けられる構造になっているのだ。元々の作りがそうであったとも思えないから、ギオラを閉じ込めるためにセロが鍵を取り付けたのだろう。とことん悪趣味な男である。
鍵はほどなくして見つかった。ギオラは扉へ駆け寄ると、鍵穴に鍵を差し入れた。震える手で鍵を回せば、かちゃりと音を立てて鍵は回る。
扉の向こう側には狭苦しい廊下が伸びていた。廊下に灯りはともされていないが、ギオラの龍の目には先の様子がよく見える。上階へと続く階段が伸びている。部屋に窓がないことからもしやと思ってはいたが、やはりここは地下であるようだ。
ギオラは鍵を投げ捨て廊下を駆ける。
はやる鼓動を押さえ階段を上る。
待ち望んだ自由がこの先にある。
階段を上った先にはまた扉があり、しかしその扉に鍵はかけられていなかった。扉の先はどこかもわからない建物の中だ。迷路のように入り組んでいて、中々出口を見つけることができない。かなりの広さがある建物だというのに人の姿はなく、不気味に静まり返っている。しかし掃除は行き届いているから、日頃人の立ち入りがある建物ではあるようだ。
「……ここは」
出口を探したどり着いた建物の一角で、ギオラは歩みを止めた。がらりと広い空間だ。半アーチ状の天井は見上げるほどに高く、そこから細微な装飾が施された柱が何本も伸びている。壁の至るところに飾り付けられた小金の装飾が、ここが高尚な空間であることをひしひしと伝えていた。
ここがどのような目的で使用される場所であるかをギオラは知識として知っていた。
「ここがセロの仕事場か……? あの救いようのない糞ヘドロ野郎が、何たる皮肉だ」
ギオラの呟きはアーチ状の天井に吸い込まれて消える。
ここがセロの仕事場であることにいささか疑問は募るが、幸いにもギオラの目には建物の出口が見えた。がらりとした空間の向こう側に設けられた、外界へと続くたった一つの扉。
ギオラがその扉を目指して歩みだそうとした、その時だ。
「ギオラぁ! 無断で部屋を出てんじゃねぇよ!」
背後から怒声。振り返らずともわかる、セロの声だ。
ギオラは弾かれたように駆けだした。酒瓶で頭部を殴りつけたというのに、こんなに早く目を覚ますとは想像もしなかった。聖女との交渉が旅の目的である以上、例えクズ野郎であろうとも殺すのはまずいと、下手に気をつかったことが災いしたのだ。
それでもセロが手負いである以上、逃げ切ることはそう難しくはない。建物の外にさえ出ることができれば、街なり森なりに身を隠すことは十分に可能なはずだ。
しかし物事とは思い描いた通りにはいかないものだ。ギオラは扉を押し開けようと勢いよく体当たりをするが、扉はがじゃんと重たい音を立てて揺れるだけ。鍵がかかっている。
「おいふざけるなよ! どこもかしこも几帳面に鍵をかけおって……!」
ギオラは悪態を吐き、必死に扉を揺り動かす。満身の力を込めて押して、引いて、終いにはガリガリと爪痕を残しても、閉ざされた扉が開くことはない。
駄目だ、どこか別の出口を探さなければ。そう考えたギオラが振り返るよりも早く、後頭部に衝撃が走った。
「あ、ぐ」
ギオラはくぐもった悲鳴を上げ、冷たい石床に倒れ込んだ。すかさずセロがその腹の上に馬乗りとなる。一度の殴打だけでは飽き足らず、ギオラの喉首に手のひらを絡め、ぎりぎりと容赦なく締め上げる。
「悪戯にしてはやりすぎじゃねぇか、おいギオラ。お前は僕のことを愛してるんだろ? 僕が傍にいないと生きていけねぇだろ? それなのになぜ逃げようとするんだ、なぁおい」
「うぐ……うう……」
必死に抵抗するギオラの頬に、生温かな液体が落ちる。ぽた、ぽたと音を立てるそれは、セロの頭部から流れ出る鮮血だ。
酸素が足りずに意識がもうろうとする。
視界が暗闇に塗りつぶされていく。
ふつりと意識が途絶える寸前、喜びとも愉しみともつかないセロの声を聞いた。
「悪い子にはお仕置きしなきゃな」
「せっかく高い酒を買ってきたんだからさ、ギオラも飲めば良いのに」
満杯のグラスをゆらゆらと揺らしながら、セロは言う。背中はソファの背もたれに預け、両脚は優雅に足組み。寝間着姿も相まってすっかりくつろぎモードである。
セロと揃いの寝間着に身を包んだギオラは、不機嫌に吐き捨てた。
「いらん。酒には良い思い出がない」
「それ、ひょっとして1000年前のことを言ってる? こうして愛し合って一緒に暮らしているんだからさ。そろそろあの出来事も良い思い出にしよーよ」
セロはギオラの肩を抱き寄せ、その唇に優しくキスをした。餌を食む小鳥のようにギオラの唇をちゅ、ちゅと何度もついばんで、触れ合う時間は次第に長く、深く。酒に濡れた舌先を、ギオラの口内に突き入れる。
舌先が絡まりたっぷりと唾液を流し込まれても、ギオラは文句ひとつ言わない。大人しく唇を開き、ディープ・キスを受け入れる。
「ん、はぁ……」
ギオラの口から甘い声を聞き、セロはようやく貪るようなキスを止めた。
「この10日間の間に大人しくなったよなぁ、ギオラは。初めはキスをするたびに、ドブネズミでも見るような目で僕を見ていたのにさ。ようやく僕が運命の相手だと認めたわけだ。嬉しいなぁ」
セロの戯言にギオラは言葉を返さない。口の中の唾液を飲み込んで、テーブルに置かれた酒瓶を持ち上げた。セロはまだ満杯に近いグラスを一気に空け、ギオラに向けて空のグラスを差し出した。
――ゴトリ
とどこかで音がした。床に物が落ちたような重たい音だ。音の出所を探らんと、セロの視線はギオラから逸れた。
ギオラは息を止め、酒瓶を振り上げた。
***
「はぁ……はぁ……」
静まり返った部屋の中に、震えを帯びた呼吸音が響く。
ギオラは酒瓶を握りしめたまま、ソファに沈んだセロの横顔を見下ろしていた。殴りつけた側頭部からは鮮血が流れ出て、布地のソファに赤い染みを作っている。
ギオラは酒瓶を投げ捨てると、セロの寝間着のポケットを漁った。そこに部屋の扉を開けるための鍵が入っていることは知っている。今ギオラのいる部屋は、外側からも内側からも鍵が掛けられる構造になっているのだ。元々の作りがそうであったとも思えないから、ギオラを閉じ込めるためにセロが鍵を取り付けたのだろう。とことん悪趣味な男である。
鍵はほどなくして見つかった。ギオラは扉へ駆け寄ると、鍵穴に鍵を差し入れた。震える手で鍵を回せば、かちゃりと音を立てて鍵は回る。
扉の向こう側には狭苦しい廊下が伸びていた。廊下に灯りはともされていないが、ギオラの龍の目には先の様子がよく見える。上階へと続く階段が伸びている。部屋に窓がないことからもしやと思ってはいたが、やはりここは地下であるようだ。
ギオラは鍵を投げ捨て廊下を駆ける。
はやる鼓動を押さえ階段を上る。
待ち望んだ自由がこの先にある。
階段を上った先にはまた扉があり、しかしその扉に鍵はかけられていなかった。扉の先はどこかもわからない建物の中だ。迷路のように入り組んでいて、中々出口を見つけることができない。かなりの広さがある建物だというのに人の姿はなく、不気味に静まり返っている。しかし掃除は行き届いているから、日頃人の立ち入りがある建物ではあるようだ。
「……ここは」
出口を探したどり着いた建物の一角で、ギオラは歩みを止めた。がらりと広い空間だ。半アーチ状の天井は見上げるほどに高く、そこから細微な装飾が施された柱が何本も伸びている。壁の至るところに飾り付けられた小金の装飾が、ここが高尚な空間であることをひしひしと伝えていた。
ここがどのような目的で使用される場所であるかをギオラは知識として知っていた。
「ここがセロの仕事場か……? あの救いようのない糞ヘドロ野郎が、何たる皮肉だ」
ギオラの呟きはアーチ状の天井に吸い込まれて消える。
ここがセロの仕事場であることにいささか疑問は募るが、幸いにもギオラの目には建物の出口が見えた。がらりとした空間の向こう側に設けられた、外界へと続くたった一つの扉。
ギオラがその扉を目指して歩みだそうとした、その時だ。
「ギオラぁ! 無断で部屋を出てんじゃねぇよ!」
背後から怒声。振り返らずともわかる、セロの声だ。
ギオラは弾かれたように駆けだした。酒瓶で頭部を殴りつけたというのに、こんなに早く目を覚ますとは想像もしなかった。聖女との交渉が旅の目的である以上、例えクズ野郎であろうとも殺すのはまずいと、下手に気をつかったことが災いしたのだ。
それでもセロが手負いである以上、逃げ切ることはそう難しくはない。建物の外にさえ出ることができれば、街なり森なりに身を隠すことは十分に可能なはずだ。
しかし物事とは思い描いた通りにはいかないものだ。ギオラは扉を押し開けようと勢いよく体当たりをするが、扉はがじゃんと重たい音を立てて揺れるだけ。鍵がかかっている。
「おいふざけるなよ! どこもかしこも几帳面に鍵をかけおって……!」
ギオラは悪態を吐き、必死に扉を揺り動かす。満身の力を込めて押して、引いて、終いにはガリガリと爪痕を残しても、閉ざされた扉が開くことはない。
駄目だ、どこか別の出口を探さなければ。そう考えたギオラが振り返るよりも早く、後頭部に衝撃が走った。
「あ、ぐ」
ギオラはくぐもった悲鳴を上げ、冷たい石床に倒れ込んだ。すかさずセロがその腹の上に馬乗りとなる。一度の殴打だけでは飽き足らず、ギオラの喉首に手のひらを絡め、ぎりぎりと容赦なく締め上げる。
「悪戯にしてはやりすぎじゃねぇか、おいギオラ。お前は僕のことを愛してるんだろ? 僕が傍にいないと生きていけねぇだろ? それなのになぜ逃げようとするんだ、なぁおい」
「うぐ……うう……」
必死に抵抗するギオラの頬に、生温かな液体が落ちる。ぽた、ぽたと音を立てるそれは、セロの頭部から流れ出る鮮血だ。
酸素が足りずに意識がもうろうとする。
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