はじまりの朝

さくら乃

文字の大きさ
61 / 185
第十二章 

 5

しおりを挟む

「ほんとは、スタッフは裏から入るんだ」

 そう言いながら、表の扉を開ける。
 一緒に表から入ってくれたのは、僕一人だとずっと扉の前でうろうろしているに違いないと思ったからだろう。
 樹にはそれがわかっているんだ。


「ただいま帰りました」
 中に入ると店内に声をかける。 
 客はまばらで、男性スタッフが空いたテーブルのセッティングをしていた。
「お帰り。けっこうゆっくりだったな」
 その言葉に僕ははっとした。
 遅くなったのは僕と会ったせいに違いなかった。樹に迷惑をかけてしまった。
「あの……僕が」
 急いで謝ろうとしたけれど。
「すみません」
 先に樹が謝ってしまった。
「お客様連れてきたから、それで許して貰えませんか」
「お客様? 何? 同伴か」
「どうは……?」
 意味がわからない。
 その男性スタッフは僕の顔を見てにやにや笑っている。
 三十代後半か四十代くらいだろうか。
 

(あれ? 誰かに似ている?)


「高校生に言う言葉か」
 丁寧な言葉を使っていたかと思うと、急に吐き捨てるような口調になる。それでもその男性は気を悪くする様子もない。
 そんなことを気軽に言える間柄なのかも知れない。
「ナナ気にするな」
「う、うん」
 スタッフが言った言葉も『気にするな』の意味もわからず、とりあえず頷く。
「ここ座って」
 カウンター席の両隣に誰もいない場所を指し示した。
「ナナ──店長には気をつけて。カナの叔父さんだから」
 小さな声でそう言うと、カウンターの奥の方に消えて行った。
「あ……店長さん? え、メイさんの」
 さっき誰かに似ていると思ったのは間違いじゃなかった。あのにやにや顔が明に似ているんだ。


(でも……気をつけてって? 何に?)


 また新たな疑問を抱えながらカウンター席に座った。


「ご注文は?」
 いつの間にか店長はカウンターの中に入っていて僕の目の前にいた。
 まだにやにや笑っている。
 いや、そう見えるだけで、もしかしたら『お客様』への笑顔かも知れない。
「えっと……」
 何を頼んだらいいんだろう。
 取り敢えずメニューをひらく。
 この間は大地と明がいた。個室でオーダーを取りに来たのは樹だったし、注文するのにもそんなに困ることはなかった。
 まだ樹は顔を出さない。
 ファーストフードにも一人で行ったこともない僕には、お洒落なカフェでの注文は難易度が高い。

 メニューの文字がぐるぐるするくらい緊張する。
『コーヒー』と言えれば格好よいけれど、コーヒーも紅茶も種類が多すぎる。
 樹はこれを全部覚えているのだろうか。
 いろいろ考えた挙げ句、
「オレンジジュースください」
 メニューに顔を隠したまま、消えそうな声で言った。

    
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

嫌いなあいつが気になって

水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!? なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。 目に入るだけでムカつくあいつ。 そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。 同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。 正反対な二人の初めての恋愛。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

処理中です...