はじまりの朝

さくら乃

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第十八章

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 冬休みも最後のほうになって、僕はBITTER SWEETの扉の前に立っていた。

『彼女』がいたらどうしよう。でも、いつも来ているわけではないだろう。

 躊躇を繰り返し、やっと思いきって扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 といつも通り樹が出迎える。
「いっくん」
「お、久々に来たか」
 軽く笑いかけられただけで心臓が煩い。
 自分の気持ちを自覚したら、前にも増して樹にどきどきしてしまう。
 それから──その後に来るのは痛み。こんなに身体中で『好き』を感じたところでどうすることも出来ないことへの。
 それでも顔が見たくて傍にいたくて仕方がない。
 
 いつも通りカウンターへ向かいながら、店内をきょろっと見回す。
 冬休みとはいえ正月休みも終わった頃だろうか。時間に余裕のある学生らしい客が多い。
 女子だけのグループ。男女のグループ。母親世代。
 一人で本を読んでいる人……。
 何故か目についた。

「いらっしゃい、七星くん。久しぶりだね」
 カウンター内にいるマスターに声を掛けられる。
「こんにちは」
「何にする」
「あの……いつもの……」
 何だか常連ぶってるみたいで恥ずかしくて、声が小さいなる。
「OK。樹くん、出番だ」
 そうマスターが言った時にはもう樹はカウンターに入っていた。
 海月のラテアートを初めてしてくれた日から、いつも樹が僕のオーダーを用意してくれている。
 目の前に置かれたカフェラテ。
 ちゃんと海月に見える。
「いっくん、上手になったよね」 
「えらそー」
 ぴんっとカウンター越しにデコピンをされた。
「えへへ」

 『友だち』である僕相手の練習の成果あって、樹のラテアートはかなりのものになった。だから、もう僕だけの『特別』ではなくなってしまった。
 頼まれればやるようになった。
 女子に良くオーダーされるのは、ハートが何重にもなったいる絵柄。


(いいな。ハート。
 僕にもハートちょうだい)

(なんてことを言ったら、いっくん気持ち悪がるだろうな。
 まあ、メイさんなら言いそうだけど)


 でも。
 海月やイルカは、僕にとっては大事な想い出だ。
 たくさんの人へのハートよりも。
 それこそ、海月やイルカは僕だけの大切なもの。
 だから、やっぱりハートはいらない。
 



「樹くーん」
 後ろで女子の集団が呼んでいる。
「じゃ。ゆっくりしていけ」 
 そう言うとカウンターから出ていった。
 この後新規の客が入ってきたり、会計をしたりと樹は細々動いていた。
 樹の声を背中越しに聞いていた。
 なのに。
 その時だけは何故か目の端に入ってしまったのだ。
 女性一人の客で──。


(ああ、そうだ。
 入って来た時に何故か目についた……読書をしていた人)


 会計は済んで扉の前で話をしている二人。
 樹は笑っていて。
 何処か他の客への対応と違って見えた。 

 樹と僕。
 視線が合った。
 樹はこそっとその女性に耳打ちをする。
 女性はこちらを見て、軽く笑って会釈した。
 それから二人で外に出ていく。
 

(外への見送りなんて……いつも、しない!)
 

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